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レテンド大陸興亡記  作者: 嶺月
二章
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サーマイヤーフの処遇

長くお待たせしてしまって申し訳ありません。

ヨルムベルトの本格的なサーマイヤーフへの口撃が火を噴きます。

 ヨルムベルトからの召喚の時点で、この問題について追及されることはサーマイヤーフにも予測できていた。それでもやはり、歴史的と呼んでも差し支えの無いほどの敗北について、自分の口から説明させられるというのは屈辱的だ。

「今回、都市連合艦隊は小回りの()く快速の小型船に衝角(ラム)を装備させ、これを活用しての近接戦という戦術を取ってきました。多数の戦死者は主力となる後方に控えていた大型艦を守るために、敵艦に取り付かれた護衛の小型艦が制圧された事によるものです」

「確かに都市連合、いやヴィセングルは伝統的に砲撃戦を主体としてきた。貴官の言う新たな知見とやらはこの常識外れの奇策に対する対抗処置という事かな?」

「私も当初はそのように考えて対策を練るつもりでおりました。しかし先にお伝えしたアイク島よりの使節団の技術者、ルーチェ殿から思わぬ指摘を受けました」

「ほう、どのように?」

 ヨルムベルトの真剣な態度に、彼自身が再び前線に立つことはもう無いだろうにとやや怪訝(けげん)に思ったが、サーマイヤーフはルーチェの指摘に従って、精製水式の兵器の射程距離を元にした戦場の感覚が本来の技術水準と外れている、という事実を説明する。加えてあくまでもついでのようにルーチェの内向的な性格についても言及する。目下のところ、ルーチェから技術的な知見を引き出せるというのがサーマイヤーフの地位を安定させる最も強い札だ。だが人脈を前面に押し出せば恐らく武人肌だというヨルムベルトは不快に思うに違いない。実際サーマイヤーフにしてもルーチェを制御下に置いているわけでは無いので、現状維持ですることでわずかながら異国の天才少女を協力的にさせることができるかもしれない、とアイユーブ王国艦隊総司令官に自発的に思考させる事が肝心だ。ヨルムベルトの表情を観察しながら、サーマイヤーフはルーチェの極めて高い技術者としての能力と、それをアイユーヴ王国のために引き出すためには彼女との信頼関係が必要だという事を語って聞かせた。

「ふむ…興味深い結論ではある。ところで彼女の言う精製水を活用しない作戦というのは陸戦でも通用するのだろうか」

 艦隊戦から突然ヨルムベルトにとっては無関係な(はず)の陸戦へと話題を転換されてサーマイヤーフはやや驚いた。しかし特に意味は無いだろうと考え、正直に返答することにしてルーチェの言葉を思い出す。

「彼女自身は軍事については素人なので、そこまでは判らないと。ただ、陸戦においてもすでに廃れつつある馬術や剣術などの有用性を再考する価値はあるだろう、と」

「なるほど。それではどうだろう、貴官がその実験的部隊を教導するというのは」

「は?」

「唐突な内容であるだけに驚くのも無理はない。しかし私が貴官に提案しようとしていたのは(まさ)にその件なのだよ。そもそも貴官はシンドゥム戦線で武功を重ねていた。突然レイシン河方面地域に転属になったのは…まぁ、ちょっとした不運だった筈だ。今回大敗した責任を取ることも含めて、本来の戦場に立ち返ってはどうか、と最初から勧める心算(つもり)でいたのだ。貴官の主張する新戦術の具象化という任務が重なるとなれば、貴官の経歴に過度に(きず)を付けることもなくなるだろう」

「それは…しかし…既に私はレイシン河方面艦隊の司令官として10年以上務め、艦隊の主軸となる者達の信頼も得ていると自負しております」

「その信頼は今回未曾有(みぞう)の敗北を(きっ)した今でも揺るぎないものだと自信を持って言えるかね?」

 艦隊の主軸となる中級指揮官については問題ないと言える。おそらく今度の戦いで散っていった兵士たちの霊魂に話しかけることができれば、彼らもサーマイヤーフの擁護(ようご)に回ってくれるという自信がある。だが、大量の戦死者が出たことを受けて、新たに(つの)る者たちはどうか。ヴィセングルへの憎悪を(あお)ることで兵士の心を(まと)めることはできるかもしれない。しかし、別の指揮官候補という選択肢が示されれば皆そちらに(なび)くことになるのではないだろうか。

 だがここでヨルムベルトの言に退()いてレイシン河方面地域の主権を手放すわけにはいかない。正体を隠して一介の軍人のフリができた入隊当時とは状況が違う。今後は副官、参謀、様々な名目で2人の兄のお目付け役が付いて回ることになるだろう。ここは先ほどの主張を繰り返し、今も艦隊を掌握できていることを強調する。

「繰り返しますが艦隊の統率に問題は有りません。王都への出立前にも、留守を任せると同時に彼らの信頼を失っていないことを確認しております」

「今はそうかもしれん。だが今後レイシン河方面艦隊にはまだ貴官の手腕を知らず、今まで無かった大量の犠牲者(ぎせいしゃ)を出した上官としか見ておらぬ兵士が配備される。彼らの反抗的な態度で日常的な職務に支障をきたせば、今は貴官に従っている古参兵もそっぽを向くかもしれんぞ」

 嫌な所を付く。確かに新兵たちによって新しい艦隊の雰囲気が作られた時、サーマイヤーフへの信頼と王国への忠誠を一体のものとできるかは未知数だ。いや、やはりそれは厳しいかもしれない。

「わかるだろう。これは貴官の安全を守るための措置(そち)でもあるのだ。最悪の想定をするならば、親しい者を空しく死なせた指揮官としてそなたを害するために身辺に紛れ込もうとする者が生まれるとも限らん」

「しかし、私の後任はどうするのです?首府艦隊は実戦から遠ざかっている。失礼ながら閣下の部下に、今後新戦術を用いて攻めてくる都市連合の艦隊を(はば)める人材がいるとは思えません。また私の部下から1人を選ぶにしても、戦歴も私からの評価もほぼ同格で、誰かを無理やり引き上げれば軋轢(あつれき)が生まれましょう。どうしてもという事ならば私が選抜いたしますが…」

 サーマイヤーフにとってはある意味で現実的な次善の策だ。軍人としては(いさぎよ)く勇退してみせ、しかし自分と近しいものを後任に()けて影響力を維持し、一方で複雑な事情から独裁的な立場にある行政府の長としてレイシン河方面を確保する。軍人であるヨルムベルトが、今回の敗戦から今日までに行政官僚の人事にまで根回しを済ませているとは思い難い。以前ラングルムに吐露(とろ)した一介の軍人でいたいという望みからは決定的に遠ざかっていく。しかしレイシン河方面をサーマイヤーフが手放すという選択肢は、アイク島の未来を混沌たる荒波に放り出すという点で、レオンハルトとの個人的な交誼(よしみ)に基づく義理人情の面からも、サーマイヤーフの王宮での立場の保持という保身の面からも取れるものでは無かった。

 ブルネットの髪の際に(にじ)む汗をハンカチで(ぬぐ)うフリで思わず鋭くなってしまう視線を隠してヨルムベルトの反応を待つと、サーマイヤーフの予想とは裏腹に、初老とはいえまだまだ若々しさの垣間見(かいまみ)える顔に我が意を得たりとの笑みを浮かべていた。

「他に任に()えうる適当な人材が見つからないのであれば、不肖(ふしょう)ながらこの老骨が座乗艦を移すつもりだ」

「「は?」」

 思いもかけぬアイユーヴ王国艦隊総司令官の提案にサーマイヤーフだけでなく、後ろにひっそりと控えていたラングルムもコンライレンも思わず声をあげてしまう。

「し、失礼しました」

「お話を(さえぎ)ってしまい、大変申し訳ございません」

 口々に謝罪する副官たちの前に立つサーマイヤーフも十二分に動揺していた。

「何を言っている⁉貴官は王国艦隊の総司令官ではないか!…いや、失礼しました。しかし実際問題、王国艦隊を()べる方が一地方の艦隊に(せき)を移すなど前代未聞です」

「前代未聞とは。王族の身分を隠していち軍人として武功を重ねた殿下の発言とは思えませんな」

「それは確かにその通りだが。知っての通り、私の母は本来王妃などに迎えられる(はず)もない端女(はしため)、王族として公認されたことの方が異例なのだ」

「経緯はどうあれ御身は間違いなく尊き王族の一員。それが土埃(つちぼこり)と汗と血に(まみ)れ、泥水を(すす)るような生活に身を(やつ)していたのは言い訳できますまい。ましてそれまでシンドゥム戦線で陸戦を(もっぱ)らにしておきながら、突然艦隊司令官となり、挙句空白となった行政府の長まで兼任なさっておられる」

「…転属になったのは私の意思ではない。知っているのだろう、全ては王太子イェーリエフの陰謀だ」

「勿論承知しております。なればこそ、再び窮屈(きゅうくつ)な船の中ではなく、広大な大地を駆けて敵将の首を取るような戦をしたくはありませぬか?戦績を公平に評価したならば、殿下には陸戦屋としての天稟(てんぴん)が遥かに備わっているのは明らかですぞ」

「…急な話ゆえに返答はしかねる。ラキサリス殿が今回の私の敗戦を機にこの人事を思いついたのであれば、私がシンドゥム戦線に異動した後の政軍両面の後任人事について、ラボーラル兄上を含めた派閥の僚友に意を通じているとも思えぬ。私が本当に艦隊司令の座を()すことになるのかも含めて、今後綿密な調整が必要だと考える」

然様(さよう)。今のところは私の一存でしかありませぬ。しかし殿下にはこれが今回の不始末に対する丁度良い落とし所と成り得る事を理解しておいて(いただ)きませんとな」

「前もって通達して戴いたことは感謝する。それで、今後私はアイク島の使節団との交流を継続しても構わないのか?」

「それは勿論。殿下のご気性やこれまでの時間を(かんが)みれば、殿下がレイシン河方面地域を総攬(そうらん)していたからこその、両国の関係の発展の可能性もございますでしょう。申し添えますと、外務部次官ロレンツォ・ギルバーグ殿は例え殿下がレイシン河を離れることになっても、アイク島との間に温和な関係を維持したいとお考えです。その辺りも含めて、存分に使節団の皆さまと今後について相談して頂ければと思っております」

 既にサーマイヤーフの言い分を(ほとん)どを突っぱねておきながらのヨルムベルトの厚顔ぶりに、掌に爪が食い込むほど力を込めて両手を握りしめたサーマイヤーフは、熟考を約束してヨルムベルトの執務室から引き下がった。

読んでくださってありがとうございました。

ご意見ご感想、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


おっさんの口喧嘩ばかりで退屈されているかもしれませんが、一応この章でルーチェ以外の美女も登場予定ですので、お待ちいただければ。

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