80聖羅ルート 唯人の体験入部
今更ではあるが、聖羅ルートにおける唯人の今後の在り方をどうしようか心春に相談していた。
陽菜ルートでは、唯人はランナーさんの手伝いをしつつ、最後は柔道の道に戻ることを決意させた。しかしそれは月宮さんの過去が唯人と共に影響を与えたからであって、今回の聖羅ルートには唯人の過去と接点はない。
つまり、唯人が柔道の道に戻るきっかけが全くないということである。唯人が柔道をしているときは活き活きとしていたから、できれば唯人の部屋の段ボールをひっくり返して柔道着を叩きつけてやりたいのだが、何もなしにいきなり渡してもまた段ボールの奥に仕舞われてしまうのがオチだ。
「聖羅ちゃんと同じ料理部に入ったらどうかな? 顔は部員たちに知られているし、顧問の先生とも仲良くお話ししていたから、入部することになっても拒否はされないと思うよ」
「あいつが料理か……、あんまりパッと来ないな」
「だから聖羅ちゃんに話してみるんだよ、唯人くんも食べてばかりだからたまには作ってみないかって提案したら乗ってくると思うよ。その一回で唯人くんが気に入らなければまた別の案を考えようよ」
――そういうわけで、部活動に興味を持っていたがどこに所属するかで迷っていた唯人に聖羅の手を借りて二人で総合家庭科部の門を叩くよう促してみた。
「唯人、偶には自分で作った飯もうまいんだぞ!」
……こんな適当な誘い文句で、選択肢が生まれないことを祈りつつ提案すれば、唯人はまんざらでもない様子で聖羅に付いて行った。
そして、唯人の料理の腕はというと……。
「まあ、……最初はこんなもんよ、まずは一年生と同じトレーニングから始めようか」
「すまん、食材をいくつも無駄にした……」
見るも無残な結果に終わった。
ジャガイモの皮を剥こうものなら親指サイズまで包丁を入れ、人参の輪切りはもはや乱切りだった。なべ底を焦がし、お玉の持ちかたはまさかの逆手、お前はどこの忍びだ?
一緒に手伝ってくれた一年生の女の子が出汁を丁寧に作ってくれたおかげで、味付けだけは文句なしの肉じゃがが完成した。
聖羅と心春、俺の三人で試食をしてみたが、出汁が染み込んだしらたきが美味しくて生な人参の口直しとしては申し分ない。つまり――。
「わるい、ノーコメントで」
しらたきも出汁も一年生が用意したもので、唯人の食材を褒める文句が一切思いつかなかった。
でも聖羅は違った。部長としての立場から唯人に評価を伝える。
「うん、技術がないだけでジャガイモの芽を取るとかの知識は持っているみたいだから、反復練習すればすぐに見栄えはよくなるよ。人参も同じ、味付けも教本通りにやれば誰でも出来るし、ゆっくりやれば問題ないよ。難しいことは考えずにできるようになるまで気長に練習あるのみだね」
聖羅は唯人の作った肉じゃがをしっかり食べきり、ちゃんと手を合わせてから改善点を挙げていく。味付けについても一年生に指導していたし、やっぱり頼られる存在になりたいというだけはある風格を持っている。
唯人は自分の不器用さに落ち込んでいたが、聖羅の優しい言葉によってそこそこ復活した。味付けを担当してくれた一年生に頭を下げて驚かれている。
唯人の存在も知らずにいきなり頭を下げられたら怖がられたかもしれないが、事前に顔が知れているから逃げられることもない。ただ身長差に見下ろされるのは慣れていなさそうだ。女子しかいない部活だしな、仕方ないだろう。
「唯人、どうだ? 料理を自分で作ってみるのも楽しいだろ」
「お前は家でも作ってないだろ、何様だよ」
「まあまあ、それで聖羅とこれからも精進してく気になったか?」
「そうだな……、案外、楽しかったな。こんなオレでも受け入れてくれるなら料理部にこの身を投じるのも悪くない」
俺がさりげなく“聖羅と”を含めたのだが、気にした様子はなし、想像通り前途多難の雨模様だ。やっぱりもっと大きなきっかけがないと進展はないのかな?
前に提示した“謎”についても調べている様子もないし聞きに来てもいない。すっかり忘れているのかな? 俺からは聞けないし、どうしようか……。
唯人から動きが見られないのであれば、俺はヒロイン側、……聖羅を対象に誘導してくことにした。
「なあ聖羅、この前は俺の携帯を見つけてくれたことになんも感謝の言葉を伝えてなかったよな? 今更ながらありがとうな」
「一颯って唐突にこういうことを思い出すよね、あたしが見つけたわけじゃないし、感謝なら二階堂先輩に伝えなよ」
「すでにお礼のことまで考えてあるよ。それで、俺の携帯はどこにあったんだ?」
「うーんとね……、名前を聞いてなかったな、そういえば顔も見てないから何とも言えないけど、占いでよく見る大きな水晶を持って、藍色のローブを羽織った背の低い女の子が持っていたんだよ。拾ったんだって」
その特徴は間違いなく愛陽だ。聖羅はしっかり特徴を覚えているようだが、はたしてこれが今後役に立つのかは分からない。
「あ、そういえば、その女の子があたしと唯人を占うって言って、こんなカードを貰ったんだよね」
やっとか……、とは口にせず、聖羅がスマートフォンのカバーに挟んでいたトランプ柄のカードを取り出す。
『夜中の学校に響き渡る悲鳴の正体を暴け』、カードには間違いなくそう書かれていて、あのなんやかやあって聖羅も忘れていたという。
「一颯にはこれの意味が分かる? あたしはこういう噂があるとか聞いたことがないんだよね」
「このカードに書かれた内容かは自身がないけど、噂程度だけど少し聞いたことがある」
特段驚いた様子もなく、聖羅はそうなんだと軽く相槌を打つ。だから俺も無理に正体を暴かせようとするのではなく、軽いノリで断片的な情報を流す。
「毎年夏休みの夜に、校舎のどこかで悲鳴が聞こえるんだとさ、幸い行方不明とか事件に発展した話は聞かないから、何かの怪奇現象じゃないかな?」
根拠も全くない話に聖羅は意外と興味を持ったみたいで、夜の校舎という部分でいろいろと聞いてきた。
「この学校って夜に入れたっけ?」
「部活に所属しているならば夜間練習とかで申請すれば入れたはず、でもほとんどが運動系の部活だし、文科系だとなんだ? 文芸部は違うし、書道部も夜間までやるような忙しい部活でもないみたいだし」
「演劇部はどうなんよ? 舞台が近くて夜までやっているんじゃないの?」
聖羅のニアピンな質問にドキリとする。確かに舞台が近くなれば夜まで稽古に励むことはあるが……。
「春学期の最後に舞台をやって、文化祭の舞台までは夏休み中の朝から昼過ぎにかけてがほとんどだから夜間稽古はないね」
夜間の講習会はあるけどね。
「そっかー、じゃあ、科学的な根拠がありながらも解明されていない怪奇現象が有力かー」
ピンクのエプロン姿は台所の主婦のようで、顎に指を当てて他の可能性も模索している姿は新妻の夕食に迷っている姿を彷彿とした。
この高校の文科系は演劇部と一部の部活動を除いてそこまで力を入れていない。吹奏楽部は全国クラスの実力を持っているが、演劇部と同じ夏休み中は午前から長くても夕方までだ。
だから聖羅としては可能性として校内に残っていた吹奏楽部の演奏が悲鳴に聞こえる、くらいには思いつくかもしれない。
「聖羅ってそういう夜の学校とか怖くないの?」
「あたしは……そうだなー、珍しいってよく言われるけど、目に見えなければどうってことはないね、暗闇を這うGみたいなもん? 墓所は怖くないけど、遊園地とかのお化け屋敷はマジで怖いから近寄りたくもないけど」
どうしよう? これって聖羅が気絶するパターンか? 今更悲鳴の正体が演劇部のお化け屋敷が正体だなんて言い出せるわけもないし、図体の割に意外と臆病な唯人に全てを委ねて祈る他ないのか……。
「まあ、お化けなんているわけもないしね、その悲鳴について何か分かったら教えて? というか、肝試ししようよ」
「それは面白いかもしれないな、唯人と心春も誘って四人で怪奇現象を突き止めてやるか!」
とりあえずは俺たちのお化け屋敷にご招待するための約束を取り付けた。あとは唯人か聖羅か、どちらかが二人の距離感を誤ってくれれば何かしらの変化が起きるはずだ。
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