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レテンド大陸興亡記  作者: 嶺月
一章
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アイユーヴ王国のバスタード

レオンハルト達がアイユーヴ王国と本格的な接触をするシーンに入ります。

 最新の精製水式の大砲で威嚇(いかく)したサーマイヤーフ王子-本人は王族として扱われるのを嫌がっているが-は少し焦れていた。標的の常識外れの巨艦が降伏の合図、白旗を挙げようとしないのだ。砲を撃つまでの動きで少しでも考える頭があれば外れたのは威嚇だったから、もしも最初から正しく狙いを定めていれば向こうが見事な甲鉄艦であろうとも、ただでは済まなかった事など解りそうなものなのに。

「閣下、標的からボートが向かってきます!」

「あん?なんだ、御大層な図体を捨てて全員で特攻ってか?」

「いえ、1隻のみです。こちらは普通の木でできている様です」

「訳が分からんな…まぁいい、沈めようと思えばいつでもできる。そのボートを待とうぜ」


 サーマイヤーフが疑問に思った、降伏の証をシムレー号が示さない原因はその風習がアイク島に無いとからである。レオンハルトを含めシムレー号の乗員は皆、完全に自分たちの身の命運を正体不明の大型艦が握っていると承知している。だからこそ必死で小舟を漕いでシューラリス号へと辿り着き、せめて今後は穏やかな関係を築こうと努力しているのだ。真摯(しんし)な降伏の念を天も憐れに思ったのか外海とはいえ幸い波は高くはなく、レオンハルトと漕ぎ手のジンは転覆(てんぷく)()き目に()うこともなく、無事数十分の後にシューラリス号の元へ辿り着く事ができた。さてどうするかと思う間も無く縄梯子が投げ下ろされたので、相手にも対話の意思はあると期待したレオンハルトはここ数か月の船上生活で身に付いた身軽な登攀(とうはん)技術を披露(ひろう)する。

 残念なことに平和的な雰囲気を期待したレオンハルトを打ちのめすかのように、甲板は敵意の充満する空間だった。いかなる武器かは見当もつかないものの、何やら鉄製の筒を登ってきたレオンハルトとジンに突き付けている。

「侵入者ども、お互いに2メード間隔を取れ!」

 レオンハルトには何やら聞き慣れぬ発音も混じっていたが、間違いなくアイク島で使われていた言葉と同じで、レオンハルトはまず最初の関門は突破したと安堵した。ところがその弛緩(しかん)した雰囲気を読み取ったらしい水兵たちは、レオンハルトが自分たちを侮っていると勘違いしていきり立って口々に同じ指示を繰り返す。

「すまない、メードという単位が判らないのだが…お互いを(かば)えないような位置取りをすれば良いのか?」

「そうだ!早くしろ!そうしたら両手を挙げて膝立ちになれ!」

 2人が慌てて指示に従うと、それぞれに水兵が腹や股間を筒でつつき、レオンハルト達が丸腰である事を確かめる。

「よし、それじゃ両手を揃えて出せ」

 これにも即座に従うと、2人の両手は荒縄で(くく)られて自由に動かせなくなった。

「これで私たちの無抵抗は証明されたわけだ。早速責任者に対面したいのだが…」

「黙れ!全く図々しい奴等だ。だが安心しろ、司令官閣下が直々に貴様らを尋問なさると仰っている、付いて来い」

 そう言うと1人が歩き出したので、慌ててレオンハルトとジンが付き従うと、後ろから例の筒状の武器を構えた水兵が付いてくる。おかしな真似をしたら殺すという事だろう。勿論逆らうつもりのないレオンハルト達だが、一応は騎士として鍛錬を積んできたレオンハルトはともかくシムレー号の乗員に選別されるまでは一介の漁師だったジンにはこの敵意に満ちた環境が慣れない。一応まっすぐ歩けてはいるものの足ががくがくと震えている。

「すまない、図々しいと言われたばかりで恐縮なのだが、ジン…相方は武器を向けられるのに慣れていない。おかしな真似はしないから私1人を狙ってもらえないか?」

「ちっ。仕方がない。その代わり怪しい動きをすれば即座に撃つぞ」

「勿論だ。誓って大人しくしているよ」

「お頭、ありがとうごぜえます」

 そのまま案内の水兵について歩き続けると、ひときわ豪奢(ごうしゃ)な扉が現れた。ここから正念場、とレオンハルトが身構える間もなく水兵は戸を叩く。

「どうした?」

「例の艦の者を案内して参りました」

「入れ」

 短いやり取りが行われると内側から扉が開く。先導してきた兵士はそのまま扉の脇に控え、レオンハルトがどうしたものかと迷っていると、後ろから早く入れと言わんばかりに小突かれる。扱いは悪いが一応は招かれたのだから、と覚悟を決めてレオンハルトは扉の向こうへ足を踏み入れる。

 部屋の中は扉の装飾に比べて遥かに簡素だった。毛足の短い絨毯(じゅうたん)が敷かれ、その端にアイク島には無い艶っぽい黒光りする木材で組み立てられた重厚な机、その向こうからブルネットの髪を丁寧にオールバックに整え、同じ色の顎髭を蓄えた壮年の男がこちらを興味深げな眼で見ていた。

 レオンハルトが-ジンも少し遅れて続いた-部屋の中央まで進んで跪くと、男は顔を(しか)めて声をかけてくる。

「何だ、その仰々しい振舞は?」

「はっ…これが貴人に対する故郷の礼儀でございます」

「それを聞いて益々嫌になったぜ。立て。そんでまぁ…縛られてるからどうしようもないが、取り敢えずそのまま手は後ろに回したままにしろ。それがこの俺に対する最敬礼だと思え」

「かしこまりました」

「よし。まぁ素直で結構だ。白旗も上げようとしないからどんな跳ねっ返りが来るかと思ったがな」

「白旗?」

「そうだ。降伏するなら白い旗を掲げる。今じゃ大陸の南方だって使ってる合図だと聞いてるがな。お前ら一体どんな田舎から来やがった?」

「我々はこの…この大地はレテンド大陸で間違いございませんか?」

「当たり前だろう」

「我々の先祖は500年ほど昔、戦でこの大陸を()われ、ここから遥か北方のアイク島という島に流れ着き、そこで暮らしてまいりました」

「アイク島?知らねぇな」

「途中難所もございましたし、並の大きさの船に積み込める物資ではとても辿り着けないような距離でございます。先祖が無事に漂着できたのは全くの僥倖(ぎょうこう)と伝わっております」

「へぇ。それであのでかい船をこさえて渡ってきたってか。何の為に?」

「これまでの500年は永らえてきました。ですが、このまま孤島に逼塞(ひっそく)していては未来は無い、と」

「成程な。俄然(がぜん)面白くなってきたじゃねぇか…こっちの忙しい時期に来やがった事はチャラにしてやる。順序がめちゃくちゃになったが、ようこそアイユーヴ王国へ、アイク島からのお客人。アイユーヴ王国レイシン河方面軍司令・サーマイヤーフさまが歓迎するぜ…おい、縄を解いてやりな。どうせ船に仲間が残ってるんじゃ逆らえる訳もねぇんだ」

 サーマイヤーフと名乗った部屋の主が顎をしゃくると、二人の両手を縛った縄がそれなりに丁寧な手付きで断ち切られる。縄を切った兵士は離れ際に、手は後ろ手に組むように伝えると部屋の隅へ戻っていった。言われた通り自由になった手を軽く振ってから後ろで組むと、満足そうに頷いたサーマイヤーフが会話を続ける。

「こっちは名乗ったぞ」

「失礼しました。私はアイク島王宮騎士団所属レオンハルト・カシウスと申します。こちらのジンはあくまで小舟の漕ぎ手でございます。今後についての話は私に」

「そんな事は俺にゃ関係ねぇ。連行された王都で話すんだな」

「本当に?」

「…何が言いたい?」

「この艦には最初に駆け付けた艦とは違う旗が掲げられておりました。また先程私が貴方様を貴人として扱った時、貴人である事自体は否定されませんでした。ただその扱いが気に入らない、と仰るだけで」

「ちっ、よく見てやがる…こっちが不用意なだけか。まぁ隠してもしょうがねぇ。確かに俺はただこの方面軍の司令ってだけじゃなく、王子でもある。ただし妾腹のな」

「妾腹…王家が妾を囲うのですか?」

 故郷の風習との差異にレオンハルトは軽く眩暈(めまい)を覚えた。アイク島ではよほど不道徳な騎士階級の者でもなければ、配偶者以外の異性と関係を持つ事は無い。今の相手に不満が有ったり、他に気になる異性が居たりすれば、正式に離縁してから新しい関係を作る。王家の者は王を除き正式な妻帯を許される事は無いが、事情は同じだ。王のみは平民から推挙された女性を四人まで(めと)るが、それも王が望んでではなく、あくまでも確実に血筋を残す為で王が自分の好みで妻を選ぶ事はできない。

「なんだ?妾がそんなに不思議か?男が権力に飽かせて女を侍らせるのは、どこの国でも同じだと思っていたがな」

「…アイク島は本当に小さな島です。政を為す騎士が権勢をみだりに競い、万一にも国を割る事の無いよう、婚姻関係については厳格な定めが有ります」

「息の詰まりそうな国だな」

「良い島ですよ…今は、まだ」

「だが孤立していて先行きが暗い、ときたか。まぁ突き放して島ごと滅亡させるのも寝覚めが悪い。国交を開く方に手を貸してやっても良いぜ。船の仲間を呼び寄せろよ。詳しい話はお前さん以外からも聞かねぇとな」

「ありがたき幸せ!」

「迎え入れると決めた以上は客分だ。そういう背中の痒くなるような言葉遣いはやめろ」

 どこか屈折はしているものの、気の良い男の援助を得ることができた。ルーチェたちを人質扱いされる心配もないだろうと判断して、レオンハルトは大陸に地歩を固める足掛かりを得たことに安堵した。

読んでくださってありがとうございました。

ご意見ご感想、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

サーマイヤーフの口調をどこまで乱暴にするかで結構悩みました。

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