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レテンド大陸興亡記  作者: 嶺月
一章
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大陸への細い道

第一章開幕です。

大陸に辿り着いて最初に接触するアイユーヴ王国で安定した地位を確保するまでを描く予定です。


 その漁船の狙いは常に大物だ。故郷の港から一か月もかけて、周囲には何の目印もなく天文航法を誤れば大海原の迷子になりかねない北の海に繰り出すのは、この季節が大型の回遊性魚類の群れの経路に当たるからだ。数回の航海で一度でも運良く群れごと水揚げできれば、塩漬けしてひと冬を越すのに充分なほどのたんぱく質を村に提供できる。


 ただ今回は残念ながら期待外れの結果に終わり、漁師たちは愚痴(ぐち)を言いながらも帰りの旅路に就く所だった。今年は良く晴れた日が多く、自然と船に積み込まれた真水の消費量も多い。この辺りできっぱりと諦めて陸地を目指さなければ、大量の水の真っ只中で渇き死ぬという間抜けな最期を迎えかねない。

 一行の中でも年若い青年が未練がましく、いっそ清々しい程に輝く水面を眺めていると、水平線の向こうに何か大きな影らしきものを見つけた。

「おい、みんな。あれ、何だと思う?」

「どうしたぁ?海鳥でも見つけたか?今日一日くらいなら粘ってみる価値は有るけどよ」

「いや、水平線の辺り、何かでかい塊が近づいて来てないか?」

「はぁ?海の上に塊なんか有る訳ねぇだろ。おめぇ、幻でも見てるんじゃねぇのか」

「違うって。本当に何か有るんだ、ほらあそこ!」

 青年が必死に年嵩(としかさ)の仲間に方向を示すと、陽炎でも見てるんだろうと思いながら近くにいた漁師たちも船縁に寄って青年の指の先を見る。すると確かにもう青年程の視力は持たない同輩たちにも、何か巨大な黒い何かが水面に浮かんでいるのが判った。驚いてお互いに口々に言葉を交わし、幻を見ている訳ではない事を確認していると、最初の青年が影がだんだん大きくなる、すなわち近付いていることに気付く。

「なんだよあれ?幽霊船だってのか?」

「馬鹿な事言ってんじゃねぇ、そんなもん本当に有る訳ねぇだろ」

「じゃ何だってんだよ。船じゃなきゃ海にある訳ねぇ。そんでもってあんな遠くなのにはっきり見えるんだぜ。どんなでかさだってんだ」

「とにかく船長に変なもんが見えるって言ってこい。逃げようぜ」

 自分たちの常識の埒外(らちがい)にある何かからとにかく離れることになり、漁船は帆をかけて海の上を一目散に滑り出した。最初は真っ直ぐ村に帰るつもりでいたが、直ぐに少し遠回りになるが頼りになる最新式の大砲を積んだ軍艦が駐留する軍港を目指す事になった。


 漁師たちに幽霊船と間違われた巨艦、すなわちアイク島を後にすること数か月、(ようや)く人造物に行き合って意気の上がったシムレー号の見張りは船が離れていくと報告する事となった。

「申し訳ねぇ、お頭。奴等離れて行っちまいやがる」

「レビーが謝る事じゃないだろう。見張り台が高いから見つけたのはこちらが先だが、近付いていたのだからいずれ向こうだって気付くし、怪しい船が近づいて来たのだからそれは逃げるだろう。大丈夫、この船の機動力なら向かい風をまともに受ける事でもなければ付いて行くことはできる。案内してもらおう、目指すべき大地…レテンド大陸に」

「そうね。少なくともあの大きさの船でも往来できる場所までは来たって事よね。ただここからはシムレー号の進路を自分で決められないわ。周りに目印になるような島も無いし、どんな風に進むのかの記録だけは間違いなく残さなきゃね」

「そうだな。カイトに航路の記録を確実に残すよう念を押してくる」

 ルーチェの指摘に(うなず)いたレオンハルトが航海室へ入っていくのを見送ったルーチェは、またすぐに前方を進む船を(にら)み付ける。

「お嬢、そんな気を張ってちゃ持ちませんぜ。お嬢の作った船より足の速い船なんてあるわきゃねぇ。どーんと構えて案内してもらいましょうや」

「…うん、そうね。ちょっと気が立ってたかも。それも追っかけっこと関係ない事で」

「というと?」

「大陸に辿り着くことが一番大事だけど、それだけじゃなくてあたしはずっとレテンド大陸に憧れてたから。どんな所なんだろうってあれこれ想像してたの。捕らぬ狸の皮算用とはこの事ね」

「とら…たぬ…なんです?」

「狸ってのは大陸にいた動物の名前みたい。捕まえる前から皮の値段を想像して悦に入るのは馬鹿々々しいって意味らしいわよ。レオンハルトに注意しておいて、自分が一番浮かれてる」

「まぁしょうがありませんぜ。お嬢は十になるかならないかの頃から、ずっと夢見てたって言ってたじゃありませんか。ちょっと気が(はや)るくらいは誰でも有りやす」

「ありがと。でも失敗したなぁ。他の船を追っかけるなんて想像もしてなかったから。こんな時に役に立つ何かをパッと出せたらカッコ良かったのに」

「まぁ地道に追っかけましょう。それじゃあっしはまた見張り台に戻りますんで、お嬢も焦らず中でのんびりしててくださいや」

「そうねぇ…いや、それじゃレビーが一番大変よね。カイトさんに相談して替わりの手配を済ませてから休むわ」

「そいつぁ助かりやす」

 見張り番に告げると、ルーチェもレオンハルトを追いかける形で航海室へ向かった。画竜点睛(がりょうてんせい)を欠くべからず。長年の夢が結実しそうな今だからこそ、()まず(たゆ)まずの心構えでいなければならない。そう自分に言い聞かせて少女はシムレー号の心臓部へ入っていく。


「レオンハルト、カイトさん、お疲れさま」

「あれ?どうかしたのかい、ルーチェ。君は船を追いかけずにはいられないかと思っていたけど」

「そんな感じだったけど、レビーに叱られちゃった。いつまで続くかわからない追っかけっこの間、ずっと甲板に張り付いてるつもりかって。それにここからは見張りの仕事が大役だから、こまめに交代する事を考えなきゃと思って」

「ああ、なるほど。カイト、臨時で見張り番の直を倍にできるかな?」 

「任せてくだせぇお頭。元々この船を動かすに必要なの人数の倍は乗り込んでるんで」

「そうだな。ただカイトはまだここでしっかり艦の動きを記録してもらいたいし、ヤードに振り分けは頼もうかな」

「それが良いと思いやす。それと皆にも大陸にたどり着く目途が立ったことを知らせてやってくだせぇ」

「名案ね。きっと皆気合が入るわ。それじゃ打ち合わせも終わりってことで、あたしは部屋で休ませてもらうね」

「あぁ、ゆっくり休んでくれ。ヤードは…この時間なら船室で休んでいる頃かな。臨時の直の振り分けの後は、ヤードがカイトの仕事を引き継ぐという事で大丈夫か?」

「そうですね。あっしの方はまだ余裕があるんで、ヤードには焦らんように伝えておいてくだせぇ。それとジンにもヤードの助手で一緒にここに来るように呼んでくださると助かりやす」

「わかった、伝えておく」

 そう言い残してレオンハルトもルーチェに続いて航海室を後にした。


 ヤードへの伝言を済ませればしばらくは休めると思っていたレオンハルトの予想は裏切られ、30分ほどでルーチェともども航海室へと呼び出される事となった。既に航海室で航路を記録しているのは交代したヤードと、平民の身でどこで覚えたのか、文字の読み書きのできるジンの二人になっていた。

 眠たげに目を(こす)るルーチェが入ってくると、二人と既に入室していたレオンハルトは申し訳なさげに会釈する。

「何かあったの?付いて行けなさそうとか?」

「いや、追いかけっこは順調でさぁ。ただ連中どういうつもりか、さっき急に進路を変えましてね」

「へ?」

「元の進路より東に10°ってとこでさぁ。ただどういうつもりなのかさっぱりわからねぇんで、知恵を貸していただこうかと」

「う~ん?何かその周辺で目印になるような物が有った?」

「いや、全然。向こうはこの辺をよく知ってるんでしょうが、当て推量で船の進路を決めるとは到底思えやせん」

「そうよねぇ。ひょっとしたらこの船みたいな大型船じゃ通れないような海域が有るのか、それとも思っていた以上に陸が近くて、彼らはもうどこをどう進めば港に帰れるのか見当の付けようがあるのか…」

「あるいは今回は外れ、という線も有るな」

 レオンハルトはもしそうならば厄介になると思いながら口を挟む。

「外れ?」

「ああ。彼らの船はアイク島でカイトやヤードたちが使っていた船よりも大分大きかったろう。大陸とアイク島での漁法が違うのかと思っていたが、彼らはアイク島には居なかった無法者の類なのかもしれない」

「無法者?あの徒党を組んで旅人を襲うとかっていうあれ?」

「そうだ。ひょっとしたら奴らは大陸から離れた孤島などに本拠地が有って、大きな船はならず者を腹に(たくわ)えるためかもしれない」

「それは…考えすぎじゃないかなぁ。基本的な進む方角は変えてないんでしょ?」

「ええ、ちょいと東に向いた程度でさぁ」

「あたしたちの船を退治しに来た軍艦か何かと勘違いしたんなら、もっとジグザグに動くとかしても良いと思うよ。とにかく引き離されそうな気配は無いんだね?」

「それも間違いありやせん」

「じゃ、一番心配すべきなのはどこかに風の変わり目が有るかもしれないって事かな。見張りをしっかりしてれば大丈夫だと思うよ」

「わかりやした。奴らを絶対に見逃さないように皆に注意しときやす」

「うん。それじゃよろしく。あたしはもうちょっと寝直すよ」

「起こしちまってすいやせん」

「ううん、何か有ってからじゃ遅いし、そもそもこんな時に助言する為に一緒に乗ってきたんだしね。でも5時間くらいは眠らせてもらおうかな。起きたら、念のために浮揚板の点検をしておこうと思うけど、その時間だと誰の手が空いてるかな?」

「ルークと…他に何人か手配しておきやす。それじゃごゆっくり」

「うん、お休み~」

 ルーチェがひらひらと手を振って航海室を出て行くと、レオンハルトも休憩を取り直す事にして、ヤードに見張りの順序などを再確認してから、執務を忘れられるようにと、わざわざ航海室から階層も変えた場所に設えられた船長室へと戻った。

読んでくださってありがとうございます。

ご意見ご感想、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


作中、ルーチェが航法に関する発明もすればよかったとぼやいていますが、具体的にはシムレー号には羅針盤を搭載していません。

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