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樹海の誘い

作者: 高谷 氷理

プロットなしで二日で書き上げました。かなり久しぶりの投稿になります。

一部グロテスクな表現がありますが、そこまできつめには書いてません。

短編ですので簡単に読み終わると思います。暇つぶしにどうぞ…

僕は今死のうとしている。そう、この森の中でだ。

まずはここに来ることになった経緯について簡単に話そうと思う。


最初に自殺を考えたのは生きていることに希望を感じられなくなったというありきたりな理由からだったが、最も近いのが彼女の如月唯香と心中しようとして自分だけ逃げてしまい、唯香だけ死なせてしまったという事だ。

生きていてよかった。そう言って慰めてくれたのは両親だけだ。それ以外の人間…彼女の親や周囲の人間からは僕は人殺しと呼ばれ、同様のような扱いをされた。

それ自体は仕方のない、僕が背負った罪のような事だ。ただ、唯香を僕に紹介してくれた友人や小学生からの親友まで僕を汚物を見る様な眼で見るようになった。

それだけならまだいい。自分の蒔いた種だから耐えられた、我慢は出来る…しかし世間様というものはそうそう優しいものではなかった。

僕を庇ってくれた両親が――――親もその心無い人間達の標的にされたのだ。

SNSで拡散され周囲の人間以外も僕ら家族に危害を加えるようになっていった。

猫の死骸を投げ込まれたり、ペンキで落書きされたり、家畜の汚物を送り付けられたり…

そういった輩の証拠を見つけて警察に通報してもなかなか動いてくれなかったし、一人を逮捕したとしてもいたずらが減ることはなかった。

更には何処からか流失したのか、家にいたずら電話が一日に何十件も来る事があった。

母はそのおかげで電話に出ることが出来なくなった。


一度だけ見たことのある母の若い頃の写真は綺麗だった。化粧っ気も無いのに白い肌と下ろした清楚な長い黒髪が唯香に似ていた。マザコンなのかもしれない

その母の美貌は見る影もなかった、頭髪は白髪が目立つようになって随分薄くなり、頬は痩せこけ目の皴やほうれい線も濃くなってまだ40後半である母は老婆の様に衰えていった。

更には痴呆のような症状も目立つようになった。そんな妻を庇う様に父もまた老いていった。

僕のせいだ。そう思った僕の行動はある決意をさせたのであった。それは―――自殺する事だ。

もうこの世界に生きる意味が無いと思ったからだ。

幸いにも死ぬことに関しては昔から抵抗は無かった。むしろ早く楽になりたいと思う程だった。

だからこそ迷わずに実行しようとしたのだが、唯香の顔がちらついて踏み切れずにいた。

彼女はあの時死んだ筈なのに…… そしてある日の事、とうとう限界が訪れた。

父の書斎にあるパソコンを使いインターネットを開き、とあるサイトを開く。

そこには某大手サイトが運営する掲示板があった。

不安に思ったが書き込む事にした。内容はこうだ。

・飛び降りがしたいけど勇気が出ません。

・リストカットでもしてみようかな?

・首吊りってどうやるんですか? などなど…… 書き込みをしてしばらくすると、レスが付いた。

>1:名無しさん

初めまして、書き込みありがとうございます。私で良ければお力になりますよ

>2:名無しさん

1君、良かったね! 早速だけど死に方をレクチャーしてくれる人が来てくれたみたいだよ!!

>3:名無しさん ここの初心者かな? まぁ気にしないで、優しく教えてあげてね

>4:うるせぇな、そんな事わざわざ聞きに来るんじゃねーよ。さっさと氏ね

>5:>>4どうせ現実に居場所がないかまってちゃんだろ。本気で死ぬ気なんてないってこういうゴミはw

>6:>>5テメーこそ何様のつもりだコラァ!?

>7:>>1さんって女の子なの?そうだったら、僕が話を聞いてあげるよ?だから後でLINE教えてよ

>8:>>7出会い厨キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!

>9:>>1とにかく士にたいならさっさとシネ。どうせ家族に見捨てられた高卒ニートなんだろ?

>10:ここにいる人達は野蛮すぎますね。必要とされる第六チャクラが足りてません。霊的な上位者の私からすれば低俗そのものですよ

>11:>>10誰だコイツ?宗教狂いか?

>12:>>10どう見ても釣りだろwww

>13:>>10きっしょ、テメェも〇んどけwwww

>14:いいから黙れよカス共。こんな肥溜め掲示板に書き込んでる時点で同罪だろw

>15:シヌならどっかにガソリン撒いて火をつけて他の連中巻き込めよwww最後に派手な花火上げるんだよwwwwwwwww

>16:>>犯罪教唆ですね?通報しました。

>17:>15マジで最近流行ってるからそういうのやめろ。不謹慎だろ


僕はそのやり取りを見てバカバカしいと感じた。

本当に死を望んでいる人間に対して何故ここまで罵声を浴びせられるのか理解出来なかった。

確かに僕は家族に迷惑をかけてばかりだが、それでも死にたいとは思っていない。

ただこの苦痛から解放されたいだけなのだ…… 僕はPCを閉じた。

こんな連中と関わる事自体が時間の無駄だ。今にして思えばこいつらみたいな存在が僕の家に嫌がらせをしてきたのだろう。

取り敢えず疲れたので僕は寝ることにした。ネット掲示板なんて悪意の溜まり場のような場所をなんで好き好んで観に行ったのだろう?

ベッドに横になる。伸びた無精ひげが気になった、最後だから剃っておきたい。

いや、死ぬ前にそんな事をしても無駄だろうか…そんな事を考えながら僕の意識は穏やかな眠りの中に呑まれていった。


その夜の事だ、奇妙な事が起きたのは。


「ん……?」


ふと目が覚めた。そこから何故か寝付けない。

胸がソワソワするのだ、以前からごくたまにある事だったが今日は少し違う。

ゾクリと肌を刺すような感じが背中に広がる。まるで風邪の引き始めのようだ。

ふと枕元に置いてある時計を見ると深夜二時を回っていた。

おかしい、いつもはすぐ眠れるのに…… 仕方なく水でも飲んで落ち着こうと思い、部屋を出た。

リビングのドアを開ける。

誰もいない。静寂に包まれた暗い室内。

キッチンに向かい冷蔵庫を開けようとする。その時、背後に気配を感じた。

咄嵯に振り返るが何も居ない。だが僕の直感は告げていた。何かがいる、と。

得体の知れないものが…決して目には見えないが、僕の後ろに立っている。


「誰だ…?」


それはじっとしたまま何もして来ない。じっとこちらに視線を投げてくるだけだ。

ホラー映画のお決まりの様なシチュエーションだが実際にその目に遭うと笑えない状況ではある。

そいつ…いや、誰かの姿は見えないが僕はその得体の知れない何者かに向き直った。

後から考えるとこのときの自分はひどく落ち着いていた。

彼女の事、家族の事、そしてこれからの人生に絶望した自分の事もすっかり忘れていた。

とても不思議な感覚だった。懐かしい感じもする、暗闇の中に佇むその姿には見覚えがある様な気がしたからだ。

やがて月明かりがその人物の姿を照らし出した。それは――唯香であった。死んだはずの彼女がそこに立っていた。

彼女は微笑んでいるような悲しそうな表情を浮かべている。


「唯香…」


思わず声を漏らすと、彼女の姿はまるで幻の様に霧消してしまった。

あぁ、そうか。唯香も僕の事を待っているんだな。

すまない、待っていてくれ。僕もすぐそこに行くから…

水を一口飲んだ後にへいぇに戻って横になると、その後は信じられないほどぐっすりと眠ることが出来た。



翌朝、僕はリュックサックを背負ってとある自殺の名所で知られる樹海を彷徨っていた。

リュックの中身はロープだ。自殺の方法はいろいろ考えたがこれが一番確実だろう。

ゆっくりと森の中を歩いていく、遊歩道から随分離れてしまっていた。

道から離れる前に看板が立っていたのを思い出す、その時はどうせと思いつつも軽く目を通した。


【あなたには家族や大切な人がいます。命を大事にしましょう】


そこに描かれたその言葉がひどく空しく、上っ面のように思えてならなかった。

僕は家族の為に死のうとしている。ボクの迂闊な行いが唯香を死に追いやったからだ。

もう全て終わりにしたかった。だからこうして死に場所を探しているんじゃないか……

意外にも樹海の空は明るい、木々が均等に低く生えているせいで陽光が入ってきやすいのだ。

以前に見た映画の中では樹海の中は深く薄暗く、まるで緑の深淵の様な描写がされていたが実際に歩いてみるとそうでもない。

ここの樹海の木々がそこまで高くならないのはこの地形の岩盤が昔溶岩に覆われていたからで、

木が深く根を張れないからだという。気の大きさは根が地中に深く、細かく張りめぐされている状態に比例するという。

樹海の中は森林浴でもしているかのようだ、自殺の名所だとはとても思えないくらい晴れやかであった。

しかしながら遊歩道から随分離れてしまったため同じような光景が続く、引き返すのは恐らく困難だろう。

更に歩いてみるとぼろぼろのリュックサックが置いてあった。かなりの月日が経過しているかのように表面は変色していた。

興味が湧き中を開くとそこには文庫本や財布や罅割れたスマホといった貴重品が入っている。

盗難にあっていないのが不思議であった。きっとこの持ち主も既にこの世の人間ではないのだろう。

しかし、なんでここまで所持品が多いのか?もしかするとネットで集まった仲間と一緒に自殺を試みたのかもしれない。

それに比べて僕の荷物は必要最低限だ。リュックサックと水の入ったペットボトルに縄しか入っていない。

更に三十分くらい歩くと、前方の太めの木の陰からぼろ布のようなものが見えた。

何かと思い側によって様子を見た時に思わず情けない悲鳴を漏らしてしまった。


「ひっ…!?」


それは木の枝に縄を括り付けた首を吊った骸骨だった。地上から五メートルほど高い位置にあるので獣達に貪られないで済んだのだろう。

遺体には衣服らしきぼろ布が辛うじて張り付いていた。色褪せてはいるがビビッドな色合いを見るに女の子だろう。

僕はすっかり腰を抜かしてしまい、暫く呆然と尻もちをついたままであった。

それが将来的な自分の姿と重なり明確な「死」のイメージを僕自身に連想させた。

逃げたいと思った。しかし逃げてどうする?逃げたところでつらい現実に変わりはない。

僕は仏をなるべく見ないように手を合わせて、逃げるようにその場を立ち去ってしまった。


―――――しいよ。――けてくれ――だね―――――


声が聞こえたような気がしたが、無視した。



すっかり日が暮れてしまった。リュックサックのペットボトルを取り出して二口ほど含む。

喉が渇いていたがあまり味は感じられなかった。腹もぐうぐうなっている、一日中何も食べていなかった。

首吊りの死体は体の筋肉の力が抜けて肛門から垂れ流しになるのだという。

いくら死ぬといってもみっともない死体は晒したくなかった。その癖にペットボトルの水は持ってきている。

まるで矛盾だ…僕の人生そのもののようだった。僕は一度愛する人と死のうと思い逃げ出して…

結果として僕だけが生き残ってしまった。このありさまがこの様である、また逃げるというのか?

僕は唯香の命を奪った殺人者でしかない。今更どんな顔をして生きろと言うんだ。

唯香はきっと僕の事を恨んでいるに違いない。あの世で待っている彼女に合わせる顔がない。

唯香だけじゃない、僕は多くの大切な人の人生を狂わせてきた。

両親もそうだし、唯香の親だって同様だ…… 僕はもう生きる価値のない人間だ。だから死んで詫びるべきだ。

こんな時でも考えてしまうのは唯香の事ばかりだ。唯香に会いたかった。

唯香の事を想うと胸が締め付けられるような気持ちになってくる。唯香は今何を思っているのだろうか。

きっと僕の事なんか嫌いになっている。そうだ、もし昨日のあれが彼女だとしたら僕を迎えに来たのだ。

今度こそ逃げないように、己を殺した憎き仇への罪を償わせるように…

そう考えると震えが止まらなかった、彼女は一体どこから現れたのだろうか。

いや、もしかしたらあの幻影は狂った僕の見た幻なのかもしれない。

もし彼女が僕を恨んでいるのならあんな穏やかな表情を向けるはずがないのだ。

恨みがましい、憎しみのこもった憎悪の表情であるべきなのだ。

だけど彼女の顔は悲しそうであった。とてもではないが幻覚とは思えない程に。

そう思うとますます申し訳なくなった。彼女の姿が見えない所へ行かなくては……。

そこから少しした後に、僕は再び歩き出した。

夜の森というのは不気味なものだ、昼間よりも更に暗く感じるのは何故なのか。

ところどころ足を取られそうになってしまう。それにしても今日は月が出ておらず星々の明かりだけだと足元すらおぼつかない。

気を付けなければ滑って転んでしまいそうになる。

そのせいか妙に不安感を覚える。自分が本当に生きているのかさえ分からなくなってくる。

そんな感覚を覚えながら歩いていると、足が何かに躓いて倒れてしまう。そして頭に鈍い鈍痛…

地面から生えている木の根っこに躓いていたのだ。深い森に入ってので大きい木も点在していたゆえだろう。

頭がくらくらする、先程の感触から転んだ拍子に何か石のようなものに運悪くぶつけたのだろう。

立ち上がろうとしたが目が回ったかのように周りの風景がぐるぐると動いているようだった。

そのままぐったりとして意識を手放した―――――――――



ゆっくりと起き上がる。相変わらず夜だったが月のせいか樹海にはおぼろげな光が降っている。

どういう訳か頭の痛みはなかった。あれは僕の気のせいだったのだろうか?それに月なんて出ていただろうか?

空なんて見る余裕なんてなかったからわからない。

それに月の光で明るくなったらら好都合だ、ちょうどいい木を見つけてそこで首を括ろうと思う。

立ち上がり歩き続ける、暫く進むと足に絡みつくものがあった。

また木の根か…と思って足元を見た時に僕はぎょっとしてしまった。

そこには人間の髪の毛のような物が幾重にも巻き付いていた。

恐る恐る手で取ってみるとそれは長い黒髪であった。それもただの髪ではない。

よく見ると血のようなものがべっとりと付着している。


「…ッ!」


声にならない短い悲鳴が漏れ、僕はこの場から逃げ出したくなった。

だが、ここで逃げたところでどうなる?また決心が鈍くなってしまったのか?

そう思うと足がすくむ。結局、僕はその髪を踏まないように注意しながら歩みを進めるしかなかった。

それから暫く歩くと大きな木を見つけた。樹齢何百年もありそうな巨大な樹木だ。

これならば大丈夫だろうと僕は思い切り飛び乗った。

首をかける場所を探す。この巨木であれば首をかけたとしても折れる事は無いはずだ。

僕は太い枝を見つけるとその先に輪っかを作る。

これで準備は整った、後は首をかけてぶら下がるだけ…… 僕はふと下を見る、するとさっきまでは無かったものが目に入った。

それは人の顔だった。少女の生首が長い髪を機に巻きつけながら僕の方をじっと見つめている。

あの髪の持ち主は彼女だったのだろうか?

顔には笑みを浮かべており、まるで僕がこの木に飛び移るのを待っていたようだった。

その瞬間、僕の体は金縛りにあったように動けなくなってしまった。

顔はずっとこちらを見続けている。目を逸らす事が出来ない…… 僕は唯香の顔を思い浮かべる。唯香があの世で待っているんだ。

早く行かないと。そう思うのに体が動かない。唯香が呼んでいる。

下の方で嘗ては愛らしかったであろう少女の生首がゾッとするような笑顔を浮かべて語り掛けてくる。


――――――早く行こうよ、私だけじゃないよ。上でみんな待ってる。


(上…?)


そう言って僕は樹木の上の方を見上げて今度こそ恐怖で凍り付いた。

樹木の太い枝には無数の首を吊った人間がぶら下がったままこちらを見下ろしていた。

若い女に年老いた男…性別は様々だ。何十人も土気色の顔に憎悪や嘲笑を浮かべぶら下がっている。

そして彼ら亡者共は皆一様に口を揃えてこう言ってくるのだ。



―――お兄ちゃんもぶら下がろう?

―――お前も来い、一緒に逝こうぜ!

―――どうせ生きていても楽しい事なんて何もない、辛い事ばかりだ

―――死ねば楽になれるよ



僕は絶叫を上げ、弾かれる様に走り出す。……夢?いや、そんなことはどうだっていい!

眼の前で起こった恐ろしい出来事から僕はひたすら離れたかった。

僕は大きく息を吹き返えして自分に言い聞かせた。

何が何であろうとそれは紛れもない事実だ。だから今はとにかく逃げろ。

そう思えば不思議と震えも収まり、再び走れるようになった。

しかし、それでも足取りが覚束ない。足に何かが絡みついてくる、いやな予感がした。


アハハハハッ!アハハハハハハッ!!


可愛らしいが、狂気に満ちた少女の声が足元から聞こえてくる。

あの生首が僕を逃がさまいと髪を絡みつけているのだ。僕は必死に抵抗するが所詮は無駄な抵抗だった。

足を引っ張られ、引きずられるようにして地面に引きずり倒される。

髪がどんどんと体に纏わりついてきて、身動きが取れなくなる。


――お兄ちゃんも一緒になろう


耳元で囁かれた言葉に全身から血の気が引く感覚を覚えた。

僕はもう駄目なのか……

――ごめん、唯香……約束守れなくて本当にすまない…… 僕は観念し、そっと目を閉じた。

意識は闇に落ちていく。その中で僕の頬を伝う涙だけが妙に熱く感じられた。

しかし、そんな僕の手を掴んだ誰かがいた。この指の感触をたしかに僕は知っている。

「彼女」の手が僕を引っ張っていくと戒めは嘘のように解かれていた。

そのまま走り出す「彼女」に引かれるままに僕は走り出す。そして走った先には光が目に飛び込んできた。

まばゆい光の中彼女は振り返ったが逆光で影になっており顔が見えなかった。

そう――――彼女は………


(唯香…)



目が覚めると柔らかな白い光が目に差し込んでいた。

眩しい。野外で寝起きに直接朝日と遭遇する機会はこれが初めてであった。

頭がずきずきとする。右側頭部の辺りを触って確かめてみると微かに乾いた血の塊がこびりついていた。

どうやらあそこで転んだあとで気を失っていたみたいだ。

朝日が昇っているという事は一晩中まるまるここにいたという事になる。野犬や大型の獣と遭遇しなかったのは幸いだろう。

いや、まず僕は死にに来たんだ。喜んでいいのだろうか?

しかし、もうそんな気は薄れていた。しかし積極的に森から出ようという気にもならない。

呆然と女の子座りでそこにへたり込んでいたら、落ち葉を踏みしめる音と共に誰かやってきた。


「おい、君。大丈夫か?」


その人は登山みたいな服装とリュックサックを背負った50前後くらいの男性だった。

彼は心配そうな表情を浮かべると僕に手を差し伸べてきた。

僕はその手をしばらく見つめていたが、やがてそれを握り返した。

……暖かい。人の体温がこんなに心地よいものだなんて知らなかった。

思わず目から涙が流れ落ちるのを感じた。

男性は僕の様子を見て少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべると僕を引っ張り立たせてくれた。

改めて男性を見る。身長は160センチ程度で低いが、日常的に此処に来ているのか筋肉質だががっしりとした体格で精力的な印象を受ける人だった。

髪には白髪が交じり始めているが、それが逆に渋みを増しているように思える。

そんな彼が僕に優しく語り掛けてくる。


「君、どこからやってきたんだ?」


僕はしどろもどろになりながらも一応は答えることが出来た。

名前、年齢、出身…… このあたりは普通に答える事が出来たのだが、どうしてここに来たのか?という問いにはうまく答えることが出来なかった。

当たり前だ。自殺する為に樹海に入ったなんて言える訳がない。


「あの…ええと…ハイキングに来たんです。大学の課題で…過去に溶岩地帯だった区域の苔の生態を調べに来たんです」


「そうか」


何もかもわかっているといった風で彼は首を縦に振った。その眼差しに非難の色はない。

ただ、本心から僕が手遅れにならないで済んだことへの安堵という、善意の光がこもっている事だけは分かった。

それを知った時に胸が熱くなった。両親以外の赤の他人が自分の事を本気で心配してくれている事実に胸が熱くなる。


「とりあえず、樹海から出ようか」


「…はい」


声が少し上ずっていた。眦から暖かいものが頬へと零れていくのが分かった。

僕は無言のままその人についていく事にした。幸いにして足に怪我はない。

男性は僕の様子を察したのか何も言わなかった。


――――――っちに――でよ…


森の奥からそんな声が聞こえたような気がしたが、振り返ることはせず。男性の案内で遊歩道まで付くことが出来た。


僕は家に帰ると両親が泣きながら迎えに来てくれた。

あの男性はボランティアらしく、遭難した僕を見つけてここまで連れてきてくれたらしい。

僕はあの日に見た夢を話そうと思ったが、両親を心配させることは出来なかったので胸の内にしまう事にした。

当然だ、僕だって信じられない。だから忘れないように日記に記すことにした。

唯香が僕を助けにくれたのだという事を、僕が殺してしまった彼女に救われたのだという事を忘れないように、心の奥底に刻むように…


(唯香、僕はもうしばらく生きる事にするよ。君が、助けてくれたんだから…)


あれが妄想だったと、僕の都合のいい想像の解釈に過ぎないと経緯を知ればそう非難する者もいるいるだろう。

もしかしたら本物の唯香は僕を恨んでいるかもしれない。樹海に向かう前に一瞬だけ現れた時も夢の中の彼女も一言も僕に話しかけてはくれなかった。

唯香の両親にもいつかは話そうと思う。罵られると思う、また娘を返せと憎しみを向けられると思う。

だが今は僕を救おうとした唯香こそが本物の彼女であると信じたい。それが都合のいい僕の妄想だとしても構わない。

僕の命は、もはや僕一人の意志で安易に使い潰してしまっていいものじゃない。

二度も生き延びてしまったからには本当に、避けられない理不尽な死が訪れるまでは生きなければならない。


それが唯香に対する償いになるのならば、僕は生きよう。

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