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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
三章 聖羅ルート攻略シナリオ
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83聖羅ルート 悔し涙

 テスト結果から容易に想像できていたことだが、唯人は通知表の表記された数字に顔を青ざめて笑っていた。


「オレは……自由だ――――!」

「お、おい、唯人、……そんなにひどかったのか?」


 俺の話も聞かず笑いながら嘆き、気が狂ったように教室の後ろで乱舞を決める唯人はさながら誘蛾灯に舞う蛾の動きにそっくりだった。どうなってんだ、その動き?


 俺はよくもなく悪くもなく、頑張った分と課題の提出忘れでプラマイゼロ。心春はいつもよりも一段階成績が向上したことで大喜びしていた。


 聖羅は通知表を一瞥して大きく頷くと、興味はないとばかりに鞄に無造作に仕舞った。まあいつも通りでつまらない結果だったのだろう。


 未だに踊り狂い続ける唯人の隣には、いつの間にか唯人と同じ青ざめる通知を貰った仲間が乱舞していて、蛾が二匹に……今三匹に増えた。


 動きが蛾に似ていると聖羅に言ったら大笑いしてギャル仲間にも共有しに行った。


 これでも料理部に所属したことで平常点をもらえたから、平均で赤点を下回るデッドラインには到達しなかったようだ。これからの頑張り次第で十分進学にこじつけられるだろう。前の学校でまともに勉強できる精神状態でなかったが為の弊害がここで大きく影響するとはな。……そう考えると、月宮さんの教え方って上手いんだな、この唯人をあそこまで勉強に励む男に出来るって、思っていた通り相性が良かったみたいだ。


 ――そんなこんなで東京エリアの学生は揃って夏季休暇に入る。


 夏休みだ! と喜ぶ前に俺は唯人と聖羅を誘ってゲームセンターにでも行こうと提案した。いつもの仲良しこよし、二人とも二つ返事が返ってきて、一日なんて時間はさっさと流れていく。


 気付けば柔道部の合同稽古の日。


 俺たちはわざわざ高校の正門前に集合と決めて、時間も他校の学生がやって来る五分前に設定させてもらった。もしや使えるかもと思って前のルートで時間を調べていた甲斐があった。


 俺は心春と共に待ち合わせ場所である正門前に向っているわけだが、実は集合時間はとっくの間に過ぎている。……つまりは遅刻しているわけだ。


 何か予定があったとかではなく、わざと俺たちが来るのに遅れて鉢合わせてくれようとした少し意地悪な作戦だったわけだ。


「本当に単純だけど、一番確実な作戦だね」

「唯人たちは律儀に時間を守っているから少し心苦しいけどな」


 唯人のことだからきっちり五分前には正門前で待機しているのだろう。聖羅はどうなのかは分からないが、時間は守る方だからピッタリには来ていて、今頃は唯人と前の学校の柔道部さんたちとが久々の再開を果たししているはずだ。……そうであって欲しい。


 あまり遅すぎては怒られそうだったから、遅刻したには変わらず、でも唯人と柔道部の話し合いが終わらないであろうタイミングを見計らって高校に辿り着いた。


「一颯、遅いよ! あと唯人が他校と喧嘩しているんだけど!」


 俺たちを見つけた聖羅が焦った様子でこちらに走ってくる。聖羅が指さした先には唯人がいて、他校の生徒に胸倉を掴まれている。


「唯人!?」


 想定外の展開に、これには俺も驚いて喧嘩の現場に近づく。殴る蹴るといった暴力は行われていないみたいだが、唯人が手を出すことはなく、どこか寂しそうな遠い目で相手を見つめていた。それは俺が初めて見る唯人の諦めの眼差しだった。


「唯人! どうして俺たちのことを見捨てて転校しちまったんだよ!」

「そんなこと、前にも話したぞ、オレはもう柔道ができない身体だ、今だって雄介のことを掴めずにいる」


 雄介と呼ばれた丸坊主の男子生徒は怒りに染まった顔で唯人の胸倉をより一層強く掴んだ。


「ふざけんな! 唯人がいなくなってから、翼も辰巳も、元気がなくなって腑抜けちまった。唯人が、いなくなってからだ!」

「オレは関係ないだろ、やる気があるかどうかはお前らの問題だ」


 怒り心頭の雄介君と冷めた表情の唯人の言い争いは長く続きそうで、それを見かねたのか、強面の太眉が特徴の大柄な男が前に出てきた。隣には杖を突いている線の細い男子、あの人はたしかマネージャーだったはずだ。


「ぶ、部長……、それにあんたは……!?」

「やあ、久しぶりだね椎崎君、僕は宮内っていうんだけど、どうやら覚えてくれていたみたいだね」

「忘れるはずもないだろ……! オレは君を――」


 雄介君の手をあっさりと振りほどき、杖を突いている宮内君の元へ駆け寄る唯人。その顔には心配と不安に染まっていて、やっぱり謝罪出来なかったことが悔いだったんだな。


「結果的に僕が怪我をしたけれど、あの状況なら椎崎君が怪我をしてもおかしくはなかった。目が覚めた時には病院のベッドの上で顔しか動かせなかったけど、……あれは僕の完全な敗北だった。だから大会本部に抗議をして結果を訂正させてもらったんだ」


 宮内君が背負っていた鞄から取り出したのは、鈍く輝く銅色のメダル。


「勝者は君だよ、だから、僕からこれを椎崎君に贈らせて欲しい」

「……いや、勝ったのはオレじゃない、俺は負けたんだ」

「そんなことはない、君はたしかにあの瞬間、僕の身体を宙に浮かせた。どうあがこうが畳に背を付けていたのは僕だった」

「そういうことじゃないんだ」


 唯人の過去の名声は他部員にも届いているようで、本来関係のない部員たちが遠巻きに唯人の噂をしている。


 俺も心春も聖羅も、こんな間に入ることなんてできず、ただ黙って唯人のことを見守る他ない。


「耳に根深く残る生々しい骨の折れる音、肉がぶちぶちと千切れていく触れた部分が壊れていった感触が全身から離れなくて、……オレは柔道から逃げた、その時点であの時の勝敗は決したも同然。オレは逃げ、君は今も戦っているんだろう? だったら、そのメダルは間違いなく君の、……勝利の証だ」

「…………」


 宮内君が息を鋭く吸い込んで一度空を仰ぎ、そしてゆっくりと唯人の眼を見てから黙ってメダルを鞄に仕舞った。納得はしていないだろうが、今の唯人に渡せる代物でないと判断したのだろう。


 俺たちと同じく黙って話を聞いていた大柄な男、この人はたしか、中学時代に唯人が所属していた柔道部の部長だったはず。


「唯人、久しぶりだな」


 体格に見合った荘厳な声音に、心春が驚いて俺の後ろに隠れた。クラスで一番背の高い唯人よりも身長が高くて体格ががっしりしている。俺と心春なんて見下ろされてしまうから余計に怖い。


「漆原部長、……オレは、戻りませんよ」

「もう部長ではない。今の俺は副部長だ。残念ながら俺の頭の出来は悪かったみたいでな、部長は先方に挨拶に行っている」

「そうですか……」


 そういえば部長の姿が見えないなと思っていたら、顧問と一緒にうちの柔道部の元へ向かったらしい。唯人のことは顧問も知っているみたいで、問題にならない程度という条件でここに残らせてくれたそうだ。


「年下でありながら、対格差もある俺のことをぶん投げたあの屈辱、返させてもらう機会はもうないのか?」

「ありますよ、……ここで俺のことをぶん投げればいいんです。断言できます、これが最後のチャンスですよ」

「そうか……、では遠慮なく、――ふん!」


 俺と聖羅が止めに入るために一歩踏み出した時には唯人の大きな体が流れるように宙を回転し、力強く地面に叩きつけられる。しかしあの動きは――!


「うぐ……、オレが教えたコツ、しっかりできているじゃないですか、……もう、気は晴れましたか?」

「ふん! 手ごたえがねえな、完全に足を洗っちまったみたいだ。……もういい、お前ら、行くぞ!」


 前に見た唯人の背負い投げ、それに姿が重なるレベルで完璧な動きだった。目で追うのが精いっぱいで、あの大柄な体格でどうやったら素早く相手の懐に潜り込めるのか……。


 そんなことよりも――! 俺も心春も聖羅も、……唯人があんな簡単に投げられてしまうなんて想像すら出来なかったから、呼吸を忘れて目を見開いたまま唖然としていた。


 別れ際、雄介君が地面に横たわる唯人に何か話しかけていたが、何を言っているのかは聞こえなかった。宮内君が最後に杖を置いてでも唯人のことを抱き起こし、もう一度何か伝えてから仲間の後を追って行った。


 はっとした俺たちは唯人の元へ駆け寄る。


「大丈夫か!? 唯人!?」

「唯人くん、頭打ってない?」

「唯人、あんた、何してんのよ!?」


 俺たちの掛け声に唯人はゆっくりとこちらを向き、ははっと、むず痒そうに笑った。


「どうやらオレは、もう柔道の道には戻れないみたいだ。……だって前の俺だったら、投げられて絶対悔しいはずなのに、なーんも、やり返したい気持ちが湧いてこねえ、……悔し涙すら流せないって、案外苦しいもんなんだな」







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