一反木綿の豆腐屋さん
黄昏町の繁華街から少し離れた場所にある佐々木豆腐店。そんな豆腐屋のご主人の朝は早い。
『まだ日が昇ってませんが…… 』
「いやぁ、道具の準備やら豆洗ったりするのがありますからねぇ。朝早いのは最早気にならんのよぉ 」
真っ白な一反木綿・佐々木 雪之助はそう言うと自分もびしょびしょになりながら道具を水洗いする。
『そもそも何故豆腐屋を? 』
「奥さんがね、ある日人間界から豆腐を持って帰ってきてね。食感が面白いから俺にも食べさせたいって言ってねぇ。っで食べてみたら本当に美味しかったんですよぉ 」
『え、食事できるんですか? 』
「え?僕、食べてたらダメなんですか?やっぱり、食事するイメージないです? 」
『あ、え……、失礼しました…… 』
我々妖怪の生態は謎に包まれている。食事をするのも睡眠をとるのも恋愛するのも働くのも妖怪によって様々。まぁ、佐々木のご主人の、あのペラッペラ……おっと、薄い身体のどこに食べ物が入るのか疑問であるが、最早そういうものだ。
『っで、好物になったから豆腐屋を始めた……と? 』
「まぁ、最初は奥さんと俺が食えればよかったんで趣味程度で作り始めたんですけど、いやぁ、これがなかなか難しくてね。固まらなかったり、苦かったりでもう本当に美味しくなくて、一回それで奥さんと喧嘩しちゃって、あれは結婚生活で一番の危機でしたよぉ 」
『でも、めげずに試行錯誤して、今や行列の出来る豆腐屋になったって話ですね! 』
「まぁ、簡単にまとめるとそうなるね 」
佐々木は我々の質問に答えつつ、下準備を終えるとびしょびしょになった自身をギュギュッと絞る。こうしないと身体が重たいらしい。まぁ、そうだろうな。
ここから昨晩から水を吸わせた大豆を水を入れながら臼でひいていく。そうするとどろどろとしたものが出来上がる。これを釜で煮炊き始める。途中の過程で豆乳と雪花菜を絞り、分けていた。
「奥さんがね、この豆乳で作る湯葉が好きでねぇ、毎日朝ご飯に作りたての湯葉を出すようにしてるんですよぉ 」
『愛ですね 』
「えぇ、奥さんの笑顔が見れるなら、毎日の早起きも気になりませんねぇ 」
『奥様とは何年の…… 』
「奥さんはねぇ、うちの兄の職場の上司でねぇ、もーーーーーうスンゴイ別嬪さんで、たまたま会社の集まりに手伝いで行った俺は一目惚れしちゃって。ただ俺は平社員の部下の弟っていうホント全然関係ない存在じゃないですか。憧れるしかない高嶺の花というか雲の上の存在というか、あ、蜘蛛だけにって、あははは 」
佐々木豆腐店の奥様は絡新婦だ。人間界にひっそりと就業させる手伝いをする『パワーヒューマニズム』という有名な企業があるのだが、そこの創業メンバーの一人がこの雪之助さんの奥様である佐々木 糸さんであり、現在もバリバリ現役で取締役員である。
『そんな遠い存在だった奥様とはどうやっ……て…… 』
ふと気付くと自身の身体に糸が巻き付けられていた。いや、撮影クルー全員が糸で捕らえられていた。
「リポーターさん、今日はウチの雪之助さんの豆腐作りに密着しに来たんやろ?私と雪之助さんの馴れ初めはまた次の機会でよくはありません? 」
目が笑っていない笑顔で我々の前に現れた美しすぎる絡新婦は強い圧を放ちながらそう告げた。我々撮影クルーは何も言わず縦にカクカクと首を振った。
「糸さん、そんな恥ずかしがらなくても。俺はあの95年前の告白、今でも鮮明に思い出せるよぉ 」
『え、奥様から告白を!? 』
「雪之助さん!!ちょっと、もう話しちゃダーメー!! 」
美人の照れ顔、良き……。というか、奥様の方から告白とは何がどういう流れがあって……、後日別企画を立ち上げて取材を申し込まないとならないな。最初、郊外の行列のできる豆腐屋で取材とか地味とか思っていたが、やはり敏腕リサーチャーをなめてはいけなかった。こんなに面白そうな要素が詰まっているとは思いもよらなかった。
『そういえば、さっきも大豆つぶしていた気がするのですが、追加の分ですか? 』
「こっちは油揚げ用なんです。ほら、豆腐のに比べて少し荒いでしょ?あ、師匠ならあっちで箱詰めの作業の準備してますよ 」
師匠?よく見たら彼は少し黄ばんでいる一反木綿だった。この青年は誰?
「あぁ、そっちの子は10年前にとった弟子でして、住み込みで働いてくれてる田中くんです。今じゃうちに欠かせない子ですよぉ 」
いつの間にか弟子が来ていたとは、全く気付かなかった。というか、佐々木のご主人も次の工程にいっているのなら一言声をかけてくれてもいいのに。
穴の開いている箱は木綿豆腐用、穴の開いていない方が絹豆腐用の箱だとゆっくりとした口調で説明しながら豆乳を入れていく。この後、にがりを入れて固めるらしい。
「まだまだ150歳の若造が、しかも一反木綿が豆腐屋なんておかしいだろ?でも、俺達妖怪は自由だと思っているんだ。見た目も生態も様々だからこそ色んなことしてもいいと。そして、こんな頼りない背中を押してくれたのは奥さんである糸さんなんだ 」
真っ白のハズの彼の身体が薄くピンク色に染まったように感じた。
そして、我々は彼の作った出来立ての寄せ豆腐をいただいた。大豆の風味が口いっぱいに広がる。これは並んででも買いたい気持ちがよくわかる。
『最後に、あなたにとって【豆腐】とは何でしょうか? 』
「俺にとって【豆腐】は【愛情表現の一つ】ですねぇ 」
最後まで惚気ですか。いや、そんな佐々木のご主人のキャラクターもこの豆腐屋が愛されている理由の一つなんだろう。
次回の≪密着!!匠大陸X≫は、天才メイクアップアーティスト、のっぺらぼうの伊藤 笑美さん。『老若男女、誰でも美しくなる権利はある』。お楽しみに!!