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レテンド大陸興亡記  作者: 嶺月
二章
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初めての国交交渉

前話までで国王との個人的な交流を果たし、また彼の隠された危険性を知らされたレオンハルトは、これから本格的に外交交渉へと移っていきます。

 王宮での歓待においてはルーチェが(こと)に気に病んでいた宴でも無作法を(さら)すことは無かった。むしろ無様だったのはレオンハルトの方で、その夜緊張のあまり口当たりの良い酒を勧められるままに(あお)っていた彼は翌朝中々経験のない宿酔(ふつかよ)いに悩まされた。使節団には他にも体調不良の乗組員が続出し、もしもイェーリエフ王太子がこの機を狙っていたらその目論見は見事に当たったろうが、幸い彼らも一先ずの謁見の成功の後はひと息付くつもりだったようだ。

 しかし安穏としていられたのは2、3日だけ。王宮へ到着してからちょうど一週間目となる今日、レオンハルトたちには午前中に外務部の人員から面会の予約が取り付けられていた。使節団の首脳部に当たるレオンハルト、ルーチェ、ジークは差し迫る会談の時間をこの王宮への滞在の間仮に使節団の執務室として与えられた広い部屋で待っている。

 執務室の内装は快適に過ごせるようにと調えられているが、当然というかなんというかシルマンテの街でサーマイヤーフによって(あて)がわれた部屋に比べれば格段に豪奢(ごうしゃ)だ。天井からつられたシャンデリアや部屋の中央に置かれた高級材の卓子(テーブル)セットだけではなく、大型の精緻(せいち)なレリーフの浮いた植木鉢とそれに活けられた植物は確かに品の良い姿と香りで感覚を楽しませてはくれるが、海上生活の間の質素な生活や質実剛健の趣の強いレイシン河方面軍庁舎での暮らしに馴染んだアイク島人にはやや落ち着かない。

「それにしてもとうとう外交実務の本番か…実際のところ何すればいいんだろうね?」

「私にとっても国家間の取り決めというのは初めての政務だから、ちょっと想像がつかなくて困っているよ。取り敢えずはお互いの国民の身分保証の文書を取り交わすことからかな、と考えているけど」

「身分保障?って?」

 約束の時間までの間隙を持て余したルーチェがレオンハルトが今日何をするつもりなのかを尋ね、それに対してレオンハルトがここ数日の間にジークと話し合って出た結論を返す。本来ならルーチェも交えて検討したかった、が彼女には交渉の中でアイク島側の重要な手札である重力水についての情報を隠すという役割があるので無闇に負担をかけたくなかったのだ。もともと頭の回転が早いとは言っても交渉術に長けている訳では無いので、レオンハルトとしては専門分野に関する話題だけを(ゆだ)ねるつもりだ。

「この大陸に上陸してすぐ、閣下の算段を(うかが)った時のラングルム殿の言葉を(おぼ)えているかい?」

「へ?…急に言われても何のことかわからないよ」

「奴隷という制度についての話題だ」

「え~っと…人がお金でやり取りされるって話だっけ?」

 具体的な言葉を出すとルーチェも一か月ほど前の事を思い出したようだ。些細な事だがその時(わず)かに聞いただけの言葉を思いだせる彼女の特異な知性に密かに感心しつつレオンハルトは説明を続ける。

「アイク島からこちらへ訪れた船と船員を、王国が国内に不法侵入した犯罪者と決めつけて彼らの自由を奪われるようなことが有っては、その後の国交は対等では無くて常に私たちが頭を下げる形になってしまうだろう?アイク島はこの大陸に活路を見出しているが、王国側は私たちの祖国を無視するという選択肢が有るんだ」

「ああ、なるほど…サーマイヤーフ様がレイシン河方面地域から異動することになったら、不当な扱いが無いとも言い切れない訳ね」

「そうだ。それを避けるために互いの国が対等の関係だと記された公文書を残そうと思ってね。所詮(しょせん)紙切れ一枚、という判断をしないのが伝統ある国家の矜持(きょうじ)というものだそうだから」

「でもアイク島とアイユーヴ王国との間ではそれが通用するだろうけど、他の国とはどうするの?」

「残念ながら私たちの力は現段階では及ばないな。特にロッテントロット都市連合と友好関係を築くのは大変かもしれない。シンドゥム王国は文化的な共通点が多いからむしろ簡単かもしれないな」

「そうやって少しずつ大陸に浸透していくって訳ね…ところで、そろそろ約束の時間だと思うのだけど…」

 話題が一段落したと考えたルーチェが今集まっている本当の目的に水を向けると、見計らったように執務室の扉が叩かれる。レオンハルトがジークに目配せすると彼は扉を開けるために立ち上がった。

「どうぞ」

 レオンハルトがジークの動きに合わせて入室を促すとジークが扉を開ける。入ってきたのは三人で、いずれも中間色の落ち着いた色合いの仕立ての良さそうな衣類に身を包んでいる。真ん中の男だけが胸に赤いリボンを付けていて、彼が今回の交渉の主役であると想像させる。人数がこちらと同じなのは対等の立場に立つというアイユーヴ王国の意思表示か否か。

「失礼いたします、レオンハルト・カシウス様。今回の両国間の関係を定める折衝(せっしょう)について本邦側における主任を拝命いたしました、ラッセル・ヨーナンスと申します。こちらがシュリス・レイツェン、もう一人がアンデラ・リットートです」

「挨拶ありがとうございます、ヨーナンス殿。レイツェン殿、リットート殿もご足労感謝します」

 深く一礼して名乗った中央の男が左右の同僚を紹介するの応じて、レオンハルトは軍人式に敬礼を返して来訪をねぎらった。それぞれが王意を直接受ける立場なのか、それともいずれかの派閥に属するのかは定かではないが、この時点で警戒する素振りを見せるのは不正解とレオンハルトは判断している。ルーチェとジークもレオンハルトの挨拶に続いてこちらは彼らと同じように深くお辞儀をして答礼する。

 第一印象などあてにならないとは考えつつも、レオンハルトは三人のにこやかな様子に内心安堵しながら来訪者に椅子をすすめた。

「では両邦のより良い関係の為の対話を始めましょう。私達としましては…」


 レオンハルトの楽観は裏切られることなくアイユーヴ王国側も国民の身分の安堵について積極的に認める方向性だった。それがアイク島の底力を期待しての事なのかは貿易についての税率の定め方などの交渉を経なければわからないが、今回は一つ約束事を決めた時点で話し合いは終了となった。

 今は城の女官に紅茶を淹れさせて六人で雑談に興じている。アイク島では実務の後に騎士同士で歓談の場を設けるのが通例だったので呼び鈴を鳴らしてから、これは大陸の流儀に沿っているかと危ぶんだが官僚側もさして疑問を感じた様子もなく誘いに応じた。案外エモル帝国の時代には既に確立された習慣なのかもしれない。

 誘っておきながら淹れたての熱い紅茶に辟易(へきえき)しながら、レオンハルトは最初に何をどう切り出すかをやや困っている。彼らが王子たちの派閥争いにいかなる立ち位置を持っているのか、またヨルムベルトの無茶な処分案について何か知っているのか、情報を引き出すためにはどのように話題を振って行けばいいかを思案していると、やや間を置き過ぎたようでラッセルが先に会話を開始した。

「それにしても、失礼ながらルーチェ様は本当に優れた技術者でいらっしゃるのですね」

「は、はい⁉…わた、し…です、か?」

「アイユーヴ王国では女性が社交や家政以外のことに従事するというのは珍しく、使節団の技術者の代表者が女性であるというのは今更打ち明けても詮無い事ですが、何かのブラフではないかと疑っておりました」

「それ…は、とうぜ、ん…と、思い、ます…アイク島で、も…」

「アイク島でも女性が表の仕事に出るというのは珍しい例ですよ、ところでブラフという言葉は寡聞(かぶん)にして知らなかったのですが?」

 突然話題の中心に引き出されてあたふたしているルーチェへの助け舟のついでにレオンハルトはラッセルの耳慣れない言葉について質問する。

「これは重ね重ね失礼いたしました。ブラフとは交渉などにおいて相手を(だま)す詐術のことです。正直なところを打ち明けますと奇異な話題で我々の気を()らして交渉の本当の狙いを惑わすお心算(つもり)なのだと疑っておりました」

「無理もない事です。故郷でも彼女は家族を含めて(ほとん)どの人間から胡散臭(うさんくさ)い目で見られていました」

「私も今回の船旅に同道して知恵を貸し合うまで、女でありながら家庭に入ろうとしない奇妙な娘だという噂を信じて軽んじておりました。今となっては識見の狭さに恥じ入る思いです」

 レオンハルトがアイク島でのルーチェの立場を打ち明けるとジークが追随(ついずい)する。その身に宿した知恵は本物でも初対面の人物との会話が不得手であることも事実。それを見抜いて俎上(そじょう)に上げようとしたとラッセルの意図を推測し、話題を引き取る事で助け舟を出したレオンハルトの心中を察して手伝ってくれたのだろう。

「周りからは快く思われてはいなかったのですね。それでも人生を貫くとは余程の覚悟と資質を持ち合わせていらっしゃったのだと感服いたします。それにしてもレオンハルト様がその本質を見抜くには何かきっかけでも?」

 向こうはアンデラが話題を引き継ぐ。それにしてもこの話題は要注意だ。レオンハルトとルーチェの昔話に終始したいが、その中で重力水の話題に()れる恐れがある。さりげなくレオンハルトが左右に目線だけをちらっと素早く動かすと察したようで二人ともやや強張(こわば)った顔で(うなず)いている。

 迂闊(うかつ)な受け答えをすれば(さえぎ)ってくれると期待したレオンハルトは話題を無理に変えようとはせずに幼少期に父が信頼していたルーチェの祖父である天才鍛冶師・ディルを通じて知り合った当時の思い出話に興じる。

 ディルの天才性を証明する出来事に官僚たちが踏み込む前に、ルーチェがいつもの(ども)りながらの口調で名声を打ち立てた自分の祖父ですら姓を持たない事に言及し、雑談を装った探り合いはアイユーヴ王国での平民の身分向上の歴史へと移っていった。

 更に文化を共有するシンドゥム王国との比較にレオンハルトが話題を変え、アイク島使節団はレテンド大陸の事情に深い興味を示していることを誇示し、また結果として交渉の相手側の背景に有るものを知るという満足のいく会談として最初の試練を潜り抜ける事に成功した。

読んでくださってありがとうございました。

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