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一人二役の精霊王さま  作者: I*ri.S
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第十一話

「一人二役の精霊王さま」第十一話です。

本作は毎週火曜日の更新を目標にしています。

 光とともに登場した精霊獣ソルフェレスは、愛嬌のあるアーモンド形の目を細め、「精霊王様、初めまして! 精霊獣のソルフェレスです。ソルって呼んでね!」と元気に挨拶した。

「わぁ、かっわいい!」

 すかさず有沙は両手を広げて、モフモフの海へとダイブした。

「この子を侯爵夫人につけてくれるの?」

「はい」

 エレノアはカナリア姿のまま胸を張って答えた。

「この子が傍にいれば、魔族もおいそれと近づくことはできませんし、可愛いだけでなく、とても頭の良い子なので、守護役にぴったりですわ」

「わぁ、ありがとう、エレノア。すっごく有り難いよ。私もいろいろ調べたいことがあるし、ずっと屋敷にいるわけにはいかないし、代わりにガードしてくれる子がいたら、本当に助かる」

 主君に褒められ、ドヤ顔のカナリアは「精霊王様のお役に立つことができ、わたくしも誇らしゅうございます」と言った。

「で、この子をどうやって夫人の守護聖獣にするの? いきなり屋敷に行っても、野良猫と間違われて追い出されない?」

「その件に関しても、わたくしにお任せください」

 自信満々の口調で、エレノアはそう答えた。


       ***


 その夜。セルヴィッジ侯爵家当主のトマスは、遅い時刻に寝床に入った。

 身重の妻を気づかい、仕事で遅くなった日は、執務室隣の小さな寝所を使うことにしている。

 もうすぐ父となるトマスだが、『氷の貴公子』という別名をつけられ、若い令嬢たちを虜にした美貌はいささかも衰えていない。だが色恋に関心の薄い彼は、名門伯爵家出身のクラリスと結婚したことで、煩わしい恋愛ゲームから一抜けできたことを幸いに思っている。

 夫妻の出会いは運命的で、国王が視察でクラリスの実家がある伯爵領に赴いた際、トマスは護衛として随行した。その時に二人は出会い、すぐに互いに好感を抱いた。

 以降、トマスは休暇のたびに彼女の町まで足を運び、二人は三年の歳月をかけて愛を育んだ。そして二年前、トマスが近衛隊隊長から総司令部副参謀長に昇進したタイミングに合わせ、彼らは結婚した。

 二人の縁を結んだ国王もこの婚姻を祝福し、無論両家の親たちも、名門同士が縁戚となることを喜んだ。

 クラリスは良家の子女らしく、控えめで淑やかな令嬢だった。領地暮らしが長く、王都に来るのも初めてだったが、その柔らな物腰と頭の良さで、すぐに社交界に馴染んだ。屋敷の者たちにも深く慕われ、そんなできた妻を夫はこよなく愛した。

 クラリスという素晴らしい伴侶を得て、結婚二年目に彼女が懐妊し、彼は今、とても満たされていた。仕事は忙しいが、家のことは部下と妻に任せておけば間違いない。

(冬には我が子にも会える……。私は本当に果報者だ……)

 そんなことを思いながら、ベッドに入ろうとしたトマスだったが、ふいに部屋の一部が発光し始め、驚いて動きを止めた。

 反射的に傍らの剣に手を伸ばしたトマスに、美しい女性の声が「控えなさい、トマス・セルヴィッジ」と命じた。

 空中に出現した光は見る間に女性の姿を象り、黄金の髪と黄金の瞳を持った、美しい女神が現れた。

「わたくしは、光の精霊ルミナス。今日は、あなたとその家族に祝福を与えるため、特別に姿を見せました」

 小さなランプの明かりだけが灯る薄暗い室内が、ルミナスが現れたことで眩い光に包まれた。その光の神々しさは、彼女が本物の光の精霊であることを証明していた。

「ははぁっ」

 トマスは剣から手を離し、とっさに膝を折った。

「よくお聞きなさい、トマス・セルヴィッジ。今、あなたの妻のお腹にいる子は、類稀なる素質を持っています」

 おごそかな空気を纏いながら、エレノアはトマスに告げた。

「あなたたちの子は、精霊に愛されし、聖なる子。そして親のあなたたちも、精霊の加護を受けるべき存在。しかし、特別な子であるがゆえに、その力を奪わんとする闇の勢力も存在します」

 あらかじめ有沙と決めておいた台詞で、エレノアは話を続けた。

「現在身重の夫人には特別に、わたくしの精霊獣を守護聖獣として授けます。その子は一見、普通の猫に見えますが、わたくしと同じ光の力を持っています。ゆえに、今後あなた方の周辺で不思議なことが起こるかもしれません。ですが何も心配することはありません。すべて精霊の加護あってのことなのです。お分かりですね」

「はい」

 トマスは真剣な表情で答えた。

「それから、父となるあなたにも、わたくしから加護を与えます。トマス、あなたの剣をここへ」

 言われた通りにトマスが愛剣を両手で掲げると、女神ルミナスは剣に向かってそっと手をかざした。彼女の手の平から輝く光の粒子が放たれ、それは大きく広がって剣全体を包むと、やがてそれに吸い込まれるように消えた。

「これで、この剣は身につけているだけで、所有者であるあなたを守るようになります。さらに奥方には、これも渡しておきましょう」

 光の精霊は自らが嵌めていた白金のバングルを外し、それをトマスに渡した。

「この腕輪にも同じ効果があります。奥方には、これをいつも身につけているよう伝えなさい」

「なんと恐れ多い……。ありがとうございます。心から感謝いたします」

 トマスは感激に頬を紅潮させ、深々と頭を垂れた。

「礼はいりません。その代わりにトマス、あなたは自身の名誉にかけて、妻と子を全力で守るのです。あなたたちの子どもの幸せを、全精霊が望んでいます。よろしいですね」

「はい。全ては女神様の御心のままに」

 そこで彼は顔を上げて、エレノアに訊ねた。

「ところでこの奇跡について、王城と聖教会にも伝えるべきでしょうか。それとも、秘密にしておいたほうがよろしいのでしょうか」

 さすが、軍の参謀を務めるトマスらしい質問だった。

 エレノアはゆるりと首を振り、「これはセルヴィッジ家のみに与えた恩恵です」と言った。

「我々は人前に姿を見せることを好みません。今日起きたことは、あなた方夫婦の秘密になさい。聖獣については、屋敷を取り仕切る者たちにのみ伝えなさい。……そうですね。家令のバート、護衛兵士長のラッセル、家政婦長のバーサ、庭師のフレディ、料理長のトニー。この者たちは、信頼できる本物の臣です。またあなたが留守中、この屋敷で夫人とお子を守ってくれる者たちでもあります。彼らには詳細を話しても差し支えないでしょう」

「承知いたしました。妻と彼らにだけ、本当のことを話します。他の者には口外しないことを、この場で誓約いたします」

「その言葉を聞いて安心しました。わたくしはこれで消えます。夫人とお子のこと、よろしく頼みましたよ」

「はい。夫として父として、全身全霊をかけて妻と子を守ります」

 そこで足元から消えかけたエレノアだったが、傍らにいた白い鳥が羽ばたき何ごとかを訴えると、慌てて「あっ、それと!」と、焦った口調で付け加えた。

「いくら精霊に愛されし子でも、甘やかして育てるのは良くありません。しっかりと教育し、思いやりとマナーを弁えた、賢い娘に育てるのです。いいですね?」

「は、はい。ご忠告、肝に銘じます」

 女神は「はぁーっ」と胸を撫で下ろし、隣の小鳥に向かって、「これでよろしいですか」と小声で問うた。

 伝えるべきことは全て伝え、エレノアはコホンと小さく咳払いすると、「では、後は頼みましたよ」と短い言葉を残して消えた。

 女神の消えた空間をしばし茫然と見つめていたトマスだが、自分の手にある剣と腕輪を見てハッと我に返り、「何てことだ……」と呟いた。

 そしてナイトガウンを羽織った寝間着姿のまま、「クラリス!」と妻の名を叫んで部屋を飛び出した。


       ***


 翌日。

 セルヴィッジ侯爵夫妻と執事のバート、家政婦長のバーサ、料理長トニーに庭師のフレディ、そして護衛兵士長のラッセルは全員、侯爵夫妻の部屋に集合した。

 そして彼らが見つめる先には、ソファの上で丸くなって眠る、美しい毛並みの猫が一匹……。

「この猫が本当に、女神様が遣わした精霊獣なのでしょうか……」

「私には、ただの猫にしか見えませんけども……」

 夫婦であるバートとバーサの言葉に、兵士長のラッセルが、「しかし、見知らぬ猫が今朝になって突然、この部屋に現れたのは事実ですし……。お言葉ですが、屋敷を警備する者の代表として、屋敷内に野良猫が侵入するなど、そんな失態は誓って侵さないと断言できます」と強い声で訴えた。

 呑気な料理長のトニーは、「じつは最近、ネズミの被害に頭を悩ませていたんですが、今日は朝から一度も見かけていませんからね。それがこの子のおかげなら、私としては大助かりですよ」と言って笑った。

「……まぁ、もし昨日のあれが旦那様の見た夢だったとしても、結構な吉夢ではないですか。女神ルミナスが現れて御子に加護を与えると仰っただなんて。これ以上にめでたい夢はないですよ」

 バーサが纏めるように言うと、トマスは「夢ではない」と心外そうな顔をした。

「そうですよ」と、すかさずクラリスも夫を援護する。

 昨晩夫から渡された美しい腕輪に触れながらクラリスは、「私はトマスの言葉を信じます」と静かな声で言った。

「本当に女神様は現れたのです。この腕輪が何よりの証拠です。それに、私は妊娠してからずっと、体調がすこぶる良いのです。妊婦に特有のつわりもなければ、風邪も引かず貧血も起こさず、夏の暑さに負けることもなく、本当に心身ともにすこやかなのです。これは、女神様のお力に護られているからに他なりません」

 クラリスの主張に、現実主義のバートも大きくうなずいた。

「そうですね。私もここ最近、体調がすこぶる良いです。最近は持病の片頭痛も起こりませんし、妻の腰痛も治っている。使用人も皆、心身ともに健康です。奥様が懐妊されてからずっと、屋敷全体が清涼な空気に満たされているのを感じております」

「ああ、そう言えば……」

 普段無口な庭師のフレディも、そこでめずらしく口を開いた。

「たしかに私も、体の不調を感じなくなりましたよ。それに、庭の花木もえらく元気だ。この季節は病害虫に悩まされるのが常だが、その被害もほとんどない」

「それも精霊様の影響かもしれないわね」

 バーサの指摘に、その場にいた全員がうんうんとうなずく。

 そんな深刻に話し合う人間たちを余所に、猫は「クワァ」と大口を開けてあくびを一つし、夫人の足元に移動した。

 自分の足にすり寄る猫を、クラリスは目を細めて、その首筋を優しく撫でてやった。

「この子の名はソルと言うそうです。昨晩、夢に現れて教えてくれましたの。わたくし、この子がとても気に入りました。こんなに美しい毛並みの猫は、オスティア全土を探しても見つかりませんわ」

「やぁ、たしかに。私は他国も訪れたことがありますが、こんな綺麗な猫を見たのは初めてですね」

「たしかに外から来たにしては、ノミもついていないし、風呂上がりのように艶々の毛並みですね。下町には野良もいますが、こんな美しい猫がそこらの道をうろついていたら、さぞや目立つでしょう」

 トニーの言葉にラッセルが同意し、皆も同感とばかりうなずいた。

「とにかく、旦那様と奥様が飼うとお決めになられたのなら、私らに異存はございません。ところで、この子の餌はどうしましょうかね。今朝用意した水と魚には、まったく口をつけていないようですが」

 バーサが言った。

 するとそれまで大人しくしていたソルが、いきなりパッと顔を上げると走って窓辺へ行き、こちらを向いて「ニャオウ」と鳴いた。

「ん? 何か訴えようとしてるぞ」と、トニーが言った。

 ソルは窓ガラスを通して差し込む陽のたまりを、前足でトントン、と叩いた。

「床を叩いた……?」

「いや、あれはもしかすると……、陽光を指そうとしているのでは……」

 バートの言葉に、ソルは尻尾をピンと立て、「ニャアン!」と高い声で鳴いた。

「正解らしい」

 モフモフの獣は、今度は日陰に立って「ウー……」と犬のような唸り声を上げ、また日向に立って、「ニャオン!」と元気に鳴いた。

「どうやらこの子は、日向ぼっこが好きらしい。あ、そうか。光の精霊様の精霊獣だから、光が好きなのか?」

 バートの推理に、ソルはまた「ニャン!」と高い声で答えた。

「すごいな、バート。君は、猫の気持ちが分かるのか?」

 トマスの言葉に、バートは「いえ……」と恥ずかしそうに目を伏せた。

「ただの当てずっぽうです。しかしこの猫が本当に精霊獣であれば、普通の猫に与えるような餌は不要でしょう。おそらく太陽の光から必要なエネルギーを摂取しているのです」

「では日中は、カーテンをいつも開けていることにしましょう」

 クラリスの言葉に、ソルはまた「ニャン!」と元気に鳴いた。

「本当に精霊獣かもしれませんね。明らかにこちらの言葉を理解していますよ、この子は」

「だからそう言っているだろう」

 トマスはそう言って、おもむろに護衛兵士長の方を向いた。

「ラッセル。私は午後から出仕する。屋敷の警備は頼んだぞ」

「はい、お任せください」

 護衛兵士を束ねる立場のラッセルは、廊下に二名、窓の下に二名配した部下たちに、「お前たち。奥様の部屋には、蜘蛛の子一匹通すんじゃないぞ」と声をかけた。

「はっ!」

 侯爵家専属の兵士たちは、背筋を正して上官に敬礼した。

 昨晩、光の精霊が言っていたことを、トマスは完璧に記憶していた。

 ルミナスはこうも言った。

 ―― 特別な子であるがゆえに、その力を奪わんとする闇の勢力も存在します。

(私たちの子は、精霊に愛されし子であると同時に、“良くないものたち”のターゲットでもあるらしい。それが何かはまだ分からないが、精霊の加護があっても、父親である自分が何もしないわけにはいかない)

 ゆえにトマスは昨晩のうちに、バートとラッセルにだけ、セルヴィッジ家を狙う者たちがいるらしい、警備を怠らないように、と命じた。

 だがこのことは男三人だけの秘密にしている。身重のクラリスによけいな心労を与えることになるし、知る人間を増やせばそれだけ、話が外部に漏れるリスクも高まる。

 使用人たちが持ち場へ戻り、部屋には侯爵夫妻と精霊獣だけが残された。

 トマスは愛する妻の手を取り、「我々にはルミナス様がついていてくださる。君は何も心配することなく、お腹の子と自身をいたわることだけ考えてくれ」と言った。


       ***


「うーーーん……」

 侯爵家夫人の寝室の外では、シマエナガ姿の有沙が室内の様子を見守っていた。

 どうやら昨日のエレノアの演出は効果絶大だったようで、セルヴィッジ侯爵も使用人たちも、皆が一致団結して夫人とお腹の子を守ってくれそうだ。

「ねえ、エレノア」

 今日も二精霊は有沙に付き添っていたが、それぞれ本来の姿に戻っていた。

「ここにはソルがいるし、侯爵にも夫人にもお守りを渡したし、これでしばらくは、私がいなくてもセルヴィッジ家は心配ないかな?」

「はい」

 細かな光の粒子を纏った美しい女神の姿で、エレノアが答える。

「ソルとわたくしは繋がっておりますし、何かあれば、すぐにわたくしと精霊王様に伝わります。侯爵と夫人にも守護魔法がかかっておりますから、暗黒魔法であれ魔物であれ、彼らに害を及ぼすことは不可能でしょう」

「うん。それを聞いて安心したよ」

 そこで有沙は、エレノアの隣で完全に影と一体化している闇の精霊を見て、彼に告げた。

「じゃあエドガー。私たちは今から、例の宝石店へ行ってみよう」


 第十二話につづく

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回の更新をお待ちくださいませ。

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