哀れな女と公爵一族の話ですね
宰相のラルフは、その晩。自分の屋敷にある図書室で本を読んでいた。
「あぁ、やはり彼女とボイシャール公爵家一族は……今でも居るのですね」
ラルフは読み終えると、悲しそうに目を細める。
その本のタイトルは【心霊スポット大特集】。
帝国にある数多の心霊スポットを紹介するホラー本だ。
写真付きで、実際に神官達の解説や目撃者の噂を元に纏められていた。
そこに、【ボイシャール元公爵家領地】と掛かれたページがある。
元々ボイシャール元公爵家領地は、当時穀倉地帯で有名で帝国の台所と呼ばれていた。
だが、ボイシャール一族は作物を育てる傍ら、禁止薬草や禁止薬を製造していたのだ。
隣国や周辺国を麻薬や禁止薬草で被害をもたらし、富を不正に得ていた。
親友だった男爵令息と皇子は、極秘に調べを進め皇帝に報告する。
情報を集め終わり、やっと令嬢と正式に婚約破棄をした。
だが、令嬢は男爵令息と皇子が恋仲で裏切られたと思い込む。
処刑される直前、令嬢は男爵令息と皇子に不老不死となる呪いを掛けた。
「まぁ、そのおかげで皇族の重圧から解放されましたけどね。ただ……それからが長かったです」
17歳で不老不死になってしまった皇子と男爵令息は、ずっと友人や先輩、後輩、そして家族の別れを見送り続けた。
何百年も。
精神年齢だけは、数百歳となり、生きていて心が死んでいるような状態の時だった。
当時の皇帝や、公爵家に声を掛けられて皇子と令嬢のお目付け役にされたのは……。
奇想天外な皇子に、武に長けた令嬢。
成長を見ていて楽しくなった。
皇子と令嬢は、十五歳になり学園に通うようになると私達に平気で言う。
『小さい頃をずっと過ごしたら俺達の幼なじみだ』
『幼なじみだと思っておりますわ』
その言葉がどれだけ嬉しかったか、今でもラルフは忘れない。
だから、帝国に害を成す存在は見過ごせない。
記事を見ると、ボイシャール一族の領地は空白地帯として手付かずのまま森に覆われているようだ。
たまに、心霊マニアや、心霊オタク、冒険者が突撃するが、今までは何もなかった。
だが、最近になって古風のドレスや、古風の正装を着た貴族の幽霊が目撃されているとか。
そして昨夜、冒険者が幽霊に襲われ冒険者ギルドに運ばれてきた。
風、焔を操るドレス姿のアンデッドリッチが攻撃を仕掛けてきたらしい。
幸い、運ばれた冒険者は神官や修道士の尽力で無事一命を取り留めたようだ。
アンデッドリッチの特徴は、銀色の長い髪、色白の美しい17歳くらいの少女。
「どう考えても彼女の特徴ですね、クレイオル、侯爵家領地から無理に来てもらってすみません」
ラルフは背後に控える青年に謝る。
「いや、問題ない。今年生まれた一族の子達を見て来たからな。当分は俺も自由だ」
当時は男爵家だったカプチーノ家も、功績を上げて今は侯爵家になっていた。
茶髪で長身の青年は、冒険者のように軽装鎧を着ている。
「……イレニオーネ・ボイシャールか?」
「えぇ」
二人は顔を見合わせた。
イレニオーネ・ボイシャールが、一族の不正で処刑された訳ではない。
下位、高位、関係無く目についた貴族令嬢が少しでもラルフと接触したり、会話をしただけでその家を潰す、或いは貴族令嬢を裏で拉致し殺めてきたからだ。
全ては、自分の妄想の中で、ラルフと共に帝国を統べるため。
必要な犠牲だと、裁判でもイレニオーネは答えていた。
その残忍さや、狂った性格を危ぶまれて処刑されたに過ぎない。
「今を生きる者が死して尚、妄想に囚われる彼女の犠牲になるのだけは避けたいです。我々二人で対処しましょう」
ラルフは立ち上がると、ロープを身に纏う。
「それもそうだな、どうせあの女を滅した所で元に戻るとは思えんが、一族に危害を加える前に処分するのは先決だ」
クレイオルも頷くと、太刀を背中に背負うと両手に皮手袋を嵌めた。
「つくづくあの女と公爵一族は哀れですね」
ラルフは感情のこもらない瞳で呟くと、クレイオルと共に図書室を後にするのだった。