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レテンド大陸興亡記  作者: 嶺月
一章
3/36

アイユーヴ王国との乱暴な接触

小船を追ったシムレー号が、大陸の国家と接触する場面です。

 シムレー号が正体不明の中型船を発見してから、ほぼ1ヶ月の間追跡は続いた。当初、不可解な進路変更を見せた以降は中型船の航路はずっとまっすぐ、それが逆にレオンハルトらシムレー号首脳陣の猜疑心(さいぎしん)をチクチクと刺激し続けている。しかし船の発見直後に、これで大陸に辿り着く目途が付いた、と触れ回った為に追跡を打ち切るという判断は船員の士気にも関わる。結局のところ、ルーチェが大型のこちらを振り回せると思ったのではないか、と推論を出してからはその話は出さないのが暗黙の了解となっていた。

 そしてその忍耐は数日前、報われたかに思われた。既に忌々しいほどに見慣れた水平線に、島嶼(とうしょ)地帯ではありえない長大な地平線が取って代わったのだ。見張りがそれを目にして報告すると、レオンハルトは中型船を発見して以来、集中力を万に一つも切らさぬようにと変えていた当直を通常の物へと戻した。1度レオンハルトも見張り台に上がってその陸地を確認し、その大きさならばよもや無人の荒野でもあるまいと判断して、船を追う事よりも見える陸地を目指す事に目的を移すべきだと判断したのだ。

 この船足ならばもう一息で陸地へ辿り着くと思われた日になって、シムレー号には及ばないもののかなりの大型の船が大陸側から現れた。木造の帆船で、帆の他に鮮やかに紋章が染め上げられた布をはためかせていて、いずれどこかの国家が所有する船と思われた。穏便に寄港する許可を得たいレオンハルトは、相手を悪い方に刺激することを恐れ、シムレー号に足を止めさせた。


 その日、レイシン河方面艦隊総司令にして、レイシン河方面地域総督アイユーヴ王国第3王子サーマイヤーフは酷く不機嫌だった。レイシン河の領有権を巡って過去何度も小競り合いや時には会戦に発展する事も有った、ロッテントロット都市連合の動きの活発化の兆候をつかんだのが数か月前。当然の義務として本国への即座の報告に加えて、警戒のために民間の快速船を徴発(ちょうはつ)するよう進言したのだが、結果は「友邦を刺激するな」という返答だったのだ。何が友邦なものか、レイシン河すなわち両国の国境線を越えて活動する商人の荷物に高い関税をかけあって、通商すら事実上断っている連合に外交上の遠慮などする筈も無い。単に妾腹であるサーマイヤーフに少しでも手柄を立てさせたくないのだろう。それならば仮想敵国との国境に封ずる事も矛盾しているだろうに、王太子イェーリエフの頭に有る世界は自分をちやほやする王宮だけなのだろう。なおも母の違う兄に思いつく限りの罵詈雑言(ばりぞうごん)を並べ立てていると、軍から奇妙な報告が上がって来た為政庁舎から軍庁舎に移動してほしい、との要求が届いた。

 本格的に連合が動き出したのだろうか。だとすれば中央からの命令など無視して警戒体制に移行せねばならない。どんな言い訳を(ひね)り出すか考えながらも、サーマイヤーフは動乱の予感に少し胸躍らせるのを止められなかった。


「異常はレイシン河ではなく海上?」

「その通りです。この季節、漁村の多くが鮪を獲るために遠洋に繰り出しているのは閣下もご存知かと思います」

「当然だ。領民の心を知るためにと思って、1度あの塩漬けの臭い魚を口にした時の虚しさは忘れられん」

「魚の味についてはともかく、その漁船が故郷に直接帰らずに海側の軍港セーレードに接近しておりまして…」

「まさか鮪を献上しようというんじゃねぇだろうな」

「閣下、ご冗談はほどほどに。なにか航行に支障をきたすような不具合が生じたのかもしれません。曳航(えいこう)するためにも、艦を向かわせるべきだと思います」

「曳航するのに1隻で足りるか?遠洋へ向かう漁船はなかなかの大きさだったはずだが」

「所詮は漁船ですから」

「良いぜ、どいつを出す?」

「ライノセーリア号に出港準備をさせています」

「なんだ、俺の仕事はただ承認するだけか」

 この時、サーマイヤーフは単に難破船の救助という程度だと考えていた。しかし、事態は全く思わぬ方向へ向かう。任務にあたったライノセーリア号が斥候用に備えているボートで知らせてきた内容は信じがたいものだった。

 件の漁船の背後に所属不明艦あり、その大きさは想像を絶するもの、今のところ不穏な動きを見せてはいないが、至急司令長官直々の対応を望む。その報告を受けたサーマイヤーフは、自ら解決の為に現場に(おもむ)くことを決意した。


 大型艦-シムレー号に比べれば随分と小さいが-と向き合ったレオンハルトは、しばらくどうすべきか迷っていたが、艦から小舟が1艘陸に向かって分離したのを見て腹を(くく)って相手の反応を待つ事に決めた。あの小舟は恐らくより上位の命令系統への伝令だろう。今目の前にある艦は恐らくこのシムレー号への対応を独断できる立場ではないのだ。

「カイト、とりあえず帆をたたもう。それでこちらが敵意を持たない事は伝わると思う」

「わかりやした」

「ルーチェとヤードは手分けして艦の点検を。矛盾するようですまないが、いざという時に(かい)を使ってすぐ動けるようにはしておきたい」

「わかった。船には有り得ない機動力がシムレー号の売りだからね。いざ囲まれてもすぐに抜け出せるようにしておくよ」

「任せる」

「そいじゃお嬢はこの船の肝を。あっしらはまず櫂を見て来まさぁ」

「そうか。ロイ、ミグ、櫂の漕ぎ手を割り当てておいてくれ」

「わかりやした」

「では、しばらくは向こうの上官のお出ましを待つとさせて貰おう」

 レオンハルトはまず目立つ帆を下げて、表面上は動く意思がない風を装う事にした。あくまで見た目だけの事で、シムレー号の浮揚板はまるで水面を軽い足取りで駆けるアメンボのように、櫂だけで常識外れの機動を可能にするが、相手にそれは判らないだろう。

 指示を出すと、手持ち無沙汰になったレオンハルトは誰に語り掛けるともなく(つぶや)く。

「それにしてもこれがあの小型船の目的だったのか」

「お頭、どういう事でい?」

「あの一回り大きい艦は旗も(かか)げているし、どこか国家権力の統制を受けた軍艦だろう。ここに逃げ込めば我々を追い払えると期待した、という事だ」

「なぁるほど。しかしそれじゃ逃げなきゃ不味いんじゃ?」

「いや、我々とてどこかしらの国に接触して、アイク島から出た今後の船の寄港地を得なければならないからな。今回の相手が適しているかどうか、まずは見極めなければ」

 それはアイク島という小さな共同体の中で生きてきたレオンハルトには全く未知の「外交」だが、3年間王宮騎士団内部での主導権争いに身を(やつ)してきた経験が生かせると考えていた。ルーチェには既に、最悪の場合は艦とレオンハルトが引き離されるだろうから、その場合はルーチェと船医のジークが皆をまとめて一旦アイク島へ戻るように言い含めてある。

 それからしばらくは、この辺りでは旨い魚が獲れるだろうか、豚以外の肉は有るのだろうかなどとレテンド大陸の習俗を予想して、他愛のない話を続けていたが、いつまでも尽きそうにないお喋りを見張りの報告が(さえぎ)った。

 (にら)み合っていた大型艦より更に大きな、と言ってもシムレー号に比べればやはり小さいが、艦が見えてきたと言うのだ。先の艦と同じ紋章に加えて、大型の鳥を模したと思しき紋章が染め抜かれた旗が目立つように(ひるがえ)っているらしい。

 知らせを受けて艦内の点検に回っていた乗員も甲板に戻ってくる。

「あれが1番の親玉かな?さっきの小舟がシムレー号の話を伝えに陸に戻ってから会議をしてって考えるとこの短時間で良く来れたね。相当良い船じゃないかな」

「あるいは此処は戦争の危険が有るような危険地帯かもしれないな」

 実際の理由はサーマイヤーフの性格が理由の果断即決だが、アイク島王宮の平和から生まれる悠長な会議に慣れているレオンハルトは、相手が素早く次の手を打ってくる速度に、ここはじっくりと腰を()えて答えを難しい土地柄なのかと誤解した。

「戦争、かぁ」

「大陸に夢を描いていた君には辛い話かい、ルーチェ?」

「まぁねぇ…待って、なんだかこっちに横っ腹向けてきたよ?どういう事だろう?」

「む…確かに。しかも何やら船腹に付いていないか?大陸独自の兵器か何かだろうか」

 ルーチェが真っ先に気付いたように、新たに現れた大型艦はある程度の距離まで近付くと、突然右に回頭してその横腹を(さら)した。そこには確かに船が走るには非合理的な開口部と筒状の何かがレオンハルトには見えた。大型艦は1度完全にシムレー号に対して丁字の位置を取って動きを止めた後、更に回頭を始めた。

 レオンハルトがルーチェを見やって無言で意見を求めたが、ルーチェも首を振るばかりだ。困惑していると5°程の微妙な回頭を済ませた大型艦が動きを止めた。固唾を飲んでレオンハルト達が動向を見守っていると、音質はやや気の抜けるようだが、音量は雷と勘違いするほどの轟音(ごうおん)が響いた。

 その音に驚く間も無く、続いて空気を切り裂く甲高い音が響き、そしてシムレー号の右方に何か大きな塊が着水して水柱を上げた。

「きゃ~っ!何?何?」

「なんじゃぁ、こりゃぁ!?」

「なんだ、これは…これがあの船の武器なのか…?」

 予想だにしない攻撃に慌てふためくシムレー号の乗員の中、レオンハルトは何とか平静を保っていた。それはこのシムレー号をアイク島に無事帰還させるという使命感のなせる業だ。

「どうしよう、問答無用で沈められちゃうよ!」

「お頭、逃げやしょう!」

「落ち着け!」

 なおも恐慌状態から抜け出せない一同を一喝すると、レオンハルト自身も頭に上った血を冷まそうと深呼吸を繰り返す。そして先ほどの大型艦の動きを思い出す。

「大丈夫だ。今の攻撃があの艦のものだとして、その秘訣(ひけつ)はあの奇妙な筒にあるはずだ。ならば、一旦完全にシムレー号に対して横を向いた時に攻撃しなかったのは、あれが威嚇(いかく)だからだ」

 レオンハルトがそう分析してみせると、ルーチェもガクガクと頷く。冷静なレオンハルトへの信頼がルーチェにも落ち着きを取り戻させていた。そして一旦落ち着けばルーチェの頭脳は素早く回転して最適解を導き出す。

「今の威嚇(いかく)に全く反応できなかったって事で、あの船とシムレー号の格付けは済んだ、と思うよ。今頭を下げに行けばすんなり受け入れられると思う」

「そうだな。業腹(ごうはら)だが、全くの非武装だとすぐに見て取れる状態で接舷させてもらおう」

「あたしはどうしたら良い?」

「当然残留だ。私が戻る前に再びあの武器が向けられたら、交渉決裂したものと思ってアイク島に引き返してくれ。以前そうなってもアイク島の未来は開ける、という話をしていたね?」

「ええ、勿論アイク島の主権は奪われるけれど…少なくともアイク島の孤立は解消されるでしょう。アイク島の資源や、ひょっとしたら重力水は交渉材料にできると思うから上手く立ち回ってね」

「わかった。最小限の人数で行こう。ジン、漕ぎ手として同行してくれ。損な役回りだが私が漕ぐより大分ましになるだろう」

「わかりやした。なに、この旅に出た時からお頭に命は預けてるんで」

 レオンハルトの決断が下ると、すぐに甲板に据えてある小回りの利く小舟が海面に下ろされ、未知の兵器であっさりと勝者となった大型艦へと、交渉役のレオンハルトとまだ比較的若手のジンが向かった。

読んでくださってありがとうございました。

ご意見ご感想、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

次回、全面降伏したレオンハルトと、アイユーブ王国王子サーマイヤーフとの対面にご期待ください。

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