88聖羅ルート 仲良し
気絶していた聖羅を隣の教室で寝かせておこうと思ったら、予想より早くに聖羅は目を覚ました。
ここがどこなのか把握しようとしているのかきょろきょろ辺りを見渡しては首を傾げていた。きょとんとしている仕草が絶妙に可愛い。
「あれ? ここって地獄?」
「そんなに悪行を重ねた覚えがあるのか? あと俺たちもあの世に道連れするなよ、ここは現世だ」
メイクを落としていつも通りの姿に戻った俺を認識した聖羅は小さく「ヒッ!」と細い悲鳴と共に身震いをした。最後に驚かせたのが俺だと気付いていなくても体は拒否反応を起こしているのかな?
「……どういうことだ?」
「聖羅と唯人は演劇部のお化け屋敷に招待されたわけだ。演劇部は毎年夏休みに『お化け屋敷講習会』をやっていて、実戦練習がてら聖羅たちに一年生の練習相手になってもらった」
教室のいたるところで先輩方が一年生と反省会を行っている。俺たち二、三年生の驚かせ方の技術を伝承するわけだから、気合の入れ方も尋常じゃない。歩き方からタイミング、心理についてなど幅広く熱心に指導している。
「つまり、一連の怪奇現象は全て一颯たち、演劇部が関係していたわけだ。というか、いつから計画していたんだ?」
「聖羅がカードに書かれた謎の悲鳴について聞いてきただろ? あれを聞いた瞬間ピーンときてさ、せっかくならと思って花恋さん、……ここの部長と顧問に相談して機会を設けてもらった」
聖羅が首を捻りつつも唯人に寄り添うように身体を密着しているのだが、本人はそれに気付いているのだろうか? 唯人は聖羅の気持ちを理解しているみたいだから安心できるようにとその場を動かずにいるが、おかしいな? 恥じらいを持っているようには思えない。恋心を凌駕するほどに恐怖が勝ったのか?
片づけを進めながら唯人と話していれば、先に片づけを終わらせた花恋さんがこちらにやってくる。
「お化け屋敷の出来はどうだったかしら? 全国お化け屋敷委員会から技術面で評価を頂いているほどにレベルは高いはずよ」
「そんな委員会があるんですね……。たしかに今まで体験したお化け屋敷の中では一番怖かったです。この通り、聖羅が腰を抜かして動けなくなるくらいですし、もう普通のお化け屋敷には入れませんね」
「それはよかったわ。神楽坂さんは歩けるかしら? 顧問が後で寮まで車を出すから、無理そうなら声をかけてちょうだい。あとはこれ、驚かせてしまったお詫びにどうぞ」
花恋さんがオレンジジュース缶を二本聖羅に渡す。
「あ、ありがとうございます。でももう少ししたら歩けるようになりますから」
無理に立とうとするが足腰がふらついて、まるで生まれたての小鹿だ。唯人に支えられてもう一度椅子に座る。非常に危なっかしいが、いざとなったら唯人がいるし、おんぶかだっこか、なんにせよ帰りも唯人がどうにかしてくれるだろう。
「ふふ、無理はしないようにね」
温かい目をした花恋さんが柊木先輩に呼ばれて仕事に戻ったところで、さて、俺が一番気になっていることは聖羅の唯人に対する好感度がどうなっただが、……まあ聞かずともはっきりしているな。心春にここら辺は聞き出してもらおうと思ったけど、頬を赤らめて、時折熱い視線を唯人に送っているわけだから、まんまと吊り橋効果に嵌ってくれたみたいだ。
よく見れば何度も唯人の手を握りたそうに手を伸ばしているが、恥ずかしそうに引っ込めている。なんという典型的な恥じらいを持った乙女だろうか、いつものギャルらしい力強いムーブは一切見られず、初めて恋を知ったばかりの少女漫画の主人公並みに初々しい。
それでもチャレンジとばかりに意を決して手を伸ばすと、タイミングの悪いことに、唯人は聖羅が座っている側の手で頭を掻いた。
「あ……」
声を漏らし、空を切った聖羅の手は物寂し気に元の膝の上に帰った。
「乙女ゲーか?」
「一颯、なんか言ったか?」
「いや、何にも」
いけないいけない、下手に呟いてそれを拾われたら誤魔化すのが面倒だ。
ここに心春がいてくれたらよかったんだが、どうやら忙しそうに動いているな、手伝ってあげたいが、今は唯人たちから情報を引き出さないと。
「じゃあ、『夜中の学校に響き渡る悲鳴の正体を暴け』ってカードに書いてあったやつの正体って演劇部のこのお化け屋敷講習会だったわけか」
まあそういうことになるわけだけど、俺は惚けなくてはならない。
「前に聖羅が見せてくれたカードのやつだろ? 他に悲鳴を聞くなんて噂は聞いたことがないし、演劇部が正体で間違いないと思うぞ」
近くを今回の悲鳴の正体であった城戸先輩が近くにいたから声をかけて呼ぶ。
「お、霜月兄? 妹ほっぽってどうした?」
「ちゃんと後で手伝いますよ。それで悲鳴の正体をネタバレしている途中だったので二人に紹介しようかと」
「あなたがあの悲鳴の人なんですか!?」
やけに驚いているな、そんなに城戸先輩だとおかしなことかな?
「そうだよー、お化け屋敷や肝試しでの悲鳴は、相手を不安にさせるための煽りとしては最適な技術だからね、仕事でも役に立っているよ」
「あの……ですね、……いや、やっぱり違うか」
「唯人、どうした?」
やっぱり何か疑問を持ち合わせているみたいで、煮え切らない態度で城戸先輩の方を何度か見ていた。
「あー……、なんて言えばいいんだろう? 演劇部に、オレたちと一颯がはぐれたすぐ後に女の子を二階に連れてこなかったか?」
……なるほど、そうだったな。愛陽のことを忘れていた。
つまり唯人は愛陽と城戸先輩の悲鳴は同一の人物だと思っていたから予想と違っていて困惑していたわけだ。いくら同じ女子のことはいえ、愛陽と城戸先輩は身長が違い過ぎる。愛陽は俺よりも背が低くて、城戸先輩は俺よりも高い。普段、唯人と行動を共にしているからこそ違いもはっきり区別していたと思う。
「俺たちは唯人から離れた後は真っすぐ隣のお化け屋敷に直行したし、誰も教室から出てないよ」
「え……? そうなの?」
なんか狙ったわけじゃないけど、ここで前にあった事故が大きく効いてきた。愛陽が唯人と聖羅に謎を提示した時に起きた携帯が鳴ってしまう事故だ。あの時に愛陽と花恋さんが同時に登場したことで唯人の頭から愛陽の正体が花恋さんであることが完全に除外されている。それに心春という可能性も今の説明でわざわざこのことを俺が隠す理由も唯人目線からすれば皆無に等しいわけだから除外されているはず。
後は演劇部の誰もが教室を出ていないと確認が取れれば、愛陽という正体不明の怪奇現象の出来上がり。
「前に一颯にも話した女の子が現われたんだよ。オレのことをじっと見て、その後どこかに去って行ったから、あの悲鳴もあの子のじゃないかって心配になって……」
「うーん……、残念ながらそれが誰かは分からないな。少なくとも演劇部の誰かではないな、それぞれ役目を持って行動していたし、なんならアリバイも証明できる」
花恋さんのことは俺と心春がアリバイを証明するわけだが、三人でグルだからばれなきゃ大丈夫。まさか絶対にありえないと信じている人物が、実は愛陽の正体だったなんて思いもしないだろうな。
――片付けが全て終わって、花恋さんと顧問の号令によってお化け屋敷講習会は解散となった。
一年生は文化祭でお化け屋敷を担当する際は力を入れて頑張ることだろう。学年や校内での上位を獲得すれば、花恋さんや顧問の目に留まるし、まずはクラスでお化け屋敷をやれるようにするための争いが起きるかもしれない。
……おや? 聖羅が俺のことを何かに気付いて欲しい目で見ている。もしかして、ずっと口を挟まなかったのは……そういうことか?
分かったよ聖羅、俺が何とかするから安心しろ、と下手なウインクを一つ送ると、パァと輝いた笑顔を見せてくれた。……完全に乙女まっしぐらだな。
「唯人、聖羅がまだ本調子じゃないみたいだから、ちゃんと寮まで送ってやれよ。そうじゃなくても、女の子を一人で夜道を歩かせるなよ」
「ああ、分かっている。というか、まだ本調子じゃないなら車で送ってもらわなくていいのか?」
「う、うん! そこまで重症じゃないから大丈夫、でも、ちょっと不安だから、て、……手を! 繋いでくれるとありがたいかな……て」
「それくらいならお安い御用だ。ほら、行くぞ」
「あ、ありがとう!」
唯人が差し出した手を聖羅がしっかり握る。まだ恥ずかしいのかもじもじとして視線は唯人と反対を向いていた。頑張れよ、聖羅。
大体の演劇部が帰宅していく中、最後まで残っていた心春も帰宅準備を終える。
「手伝えなくて悪かったな、代わりにたんまりと面白い情報を手に入れたぞ」
「うん、それは楽しみにしてる、さ、帰ろ」
心春と共に教室を出ようとすると、同じく帰宅準備を終えた花恋さんが俺たちの元へぱたぱたと笑顔でやって来る。
「一颯、わたくしには寮へ送ってくれる殿方がいないのよ? 手を繋いで帰宅に付き合ってくださらない?」
どうやら先ほどの会話を聞かれていたようで、心春とは反対側の俺の手を取って可愛く上目遣いにお願いしてくる。
「花恋さんは顧問と車で帰るんじゃ……」
「舞衣子、わたくしは一颯に送ってもらうから、顧問に伝えておいてくれるかしら?」
「はいはーい、一颯は花恋のことをしっかり部屋まで送るのよ」
「というわけで、いいわね?」
「……はい、寮の入り口までで勘弁してくれるなら」
そういえばこんなにも心春が積極的な花恋さんを見るのは初めてだっけか? 今のやり取りを呆然として見ていて面白かった。
花恋さんを寮まで送るのは俺だけでなく心春も一緒ということで解決した。というかそれしかない。
顧問の先生は女性で花恋さんの気持ちに気付いているのか、花恋さんに味方している節がある。鍵は閉めておくからごゆっくりとこちらに声をかけては城戸先輩と職員室へ向かって行った。
「部長って、いつから一颯くんのことを、その……、好きになっていたんですか?」
「本人の前では恥ずかしいわ、この後か、後日に電話でこっそり教えるわ」
なんだか久しぶりに両手に華という男冥利に尽きる状態で寮まで歩くこととなった。顔がにやけそうになっても頑張って堪える。
詳しくは教えていなかった陽菜ルートでの心春や花恋さんについて、根掘り葉掘り聞かれては結局三人で顔を赤くするのだった。




