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一人二役の精霊王さま  作者: I*ri.S
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第十話

「一人二役の精霊王さま」第十話です。

本作は毎週火曜日の更新を目標にしています。

 セルヴィッジ家のパーティーから四日が過ぎた。

 特に仕事や予定があるわけでもない、ある意味、最強ニートな精霊王という立場を利用して、有沙は連日屋敷に張り付き、侯爵夫人の様子を見守っていた。

 呪いのブローチを贈ってきた何者かが、また夫人とアリッサを狙うかもしれない。そう思うと、どうしても彼らの傍を離れる気になれなかった。

 夫人が妊娠してからずっとこの家を見守ってきた有沙は、セルヴィッジ家の住人全員の名前と顔を覚えた。

 屋敷のいっさいを取り仕切る有能な家令のバートは、祖父の代からセルヴィッジ家に忠誠を誓い、主のトマスがもっとも信頼を置く忠臣だ。その妻で家政婦長のバーサは、明るく気さくな人柄で、屋敷のムードメーカー的存在。

 元王国騎士団に所属していたラッセルは、任務中に負った怪我が原因で騎士を辞め、その指揮能力を買われて、セルヴィッジ家専属の護衛兵士長となった。彼もバート同様、トマスへの忠誠心が高く信頼できる部下だった。

 そして料理長のトニーと庭師のフレディも、セルヴィッジ家には並々ならぬ恩義を感じており、侯爵夫妻のことを心から慕っている。

 上に立つ者たちがみな有能で人間性も良いため、その下で働く使用人たちも、働き者で心根の良い者ばかりだ。屋敷全体が活き活きと、明るい空気に包まれているのが分かる。

 だが有沙は、ラビサーのゲームの中で彼らと会えなかった。ゲームに一度も登場しなかったからだ。おそらくクラリスの死後、後妻に入ったケイラが、彼ら古参の使用人たちをクビにしてしまったのだろう。

 一日中キビキビと働く使用人たちを空から眺めて、有沙は思った。

(彼らがずっとセルヴィッジ家にいてくれたら……、アリッサが一人ぼっちになることもなかったはずなのに……)

 だがそうするとラスボス役不在となり、ゲームのシナリオとしては困ったことになる。だからラビサーの中では、学校にも実家にも、アリッサの味方は一人もいなかった。実の父親でさえ、娘の心に寄り添うことをしなかった。

(どうして……? こうして見る限り、セルヴィッジ侯爵は思いやりに溢れた家族思いの良い夫で、生まれてくる我が子のことも、とても大事にしてくれそうな人なのに……。どうしてゲームでは、あんな血も涙もない冷酷な父親だったの。そもそも現実のオスティアとラビサーのシナリオでは、どうしてこんなに人物像や状況に隔たりがあるの……?)

 疑問はまだある。

 セルヴィッジ侯爵夫妻は、王都でも有名なおしどり夫婦だ。お互い一目惚れですぐに交際をスタートさせ、交際期間を含めて五年、喧嘩をすることなく仲睦まじく暮らしている。

 チラとだけ、夫と妻、それぞれが互いをどう思っているかマインド・リーディングしてみたが、夫も妻も伴侶を運命の相手と信じきって、自分には過ぎた最良の妻、最高の夫だと思っている。

 こんなに深く愛し合っているのに、トマスはクラリスが亡くなって、たった一年で再婚した。おまけにその妻との間にはすぐに子どもができ、ラビサーのヒロイン、エミリアが誕生する。

(ゲームをプレイしている時は、アリッサの両親はきっと政略結婚で、冷えた夫婦関係なんだと思っていたけれど……。実際の彼らを見ていると、この侯爵が、妻を亡くしてすぐに別の女性と再婚しちゃうなんて、とても想像できない。今のトマスさんが夫人を亡くしたら、十年くらい余裕で喪に服してそうなのに……)

 もちろん、ゲームと現実は違う。

 ゲームではそういうシナリオだったが、現実のこの世界ではそれぞれが自我を持ち、自分の意志で行動する。製作者の意図通りに喋ったり動いたりしない。

 おそらくラビサーとこの世界の共通点は、舞台がオスティアであることと、同じ名前の国があり、同じ名前の人たちが暮らしていること。その程度なのだ。有沙はそう解釈した。

 だがそうすると、心配な点が一つある。アリッサだ。

 ラビサーのシナリオ通りに歴史が作られないのなら、アリッサ・セルヴィッジという存在も生まれない、という可能性はないだろうか。

 エレノアの説明によると、この世界での人族含む哺乳類の誕生は、光の精霊から生まれた生命の種が母体に宿り、最初に父母の生命エネルギーを糧に成長し、ある程度の大きさになると魂を宿し、そこから自分の生命エネルギーを発生させて、それを糧に成長するらしい。

 しかしこの時点ではまだ、胎児はあくまでエネルギーの塊でしかなく、自我もなければ性別もない。

 肉体とともに魂も自我を芽生えさせ、それから性別や適性属性も決まっていくらしい。それらが完成することで、ようやく外の世界へ出る準備が整う。

 母体もその変化を感じ取って産気づくため、この世界でのお産は比較的簡単に終わるそうだ。

 だから今はまだ、クラリスのお腹にいる子がアリッサなのか、そもそも男の子なのか女の子なのかも定まっていない。

(だけどマリリンさんは、この年にアリッサが生まれるって言ってたし……。他の攻略キャラも存在しているし……。ここでアリッサだけ生まれないなんてことは……って、ちょっと待って!)

 ここまで考えて、有沙は新たな可能性に気づいた。

(待って、待って。ここで私が侯爵夫人に加護を与えたことで、夫人が普通に長生きしたら、エミリアはどうなるの? 侯爵は再婚しないだろうし、そうなるとエミリアは、この世界では生まれないってことになるの……?)

 屋敷の屋根の上で、いつものシマエナガ姿のまま、有沙は「うーん……」と考え込んだ。

(もしかすると、セルヴィッジ侯爵との間でなくても、エミリアは生まれるかもしれない。たしかエミリアのママの名前はケイラで、実家は子爵家か男爵家だった……はず。でも、家門の名前までは覚えていない……。ケイラさんが、セルヴィッジ侯爵以外の男性と結婚したとして、エミリアが誕生するんだろうか……)

 だがエミリアが強い魔力を得たのは、名門貴族であるセルヴィッジ侯爵の血を引いたからだと思われる。さらに光の精霊の加護を得て、結果、魔神に対抗しうる強力な光の魔法が使えた。

 もしケイラがトマス以外の男性と結婚し、女児を産んだとして。見た目がエミリアそっくりで、名前もエミリアだったとして。その子は果たして、ラビサーのヒロインのエミリアと同一人物なのだろうか。

 そもそも侯爵家の娘でなければ、王都の名門校に入学できないだろうし、そうすると、ラビサーの攻略対象たちと出会うこともない。

「えー……。じゃあ結局ここって、ラビサーとは設定だけ同じな、まったく別の世界ってこと……?」

 アリッサのことばかり考えていて、エミリアのことをまったく考慮していなかった有沙は、マリリンにエミリアについて聞かなかったことを激しく後悔した。

 分からないことがあれば精霊に聞け、と言われたが、彼らとて千里眼を持っているわけではなく、この先起こることを予知することは不可能だろう。

 万能と言われる精霊王でも、さすがに時間を飛ばして未来を見ることは不可能だ。この百年でいろんな魔法を試したが、時間を早送りや巻き戻しできる魔法はなかった。

「うーん、でもなー……」

 有沙にとって一番大切なのはアリッサで、アリッサの幸福にクラリス夫人の存在は不可欠で、もし彼女が死にかけていたら、それこそ精霊王の名にかけて、何としても救おうとするだろう。

 事実、すでに一度、有沙は夫人を救っている。この先も同様に、夫人に危険が迫れば助けるし、病気になれば治療するつもりだ。

 そこへ、カナリアに変身したエレノアと、カラス姿のエドガーが現れた。この二精霊は、精霊王同様にどんな姿にもなれる。

「精霊王様。夫人の様子はいかがですか」

「うん、今日も調子は良さそうだよ。例のブローチを気に入って、愛用してくれてるみたい」

「それは何よりですわ」

 セルヴィッジ侯爵家邸宅の屋根の上。

 白い小さな鳥と金色の美しい鳥と、真っ黒な大きな鳥が、三羽仲良く首を突き合わせている様子は、人が見たらびっくりする光景だったろう。

 揃って現れた二名を前に、有沙は首を傾げ、「ところで、どうしてここに?」と訊ねた。

「はい。じつは……」

 エドガーが答えるより先に、エレノアが、「ブローチの出所が分かったんですの!」と言った。

「えっ、本当!?」

「はい」

 今度はエドガーが先に答える。

 エドガーは、例のブローチそっくりに作った偽物を、有沙の足元に置いた。

「このレプリカを持って、王都内の宝飾品を扱う店を順に訪ねたところ、ある店の店主から、これほどの見事な細工は、王室御用達の老舗、テネーブル宝石店の職人の作品に違いないと聞きました」

「テネーブル宝石店……」

「はい。他の店でも同じことを言われたので、僕はこれから、直接その店に行ってたしかめようと思います」

「すごいね! もうお店を突き止めたんだ!」

「いえ、まだ確定はしていません」

「いやいや、それでもすごいよ! だって、調べるって言ってから、まだ三日くらいだよ!? 仕事早すぎだよ!」

 有沙の手放しの賛辞に、エドガーはほんのり照れながら、「いえ、このくらい大したことでは……」と謙遜した。

「まぁ、調べものは闇の精霊の得意分野ですものね。素晴らしい働きをされましたね、エドガー」

 少し悔しそうなエレノアだったが、それでもライバルの功績を称えるあたり、さすがに光の女神である。

 重要な手掛かりを得たことで、有沙もがぜん元気になった。「よしっ、じゃあ私も一緒に、その宝石店に行くよ!」

 そう高らかに宣言したものの、すぐに夫人の部屋を見下ろし、「あ……。でも今ここを離れるのは……」と声のトーンを落とした。

「そこで、わたくしの出番ですわ、精霊王様!」

 なぜエドガーに同行したのか謎だったエレノアが、胸を張りながら前に進み出た。

「わたくしは精霊王様が不在の間、セルヴィッジ家を守護する者をご用意いたします」

「守護?」

「はい。まずは、わたくしが使役しております光の精霊獣ソルフェレスを、夫人の守護聖獣といたしましょう」

 エレノアがその名を口にすると同時に、プラチナのように輝く毛並みの、美しい猫が姿を見せた。

 瞳が金色のその猫は長毛種で、フサフサした毛並みとピンと尖った耳、凛々しい顔つきが、地球で人気のメインクーンという猫にそっくりだった。

 光とともに登場した精霊獣ソルフェレスは、愛嬌のあるアーモンド形の目を細め、「精霊王様、初めまして! 精霊獣のソルフェレスです。ソルって呼んでね!」と元気に挨拶した。


 第十一話につづく

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回の更新をお待ちくださいませ。

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