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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
三章 聖羅ルート攻略シナリオ
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84聖羅ルート 無策な賭け

 場所を移し、俺たちは狭いながらも唯人の部屋にお邪魔していた。


 男二人でせこせこ足場を確保し、心春と聖羅がお茶を入れに冷蔵庫へと向かう。すっかり綿が潰されて平べったくなった座布団を二枚見つけ、それをなんとか作った足場に敷く。


「俺たちは直に座るか」

「…………」


 ぼうっとしたままどかっと床に直に座った唯人に倣い、俺も胡坐をかいてどかっと座る。後ろは壁で背骨がごつごつとして痛いが、むしろこの空気の中ではこれくらい余計な刺激があったほうがちょうどいい。


「はい、お茶、私たちはこっちに座っていいの?」


 お茶を入れて戻ってきた心春と聖羅を座布団に誘導する。これで準備は整ったわけだが、当の本人である唯人は固く口を閉ざしたまま何も話そうとしない。ここには唯人が来てくれと俺たちを呼んだから来たわけで、何を話すかは唯人の気持ちの裁量で決まる。


 俺たち三人は唯人が柔道をやっていたなんて知らないんだ。どうして中途半端な時期に転校してきたのか、どうして柔道をやめてしまったのか、それらすべては唯人が意図的に隠してきたことだから、そして、なんとなく唯人がスポーツか武道をやっていたことに気付いていた俺たちはあえてそれを聞かずにいた。


 唯人が転校してきた直後は聖羅が唯人についてどう思うかをちょくちょく心春に尋ねていたことがある。チャンスがあれば聞いてみたいが、唯人が一線を引いて侵入を防いでいるように思えたから、いつしか聖羅もその話題を口にすることをやめた。


「…………」

「…………」


 永遠とも思われる沈黙は未だに破られない。もしかしたらこのまま夕暮れまで沈黙が続き、自然と解散の流れになるのではと危惧している。


 すると、隣に座っていた心春が顔をこちらに寄せてきて俺に耳打ちをする。


「一颯くん、落ち着いて、ね? 焦っちゃダメだよ」


 心春の言葉がどういうことか分からず、とりあえず言われた通り落ち着こうとコップを傾けると、そこにはお茶が数滴ほどしか残されていなかった。


「あ……」


 視線を上げると、揺れていた唯人の部屋が落ち着いた。俺はどうやらそわそわとして身体を左右に振っていたみたい。


 心春の言う通り、俺は焦っていたようだ。


 俺が上手く立ちまわれば、唯人が柔道の道を諦めなくてもよかった選択肢を発生させることが出来たかもしれない。安易に唯人を柔道部と引き合わせるだけでなく、こうなることを危惧して俺が介入できるよう少し早めに来ていたら、……結果は変わっていたかもしれない。


 察しのいい聖羅は唯人が過去に柔道部と何かいざこざがあったことくらい分かっているはずだ、だからあんなにも悔しそうな顔でコップを固く握り締めているのだ。聖羅のせいでも何でもないのに、その勇ましい正義感が羨ましいよ。俺ももう少し唯人のことを考えられる正義感を持っていたらと今更ながらに気が滅入る。


 すべては俺のせいだ、何が単純で安心な作戦だ、結果は俺の首を絞めただけじゃないか。


 俺は徐に立ち上がり、山積みされている段ボールの前に立った。


「なあ、唯人、この段ボールの山を崩すけど、いいか?」

「え? まあいいけど……、なにするんだ?」


 この時点で俺は既にやけくそだったと思う。俺が犯したことは明らかなマイナスだ、それにマイナスをかけ合わせればプラスになるという安易な考えの元、俺は段ボールの山を乱暴に崩した。


 ゴトゴトと大きな音を立てて崩れていく段ボールの中に壊れ物は入っていないことを前のルートで確認している。俺はある程度山を崩した後、一番奥の最も下に埋まっていた列の一つを引っこ抜く。……たしかここら辺だったはずだ。


「唯人、お前が持ってきた物の中に、柔道の思い出は入っているのか?」

「え? あ、ああ、突然山を崩したかと思えば何がしたいんだ? たしかに大会で優勝した時のトロフィーとかは持ってきていたけど……」


 あいかわらず過去の栄光に縋ってやがるな、何がもう柔道の道に戻れないだ! 未練たらたらじゃねえか!


「じゃあ、そのトロフィーが入っている段ボールがもしこれだったら、いつまでも黙ってないで俺たちに話せ、俺たちをここに呼んだんだから、せめてそれくらいの義務は果たせよ」

「ち、ちょっと一颯、それはさすがに強引すぎなんじゃ……」

「聖羅はいいのか? 唯人が今後もこんな中途半端野郎のままで、トロフィーとかいう過去の栄光に縋った鈍らなまま、聖羅は気持ちよく唯人と友達でいられるのか?」

「え? いや、まあたしかに? 中途半端に隠されたまま今後も付き合うとかちょっと距離感が掴みづらいというか、声かけしづらいかな……?」


 心春は複雑な顔をして俺とは目を合わせてくれない。やっぱり俺の考えなんてお見通しか、あとで怒られるだろうな、覚悟しておこう。


 でも俺にとってこれは賭けだ、この段ボールがトロフィーの入っている段ボールかどうかなんて俺や唯人ですら分かっていない。


「……入っていなかったら?」

「俺と心春は帰る。隠されたままだと気持ち悪いと言った聖羅にだけ話せ、安心しろ、俺と心春は今まで通り唯人と接してやる」

「一颯!? あたしそこまで酷いことは言ってない! というかなんであたしだけ……」

「わかった、それでいい」

「あたしのことは無視!?」


 俺が持っていた段ボールを唯人の前にドンと置く。音と重さだけでは判断がつかない。


 唯人が掴んだガムテープの端を思い切り剥がす。紙テープのせいで情けなく途中で千切れた。聖羅が溜息交じりにどこからか持ってきたカッターで、ガムテープの真ん中に切れ込みを入れ、しどろもどろに震えた手つきで唯人は段ボールを開封した。


「これは……、防災用品?」


 開封時、一番上にあったのは小学生がよく使っている防災頭巾。その下には未開封の缶パンやカセットコンロ、懐中電灯と予備の電池など、適度に隙間が空いていて、それで置いた時の音が似ていたのかもしれない。


 まあこれで勝敗は決したな。


「……唯人、俺の負けだ。敗者は潔く去るよ」

「待ってくれ一颯!」


 心春と共に部屋を去ろうとドアノブに手をかけると後ろから唯人が声をかけてきた。


「なんだよ? せっかくカッコよく去ろうとしたのに」

「……なんで、こんな不利な勝負を吹っ掛けてきたんだ?」

「なんでだろうな? 俺が短気だったからかな? それか、その段ボールのあった近くに当たりが眠っていたのを感じたのかもしれない。まあ時間のある時にでも探してみてくれ」


 きっと唯人は探さないだろうな。俺には分かる。


 ドアノブを押し開け、真夏の太陽が窓から日差しを俺と心春に浴びせる。こんな暑い日はラムネが美味しんだよな、とか思いつつ、言い忘れていたことを伝える。


「聖羅、肝試しの件で詳しい日時は明日にでも送るわ、体験者からの話だからそれなりに信頼できるぞ、それとそれまでに唯人を元通りに戻しておいてくれ」

「おいおい、無茶言うねぇ、一颯が当たりを引き当ててくれなかったせいであたしの仕事が山積みだよ、これらの段ボールを片付けたら終わりでいいかい?」

「そっちの方が大変かもな」

「違いないね」


 聖羅は肩を竦めて、何度目かになる疲れが籠った溜息を漏らす。


 唯人そっちのけで俺と聖羅は楽しく会話する。でも外で心春が待っているからさっさと切り上げて唯人の部屋を後にした。


 手を差し出せば、小さくコクンと頷いて握ってくれる心春の手に力は入っていなくて、俺は滑り落ちそうなその華奢な手を掴む。


 まったくもって俺の責任であるのは間違いないが、心春はその時、俺に隠れて静かに泣いていた。







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