第十四話
「一人二役の精霊王さま」第十四話です。
本作は毎週火曜日の更新を目標にしています。
ロイの村から戻って数日後。
今日も有沙はセルヴィッジ侯爵家に出かけており、お供は不要と言われた高位精霊たちは、ニンファレア大公国の大森林に集合していた。彼らが初めて有沙と会った、あの森だ。
召集をかけたのは、光の精霊エレノアだった。
エレノアに呼び出された七人は、この場にわざわざ結界魔法がかけられていることに気づき、驚いた。
「どういうつもりだ、エレノア。これでは、精霊王様から呼び出しがあっても、即座に反応できないではないか」
抗議の声を上げたのは火の精霊マーカスだったが、他の精霊たちもその言葉に同意してうなずいた。エレノアはいつもの澄まし顔で、「まぁ落ち着きなさい、あなたたち」と、不満顔の仲間をなだめた。
「今回の話し合いは、精霊王様にお聞かせすることが憚られるために、あえて遮断の結界を張ったのです。事が済めば結界はすぐに解きますし、精霊王様のお傍には私の精霊獣がおりますから、何かあれば、あの子から連絡が入るはずです。だから何の心配もいりません」
だがこの説明に、他の精霊たちはよけいにいきり立った。
「精霊王様にお聞かせできないような話とは、いったい何だ!」
「我々の忠誠心を試しているつもりか!? あの方に秘密にせねばならぬことなど、我には何一つないぞ!」
「この不忠者め! 恥を知れ!」
エレノアは「ふぅ~……」と長いため息をつき、「お話になりませんわ」とぼやいた。
「わたくしはただ、エドガーから事情を聞きたかっただけです」
「え、僕……?」
突然名指しされたエドガーが、困惑顔になる。
「そうよ、エドガー。精霊王様にもお訊ねしましたが、どうにも要領を得ないご様子なので、もう一人の当事者であるあなたから、詳しく話を聞こうと思ったのです。この件については、エマとオリビアも了承しています」
エレノアは他の四精霊を見て、「あなたがたは、仲間外れは可哀想だからと思って、わざわざ声をかけてさしあげたのよ。むしろ、わたくしの思いやりに感謝してほしいくらいですわ」と顎を上げた。
それからおもむろに纏った黄金の光を強め、闇の精霊に詰め寄る。
「さぁ、白状なさい。あなたいったい、精霊王様に何をしたの」
「な、何って……何」
「エレノアの言う通りだ、エドガー。明らかにここ数日、精霊王様の様子がおかしい」
「ええ。あからさまに、あなたを避けていますわ。あのお優しい精霊王様を怒らせるなんて、あなたいったい、どんな粗相をしたのです」
エレノアに加えて、風の精霊エマと森の精霊オリビアにも責められ、エドガーは「え……」と絶句した。
「何だと、それは本当か、オリビア!」
「精霊王様がエドガーにお怒りだと!」
「何をしたんだ、エドガー!」
「あの方に無礼を働くなど、万死に値する罪だぞ!」
さらに四人の精霊も声を上げはじめ、エドガーは「え、え……」と、ただうろたえるしかなかった。
「ちょっと、あなたたち、落ち着きなさい! しーずーかーにー!」
慌ててエレノアが間に入り、彼女はエドガーではなくオリビアに向き合った。
「オリビア、あなたは間違っているわ。精霊王様はべつにお怒りではないの。避けていることは間違いないけれど、避けていると言うよりもむしろ、逃げていると言うほうが正しいわ」
「わたくしもそう思う」
エマもエレノアの意見に同意した。
「精霊王様のあの態度は、怒りでエドガーを遠ざけていると言うよりもむしろ、…………」
「むしろ、何?」
エレノアが先を促したが、エマはそれきり黙り込んだ。
「とにかく! あなたに対して精霊王様の態度がおかしくなったことは、紛れもない事実なの。そしてそれは、あの職人の村へ行った後からなの。同行したのはあなた一人。さぁ、正直に仰い。あの村でいったい何があったの!」
「何がと問われても……」
いくぶん落ち着きを取り戻し、エドガーはぶっきらぼうに答えた。
「その件については、もう精霊王様からお話があったろう」
「ええ、村での話は聞きました。ロイという職人と、彼の気の毒な婚約者家族についてはね。でも、村で起きたことは、本当にそれだけなの?」
「それだけ……だと思う……」
「思うって何よ。はっきりなさい」
「……たしかに、最近僕が、精霊王様に避けられていることは、間違いないよ。でもなぜなのかは、僕にも分からないんだ。もし、自分でも知らぬ間に何か失態を犯したのなら、僕はどんな罰でも受けるつもりだ。もし、精霊王様にこの世から消えろと命じられたなら、その命にも従うつもりだ……」
「いや、エドガー。精霊王様は、怒っていらっしゃるわけではない」
見かねてエマが声をかける。
「ただ、ちょっと……君にどう接するべきか、迷っていらっしゃるように見える」
「ということは、やっぱりお前が何かしたんだな!」
短気な雷の精霊ローガンが声を荒げ、彼はエドガーの胸倉を掴んで雷鳴のごとく吠えた。
「正直に言え! 精霊王様と二人の時に、あの方に何をした! どんな無礼を働いたんだ!」
エドガーは冷静な表情を崩すことなく、「僕は、失礼なことなどしていない」と答えた。
「……ただ」
「ただ、何だ!」
「村からの帰り道、あの方の笑顔があまりに愛らしくて、ついハグを……」
「……何?」
ローガンの眉が上がり、他の精霊も「はぁ?」と怪訝な顔をした。
「ハグって、あなた……、そんな人間同士がするようなことを……」
呆れたようなエレノアの呟きに、エドガーも「うん」とうなずいた。
「自分でも、おかしなことをしたと思う。精霊同士は、ああいった挨拶は行わないから……。でもあの時は、自然と体が動いたんだ」
「その時もしかして、あなた、人間の姿だったの?」
「うん。精霊王様も、いつものリディアという娘の姿だった」
「ふぅん……。人に変身したせいで、精神も人族に近づいてしまったのかしら」
「もし精霊王様が僕を避けているのだとしたら、原因は、あのことくらいしか考えられない。たしかにあの後から、精霊王様の態度がぎこちなくなったし……」
「ハグねぇ……。たしかに主君に対し、臣下が取るべき行動ではないわね」
「けれど、あの気さくな精霊王様ならば、そのくらいのスキンシップは笑って許してくださる気がするわ……」
「そうだな。ハグごときでお怒りになるような、狭量な主君ではない」
「というか、私などは先日、精霊王様の方からハグをしてこられたのだが……」
「なんですって!」
エマの独り言のような告白に、とたんに他の精霊たちが色めき立つ。
「どういう理由だ、それは!」
「どうしてそうなった!」
ローガンやマーカスが詰め寄り、エマは「大したことではない」と、暑苦しい二つの顔を両手で押しやった。
「私の精霊獣であるロック鳥を、精霊王様に一羽献上したのだ。精霊王様が以前、生き物の中では鳥が一番好きだと仰っていたのでな」
ロック鳥は鷲に似た白い巨鳥で、翼を広げると小山ほどの大きさになる。風属性の攻撃魔法が得意で、羽一振りで嵐を起こすこともできる。だが力を使う時以外は、人の腕に止まれるくらいに、その巨体を小さくもできる。
「精霊王様は、“タカショウになったみたいだ”と、非常にお喜びになられ、わたくしに何度も礼を申され、その時にハグもしてくださった。わたくしへの親愛と感謝の気持ちを、精霊王様なりに示されたのだろう」
「何だ、そのうらやまけしからん話は!」
「抜けがけは卑怯だぞ、エマ!」
「そもそも鳥型の精霊獣なら、我も使役しておる!」
火の精霊のマーカスは片手を高く掲げると、「出でよ、フェニックス!」と自身の精霊獣を呼んだ。上げた手の先に小さな炎が生まれ、炎は見る間に、一羽の美しい鳥の姿を象った。
「よし、我もこいつを、精霊王様に献上しよう」
マーカスはフェニックスを肩に止まらせ、満足げに言った。
「では俺は、サンダーバードだ」
負けじと雷の精霊ローガンも、自身の精霊獣を呼んだ。雷を自在に操ることができる巨鳥で、姿はフェニックスによく似ている。だが赤く燃えるような羽のフェニックスに対し、サンダーバードは全身が雷のように発光し、その体は夜の闇の中でも昼間のように明るく輝く。
さらにエレノアもスパルナという黄金色の鳥を、土の精霊フレイヤは鉱石を食べる鳥アリカント、水の精霊アオイは、水鳥の精霊ブーブリーを召喚した。
当初の議題は完全に忘れ去られ、精霊王に贈る精霊鳥の品評会で皆が盛り上がる中、オリビアだけが輪から外れ落ち込んでいた。
「なんということでしょう……」
その場にガックリと膝を突き、森の精霊は長いドレスの袖口で顔を覆った。
「今、気づきました……。森は鳥たちの楽園であるというのに……、私は、私だけが、鳥型の精霊獣を持っていない……!」
***
一時間後。
大森林に帰ってきた有沙は、精霊たちから一斉に鳥型精霊獣をプレゼントされ、「えっと、どうしてこういうことに……?」と誰にともなく訊ねた。
新たに得た五羽の精霊鳥を頭や肩に乗せたまま、有沙はエレノアに顔を向けた。
「大事な用があると言われて、戻ってきたんだけど……。この鳥さんたちをプレゼントするために、私を呼んだの?」
「ええと……まぁ、そういうことです……」
「そっかー」
こうなった経緯を知らない有沙は、無邪気な笑顔を見せて喜んだ。
「どうもありがとうー。えっと、マーカス、ローガン、エレノア、フレイヤ、アオイ」
五人の精霊は満足げな笑みを浮かべ、そこでマーカスが、「ささ、精霊王様」と言って、促すように両手を広げた。
「ん?」
そのジェスチャーの意味が分からなかった有沙は、しかし精霊たちの意志を読み取って、「ああ~……」と合点の声を上げた。
そして若干照れながらも、「ありがとう~マーカス……」「ありがとう~ローガン……」と、一人一人の名を口にしながら、控えめなハグをした。
有沙から感謝のハグを貰えたことで、五人はさらに機嫌を上げた。
オリビア一人が、「鳥の……精霊獣……、なぜ……私だけ……」と打ちひしがれていた。
そんな森の精霊の様子に気づいて、有沙は「オリビア」と優しく声をかけ、その首にそっと腕を回して抱きしめた。
「えっ……」
驚くオリビアに、有沙は柔らかな笑顔を向けて言った。
「この前、私がドレスのデザインについて悩んでいたら、沢山の花を咲かせてアイデアをくれたでしょう。あの時のお礼のハグだよ。改めて、ありがとうね、オリビア」
「せ、精霊王様……」
感涙する森の精霊を見て、他の精霊たちも、精霊王の慈愛の深さに強く感銘を受け、感動の面持ちとなった。
有沙はその勢いのまま、まだハグをしていなかったエマにも、「いつも的確な助言とフォローを、ありがとうね、エマ」と言って、その体に抱きついた。
最後にエドガーの番、となったが、そこで有沙はピタと動きを止めた。しかし彼だけ除け者にはできず、「え、エドガーもっ、いつもありがとうっ!」と、勢いをつけて、その体に体当たりするようにハグをした。
久しぶりに有沙から声をかけられ、エドガーは一瞬茫然としたのち、「はい、精霊王様……」と、その表情に嬉しさを滲ませた。
有沙も笑顔を返し、「うん」とうなずいた。だがその心臓は、外にも聞こえそうなほどに、ドキドキと早鐘を打っていた。
(あーっ、もう! この前から、私ってば変! なぜかエドガー相手にだけ、メッチャ緊張しちゃうよぉ~……。まともに顔も見られないしぃ~。イケメン耐性が低いせいかなぁ……。長い付き合いなのになぁ~~~)
百年以上生きた有沙だが、いまだ男女の色恋に関しては、転生した十代の乙女のまま、あまりに経験値が低すぎた。
エドガーへのこれがほのかな恋心であり、彼女にとって遅い初恋であることに気づくには、まだまだ時間がかかりそうだった。
第十五話へつづく
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回の更新をお待ちくださいませ。




