ルーチェの閃き
前話から続いてデートの様子と、ルーチェの新たな発明エピソードへの繋ぎです。
ガラス細工の店で買い物をした後も2人は露店区画を見て回った。特に何人もが共同で商いを行う隊商が運営する店ではその品揃えと質の高さに感嘆し、ガラス細工の店の主人が独りで活動していることの限界をぼやいていた理由を良く知った。ルーチェが特に心を惹かれたのは、遥か南方から伝わった絹織物だが、1反あたりの値にとても手が出ないと断念する羽目になり、こんな値段で買い手が付くのかと尋ねると、それは自分たちの買い付け能力を見せつけるための見せ札で、売れるとは思っていないと答えが返ってきた。中には単に物を売るのではなく独特の香りを持つ保存食を使って調理する店も有り、広場での軽食だけでは物足りなかった2人はレイシン河方面地域とは異なる味付けの料理を堪能した。
食後は腹ごなしの散歩ついでに、住宅地まで足を延ばしてサーマイヤーフ邸を訪ね、昨晩世話になったライナやその両親、子供たちにお礼と挨拶をした。かなりの歓待ぶりにどういう事かと訝しんだのだが、未婚の母が居るという事で近所であまり評判がよろしくないらしい。政庁舎や軍庁舎からの使者をもてなす訳にもいかず、最近ルーチェが来ているのは家族全員にとって幸福な出来事のようだ。
ライナの両親はなぜサーマイヤーフと異国の使節団が特別に親しいのか気になった様子で、レオンハルトに事細かに聞き出そうとした。当然の疑問だが、サーマイヤーフの本当の階級について説明するわけにもいかない。レオンハルトはあれこれと話を誤魔化そうとして結局上手くいかなかった。仕方なく、サーマイヤーフは第3王子が赴任してきた際に、軍官僚から政庁へと転属になった役人の内で渉外を担当する者と親しいために、個人的に使節団に便宜を図るよう頼まれている、と説明した。なぜサーマイヤーフとの関係をルーチェには問い質さなかったのか。恐らくルーチェには判らない、との誤解が有ったのではないだろうか。この大陸でも女性の社会的な立場が低いという事実を些細なことから感じとれて、必要とはいえ嘘をついたことも含めてレオンハルトの心は若干傷付く。
「せっかくの遠方からのお客様だ。とっておいた124年物を開けようじゃないか」
「あなた、いくら何でもこんな時間にお酒なんて」
「そう言うな、レオンハルトくん、どうだね、イケるクチだろう?」
「いえ、奥方のおっしゃる通り、こんな時間からアルコールは…」
「まったくあなたときたら、隠居してからお酒ばかり…ミーネロートたちの教育に良くありませんよ」
老夫婦のやり取りを横目にダイニングからリビングを眺めると、ルーチェは何やら少年たちに語り掛け、それを聞いた2人は歓声を上げている。子供相手ならきちんと話せているのだなと思うと同時に、年の頃は違うものの弟ヨシュハルトのことが思い出された。レオンハルト同じく朴訥で素直な少年で、所謂反抗期という物を感じさせなかったが、今頃はどう過ごしているだろうか。今日は目の前のことにあくせくしないからかアイク島のことをよく思い返すな、と考えたレオンハルトは、今日ルーチェが一旦話題に挙げようとした、1度アイク島に帰れたらの予定について想像して顔を少し赤らめる。ライナの父はその様子を見てレオンハルトとルーチェの関係が気になったようだ。
「レオンハルトくんとお嬢ちゃんは恋人なのかね?」
「あなたったら、そんなこと聞くもんじゃありませんよ」
「隠すほどの事でもないのでかまいません。しかし故郷ではあまり歓迎されない関係なので、少々先が気にかかっています」
「ん?どういう言うことじゃ?」
「出身身分が違うので…」
「ほほ、アイク島と言うたかの、結婚に難しい条件が付くとは大変じゃの。それでも責任を取ろうというのだからレオンハルトくんは立派じゃ。あの小僧はどういうつもりなのだか」
小僧とはサーマイヤーフのことだろう。確かに子供もいるのに結婚していないというのは批判の対象となるのに十分な理由だ。親としては一言あるのも仕方なかろう。ひとまずレオンハルトは嘘にはならないが、本質を糊塗した理由を伝えて宥めておくことにする。
「サーマイヤーフさんはご実家に面倒な方が多いようなので…縁戚が迷惑をかけるのを警戒しているのでしょう」
「レオンハルトくんは事情を知っておるのかの?」
「多少は。お二人に説明しないのは言い訳がましくてみっともないからでしょう。軍に入ったのも家との関係を断ちたかったからだと話していた事が有ります」
「ふん。戸籍だのなんだのの話ならそれで済むがの。式も挙げんというのが許せんのじゃ」
「…確かにそれは問題かもしれませんね。伝えておきます」
まだ老爺には言い足りない事が有るようだが、それ以上は身内の恥となるだろうからと、妻が止めた。しかし確かに戸籍はともかく、儀礼として、神‐レテンド大陸では未だに主要な神はソイレーであるようだ‐の前でお互いの愛を誓う式は行っても良いだろうと、本来自分がすべき話ではないものの、少しサーマイヤーフの意を確かめておこうと思った。
話が1段落したところで、丁度よくルーチェとライナ、そして子供たちもダイニングへと入って来た為、レオンハルトはこのタイミングで家を辞することにした。
「それでは今日は失礼致します。急にお訪ねしたのに有難うございました」
「ミーネロート君、シュワライム君、楽しみにしててね!」
「こちらこそ、わざわざありがとうございました。サーマイヤーフによろしくお伝えください。ルーチェさんもまたいらしてね」
「レオンハルトくんもな。歓迎するぞい」
「「ルーチェお姉ちゃん、またね~!」」
温かい家族に見送られて、気分良く2人は政庁舎への帰り道に就く。レオンハルトは別れ際のルーチェの言葉について尋ねる。
「2人に何か約束したのかい?」
「うん!まだ上手くいくか判らないけど、今日買ってもらった奴を見た時に思い付いた事が有って」
「む…重力水の問題に取り組んでほしいのだけど…」
「大丈夫。重力水、じゃなくて精製水か、の平和利用に関することだよ」
「それは凄いじゃないか。私も楽しみにしているよ」
「うん、期待してて!理論そのものはひょっとしたら軍事転用もできるかもしれないから、サーマイヤーフ様も単にお子さんへのお土産だけって事だけじゃなく、喜んでくれると思う」
どうやらレオンハルトからルーチェへの贈り物は、単なる置物として以上の価値が有るらしい。それはそれで恋人への贈り物としては寂しい気もするが、ルーチェのインスピレーションを刺激するのは良い事だろうし、用が済んだとしてもおさおさ粗雑に扱われることも無いだろう。レオンハルトとしてはシムレー号以来となるルーチェの発明品への期待も有る。王宮への召喚も近い今満足な時間が取れるか判らないが、ルーチェが色んな周辺事に囚われずに過ごせると良い、とレオンハルトは思った。
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