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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
四章 真奈美ルート攻略シナリオ
98/226

98クリアすれば最初から

投稿再開します。

ペースはがくんと落としますが、この四章は最後まで投稿できますのでご安心ください。

 何度も聞けば、不規則なチョークのリズムも自然と覚えてしまうものだ。


 現国のおじいちゃん先生こと、田中先生が操る白いチョークが黒板を軽快に駆ける。


 祝詞のようにぼんやりとした口調は眠気を誘い、梅雨明けのじめじめとした空気は制服のワイシャツを肌にピッタリ張り付けさせていて気持ちが悪い。


「……痛いな」


 思わず零れた独り言に反応する人はいない。俺に背中を見せる少女も、俺の隣に座って頭を抱えて悩んでいる巨漢の男子も、……親友との思い出は全て無へと還った。


 下を向けば、視界の上部に自身の前髪が映り込む。不格好なカーテンみたいに隙間だらけで、役目を果たそうとしない。モテたいという、そんな無駄な格好つけから生まれた茶髪交じりの黒髪。そんな髪も今は鬱陶しくて仕方がなかった。


「胸が……痛い……」


 胸元をぎゅっと掴み、額をまっさらなノートに押し付けると、涙がさっと零れ落ちた。


 どうせ何も書かれないノートを灰色に染め、徐々に紙質を歪ませる。


 数字の羅列が俺をここに構成して蘇らせたことを呪う。また独りに戻るのが怖くて痛いからだ。


 何度も繰り返してたどり着いた先がこれでは割に合わない。


 俺がここにいるメリットが何もなくて、無言で席を立ちあがる。


「霜月君、どうかしたかね?」


 唐突に席を立った俺に気付いて現国の田中先生が声をかけてくる。


「ちょっとトイレに行ってきます」

「……そうか、行ってきなさい」


 俺が授業をさぼりたいからこんなことを言い出したのではないと、先生は年の功で察してくれた。


 俺はその言葉に甘えて教室を出る。トイレに向かうさながら、脳内に存在する登場人物のファイルを閲覧する。


 霜月一颯……、主人公の友達、時々主人公のために積極的な行動をしてくれる頼りになる相棒的存在。


「……はん!」


 奥深くで見つけた自分の紹介文がおかしくて鼻で笑う。そうだよ、俺は所詮、主人公の恋愛の為だけに生まれたモブなんだ。名前と立ち絵があるだけで、扱いはモブと何も変わらないんだよ。


 次に俺の前に座っていた女子、神楽坂聖羅の紹介文を閲覧する。すでに何度も見た文面が何も変わらずそこに存在していた。


 神楽坂聖羅……、桜花高校を代表する金髪に染めたギャル。女子からの厚い信頼と料理部部長としての活躍は目を見張るものがあり、主人公とは寮で馬鹿騒ぎを起こすマブダチのような仲間的存在、相談にも乗ってくれる姉御肌の少女。


 もうこのプロフィールを覗くことはないだろうな。もう聖羅ルートはクリアしたのだから、この文面から情報を引き出すようなことはない。


 廊下の窓から階上を見上げる。相変わらず同じ太陽が校舎を照り付け、俺の視力をじわじわと削っていく。そんな黒く霞んだ視界の中、俺は三階の三年生のフロアを見つめる。


 教室は右から三つ目、一番右は演劇部の部室だからそこは三年二組の教室だ。そこに、今回のヒロインである小鳥遊真奈美先輩が授業を受けている。


 俺は似非が妥当な神の野郎に、この世界がゲームであることを告げられた。俺にはこのゲームを組み立てる使命を与えられ、主人公が無事ヒロインと恋仲となってシナリオの最後にたどり着くまでを誘導して手伝うこととなっている。


 それで俺はヒロインを二人、同じクラスの月宮陽菜と神楽坂聖羅を無事主人公と恋仲にさせることが出来た。


 ……さすがに立ち眩みがしてきた。これ以上は倒れかねない。


 立ち眩みでほとんどが真っ暗な視界で、何とかもう一つ上の階、一年生の階を見上げた。


 そこには誰かがいた覚えがあって、誰がそこにいたかなんて分からないが、きっと分からないままの方がいいのかもしれない。


「ああ、……今回もやっぱりいたか」


 真っ黒なシルエットが一瞬だけ見えた。どこを見ているのか、何を考えているのか、俺の中で勝手にミステリアス判定を下した少女がそこに存在しているのを確認した俺は、目を瞑って立ち眩みを落ち着かせた。


 足元が揺れている感覚と共に意識を失ったかのように奪われる思考。目の前に光が戻ってきた時には立ち眩みは終わっている。


「なんか、新しいスタート地点に立ったって、初めて実感したな……」


 情報の海を漂ってこの地に立っているというのに、立ち眩みから回復した時の方が気持ちを切り替えられそうだなんて……、俺って単純だな。余計な演出はいらないというわけだ。


 ――手洗い場で顔を洗ってから戻って教室に入ると、図ったかのように授業終了のチャイムが鳴る。


 先ほど涙に濡らしたノートはごわごわとした状態で、やっぱり何も書かれていない。黒板には次回までの宿題が書かれているが、それをノートに書き写す気はさらさらない。一瞥したノートを無造作に鞄へと放り込んだ。


「おうおう、一颯さんよ、さぼりかい?」


 おらついた態度で突っかかってくるのは、俺の前の席の聖羅。相変わらずギャルとは思えない真面目っぷりで、さりげなく渡してきたノートにはしっかりと授業の書き込みがされていた。


 どうせ何も書いていないんだろう? 貸してやるから写しておきな! とちゃっかりノートを貸してくれるあたり、やっぱりこいつはお人好しなんだ。


 ありがたくノートを受け取り、明日には返すと約束する。お礼に後でラムネでも奢ってやろう、これが一番()()()()()()()なはずだ。


 しばらくして机の上に椅子を逆さに乗せて持ってきた担任の加賀美先生が俺を指名する。分かっているさ、その机と椅子を俺の隣にセットすればいいんだろ。


「で? 先生、この机と椅子は何のために持ってきたんですか?」

「ああ、明日、転校生が来るから用意したまでだ。ついでに案内もよろしく」


 クラスからのブーイングを加賀美先生は一身に浴びる。本来クラスの誰かが先生に尋ねるこのセリフを俺がフライングで借りたわけだが、これが一番安定するんだよな。


 最後までの流れに不具合が生じることもないし、アドリブを利かせる必要もない。つまり俺が何もしなくても勝手に進行してくれる便利な裏技のようなものだ。


 フラグ建てに失敗してリスタートになった時に、共通シナリオはある程度自由が利くことに気付き、さぼれるところはさぼれるようにいろいろ探っていたのだ。


 勝手に過去を晒して自爆した加賀美先生は、哀愁漂う背中を残しながらクラスの数人がそれを見送り、聖羅は勝手に帰ろうとする俺の背中をバシンと叩いた。


「なに帰ろうとしてんのよ、あたしにラムネを奢ってくれるんでしょ? おばあちゃんの所いこうよ」

「ああ、忘れていたよ。分かった、とりあえず心春も誘うから少し待つか」


 背負っていた鞄を机の上に乱暴に置いて椅子に座った。隣のクラスがホームルームを終えるまで、あと三分もある。


 ……俺はそんなことまで覚えているのだな。







もうすぐ百話ということで幕間でも、と思いましたが、ごめんなさい! そんな余裕がありませんでした。

ブックマーク、ポイント評価などで今後の執筆の気力をいただけたら幸いです。

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