86聖羅ルート 幽霊の少女
夏休みもそろそろ折り返しが近付こうとしている今日この頃。久しぶりに雨が降ってじめじめとした空気の中を室内で過ごす数日だった。
もちろん秋の文化祭の為に部活に顔を出しては準備と稽古に精を出したし、あの後、唯人から謝罪の電話がかかってきた。
『一颯、お前のことを信じきれなくて悪かった。今度の肝試し、楽しみにしているからな』
と不器用な謝罪をされて俺は少し反応に困ったが、結局は楽しくやっていければそれでいいと思って力強く返事を返してやった。
聖羅には肝試しの時間を知らせ、校内に忍び込むための抜け道も知らせておく。最初しばらくは俺たち四人で行動するから俺が先導する形になるだろう。
愛陽に変装した花恋さんと遭遇した後、俺と心春は唯人たちとはぐれて部室に急ぐ。お化け役に扮装し、唯人たちをお化け屋敷講習会の会場である四階多目的室に誘い込む。あとは驚かせて種明かしをすれば終了だ。
何度もリハーサルをした。演劇部全体で打ち合わせも行った。今回は一年生を含む全員がグルだ、練習の成果を見せる名目で唯人と聖羅を驚かせてもらおう。
〇
そういう訳で、俺たちは夜の学校に忍び込むために校舎裏のフェンスに集まった。
なんとかかき集めて手に入れた情報を元に草木で隠されたフェンスの隙間に俺らは身を潜らせた。演劇部が申請をしているから正門から入れると言えば入れるのだが、それだとどこかの部活が活動していると勘繰られるし、何より雰囲気がない。
敷地内に無事入ることが出来た俺たちは、あらかじめ鍵を外しておいた一階の男子トイレの窓から忍び込む。聖羅と心春は初めて入った男子トイレに謎のテンションを見せていたが、真っ暗だからどんな様子なのかよく分からない。
黄色交じりの白い光を放つ懐中電灯は四人で二つ、俺と心春、唯人と聖羅で一つずつの方が楽しめるだろうと心春が提案すると、聖羅はそれに乗ってきた。一番楽しみにしていただけはあってある程度の無茶は了承してくれる。だからそれを利用した。
名目上の目的は、『夜中の学校に響き渡る悲鳴の正体を暴け』であり、やっぱり夜の校内に声はよく響く。悲鳴ならどこにいてもおどろどろしく聞こえてくるだろう。
最初の目的地は二階、誰もいない非常灯だけが怪しく灯る廊下のど真ん中に愛陽に変装した花恋さんが待っている。
この前段ボールの中から見つけた懐中電灯を唯人が持ち、俺と並んでゆっくりと先の見えない廊下を進む。校内の構造を理解しているとはいえ、暗闇というのは恐ろしいものだ。目を瞑って歩いているみたいで真っすぐ歩けていない、気が付くと肩を壁にぶつけている。
足元に気を付けて階段を上がり、二階に辿り着いてからは教室を一つひとつ調べていく。悲鳴の発生源を探すためだ。
しかしこれまでに悲鳴は聞いていない。こうして探すのも意味はないのだが、こうしていることに肝試しの意味がある。そういう聖羅の持論の元、俺たちは教室を探検していた。
半分ほど探索を終えた頃、次の教室へ向かうために廊下に出ると、唯人の持つ懐中電灯が何かを照らした。
「ん? なんだ……」
「どうした、唯人?」
「いや……気のせいか? そこに誰かいた気がするんだが」
「やめてよぉ、お化けなんて非科学的だよ、見間違いだって」
唯人が何かを見たような発言に、聖羅は心春の手をしっかり握って怖がっていた。これに俺はいやらしくほくそ笑む。これからが楽しみだ。
「そうだよ、気のせいだよ、何か布とかがそう錯覚させたんじゃないかな?」
「そ、そうだよね! 目の錯覚! そう、唯人が見間違っただけなんだよ!」
そう信じたいとばかりに錯覚説を提唱し続ける聖羅のことは唯人にしっかり守ってもらおう。……そろそろだ。
二階の探索を終え、次は三階に向おうと階段に向かう途中、俺と心春の前を歩いていた二人の懐中電灯が正面にお化けを照らした。
「――ヒィッ!」
「おわっ! ……て、……君は!」
そう、お化けではなく愛陽だ。白のブラウスと淡色のアシンメトリーのスカート衣装に身を包み、革のブーツだというのに足音もなく廊下をゆっくり歩くその姿は、本物のお化けだと俺ですら錯覚してしまう。ただ、今回は藍色のローブを羽織っていない。後ろで三つ編みにした長い髪を大きなリボンで結んでいるのが分かる。きょとんとして表情の変化が一切ない愛陽は生霊の如く二人の前に佇んでいた。
ちなみに、俺と心春は既に二人の元を離れて物陰に灯りも点けず隠れている。愛陽は俺と心春がいなくなったから唯人の前に姿を現したのだと、そういう展開にしたかった。
「一颯、この女の子が前に俺たちのことを占った……一颯? おい! 一颯!」
「こ、こはる? どこにいるの? おいていかないでよぉ……」
完全におびえ切ってしまった聖羅と、案外雰囲気に呑まれずしっかりしている唯人とはすでに二人の立場が逆転している。頼る相手が唯人しかいない聖羅はそのがっしりとした腰にしがみつき、唯人はそっちの方には驚きつつも俺たちのことを探していた。
「――――!?」
二人が目を離している隙に、愛陽は唯人の目の前に音もなく近づいてきていた。
すべてを見通したような目で下から見つめられ、唯人は愛陽と目が離せずにいる。聖羅はいやいやと唯人の腰に顔を埋め、半泣きで視線を逸らしていた。
……やがて、興味を無くしたとばかりに愛陽はぷいっと視線を逸らして闇の中へ向って走り出した。
「ま、待ってくれ! 君にはこの前のことを謝りたいと……」
唯人が追いかけようとしたが、腰には聖羅がしがみついていて動けなかったようだ。そもそも唯人は前の反省もあるから追いかけられないのかな?
俺は愛陽が完全にいなくなったのを確認し、城戸先輩にメールを送る。十秒ほど待って――。
「キャァアアアアア――――!」
上の階から校内を震撼させる悲鳴が轟く。これには唯人も驚いたようでビクッと身体を震わせていた。
流石は城戸先輩だ、こんなの誰が聞いても驚いてしまう。
「唯人、もう帰らない? ほら、一颯も心春もいなくなったってことは帰ったってことかもしれないし……」
「いや、はぐれただけかもしれない。それに悲鳴が今の女の子だったら救ってあげないと」
「……本当に行くの?」
「ああ、ちゃんと謝罪もしたいしね、いつ会えるかも分からないから」
よし! やっぱりここで愛陽を登場させて正解だった。下手に登場させて唯人がまた愛陽を追いかける展開を危惧していたが、ちゃんと反省してくれたみたいだし、そのおかげでとりあえず校内の探索を続けてくれるみたいだ。
俺たちも唯人たちが階段に向かって行ったのを確認して四階に急ぐ。
聖羅は未だに愛陽のことを錯覚だと信じたいようだからついでだ。今抱いている恐怖の感情も吊り橋効果で恋愛感情へと錯覚してもらおう。




