決着と帰還
サブタイトル通り、艦隊戦は終結します。
どちらが勝ったか、予想付いていた方はいらっしゃるでしょうか。
王国軍艦隊がレミレイスの港を発った時、冬の太陽はまだ東の地平線の向こうに隠れていた。朱とも紫とも微妙に異なる空の下艦隊は南下し、会敵した頃合いに漸くその全身を見せた太陽は、今天頂高くから細長い水の流れがどちらの物かなどと下らない理由で、ただでさえ短い命を縮め合う2本足の奇妙な生き物を見つめていた。
緯度の低い地方と言っても、真冬でしかも河の上とて強風吹き渡る戦場は寒い。しかしシューラリス号の甲板で、大砲を敵砲艦に向ける砲手の額には汗が浮かんでいた。既に残る砲艦のほとんどは他の大型艦を無視してこちらに舳先を向け始めている。彼らが狙いを定める前に1隻でも多く沈めなければならない。慎重に、しかしできるだけ手早く、この二律背反は旗艦の乗組員として選出されるほどの古参兵にも大いに精神に負荷を与える。
隣に立つ観測手の目視による測距に応じて、角度を調整した砲手は上官に砲撃準備完了を告げる。それを受けた上官の合図で第1射が放たれる。着弾地点は残念ながら目標のやや右奥の水面。熟練兵にとっても正確な距離の測定は難しいし、気ままな風のために砲弾の軌道は不安定だ。狙いをやや左手前に微妙に修正した第2射も外れる。だが夾叉は成立した。勿論それに気付いた砲艦は回避行動を始めるが、熟練兵の砲弾と火薬の装填が先んじた。必中の決意と共に撃ち出された砲弾は見事に正鵠を射抜き、艦の前半部分を失った無惨な姿を晒す敵の姿をチラと確認した一同は次の獲物を探し始めた。
一旦勢いを失い、砲弾の飛び交う戦場を避けて上流に遡った都市連合艦隊の小型艦の1隻、漁火の上では、リーゼンバーグ直々の訓令文を受け取った艦長が勇み立ち、その内容を乗組員に繰り返していた。
「…更に敵陣深くに攻め入り、敵大型艦を制圧した艦には乗組員全員に報奨金、しかも敵の総司令官を討ち取れば一兵卒でも大型艦の艦長に昇進だそうだ!いいか、敵が陣形を組もうが構うな!小型艦なぞ蹴散らして、報奨金を俺たちの物にするんだ!」
敵が体勢を立て直した時に、様子見を言い出したのは艦長だと知っている切り込み部隊員たちは思わず小さく失笑する。だが報奨金は悪くない。思えば5年前、異国の軍師やら言う怪しげな男に突然配置換えを命じられ、時代遅れの剣を振り回すように言われた時からずっと軍内部では笑いものにされてきた。だがどうだ、今日の戦いで先陣を切り、いつもは互角に戦ってきた王国軍をあっという間に押し込んだのは俺たちの手柄だ。艦長が臆病風に吹かれなければ、わざわざリーゼンバーグ総司令官にけつを叩かれなくったって大型艦も沈めていた。
日蔭物から一転、主力部隊となった切り込み隊の戦意は高い。それと見て取った艦長が命じるというより煽ると言った勢いで突撃を命じた。その命令はすぐさま艦内に伝達され、機動力で敵を上回るために設計された3段式の漕ぎ座で、それぞれの漕ぎ手が櫂を全力で動かし始める。まずは小うるさい小型艦の群れに狙いを定めた各艦は、既に20隻足らずまで数を減らしている敵艦をゼロにするために、功を競って水面を切り裂いた。
「砲撃戦は思惑通りこちらが押してるみてぇだが、どうやらミルメラディオの指揮権掌握は間に合いそうにねぇな…」
「確かに、敵小型艦が再び動き出したようです。敵のそれは開戦時から殆ど減っていませんから、戦力差は2倍以上、接敵すれば一揉みにされてしまうかと」
砲艦はあれから順調に2隻沈めたが、ミルメラディオが彼らの戦場へと向かうには遅すぎる。
「最初に取りつかれたレーゼングリュナム1の制圧までの時間を考えると、乗り込む兵もそれ専用に鍛えてるんだろうからな」
「恐らくはヴィセングル単体の発案ではなく、都市連合全体で練ってきた戦術でしょう。本来なら両軍の運命を決する大部隊で投入される予定だったかと。このような暴発で存在を知れたのならば、この戦場ではともかく政略面では勝利したと言ってもよいでしょうね」
幕僚の言葉はサーマイヤーフへの慰撫の色合いが濃かったが、この戦術を考案したウンヒョウの内心を見事に言い当てていた。本来ならより時間をかけて精鋭へと育て上げ、同時にアイユーヴ王国レイシン河方面艦隊の本拠地である軍港レミレイスへと攻め入り、即座に政庁と軍庁のあるシルマンテを制圧することで、王国と都市連合の間に本格的な戦火をあげるつもりだったのだ。しかし今回の局地的な戦闘で手の内を見せてしまったことで、突撃戦法には対処法が考案されてしまうだろう。
「それは言い訳にはならねぇ。特に戦死した兵や家族にはな」
「…その通りです。失礼しました」
「だが今回は負け戦だ。最後の嫌がらせだけ、準備を始めな」
「嫌がらせ…?」
「マッコミヤット砲だ。砲撃戦に熱中するふりをしながら徐々にシューラリス号を前に出しな。できるだけ良く狙って1発かましたら大型艦は退くぞ」
艦長に指示すると少しだけ驚いた様子だが、否とは返って来なかった。敵との撃ち合いに夢中になっている素振りで、主砲の狙いをリーゼンバーグの座す敵旗艦へと徐々に向けていく。
その間にも味方の小型艦に次々と都市連合の旗章が翻っていく。それが裏切りなどであればむしろ幸いだが、あれらの艦の中では必死に抵抗する兵士たちが血祭りにあげられたのだろう。そしてそれは事前の諜報活動で常と異なる艦隊編成を掴んでおきながら、その意図を察することのできなかったサーマイヤーフ以下司令部全員の責任なのだ。
「艦長から準備が整ったと」
「そうか、俺の指示を待たずに好きなタイミングでやれと伝えな」
サーマイヤーフがゴーサインを出すと、即座に艦橋から伝令が飛び出していく。ややあって、火薬の爆発とは全く違う少し気の抜けた、だが耳をつんざくような砲声が響き、砲艦の更に後方で戦況を見守っていた3隻のうち中央の艦に砲弾が命中する。
「よし、全艦引き上げだ!」
サーマイヤーフの指令を待たず、既に3隻まで減っていた大型艦も回頭し、王国軍艦隊は多数の未帰還者を戦場に残してレミレイスへと帰投した。
レミレイスからの早馬でサーマイヤーフの敗北を知ったレオンハルトは、慰めるべきなのかもわからぬまま、レイシン河方面政庁舎の客間でロギュートフ、ラングルムと共に建物の主の帰還を待っていた。
正直言って状況は複雑だ。艦隊決戦では敗北したが、こちらは敵旗艦に精製水式の主砲を命中させており、それが原因かは定かでないが敵はこちらの追撃には移ってこなかった。改めて攻めて来たとして、こちらにはまだ生き残った大型艦以外に駐留艦隊も残存しており、敵はレミレイスに砲火の1発も飛ばすことはできないだろう。大義名分であった漁業権については数年は譲歩せざるを得ないだろうが、賠償金などは無かろう。だがそれらの安心材料を無にするほど、今回は味方の兵士を死なせているのだ。
耳に痛いほどの沈黙が支配する中、時間を持て余したレオンハルトが木目を上手くデザインに使った柱時計の秒針が生真面目に音を立てながら進むのを見つめていると、やがて護衛の兵士に扉を開けさせていつもは綺麗に撫で付けられているブルネットを乱したままのサーマイヤーフが入ってきた。
部屋に入った敗軍の将は3人を無視してソファに深く腰掛けるとポツリと告げた。
「わりぃ。マッコミヤット砲使っちまったわ」
「その場合も考慮しております」
「そうか」
ロギュートフが返答すると短く答え、そのまま虚空を見つめている。
「閣下、何か飲まれますか?」
沈黙に耐えられず、今度はレオンハルトが予め用意されていたウィスキーの瓶を示すと、首を横に振る。
「いや、今飲んじまうと歯止めが利かなそうだ。酔っぱらって帰るとライナの機嫌が悪くなる」
妻子持ちらしい返答をしたサーマイヤーフはレオンハルトの心配げな表情を笑い飛ばす。
「おい、勘違いしてるみてぇだが、初めて負けたわけじゃねぇんだぜ。敵の司令官、ラインズマンてんだが、これまでずっと勝ったり負けたりしてきたんだ」
「はぁ…マッコミヤット砲を使ったとおっしゃいましたが、ではその男の命は?」
「それはわからねぇ。乗ってる艦には命中させたが、艦橋をぶち抜いたかどうかまではな。指揮系統が混乱してる隙に逃げさせて貰ったぜ」
「前線にまだ残っていた兵士を見捨てて、ですね」
韜晦させたままでは何もならない、と思ったレオンハルトはいっそ本気で怒らせる覚悟で踏み込む。果たしてサーマイヤーフは目の前の若者が憎き敵将かのような目付きになり、その鬼神の如き殺気は、命懸けの戦いはまだ1度しか経験の無いレオンハルトを慄かせたが、結局何も言わずに装飾的な曲線を描く燭台が吊るされた高い天井に視線を置く。
ややあって、敗軍の将は再びポツリと呟く。
「なぁレオンハルト、やっぱ嬢ちゃんに重力水の使い方、教えるように頼んでくれねぇか…?」
想像を絶する新兵器、などという物を期待しているのではない。今回の敗北は敵が時代遅れと捨ててきた技術を発掘して活用したからだ。ならばこそ、自分たちが取り落としたかもしれない技術を一つ一つ学び取っている天才に再発見を期待した。
「効果が有るかは判りませんが、もう1度促してみます」
「助かるぜ」
そう言ったサーマイヤーフは立ち上がって、乱れた襟や裾を整える。
「お帰りですか、閣下」
ラングルムが問いかけると頷いた壮年の男は再び護衛を率いて部屋を出ていく。閉ざされた扉を見守ったレオンハルトが視線を移すと、故郷では見たことの無い花弁が幾重にも重なった大輪の花を生けた、精緻な風景画が胴に描かれた花瓶が目に入る。今更ルーチェに花を愛でるような生き方をして欲しい訳ではないが、人を傷付ける技術の開発に携わって欲しくなかったのは間違いない。だがシムレー号がサーマイヤーフへの借りを返すためには、そうしてこの地の安寧に寄与するのが最短の方法だろう。
昼間思いつかなかったルーチェへの説得の言葉を探して、レオンハルトは難題に思わず溜息をついた。
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