焦る公爵家
ラルフは応接室に来た男と向かい合うようにソファーに座る。
白髪交じりで、草臥れた白いスーツを着た中年の男は下に俯いていた。
司法省長官アホォ・アナカクシは、冷や汗交じりに生唾を呑み込んでいた。
「さて、アナカクシ司法省長官。貴殿が私に召還された理由は分かるかね?」
落ち着いた様子でラルフは問い掛ける。
文官が手慣れた様子で二人に紅茶を注いでテーブルに置くと、一礼して去っていく。
「……存じております。……私は……ただ息子の婚約者の秘密を隠したかっただけです。犯人だと醜聞が広まれば、我がアナカクシ家も終わりです。それが私には怖くて堪らなかった……」
頭を抱えアホォは項垂れる。
「令嬢の能力を国民名簿に記載しなかったのも公爵家の指示ですか?」
「はい、それは間違いありません。理由を知っていたら息子の婚約者になどしようとさえ思わなかった!!宰相閣下、私は公爵家に騙されたのです!!」
ラルフの問いにアホォは答えると、すがるように騒ぐ。
「……事件を大きくした非は貴方にもあります。くれぐれも勘違いなされないで頂きたい。此度の処分は断罪が終わったら沙汰を下します。それまで出勤は認めませんし、自宅謹慎を命じます」
「っ……」
ラルフに冷たく言われ、アホォの表情は絶望に染まるのだった。
トンデール公爵家では、右に左に大騒ぎだった。
「アホォの奴が宰相に召還されただと!?もしや、事が露見したのでは!?」
白髪の頭を掻き乱して、壮年の恰幅がいい体つきの男は騒ぐ。
イカレータ・トンデール公爵。トンデール公爵の当主。
「父上、落ち着いてください。露見したとなれば騎士団が公爵家に押し寄せるのも時間の問題です。早急にミカエラを逃がさなくては!!」
茶髪の青年がイカレータに進言する。
クレイジ・トンデール。
トンデール公爵家次期当主。
「善は急げですわ」
白髪交じりの金色の髪を肩に流し、白いドレスを着た女性は踵を翻す。
キタナーイ・トンデール。
イカレータの妻でトンデール公爵夫人。
クレイジとミカエラの母。
侍女と共にミカエラの部屋に向かうと、金色の長い髪を二つに結び、赤いドレスを着た美しい少女が佇んでいた。
「あら?お母様?そんなに怖い顔をしてどうなされたの?」
少女は振り返るとキョトンとする。
ミカエラ・トンデール。
トンデール公爵家令嬢。
「ミカエラ、公爵家に騎士団が押し寄せてくるわ。貴女はその前に公爵家の護衛騎士団と共に逃げなさい。隣国に母の友人がいるわ。手紙も書いたら渡せば良い様に計らって貰うから安心して」
「お母様……分かりましたわ」
キタナーイに手紙を渡され、ミカエラは頷くと、侍女と共に目立たない服に着替えた。
そのあと、家族に見送られて馬車で公爵家を去るのだった。