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レテンド大陸興亡記  作者: 嶺月
二章
33/36

謁見の間

長々と前置きしましたが、ようやくアイク島使節団一行はアイユーヴ王国国王との謁見に臨みます。

 ロレンツォの微に入り細を穿った作法の説明も遂に終わり、レオンハルト以下シムレー号乗組員は全員が煌々(きらきら)しいアイユーヴ王宮の廊下を謁見の間に向かってぞろぞろと歩いていく。

「ギルバーグ殿、実際の所平民も含めて全員が陛下に直接お目通りが叶うというのはどれほどの名誉と考えればよいのでしょう?」

「左様ですな、アイユーヴ王宮を(おとな)う他国の使者というとほとんどがシンドゥム王国、大きく頻度を下げて次がロッテントロット都市連合となります。二国とも使節団に雑務を担当する身分の低い者は伴っておりますが、彼らに謁見の栄誉が授けられたことは当然ございません。遠国の冒険商人ならば平民であろうともお目通り叶いますが、それもやはり代表者のみとなります。今回のように全員が陛下に招かれるというのは前代未聞と言って良いかと」

「なるほど…いや、詮無い質問をいたしました。如何ほどの意味が有ろうとも我らは厳粛に式典に臨むのみです。田舎者の戯れ言とお笑いください」

 アイク島の王宮とは全く比較にならない、5メードは有りそうな天井、等間隔に設置されたまるで何も無いかと思うほど美しく磨かれた窓、その脇にかけられた色彩豊かなカーテン、廊下の中央部に敷かれた麗しい絨毯(じゅうたん)といった、高貴とは如何なるものかと声高に主張している空間を、この場には相応しくないイメージの付きまとう仲間たちが歩いているのに奇妙な引け目を感じて使節団代表は思わず問いかけてしまう。残念ながら殿上(てんじょう)許可・書類閲覧許可局外務部次官殿の返答はその違和感を肯定する物であり、そのやりとりを聞いてしまった使節団団員‐実際にはただの水夫‐も自分たちに課せられた責任の重さに表情を硬くしてしまう。するとロレンツォは自分が図らずも失言してしまったことに気付き、フォローの言葉を紡ぎ出す。

「しかしそれでも礼法が厳しくなるという事はございません。先ほど念入りに儀典の式次第を説明させていただきましたし、多少失敗なさってもそれが意図的な王家への侮辱でなければ外交が封鎖されることも有りますまい」

 ロレンツォの言葉で多少は気が楽になったのだろう、石仮面のようになりかけていた一行の表情が多少緩んだところで、廊下の豪奢(ごうしゃ)さが一段と増し、大陸に来てからは全く目にしていなかったアイク島の騎士の装いを彷彿(ほうふつ)とさせる格式ばった顔まで隠す騎士甲冑にハルバードを装備した儀仗兵が左右に控える一際大きな扉が現れた。扉の向かいには王宮に登城した際に上ってきた大階段があり、もし作法の教授が無ければそのまま入室することになっていただろう謁見の間がここであることは疑う余地もない。

「それではシュナングル・リン・リッテンハイム卿、後はよろしくお願いします」

「心得た。アイク島使節団代表レオンハルト・カシウス卿、シュナングル・リン・リッテンハイムと申す。ただいまより呼び出しの儀に移らせていただきます」

「シュナングル・リン・リッテンハイム卿、よろしくお願いいたします」

 儀仗兵に隠れて見えなかったが、恐らく式部官なのであろう黒の礼服を身にまとった男がレオンハルトに挨拶して大扉の脇の小さな扉の奥へ消えて行った。ややあって大扉が仰々しい音を響かせてゆっくりと開かれていく。ここからが儀式の本番だ。誰かが大きく唾を飲み込む音を耳にしながら、レオンハルトは軽く衣裳を掌でならした。


「アイク島使節団の皆さまが入場なさいます」

 シュナングルが謁見の間に入室して来訪者の到来を告げると、列席者でざわついていた謁見の間が耳が痛くなるほどの静寂に包まれる。全員の緊張が絶頂に達するのを見計らったように楽団が国家の演奏を始め、謁見の間の正式な大扉を儀仗兵が開けていく。

 大扉の向こうで待機していたそれまでこの王宮の誰もが名前を聞いたことも無かった国からの30名強の賓客がゆっくりと入室してくる。先頭に立つ青年はアイユーヴ王国では見慣れない燃え上がるような赤毛、中背だががっしりとした体躯に穏やかな笑みを浮かべ、いかにも頼もし気な印象を与える。半歩後ろに政の場には皆無と言って良い小柄な金髪の少女と細身のいかにも怜悧(れいり)な知性を感じさせる黒髪の若者が続く。更にその後ろに使節団の総員がきびきびとした動きで続いている。

 先頭の三人は異国情緒を漂わせた見た目をしていて、数年おきには遠国の冒険商人が訪れるアイユーヴ王国の貴族たちにも特別な感慨を抱かせる。なんといっても商人と違って先頭を歩く赤毛の青年は自分たちと同じ尊い血統の持ち主。しかもエモル帝国の(すえ)で有るという触れ込みは物見高い貴族たちの興味を()くのに充分な経歴だ。

 穴が開くのではと危惧したくなるほどの熱い視線の中、使節団は粛々と玉座へと伸びる(きざはし)の手前へと進み、作法に則ったやり方で片膝を突き、国王ショームード3世の入来を待ち構える。その一糸乱れぬ振る舞いは集まった貴顕の感嘆を呼んだが、中には不愉快そうに一行を睨みつける者たちも居た。王太子イェーリエフとその一党だ。

「殿下、ご覧になりましたか。本当に存在するかもわからない国の代表を名乗る連中の姿を。先頭の男などまるで城下の愚民どものような下品な中途半端な長さの赤毛ではありませんか」

「貴卿に言われずとも判っておるわ。なに、陛下の御威光を目にすればすぐにメッキが剝がれるであろう。奴らが辺境の蛮族らしく無様を(さら)すのをゆっくり待っておれば良いのだ」

 明らかな悪意の表明は、それなりの節度を示しているつもりなのか低い声で行われたが、気持ちを共有する王太子派だけではなく第二王子派の貴族の中にも聞こえた者が居たようで、批難の意思を込めたまなざしが送られる。もっともその視線に気まずげな表情を浮かべる貴族も居たが、中心人物である王太子は傲然としたものだ。

 王太子イェーリエフと第二王子ラボーラルは同腹であるため、本来ならば王位を争うなどという事態は起こらない。イェーリエフがラボーラルの振る舞いを宮廷序列を(いたずら)に乱すとして真剣に相手取ろうとしないのもある意味では正しい。しかしそういった王族の論理だけが国家運営全体を覆うのを当然として、平民出身の官僚の正論を同じ要領で(しりぞ)けてしまうからこそ、弟は兄の資質を危ぶんで敢えて独自の派閥を形成しようとした。たった今の一幕はその経緯の表出と言って良い。

 なにしろ(れっき)とした他国の使節団の前なのだ。些細な瑕疵(かし)とて国家の恥となり得る。それを宮廷での勢力が弱い第三王子に関係が近いというだけで嘲ろうというのだ。心有る貴族が眉を(ひそ)めるのも無理はない。

 幸い王太子派の暴言が儀典の主役たるアイク島一行に届くことは無く、レオンハルト以下の約30名は真紅の絨毯に片膝を突いて儀式の進行を待つ。タイミングによっては楽団の演奏が一段落するまで同じ旋律が繰り返されるのを聞き続ける事になったろうが、今回は全員が(こうべ)を垂れたところで曲が終わり、儀式はある意味で今日のハイライトともいえる段階…国王ショームード3世の入室へと移った。

 どちらかといえば木管楽器を中心とした穏やかに聞き手に語り掛けるような国家の演奏が終わった後、少しの間をおいて再び始まった演奏は金管楽器の鮮やかな旋律と金属打楽器の勇壮な一節が奏でられる。その短くも激しい旋律に続いて式部官の美声が謁見の間に響き渡る。

「太陽と月の運行の守護者、恵みの雨と麗しの風を呼ぶお方、古の大帝国の正統なる末裔にして永遠の調停者、アイユーヴ王国8代国王、ショームード3世ご入来!」

 あまりにも大仰な雅称が(こだま)する中で真下を凝視する青年の狭い視野の外側、頭上方向やや右から微かに耳に届く、衣擦れの音だけでも上等な生地を使っていると想像させる音が聞こえてくる。静寂を支配する衣擦れの音は少しずつレオンハルトの正面に近付き、そして最後に大きな音を立てると世界が音を無くす。

「アイク島騎士団政務局レオンハルト・カシウス卿ならびにアイク島使節団一同、拝顔の栄に浴したまえ」

 顔を上げて国王の顔を直視する許可が出る。その言葉を受けて仕来り通り、ゆっくりと3つ数えたのちにそろそろと顔を上げる。おそらく背後の仲間たちは自分の動きに合わせて角度を調整している事だろう。

 式部官の声が聞こえて数秒、やや色を異にする翡翠の輝きが交わる。この老人が、とレオンハルトは歳上の友人の父親を値踏みせずにはいられない。すでに総髪がくすんだ灰色に染まり、皺の目立つ細面はサーマイヤーフの父親というにはやや積み重ねた年齢を想像させるし、線の細さもあまり血のつながりを意識させない。だがそれは弱々しさを全く意味しない。むしろ深い皺の奥からレオンハルトを見つめる視線には強大な国家を長年にわたって統御してきた威厳に満ち溢れており、若き騎士は思わず視線を床に落としそうになる。

 だがここで視線に負ければおそらくアイク島全土をショームードは下に見る事になるだろう。そう思ったレオンハルトはむしろその翠の双槍を押し返すつもりで、そっとロシュエイミーから賜った指揮杖に手を添えて加護を願ってはったと見つめ返す。

 本来の手順には無い空白の数秒、ある意味でこの式典の全責任を預かる王国宰相や、国王の言葉を代弁するために控えている式部官が、儀式の僅かな遅れに冷や汗を流しかけた所で、ショームードは深く(うなず)くとやや後ろに控えた式部官に何事か話しかける。どうやら予定調和へと還りついたと判断して安心した式部官が朗々とした声色でその言葉を増幅して告げる。

「遥かな北方の海を渡り来た勇者、アイク島よりの使者よ。アイユーヴ王国第8代ショームード3世の名においてそなたらの来訪を歓迎する。貴卿らの偉業を賞して願いを叶えたい。望みが有れば遠慮なく述べよ」

「陛下の温かいお言葉に感謝したします。その深き慈愛に感謝しつつ我々の望みを奏上させていただきます。今後、偉大なるアイユーヴ王国と祖国アイク島の間に永遠の友情を結ばれますよう」

「良かろう。今後貴卿ら一団はショームード3世の名において保護され、王宮で歓迎され、その事実を以て貴卿らはアイク島と我が国の懸け橋となる」

 短いが誰もが一瞬の遅滞も有ること勿れと願ったやり取りが交わされ、二国間の国交が開始されることとなった。後の細かい調整は官僚陣との折衝(せっしょう)の中で定まるだろう。そう誰もが安堵しかけた時、国王は再び後ろに控えた式部官に何事か(ささや)きかけた。こうして誰にとっても台本の備えの無い儀式の第二幕が切って落とされた。

読んでくださってありがとうございました。

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