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レテンド大陸興亡記  作者: 嶺月
一章
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少女の悩み

サーマイヤーフ邸を訪ねたルーチェは、ほんの些細なきっかけで自分の信念が揺れ動いたことに動揺してしまいます。

 ルーチェとリビングで2人きりになったライナは、懸念(けねん)していただろう事を尋ねてきた。

「ルーチェさん、それで…やっぱりあの人は負けたの?」

「はい…詳しい話は、判りませんけ、ど…これまでに、無い(ひど)い負け方を…して何とか、逃げ帰ってきたって」

「そう」

 ライナが今何を考えているのか、ルーチェには判らない。敗北した夫の心を気遣っているのか、それとも無事に帰ってきた事でホッとしているのか、あるいは失われた彼の部下を(いた)んでいるのか…

「大丈夫よ、元々負け知らずって訳じゃ無かったもの」

 ルーチェの(うかが)うような視線に気付いたのか、安心させるような笑みをライナが浮かべる。ルーチェはむしろ自分が気遣われていることに情けなさを感じるが、咄嗟(とっさ)に何を言うべきか判らない。普段のルーチェは人の能力に限界があるのは当然、自分は鍛冶に人生を捧げてきたのだから、その他の部分で至らないことがあるのは仕方ないと考えている。むしろ他を犠牲にするほど鍛冶に打ち込んだ生き方を誇りすらしているが、今は目の前の女性にかけるべき言葉が判らない自分の未熟さがもどかしい。

「わ、たし…」

「うん?」

「わたし…その、サーマイヤ、フ様…に、技術開、発に参加…して欲し、い…って…言わ、れてて」

「知ってるわ。でも人殺しの道具は作りたくない、でしょう?それはとっても自然なことだわ」

「でも、わた…しが、頼まれたとお、りに…して、たら…今日…」

「それは私にはわからないわ。貴女が手伝って何か凄いものが有ったら簡単に勝てたかもしれないし、結局何も変わらなかったかもしれないし」

「でも…きっと、サーマイ、ヤーフ様、が…無事な、のは…運が、良かっただ、けで…もし何か、有った、ら…あの子たち、が…悲しんで、まし、た…」

 ルーチェがそう言うと、ライナはチラっと子供たちの寝室を見て返事しようとするが、ルーチェのたどたどしい言葉はまだ続きが有った。

「レオンハルト、も…サーマイヤー、フ様に…借りを、返すべきって…シムレー号の…皆も、この街に…少しず、つ馴染(なじ)んで、でもわたしだけ…ずっと…今、あの子たちを見て…皆と同、じになった、と思っ、て…それ、が嬉しくて、でも…そん、な一時の感情で…」

 訥々(とつとつ)と語るうちに伝えたい何かがグルグルと渦巻いて、論理立てて説明したい気持ちを裏切っていく。言葉の奔流(ほんりゅう)が蛇行して、結局伝えたい事が伝えられないもどかしさで、今のこの家では、本来部外者のルーチェが決して見せてはいけない涙が(こぼ)れる。だが、その(つたな)い言葉の中にある心はライナに届いた。ライナは椅子から立ち上がり、ルーチェをそっと抱き締める。

「ねえルーチェさん。人の心には誰にも踏み込めない聖域、人に言われたからで変えてはいけない事もあると思うの。それはあなたなら技術開発への情熱だったり、自分の知識をどう生かすかへの(こだわ)りだったり…でもきっと、人との(つな)がりでどんどん変わっていく事もあると思うの」

 ライナの温かみを持った言葉が、自分の言いたいことをまとめられずに混乱したルーチェを次第に落ち着かせる。

「じゃあ、ライナさんは…この、今の…気持、ちに沿って…進むべ、きだと思う?」

「それは判らない。あなたが凄い発明をして、王国が連戦連勝になったとして、それが絶対に良い事かも。あなたは今、いつの間にか取り残されたみんなとの(つな)がりを取り戻して浮かれているのかもしれないし、いつか自分の節を()げて技術開発に携わったことを後悔するかもしれない。でも忘れないで。あなたはまだ幼くて、いろんなことを経験して、その度にいろんな事を知って考えて、同じ事について考える度に別の答えを出しても良いってこと。今王国に協力する方に気持ちが傾いていたとして、でもそれは後で考え直してはいけないという事ではないの。あの時協力するって言った、なんて誰も責めたりはしないわ。だからゆっくりゆっくり、貴女が本当にしたいことをじっくり考えて」

「うん…うん…!」

 ルーチェの知性に反して幼い心はライナの言葉を全部は受け止めきれなかった。ただライナの温もりが嬉しかった。そしていつもなら反発する、貴女は幼い、という言葉も。思えばずっと気を張って生きてきた。ディルは孫娘だからと言って、弟子に容赦するような人間ではなかった。鍛冶に没頭する娘をどうにか普通の女の子らしくさせようとする父母とはいつも対立し、常に才覚を示し続けることを要求された。レオンハルトですら早くから自立した強い人間と自分を看做(みな)した。シムレー号の建造計画が立ち上がってからは、自ら望んだとはいえこの途方もない大事業の先頭に立つ責務から逃れる方法など無かった。

 初めて、お前はたった15歳の少女なのだと指摘された。間違えても構わないのだと、何度やり直しても構わないと、そう言ってくれた初めての人に、恥じることの無いように考え抜こうと思った。


 ルーチェが泣き出してしまったので、あやすように抱き締めていたライナは、しゃくりあげる声が小さくなってきたのでそろそろ離れようかと、ルーチェの細いが意外と鍛冶仕事で筋肉の付いた身体から腕を解くが、ルーチェはライナの背中に回した腕を離そうとしない。

 ルーチェの今までの葛藤(かっとう)や、それをライナが偶然にも解きほぐしたことを自分で判っていないライナは、意外なルーチェの甘えっぷりに驚いたが、もう1度自分の口ほどの高さにつむじが来る小柄な少女を抱いて、その背中をポンポンと優しく叩く。

 すると、その動きに反応するかの如くドアが少し乱暴にノックされた。

「あら、あの人帰ってきたわね。ルーチェさん、放してくれるかしら」

「あ、はい…ごめんな、さい…泣き出し、たりして」

「それは別に構わないわ。慣れない土地でずっと気を張ってたんでしょう?」

 話しながらライナはドアを開け、ドアの外で不貞腐(ふてくさ)れたような表情で(たたず)んでいた壮年の大男を迎え入れた。

「お帰りなさい、大変だったんですって?」

「ああ、心配かけたな…んあ?なんで嬢ちゃんが居るんだ?」

「役所の人の代わりに来てくれたのよ」

「そうか、そりゃ助かったぜ。あんまりこの家には寄り付かせたくないからな…ん?」

 そこまで来てサーマイヤーフはルーチェの頬に付いた涙の(あと)に気付いたようだ。

「あの、サーマイヤー、フ様、こんば、んは…その、ごめん、なさい…こんなと、きに…」

「ああ、いや本当に助かったんだが…どうした?」

「あ、これ、は…ライナ様、に話を…聞い、てもらって」

「お、おう?」

 サーマイヤーフはさらに事態が判らなくなる。ライナが不安をぶつけたりするなら自然だが、ルーチェが悩みを相談する立場とは。まして、サーマイヤーフから見たルーチェは(いささ)か以上に人見知りするが、芯の強さは人一倍の少女だ。親しくなったと聞いてはいたが、赤の他人のライナの前で泣くような娘だとは思っていなかった。

「あの、サーマイヤーフさ、ま…重力水の、こと…もうすこ、し…考えて、みます…それ、じゃ、かぞ、くの…邪魔に、なっちゃい、ますから…失礼しま、す」

「待て待て、そりゃ有り難い話だが、こんな時間に娘っ子1人で出歩くのは無しだ。今夜は泊って行け」

「え…でも…」

「心配するな、客間なら有る。流石にベッドはねぇが」

「それ、は…大丈夫、ですけど…でも本当に、今夜、は‥‥」

「まだガキの癖に変な気遣いすんじゃねぇ。ライナ、客間の用意しな」

「はい。ルーチェさん、本当に大丈夫だから泊って行って。シルマンテは治安の良い街だけど、やっぱり夜も遅いし、もう外は寒いわ」

「はい…それ、じゃ、お世話に…なりま、す」

 帰路の事は頭に無かったルーチェは、(かえ)って迷惑をかけたようで少し恥ずかしい。夫の無事を喜びたいだろうに、てきぱきと支度を調えてくれたライナに感謝を込めて挨拶をすると、平民にはむしろ懐かしい床敷きの布団に潜り込み、レオンハルトと今日教えられたことについて話し合いたいな、と思いながら眠りに就いた。

読んでくださってありがとうございました。

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