第十三話
「一人二役の精霊王さま」第十三話です。
本作は毎週火曜日の更新を目標にしています。
「彼らに聞いてみましょう」
そう言ってエドガーが指差した先には、草を食む草食獣がいた。
「あっ、ジャッカロープだ」と有沙は思わず笑顔になった。
鹿の角を持ち、うさぎそっくりの見た目のその草食獣は、大陸の至るところに生息するポピュラーな動物だが、とにかくすばしこく用心深い性格ゆえに、なかなか人前に姿を現さない。
その毛皮も角も肉も人の暮らしに役立つ資源で、土地によっては家畜化して増やしている国もあるほどだが、繊細なジャッカロープは上手に育てないとストレスで死んでしまう。そんな貴重な生き物なので、どこの国でも高値で取引されている。
「キュゥッ」
普通の人間を見れば即座に逃げ出すジャッカロープだが、精霊王の有沙に対してはわざわざ近づいてきて、後ろ足で立ち上がり挨拶してくれた。
「かわい~」
有沙が顔の周りを撫でてやると、茶色い角兎は鼻を鳴らして喜んだ。
「ジャッカロープは、ふだん森の中でしか見かけませんが、じつは人族の住居周辺にも生息しています。長いトンネルを作って、その穴の中を移動するため見つかりにくく、おまけに夜行性なのでよけい人目につきません」
「あ、じゃあ、もしかしたら、この子たちが事件を目撃している可能性があるってこと?」
「ええ。精霊王様なら、彼らの記憶を読むことができます。一匹のジャッカロープを通じて、ここら一帯に住む、すべてのジャッカロープと繋がることも可能です」
「いつものことながら、精霊王の力って便利だよねぇ」
他人事のように呟いて、有沙はさっそく、一番近くにいるジャッカロープに触れてみた。そのまま彼らと同化すべく目を閉じる。
すると目蓋の裏に、ジャッカロープらの記憶が映像となって広がった。彼らが無意識に見た光景を、有沙はAIがネットワーク上を探索するように、目当ての映像を求めて奥へ奥へと進んでいった。
(あっ!)
有沙はそこで、ハッと息を飲んだ。
家々が寝静まった深夜。一人の中年男性が一軒の家に入り、中にいた年配の女性と若い女性を急き立て、外に連れ出す姿が見えた。男は荷台に二人の女性を押し込むと、すぐに馬車を出して村から離れていった。
きっとあの二人の女性が、アンナとその母親だろう。彼女たちを攫った男の正体は分からない。ただ何となくだが、男は彼女たちと知り合いのように見えた。
「どうもありがとう」
角兎に礼を言って、有沙は彼らとの交信を切った。そして今見たままの光景を、エドガーに伝えた。
「ふむ……」
エドガーは少し考えて、「馬車が向かったのは、村のどちらの方角ですか」と有沙に訊ねた。
「北だと思う。でもあっち側には険しい山脈があるだけで、村や町はなかったはずだけど……」
「その通りです。……妙ですね」
「どうして?」
「もし口封じのために始末するのが目的なら、自宅で寝込みを襲えば済む話です。わざわざ村から連れ出し攫ったのなら、人買いに売りつけるのが目的かと思ったのですが、向かった方角を考えるなら、それも違う気がします」
「そうか……。ううん……」
「ひとまず馬車の足取りを追いましょう」
「そうだね。こうなったら、とことん調べてみよう」
***
アンナたちの追跡を決意した有沙とエドガーは、中途で出会う獣や精霊たちの力を借りて、馬車の行方を追った。そして日もとっぷり暮れた夜遅く、二人は小さな山小屋を発見した。
北の山脈の裾野に広がる森の、人が滅多に足を踏み入れないような山奥に、その小屋はあった。
かなり老朽化し、今にも崩れ落ちそうな外観ではあったが、小屋の周りには新しい薪が高く積まれ、新鮮な水を貯めた大樽もあった。人が利用している証拠だ。
室内の明かりは消えているものの、中からはたしかに人の気配がした。有沙とエドガーは無言で顔を見合わせ、うなずいた。
エドガーが扉を叩くと、中から小さな物音と話し声が聞こえた。
「あなた……」
「お前たちは奥に隠れていろ」
そんな短いやり取りの後で、武骨な見た目の中年男性が顔を出した。女性二人を攫った人物に間違いなかった。
「……何の用だね」
警戒心を露わにし、男はエドガーと有沙を順に見た。
「訊ねたいことがある。ここから南の小さな村に住んでいた、アンナという娘を知らないか」
エドガーが娘の名を口にした途端、男の表情に緊張が走った。だが彼は平静を装い、「さぁ、知らんな」と答えた。
中年男はエドガーと有沙を交互に見て、「あんたたち、どうしてその娘を探しているんだ」と訊ねた。
「ロイさんに頼まれたんです」
エドガーより先に、有沙が答えた。
「ロイさんに私たちの頼みを聞いてもらう代わりに、私たちは、彼の婚約者だったアンナさんを探しているんです」
「ロイが……」
男性が茫然と呟いた、その時。
彼の背後から、若い女性の声が聞こえた。
「今、ロイと仰いましたか!?」
戸口にいた男性を押し退けるようにして、若い女性が有沙たちの前に飛び出してきた。
「私が、私がそのアンナです……!」
驚く有沙に向かって、女性はそう告白した。
***
翌日。
有沙とエドガーはフードを深く被った女性を伴い、ふたたびロイの工房を訪れた。
女性がフードを取ると、ロイは驚きとショックで、「あっ」と叫んで声を失った。
「まさか……アンナ、君なのか……?」
「ロイ……」
長い髪を一本のお下げに結い、質素なドレスに身を包んだ彼の婚約者は、大きな榛色の瞳に涙をいっぱいにため、「会いたかった……」と小さな声で言った。
「アンナ! ああ、俺も、俺も会いたかった……!」
ロイは感極まった表情で、愛しい彼女をその両腕に抱きしめた。
***
恋人たちが感動の再会を果たしたのち、四人はテーブルに着き、有沙とエドガーは、これまでの経緯について彼に説明した。
「……つまり、騙されたのは、ドルフさんも同じだったの。彼がブローチを持って指定の待ち合わせ場所に行くと、そこには柄の悪い連中がいて、ブローチを奪って、いきなり彼を殺そうとしたのよ。でもドルフさんは、用心のために持っていた目くらましの魔道具を使って、そいつらから逃れることができたの。でも、このままだと家族にも危害が及ぶと思って、急いで村に戻って奥さんと娘さんを連れて逃げたの。北の森にある彼のお祖父さんが使っていた古い山小屋に行って、連中に見つからないよう、ずっとそこに隠れていたのよ」
「そうだったのか……」
事情を理解したロイは、そこで隣に座る恋人の手を握った。
「アンナ……すまない。俺は、とんでもない思い違いをしていた。君たち家族が村から消えたのは、報酬の金を持ち逃げしたからだと……そう思ったんだ。本当に、自分が恥ずかしい。許してくれ」
アンナは野ばらのように微笑み、首を小さく横に振った。
「いいの。誤解しても仕方がないわ。私は、せめてあなたにだけは居場所を知らせたかったのだけど、お父さんが、どこに追っ手の人間がいるか分からないから、絶対に誰にも知らせてはだめだと……。それで……これまでずっと、連絡できずにいたの。本当にごめんなさい……」
「アンナ。いいんだ。俺は、君が生きていてくれただけで、本当に嬉しい」
ロイはアンナの手をしっかりと握り、彼女の零れた涙を優しく拭ってやった。
「身を隠している間、さぞ辛かっただろう……。北の森なんて、ろくに食べる物もなかったはずだ。大変だったな……」
「ロイ……」
アンナの目から大粒の涙が零れ、また泣きだした彼女を、ロイは優しく抱きしめた。
「えー、コホン」
有沙の小さな咳払いに、恋人たちの甘い空気は一瞬で消えた。
「あっ、客人の前で……、すみません……」
ロイが詫び、アンナも真っ赤な顔を両手で押さえた。
有沙は、「いいえー」とにこやかに笑ってみせたが、心中は複雑だった。
(はー、ラブラブカップル羨ましい~。私なんて、前世でも今世でも、ボーイフレンドすらいたことないのにぃ~)
顔で笑って心で泣き、有沙は「それで、これは私からの提案なんですが……」と話を先に進めた。
「じつは私、すごい魔道具を持っているんです。それを使えば、アンナさんもご両親も、またこの村で暮らせるようになると思います」
「まさか。魔道具で?」
「ええ。たとえばアンナさんの見た目が、全然違う人に見えるようにしたり……」
「そんなことが可能なら、たしかにアンナたちが狙われることもなくなる……」
「でしょう?」
有沙は鞄から三つの首飾りを取り出し、テーブルの上に置いた。
長い紐の先に小さな金属製の飾りがついただけの、かなり簡素なデザインのペンダントだ。元は、市場で安く売られていた土産用のペンダントだ。
だがこれらは、有沙が昨夜の内に闇魔法の幻影効果を施したもので、精霊王自らかけた魔法のために、その効果は半永久的に続く。王都で売れば、一生遊んで暮らせるほどの値打ち品だ。
試しにアンナがその一つを首にかけると、その姿は見る間に別人に変化した。有沙たちには元の姿も見えているが、普通の人間であるロイの目には、恋人がまったく別の女性に見えた。
「す、すごい……」
「そんなに違って見える?」
「完全に別人だよ。髪や肌の色も違って見えるし、顔立ちも……。声まで違う」
「まぁ……」
「これなら絶対、君だってばれないよ」
二人に納得してもらったところで、有沙は話を続けた。
「アンナさんとご両親には、寝ている時もこのペンダントをずっと身につけていただく必要があります。でもあなたがたを騙した悪党を捕まえたら、元の姿に戻って平和に暮らせるようになると思います」
「ああ……、本当に、ありがとうございます……」
ロイとアンナは二人して、感極まった表情で礼を述べた。
「あの、どうして会ったばかりの俺たちに、ここまで良くしてくださるんですか?」
「え?」
ロイの言葉に目を瞬かせた有沙は、ニッコリ笑って答えた。
「それは、ある人に言われたんです。たった一人だけ贔屓せず、この世界にいるすべての人を愛してくださいって。だから私、良い人たち全員の味方になろうって、決めたんです」
***
「さきほどの言葉は、本心ですか」
村を出たところで、エドガーが言った。
「ん? ああ、良い人たち全員の味方になるって話?」
「はい」
「そうだよ。もちろん本心」
軽く均されただけの田舎道をのんびり歩きながら、有沙は晴れ渡った青い空を仰ぎ、目を閉じた。
頬を柔らかな風が撫で、軽やかな小鳥のさえずりが聞こえる。道の脇に咲く名もなき花は優しく香り、世界は清涼な空気に満たされていた。
「私ね、ゲームでプレイしていた時よりも、ずっと、ずっと、この世界のことが好きになったの。精霊王になって、すべての命と繋がったせいかなって思ったけど、それだけが理由じゃないんだよね。目覚めて初めて出会ったのが、可愛い精霊たちと、あなたたちだったってことが、大きいと思う」
ゆっくりと自分の後ろをついてくるエドガーを振り向いて、リディア姿の有沙は、明るい笑みを浮かべた。
「初めて話すけど、前世の私は家族の縁が薄くて、ずっと病院……、あ、病気の人が治療するための場所ね。そこに一人でいることが多くて、とても孤独だったの。そんな時に慰めになったのが、ゲームや本なんだけど……。でもこの世界に来てからは、寂しさを感じる暇なんてないくらい、毎日が充実して楽しかった。まさか自分がスマホ無しの人生を送れるなんて、思いもしなかったよ」
有沙はそう言って、クスクスと可笑しそうに笑った。
「私の寂しさを、あなたたちが消してくれたの。私を愛して、信頼して、助けてくれたから。だから私の中に、自然とオスティアを慈しむ心が生まれたの。今、私が精霊王としてやっていけるのも、ぜんぶ、あなたたちのおかげだよ」
有沙の言葉を、エドガーは黙って聞いていた。
けれど最後に、「ありがとうね、エドガー」と彼女にお礼を言われた時、彼は両腕を伸ばし、その小さな体をそっと抱きしめていた。
第十四話につづく
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