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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
三章 聖羅ルート攻略シナリオ
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94聖羅ルート 温もりに包まれて

 不可侵の領域に踏み入れてしまった俺は代償として理性を崩壊させ、その後のことはよく覚えていない。鼻の奥で沸騰したみたいに熱いものがこみ上げてきて、痛みと共に視界が霞んだ。


 ――目を覚ましたとき、羽毛布団のような柔らかさに寝そべっていると本能が感じた。


 鼻に何か詰まっているのか呼吸がしづらい。それを取り払う気力はないくせに、頭のすぐ隣にあった触り心地のよろしい温もりに抱き着く。それが俺にとって非常に落ち着く匂いだったから、鼻の詰め物越しにその匂いを鼻で大きく吸い込むと、その温もりがわずかに震えた気がした。


 何者かがゆっくりと膝に乗せた猫を愛でるように優しく俺の頭を撫でてくれて、子守歌のような鼻歌には今までの疲れを取り払ってくれる心地よさがある。


 しばらくして、俺の耳に細い棒状のものがあてがわれた。耳の穴の近くから優しく、くりくりとほじられ、それは回数を重ねるごとに徐々に奥へと向かっていく。


 耳の中をマッサージされているみたいで気持ちよくて、ゴリゴリと奥の方を削られる感覚の虜になった。


 時たまに吹きかけられる甘い吐息に背筋がぞくぞくとして全身が震えた。これほどまでに快感に満ちた感覚は初めてだ。


 俺は耳かきをされているのだと気付いたのは、意外にも身体を逆向きにされた時だった。


 つまり俺はそれまで耳かきされていることも、花恋さんに膝枕してもらっていることさえも気付いていなかったのである。


 さっき俺は花恋さんのお腹の方を向いていて、……お腹に顔を埋めながら思い切り息を吸ったわけで、……なるほど、気持ちいいはずだ。


 目を覚ました俺に気付いた花恋さんがそのまま動かないようにと俺の頭を手で押さえた。


「いいのよ、そのままわたくしの膝を堪能していないさい。ふふ……、まさか鼻血を噴き出して気絶するとは思わなかったわ」

「ああ……ええと……、すみませでした」

「殿方に下着を見られたのは初めてでしたのよ? ベッドに血が付着してしまったし、これでは事後と言われても否定できないわね?」

「本当にすみません!」


 まさか下着一つに俺がここまで耐性がなかったとは思わなかった。今でもあの黒薔薇の花畑を鮮明に思い出せるし、男ってこういう時の記憶力はすさまじいよな。


 ……俺の後頭部には花恋さんのスカートの布を挟んでそれが潜んでいると思うと、また興奮して鼻奥が疼いてしまう。


「申し訳ないと思っているのなら、責任、取ってくれるかしら?」

「何を……すればいいですか?」

「先ほどは一颯に弄ばれたから、今度はわたくしが一颯を弄んであげるわ。……といっても、こうして膝枕して耳かきしてあげられるだけで十分なのだけど、一颯がわたくしのことを抱きたいというのなら、それでも構わないわよ?」

「花恋さん、本当は抱かれたいんですか?」


 陽菜ルートの出来事などもろもろを踏まえて口にしたのだが、どうしてこんなことを聞いたのか、自分に小一時間ほど問い詰めたい。さすがの花恋さんもこんなことを言われたら怒るに決まっている。


 耳かきの手も止まったし、これは平手で叩かれるな。


「……ふう!」

「――うっく!」


 花恋さんが俺の頭を押さえて耳に強めに息を吹きかけてきたものだから、思わず変な声が出てしまった。


 くすくすと頭上で笑われ、頬をむにーと引っ張られる。


「抱かれたいわ。せっかく心春がいないのだもの、最低でも既成事実まではと意気込んでいたのよ? 一颯のために舞衣子から聞いたあなたの趣味を全部取り入れて、し、下着も頑張って身に着けて、後ろから抱きしめられた時はとても、……本当に幸せな気持ちで満ちていたのよ」


 どうしようもなく可愛い花恋さんが愛おしい。行き過ぎた考えは城戸先輩の入れ知恵だろうけど、俺のためにと言われたら、それはもう感動ものよ、嬉しすぎて高台から夕焼けに向けて叫びたいくらいだ。


 こんなヘタレのためにここまで尽くしてくれるなんて、ずっと今日が続いて欲しい。明日にまたリセットされるなんて考えたくもない。でもそれは伝えなければならないから、俺は身体を起こした。


「花恋さん、ゲームでもやりませんか?」

「えっと……、えっちな?」

「普通のテレビゲームですよ。話したいことがあるんです」

「そ、そう、早とちりしてごめんなさいね」


 恥を誤魔化すようにそそくさとゲームのセットを始める花恋さん。俺はベッドから降りてテーブルをずらし、コントローラーを二つ持って床にあぐらで座った。


 ゲームが起動して、隣に座ろうとする花恋さんの腰を抱き寄せて俺の膝に座らせた。膝の上に花恋さんを乗せるくらい既に二度経験している俺にはどうってことはない。逃げられないように腕を花恋さんの前に回してコントローラーを握る。これでもゲーム画面はしっかり見えるほどに花恋さんは小柄で俺の腕の中にすっぽり収まる。


 最初はおどおどとして落ち着かない様子だったが、ゲームで何戦か戦っているうちに慣れたみたいで、今では花恋さんから俺に体重を預けてくれる。


「まるでカップルみたいですね」


 かつて花恋さんに同じ状況で言われた言葉を返してみると、花恋さんはなんだか嬉しそうに笑った。


「ふふ、そうね、本当にお付き合いができたのなら、これくらい日常茶飯事なのかしら? そう考えたら、もう一人でゲームなんて物足りないわ」

「俺も、こんな楽しい日々ならいくらでも享受していたいですよ。花恋さんと心春と、いつかはちゃんと俺が選んで覚悟を決める。目の前にあるその選択肢に辿り着くために、俺は明日、またここから旅立ちます」


「そう……、だから積極的だったのね。わたくしの好きにさせてくれたのはそういう時間の理由があったからなのね。……よかったわ、今の一颯にキスまでしておいて」

「俺が心春とも唇を重ねていることに不満はないんですか?」


 その瞬間、俺の操るキャラクターの体力が五秒とかからず空っぽになる。どうやら俺はデリカシーという言葉を学ばなくてはならないらしい。


「心春への思いが今のあなたの決断を鈍らせているのであれば、わたくしは容赦なくそれを塗りつぶすわ。キスでもなんでも、一颯がわたくしのことしか考えられなくなるほどに外堀を全て埋める覚悟はあるのよ」


 これまでにないほど声が本気だった。花恋さんが画面の方ではなく、俺と対面で座っていようものならば、俺は今頃、首に腕を回されて押し倒されていただろう。それだけの覚悟が今の言葉に見え隠れしていた。


「明日の何時頃がタイムリミットなのかしら?」

「正確な時刻は分かりませんが、夕暮れ時です。その時になれば俺の脳内でカウントダウンが始まるんです」

「そうなのね……、その時は心春と過ごすのでしょう? 一颯が迷う原因は優柔不断な理由ではなく、本当は覚悟のため、だからでしょう?」

「優柔不断もあながち間違っていませんけど、それを俺の口から言うのは間違ってますよね」

「一颯がやっていることは、端から見ればただのヘタレね。女を二人侍らせて鼻の下を伸ばし、最後も結局は選ばないのだから。……でも今選んでしまったが末にあなたの辿る未来に幸のないことをわたくしと心春は理解しているわ。だから今日、明日で答えを聞きたいとは言わないわ」


 なんと説明すればいいか難しいが、俺は花恋さんに、俺がいなくなってしまう後のことについてかみ砕いた説明をすると、覚悟はできているとばかりに花恋さんは顔だけ俺の方を向いて微笑んだ。


「たとえこの世界が無くなろうと、あなたを失ったまま続行しようと、わたくしがあなたに馳せる気持ちは変わらないわ。あなたがどちらかを選択するまで、わたくしと心春で一颯を奪い合う毎日が続くだけ。でもリミットはわたくしが高校を卒業するまでと定めさせてもらうわ」

「もし、それでも俺が選ぼうとしなければ、花恋さんたちの好きにしてくれて構いませんよ。ここに残る幸せな俺へのせめてもの腹いせです」

「それは早いもの勝ちと捉えていいかしら?」

「心春と相談してください。二人が幸せな未来を歩むことを祈っています」


 他人任せ、自分の事だから自己任せ? 適切な言葉は思い浮かばないが、この世界に残った俺がどのような言動をするかなんて、俺自身が最も知り得ないことである。一度だけでもその光景を見ることが出来たのなら、俺が今やるべきことも決まっていたかもしれない。


 ただ、俺についてのシナリオはどこにもない。あったであろう空白のファイルには文字化けの一つもなくまっさらだ。


 プレイヤーにとってはどうでもいい存在である男の俺が、陰で何をやろうと気にする奴なんていないのだから。


「あなたが満足のいく未来に辿り着くこと、……そこに辿り着いた一颯を見ることが叶わないのは残念だけど、困ったらいつでもわたくしのことを頼りなさい。条件はあなたが了承しているから、それ以上の対価は求めないわ。心が疲弊したのなら、わたくしのこの身体、好きな時にいくらでも抱くといいわ。……もちろん健全な意味でしてよ」

「はい、その時は容赦なく抱き締めさせてもらいます」


 嬉しい反面、そんな日が永遠に来ないことを祈りつつ、俺は残りの時間を花恋さんと二人きりで過ごす時間に当てた。ゲーム、ティータイム、雑談、……どれも変わったことのない平凡な時間だけど、最後というのはやっぱり普通にいられることが何よりの幸福だった。







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