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レテンド大陸興亡記  作者: 嶺月
一章
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街へ繰り出す二人

ルーチェが無事帰ってきて安堵したレオンハルトは、恥ずかしい思いをして怒ったルーチェを宥めて、昨日の決意に従ってデートに誘います。

「ルーチェ、待ってくれ!」

 レオンハルトが走り去ったルーチェを追いかけて大声で呼びかけると、頭1つ小さな少女は振り返るなりギロリと(にら)み付けて若き騎士をたじろがせた。レオンハルトとしては今日の所は引き下がって、恋人の機嫌が直ってから改めて誘っても良かった筈だが、若さゆえか生来の駆け引きを好まぬ性分ゆえか、その選択肢は頭に浮かばなかった。

「ああ、恥を()かせたのは申し訳ない。その、だから、つまり…お()びのつもりも有るから、一緒に出掛けないか?」

「は?」

 あまりにも唐突な男からの誘いにルーチェは一時の怒りを忘れて目を白黒させる。この青年は一体どういうつもりなのか。

「ええと、なんだ、シルマンテの街へ遊びに行かないか、と…」

「レオンハルト、何か悪い物でも食べた?」

 伝わらなかったと思ったレオンハルトがもう1度誘うと、ルーチェは今度は正気を疑っている様子だ。確かに故郷でディルの下へ通い詰める騎士階級の少年とディルの孫娘の関係でしかなかった頃も、シペリュズ神殿の叛乱(はんらん)未遂の後レオンハルトがルーチェを意識するようになってからも、目的もなくただ遊ぶという事は無かった。シムレー号で大陸まで旅している間は、そもそもそんな余裕も出掛ける場所すらも無かった。

 そしてサーマイヤーフの知遇(ちぐう)を得てこの街で暮らし始めても、いずれ王宮に乗り込む準備で毎日を過ごして、お互いの関係に相応しい行動は全くとっていなかった。しかし一応は恋人同士なのだから一緒に遊びに出るという提案は自然ではないか、とレオンハルトとしては思う。少なくとも義妹ミゼラリアとその婚約者デミストリは時々王都を2人で散策していた。

 が、ルーチェにはルーチェの言い分がある。恋人と言っても、困難を極める航海で不安を(なぐさ)める為に夜を共に過ごすようになったのが関係の進展の理由だ。この街に来てからもそれらしい愛の言葉を(ささや)くでも無かったレオンハルトがいきなり遊ぶ、と言い出しても困惑してしまう。加えてルーチェは幼い頃から鍛冶師としての修行に明け暮れ、大陸に来てからは作法の習得と精製水の研究に没頭して、遊ぶという経験そのものが少ない。

 つまり2人とも、今まで自分に課された責務に精励(せいれい)するのが精一杯で、遊ぶという行為自体に馴染(なじ)みがない。その結果が今のやや間抜けな事態と言えるだろう。

「そうではなく…(たま)には、ああ、つまり、私達の関係に相応しい行動を…いや、偽るのはやめよう。ルーチェにこの街、と言うよりもレイシン河方面地域そのものに愛着を抱いて欲しいんだ」

 最初は恋人らしく振る舞ってはどうか、とレオンハルトは提案しようとした。しかし自分の底の浅い策など結局いずれルーチェに見透かされるだろうからと、真実を告げた。

「…どういう事?」

「どう言ったら良いか…ルーチェが自分の技術で兵器を作られたくないと言うのはもっともだが、私はそれでこの議論をそこで終わらせては欲しくない。それで敵兵の命が失われる代わりに閣下の部下の命が助かる事を、喜ぶのは無理としても安堵(あんど)して欲しい。命に順位を付けろ、と言っているような物だが…」

 見方を変えればあまりにも身勝手な論理を、それでも誠心誠意伝えようとする恋人に、金髪の少女は微笑んだ。

「偶然だね。実はそういう事、あたしも昨晩考えてたんだ。都市連合の誰かを泣かせることになっても、ライナさんの子供たちがお父さんを無くさないでほっとするなら、それで良いんじゃないかって」

「それでは…?」

「勘違いしないで。昨日はそういう考えになった、と言うだけでまだ真剣に考え続けるつもりだから。ただ、あたしもこの街を好きになれるかもと思ったから、一緒に遊びに出かけるってのも面白そうね」

「それは良かった。閣下の依頼の事を抜きにしても、(たま)にはその、こういう事もすべきだと思うから」

「…うん…ちょっと恥ずかしいけど、ね」

 2人とも顔を真っ赤にしながら頷き合う。もしこの光景を見ている誰かが居たとしたら、共感性羞恥(しゅうち)で壁に頭でもぶつけたくなっただろう。

 レオンハルトは普段の習慣で市民に(まぎ)れるのは不可能な軍高官の制服を着ていたし、ルーチェは昨日サーマイヤーフ邸を訪ねた時の服のままだったので、2人とも着替えなどの準備をして30分後に庁舎の前で待ち合わせることに決め、その場は一旦別れた。


 ルーチェと別れて部屋のクローゼットを開けたが、軍服以外にはサーマイヤーフの好意で与えられた絹服ばかりだ。遥か南方から、峻険(しゅんけん)なイーリュン山脈を山賊まがいの小部族の妨害を抜けて越えたり、蛮族たちが暮らす砂漠をオアシス伝いに渡ったり、あるいは大陸の沿岸を船で大回りしたりと、様々な手段で訪れる冒険商人たちによって齎される不思議な織物。見た目が非常に美しく、着心地も良い優れた布だが、貴重な品であるためとても市街に溶け込むことはできない。思案の末レオンハルトは体格の近いジークから、ルーチェが着てくるだろう服と釣り合うような衣装を借りる事にした。ジークはこの時間、軍庁舎で医術の向上に(はげ)んでいることが多いが、レオンハルトがルーチェの不在で狼狽(ろうばい)する中で遭遇(そうぐう)した1人で有った為、ルーチェ発見の報告を待って部屋に居てくれた。ルーチェが無事に見つかったこと、心配をかけた事への謝罪の後、やや照れながら事情を説明すると、ジークは快く自分の衣類を貸し出してくれた。その上自分と同じくレオンハルトの心配性にあてられてルーチェの身を案じているだろう、シムレー号の乗組員に連絡することを()け合ってくれた。

 ルーチェの件で心配してくれた部下たちの事を失念していた事で、シムレー号艦長としての立場をなおざりにしていた事を反省はしたが、レオンハルトは初めてのルーチェとただ遊ぶ、と言う行為に浮き立ちながら約束の場所へと向かった。

 

 待ち合わせ場所に現れたルーチェは、黒1色に染められたレオンハルトの‐というよりもジークの‐セーターとは全く異なる、赤と白の2色で規則的に幾何学模様の施された、鮮やかかつ愛らしい毛織物に身を包んでいた。

「お待たせ」

「うん…珍しいな、君が華やかな衣服を身にまとっているのは」

「ロギュートフさんが手配してくれた、都市連合からの物品の1つなんだ。こんな可愛い恰好(かっこう)、普段は汚しちゃうのが怖くてできないけど、今日は遊びに出かけるんだから折角、と思って」

「そうだね…えっと、その…良く似合っているよ。とても素敵だ」

「は、恥ずかしいな、急に…レオンハルトも、地味だけど格好いいよ」

「ああ、ありがとう…」

 初々しい2人はお互いだけの世界の中に居るが、実は政庁舎の2人の門衛がこの様子をしっかり見ていた。バカップルを厳粛(げんしゅく)な政の府から排除すべく、2人の若い兵士は交互に咳払いして恋人たちに注意を(うなが)す。

「そっ、それでは出発しようか!取り敢えず街の東の露店を冷やかそうと思っていたんだが!」

「そうね!楽しみだわ、早速行きましょう!」

 自分たちがどれほど恥ずかしいことをしていたのか気付いた2人は、声を裏返しつつもその場をやり過ごす言葉を紡ぎ、そそくさと歩き始める。最初はギクシャクとまるでばね仕掛けの人形のような動きだったが、1区画歩いた辺りで自然さを取り戻す。

 ふと前を見たレオンハルトはルーチェを脇に寄せ、自分が大通りの内側を歩き始めた。

「どうしたの、レオンハルト?」

「いや、ほら…」

 そう言って若者は前から人の歩く速度でガラガラと音を立てる馬車を指差す。街の重要な建物から続く道なので幅は充分だが、やはり何かあった時のために恋人には安全な方を歩かせたい。そんな若者の気遣いに、少し頬を赤らめながら漸く最近肩に届くほどの長さになったので、いったん切り揃えて形を整えた金髪を揺らして(うなず)いたルーチェは、そっとレオンハルトの腕を取った。

「なんだかエスコートの練習をしている気分だな」

「つまらない事言わないでよ。折角ちゃんとした恋人っぽいなって感心したところなのに」

 照れて野暮な感想を口にしてしまったレオンハルトを(とが)め、ルーチェは自分より随分背の高い男の肩に頭を寄せた。擦れ違った住民がそのいかにも仲の良さそうな振る舞いに口笛で祝福を告げる。大胆なことをしていると感じて頬がまた熱くなったのを感じつつも、2人は腕を組んだままで街の中心部にある広場を目指して歩き続けた。

読んでくださってありがとうございました。

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