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レテンド大陸興亡記  作者: 嶺月
一章
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居残り組の茶会

前回、開戦待ったなしという雰囲気で引きましたが、視点を変えて安全な後方に残ったレオンハルト達の様子を描きます。

「今ごろ戦いが始まっているだろうか」

 レオンハルトの誰に向けたともいえない言葉に、カップを傾けていたルーチェは首をかしげて、立って控えていたロギュートフを見る。

 この場に居るのはシムレー号の首脳部と目されるレオンハルト、ルーチェ、ジーク、カイトの4人と、作法の教師役のロギュートフ、そして給仕を務める女性が2人だ。茶話会の開始時に、レオンハルトはロギュートフにも座ってはどうかと声をかけたが丁重に断られた。気軽な茶飲み話ではあるが、一応上流階級と付き合う場合の作法もチェックするという事だろう。

 そのロギュートフはルーチェの物問いたげな視線には気付いているのだろうが、視線を伏したまま答えない。この中では生来聡明なルーチェは作法の習得が1番早かったが、人見知りが大きなマイナス点だ。それを問題視するロギュートフははっきり言葉にしなければ答えないつもりだろう。それは全員判っているので誰も助け船は出さない。テーブルを一通り見まわして孤立無援であることを確認したルーチェは震える声でロギュートフに呼び掛ける。

「あ、あの…ロギュ、トフさん…なに、か、知りません、か?」

「そうですね。恐らく既に砲戦が開始されている頃合いか、と。私は水上戦については専門外なので、正確なところは判りかねますが」

「水上戦については?」

 留保の付いたロギュートフの言葉に、ジークが反応する。

「ええ。閣下からお聞きしたかもしれませんが、レイシン河方面政庁の上層部は元々は閣下の麾下(きか)に居た軍官僚です。ただ、その当時の閣下と私たちが所属していたのは中央の陸軍でしたから、艦船による戦いというのは未経験なのです」

「成程」

「砲撃ってのはあれでやすね、俺たちがここに来た時に喰らった…」

 カイトが普段通りの粗野な言葉遣いで話題を変えると、ロギュートフが咳払い。

「…あの大きな物を飛ばす攻撃ですね」

「砲弾、と言うそうだよ。あの時の威嚇(いかく)に使われたのは精製水を使った特別製で、今回の戦いでは使用されない公算が高いそうだけど」

 言葉遣いを直したカイトにレオンハルトが続く。

「重力…精製水を使い捨てにするという話ですものね。そんな気軽には使えないのでしょう」

 仲間内ではルーチェも遠慮なく話すことができる。あまり上品とは言えなかった口調もすんなり直して見せた。

「閣下はルーチェにも改良に参加して欲しいご様子だったけど…」

「それはまだ決心がつきません。戦争の道具を作るのは…」

「その気持ちは判らないでも無いけど我々は閣下に大きな恩義がある。前向きに考えて欲しい」

「!それは!…でも…はい…」

 一瞬声が高くなったルーチェだがレオンハルトの言い分も判っているのだろう。消え入るような声だが受け容れる返事が有った。レオンハルトとしてもルーチェに間接的にでも人を殺すような真似はして欲しくない。だがルーチェが技術者として誘いに充分魅力を感じていて、しかし人殺しの道具、という発想で自分を縛っているのを感じるので、悩むにしても何かしら別の視点を提供できたらと思う。しかしこの場ではどうすればいいのか判らない。折角の集いが暗くなっても詰まらないので、話を逸らす事にした。

「ジークはどうだ?以前閣下が医者は貴重だと仰っていたが」

「学ぶことだらけです。手に入る薬草の種類も桁違いですが、病の種類もその研究の量も同様です。一朝一夕には追い付けそうにありません」

「病の種類?」

「はい。アイク島では病は身体の内部の要素が均衡を崩して引き起こされると考えられていましたが、大陸での研究によれば何か病気を引き起こす(もと)になる物が外部から侵入して起こるとされています。その素が本来人が住む土地でなかったアイク島にはあまり無かったのでしょう。この大陸には私が聞いた事も無い症状を起こす病気が山のように有るようです」

「それは…今後の私たちの健康が不安になる話だな」

「私の今の師たちは逆に、アイク島の風土病がレイシン河方面軍に持ち込まれないかを危惧(きぐ)していましたね」

「そう言やぁ…いや、そう言えば、ここに来てから1週間くらいしてから、水浴びとかの時間を区切られやし…ましたね」

 レオンハルトとジークの会話にカイトも参加する。ルーチェだけは精製水を使った研究への参加について考え込んでいるようで、一人黙考している。

「実際のところ、私たちが病に(かか)り易かったりはするのだろうか」

「気を付けた方が良いのは確かですね。病から遠ざけられた人間はいざ罹った時に重症化することも多いそうです。それとは別に、ルーチェさんは特に気を付けてくださいね。技術者は研究のために高温など、あまり健康に良くない環境に身を置く事も多いそうですから」

「…うん…」

 ジークが気を遣ったのだろう、ルーチェに話題を振ったが、蚊の鳴くような声で短く返事をするだけで、視線もカップの紅茶から離れない。大陸に来てからは人見知りを発揮して縮こまっている事も多いが、気心の知れた仲間といる時はむしろ闊達(かったつ)な少女が(ふさ)ぎ込んでいるので、テーブルを囲む残りの3人やロギュートフだけでなく、給仕の女性たちもその様子を気にして固くなっている。

「あ~その…ルーチェは、技術者とだけでなく、ライナ女史とも親交があると聞いているけど…」

「え?う、うん…そのドレスとか、アクセサリーとか…そういう事、教えてもらったよ」

「ご自宅に招かれた事も有るそうだね」

「ライナ様のお宅はサーマイヤーフ閣下の物でもあるんでしょう?随分立派な所だったのでは?」

「そんな事はございませんでしたわ。サーマイヤーフ様はライナ様の近辺ではご身分を隠していらっしゃるようです」

「そうなのか。しかし君が誰かに招かれるとなると、1度我が家でお茶会を開いた時以来という事になるのかな?」

「ん?お頭…船長とお嬢は昔から家族ぐるみで付き合いがあったと言ってやせんでした…ませんでしたか?」

「そのような物だったが…ディルもルーチェも工房から離れたがらなかったからね。父上や私が訪ねるばかりだったが、1度ルーチェが我が家に来た時に妹がやけにはしゃいでね」

「騎士が平民の家に通っていたのですか?」

「それだけ父上も私もディルの偉才に敬服していたという事さ」

「ちょっとレオンハルト、あたしは?」

 ルーチェがむくれ、しかも言葉遣いも再び乱れてきた。とは言えこれは話に気が乗って調子が出てきた証拠だろう。見守っていたロギュートフがルーチェの子供じみた言葉を咳払いで(とが)め、空気が変わったのに安心したのだろう給仕がお茶を()れ直す。

 折角の淹れたてのお茶だが、アイク島には紅茶を音を立てて飲んではならぬ、という礼法が無く、皆が熱い紅茶を持て余している。だが手を付けないのも給仕に対してばつが悪いので、レオンハルトはカップを取り敢えず手にして、改めて茶会に使わせてもらっている部屋を見回す。

「家が質素なのは閣下の元々の性分も有るかもしれないな」

 1度だけレオンハルトが入る羽目になった貴賓室(きひんしつ)に比べれば、この部屋は格段に様々な調度の均衡が取れている。そしてあちこちに経費を削減する目的なのか、とても一地方の政軍両面を預かる重鎮の部屋とは思えない簡素な品が置かれて侘しさを感じさせる。

 だがこの部屋をコーディネイトしたのがサーマイヤーフ本人かは知らないが、その侘しさに余白の美とでもいった独特の美的感覚を感じさせる。3人もレオンハルトの視線を追って、どうやらその感慨(かんがい)を共有したようだ。しかしある一点をルーチェは見咎(みとが)める。

「でもあの絵はちょっと…ライナ様のお家にも似た雰囲気の絵画を飾ってありましたけれど、サーマイヤーフ様がお好きなのかしら?あまり感心できない出来のように見受けられるのですけれど…」

「あれは閣下本人の筆になる物です」

「へ?」

 絵の良し悪しはまだレオンハルトには良く判らないが、ライナから美術工芸の分野の手ほどきも受けているルーチェには素朴ではなく稚拙(ちせつ)と映ったらしく、しかめつらしく論評しているとロギュートフが爆弾を放り込む。

「あ、あ、あの…その…」

「ご心配なく。閣下ご自身も下手の横好きである事は承知の上です」

 人見知りとは無関係に口をもごもごさせているルーチェを安心させるようにロギュートフが微笑む。

「閣下にそんなご趣味が有ったとは知りませんでした」

「閣下は多趣味な方ですよ。息詰まる王宮で1つでも楽しみを見つけたいと、若い頃からあれこれ試したそうです」

「ああ、成程…」

「結局剣術が1番気に入った結果、素性を隠して軍に入隊してのけ、王宮が事態を把握した頃には大隊長まで出世なさったとのことで」

「さてこそ、と膝を打ちたくなる武勇伝です。しかし、では本分は艦隊戦ではないのですか?」

「ええ、何度か講義したことがあると思いますが、王国の東に位置するシンドゥム王国とは古の大帝国、エモルの正統を主張していがみ合っており、かの国との戦闘の中で頭角を現したそうです」

「それでは水上戦が中心になるレイシン河方面への転属は本当に嫌がらせだけが目的だったのですね。しかもお聞きする限り剣も達者という事ですか?」

「銃が支配する実戦で振るう機会はそう多くは無かったそうですが、軍の調練には取り入れられていたので自信は有る、と仰っていた事が有ります」

「私の技はデュラディウスあっての物ですから、尋常の剣術にも興味が有りますね」

 レオンハルトはほぼ貴族として振舞う事を要求されているので、シムレー号の他の乗組員と違い軍人としての訓練は受けていない。しかしサーマイヤーフの剣腕が確かならば基礎から教えを乞うのも良いかもしれない。そんな事を考えて、レオンハルトは今は水上で辣腕(らつわん)を振るっているだろう男の無事の帰還を願った。

読んでくださってありがとうございました。

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