国王の裏の顔
ヨルムベルトの不可解な処分への考察と、サーマイヤーフがショームードを憎む理由の根源の話題です。
ヨルムベルトの不合理な処分案の裏にあるものを求めて一同は思案を続けていたが、やがてカイトが一つの意見を導き出す。
「あの、サ…いや殿下、誰か殿下を良く思わない偉い方が無理やり殿下を引きずり降ろそうって寸法で…?」
これが派閥の領袖たる王子級の誰かがねじ込むというならまだ不合理だが経緯の説明にはなる。そう思ってその筋の話なのか尋ねる。不敬に属する発言なのだが、案内と護衛または監視の任に付く外務部の官僚も解答が気になっているらしく、黙って耳をそばだてている。
「それならば筋は通るのですが、どうやらラキサリス司令官閣下の独断のようです。それで私も困惑頻りといった具合でして」
「確かに不思議な話の様ですね。何か事情説明のような物も無く?」
「そうですね。軍の序列規則を乱す処置であることは間違いないので、今後二度三度と再考を求めてその中でどういうおつもりなのかをご説明願おうかと考えております」
それでこの話はいったん終了だ。ヨルムベルトの、顕職ではなくひりついた戦場の熱気を求める妄執は理屈ではないだけに、他者には理解できるはずもない。
「それにしても…」
「レオンハルト卿、何か?」
話題を打ち切るとレオンハルトは先程頭蓋の内の帳面に付けた事が気になってきて思わず口にする。
「殿下の事前のお言葉に比べると、陛下は随分と国政にも精力的でかつ魅力的な人柄のようにも思えたので、気になっておりまして」
「それか」
突然いつもの調子にサーマイヤーフが戻る。
「で、殿下、落ち着いて」
「何もこの場で…」
副官二人が慌てふためき出す。どうやらレオンハルトのショームードへの称賛はよほどサーマイヤーフの腹に据えかねたらしい。サーマイヤーフ以外の誰もがこの場では部外者ともいえる官僚たちの顔色を窺うが、彼らも冷や汗をかきながらやはりまだ素知らぬ顔を続けている。
「気にするこたぁねぇ。あのクソ野郎の悪癖なんぞ王宮に出入りする奴ならだれでも知ってらぁ。おい、おめぇらも気にせず聞いてけよ」
悪意に満ちた妾腹の王子の誘いに彼らは取り敢えず扉の方角に体ごと向くという態度で、話題そのものは看過するが断固として関与するつもりが無いことを示す。その様子に余程の事情があるだろうこと、そしてサーマイヤーフが言うように公然の秘密なのだろうという事をレオンハルトたちは察する。
「陛下には…何か表沙汰にはできない瑕疵が有るという事でしょうか?」
「瑕疵とはまた穏便な表現だな…野郎はな。嫌がる女の悲鳴を聞きながら犯すので何よりも興奮する異常な性質なのさ」
「は?嫌がる…それは…あの?」
「おめぇらはその手の事に特に潔癖な風習だって言ってやがったか。だが事実だぜ。夜一人で作業をしていた下働きの女が山ほど奴の異常性癖の餌食になってきたんだ。始末の悪い事に政治的に問題になるような貴族の娘には手を出さねぇ程度には頭も働きやがる」
「そんな…ひどい…」
サーマイヤーフが指摘した通り、性に対して厳格な風習のアイク島人には思いもよらぬ真実だった。特に女性であるルーチェは今にも吐いてしまいそうなほど顔を青ざめさせている。ルーチェを宥める言葉を誰も持たずに一行は茫然自失の態だ。
「そんな…そんな酷いこと、どうして誰もが許してるんですか⁉いくら王様だからって…嫌がる女の人を暴くなんてこと…」
「お前らがさっき言ったように、王としては確かに有能だからさ。10数人ばかり下賤の女がけして消えない傷を刻み込まれるくらいなんてこたぁないって貴族どもは思ってるのさ」
「10数人も…」
「でも…でも…!」
「ルーチェ…落ち着いてくれ。確かに許しがたい話だが、閣下にその怒りをぶつけるのは筋違いだ。閣下の母上は…」
「あ…そう、でした…ごめんなさ、い…」
どうにもならない事だからと突き放すような雰囲気で語っていたサーマイヤーフに詰め寄りかけたルーチェを、レオンハルトは自身も先程まで尊敬しかけていた男の裏の顔に激怒しながらも、愛する少女を押しとどめる。その言葉にルーチェも少し頭が冷えたようで、いつもの吃るような話し方に戻る。そう、王の信じがたい悪癖が事実ならば、おそらく本来妃に迎えられられるなど有り得なかったというサーマイヤーフの母親は…
「そ、それにしても…それほどの女性が被害に遭っていながら、予定外のお子様が閣下おひとりというのも…なんというか、幸運、でしたね…」
衝撃冷めやらぬといった風情でジークが言葉を継ぐ。彼も女性に乱暴するなど理解も及ばぬ男だが、これ以上その事実そのものには触れたくないという心情からの、すこし話題を滑らせた観点からの発言だ。
「いや、良い読みをしてるぜ。実の所俺の『兄弟』はまだ5、6人は居る筈なんだ。だが大抵の女は相手が国王ではと泣き寝入りして腹の子供の父親については口を噤むのが当たり前になってるのさ。勿論誰もが事情は察してるわけだがな」
「では閣下の母上は…?」
「勇敢だったのか阿保だったのか、それとも本気で下剋上できるとでも思ってやがったのかね。堂々と国王陛下に貴方の子供だって大きな腹を抱えて告白しやがった」
「それで…認められたのですか?」
「あのクソ野郎がどういうつもりだったのかは知らんがな。公認されちまった。それが不幸の始まりよ」
妊娠した子の父親を特定する事が何故不幸に繋がるのか。その場にいた誰もが話の続きを固唾を飲んで待ち受ける。
「被害に遭うのは下働きっつったろ。王宮に実際に居るとしても居ない者として扱われる、そういう並みの平民よりもさらに身分は下なのさ。そんな女が王子を腹に宿したからと言って正式な側室に迎えられて角が立たねぇわけが無い。俺を産んでからすぐに闇から闇へと存在そのものを葬りさられたさ」
「葬る…というのは比喩でも何でもなく…?」
「そう、暗殺だ。アイク島には残ってない仕組みか?」
「はい。言葉だけは未だに永らえてはいますが」
「ふん、本当に平和で羨ましい国だぜ」
毒吐いてみせた話題の中心に立つ男は、しかし心底悍ましい陰謀が絶滅したアイク島という閉塞しているがゆえに安閑とした社会を羨望しているように思えた。会話の相手を務めているレオンハルトもその他の聞き手も目の前の壮年の男ののあまりに過酷な生い立ちを前に、自分たちがいかに恵まれた環境で生きていたかを痛感せずにはいられない。極楽浄土の寵児たるレオンハルトは年嵩の友人に辛い記憶を想い起させたことを詫びる。
「閣下、話してくださってありがとうございました。そして不用意に話題にして誠に申し訳ございませんでした」
「いいさ、いずれは話さなきゃならねぇ事だった。何しろルーチェの嬢ちゃんが居るからな」
「え?…わ、たし…です、か?」
「きちんとした使節団の一員だから安全だと思ってたか?だったら甘いぜ。この手の心の病ってやつは歳を重ねると歯止めが利かなくなる事も有る。今まで政治的にヤバい相手は襲わなかったからと言って、嬢ちゃんが絶対に標的にならないとは限らねぇぜ」
「それは全く意識しておりませんでした。陛下だけではなくその他の勢力の誰かからも陰謀の標的となる可能性がある事を刻んでおきます」
「それが良い。女だからって一人になる場面をなるべく作らないように注意しな。俺もシルマンテの街を出るまでにその辺の危険性に気付いて頼れる女を手配しておきゃ良かったんだが…」
「それは閣下の責任ではありません。ご自分の立場にも気を回さなければならなかったのですから」
配慮が足らなかったと悔やむサーマイヤーフにレオンハルトが慌てて宥めると、今もっとも立場の危うい男の副官二人も熱心にうなずく。
「あの…サ、マイヤー…フ、様。私、も…できるだ、け気を…付けます、から…」
「そうだね、ルーチェ。なるべく自衛の心構えを忘れないでいてくれ…それは皆もだ。実のところ、謁見の間で私たちに好奇ではなく明らかな悪意の籠った視線を向ける貴族が一塊になっていた。あれがおそらく王太子派だろう」
「…んんっ!」
レオンハルトが話の流れで自分に向けられる嫌悪の視線について言及すると、まだ扉の方向を向いていた官僚が咳払いする。見逃すのはあくまでサーマイヤーフの生い立ちまで、王子間の派閥争いはアウトということだろう。レオンハルトが慌てて口を噤み、青年騎士の言を受けて何か言いかけていたルーチェは手で口を抑える。その様子を見て少し気が和らいだらしいサーマイヤーフはニヤリと笑った。
そして今後の各派閥からの圧力にどう抗するか、官僚たちには聞こえない低い声で続ける。
「しかしラボーラルの兄貴は割合中立と踏んでいたんだがなぁ、ラキサリスの爺がここまで強硬策を示してくるとなると怪しいもんだ。外務部のギルバーグはどんな様子だった?」
「ギルバーグ殿は第二王子派としてはアイク島との国交に対して積極姿勢を崩すつもりは無いと。またこの件では王子間の派閥争いで多くの事が左右されるのも事実ですが、政の中心に座しているのはあくまでも国王陛下だと叱られてしまいました」
王の名が出ると嫌そうに眉をしかめたが、サーマイヤーフにも納得のいく返答だったようで、大きく頷いて見せる。
「確かにな。しかも謁見の様子ではあのクソ王は国交を開く方向で決心がついてるらしい。となりゃあアイク島使節団の立場そのものは安泰かもしれねぇな」
「私もそう考えて大丈夫だと思っています。しかし閣下のお立場は…」
「そうなんだよな…ただラキサリスの爺が一人で勝手に暴れてるって可能性も有るしな。今後はお前がクソ王に働きかけて俺たちの物理的な距離を引き離さないようにしてくれねぇか」
「承りました。そうだ、重力水の存在については隠し通しましたので、下手に王宮で情報を漏らさないようにお願いいたします」
「おっと、生意気言いやがって。だが上手くやりやがったな。それは今後の重要な札にできるだろうから、俺がへまをこいて飛ばされても簡単に他の奴には見せるんじゃねぇぞ」
再び相変わらず魅力的な粗野だが野卑とは少し違う笑みでレオンハルトを称賛すると、サーマイヤーフは再び第二王子派の意図について考察していく。
陰謀渦巻くアイユーヴ王国王宮とのファーストコンタクトは予想以上の出来だった。だが今後も派閥、立場もさまざまな貴族や官僚、時には王子本人との接触も有るだろう。謁見の儀式については大人しかった王太子派の蠢動も不安だ。レオンハルトとサーマイヤーフだけでなく、ルーチェ、ジーク、ラングルム、コンライレンを含めた一同は声が高くなるたびに視線を向けてくる官僚たちに辟易しつつ、今後の相談を続けた。
読んでくださってありがとうございました。取りあえずのひと段落、次回からは新しい展開に移ります。
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