79聖羅ルート 早朝の相談
翌日、俺は珍しく朝一で学校にやってきていた。
昨日に脱ぎ散らかした女装用の制服を片付けに心春と演劇部の部室へ、花恋さんが片付けてくれると言っていたがさすがに申し訳なくて、だから誰もいない時間にやってきたわけだ。
「蝋燭まで使ったんだ……、なんだかお化け屋敷をやった後みたいな感じだね」
「この制服の持ち主は実際には存在しない人物だからな、それだけの情報だったら十分ホラーだな」
俺は蝋燭を箱に仕舞い、使用した燭台と共に用具入れに片付けた。近いうちに使うから取り出しやすい位置に置く。
心春は俺が着ていた女装用の制服を皺がつかないよう丁寧に畳み、衣装ケースがある会議室の方へ片付ける。今日は部活があるから終わった時にでも回収に来ればいい。
閉まったままの暗幕のカーテンを開いて端で括っていると、部室の扉が開いて花恋さんがやってきた。
「あら、ごきげんよう、早いのね、心春も片付けに来てくれたのかしら?」
「はい、昨日は辻褄合わせであの後を手伝えませんでしたから、せめてこれくらいはと思いまして」
俺が愛陽の格好をしていた以上、心春も花恋さんと同じく校内で俺の携帯を探していることにしたらちょっと面倒ごとになっていたかもしれなかった。
花恋さんが愛陽の格好をしているなら俺が校内にいることにしてもよかったのだが、唯人たちと俺が顔を合わせることが出来ないため、心春が単独で校内にいることにするのは危険だった。俺と心春は唯人にとって常にペアで動いているものと認識しているはずだから、花恋さんは俺と心春が学校から離れた駅前にいることにしたようだ。
「あ、このインカムはお返ししますね」
「ええ、常に持ち歩いていてよかったわ、ちなみに夏季休暇中にもう一度使用するわよ」
「というと、今年も“あれ”をやるんですね?」
この桜花高校の文化祭はただのお遊びのようでかなり真剣なところがある。いかにお客を楽しませるか、そして、どれだけ“怖がらせられるか”、演劇部にとっては絶好の機会でもある。
「学校側にすでに申請は通してあるわ、一年生も全員が参加してくれるのよ、……ふふ、楽しみね」
「はい、今年は俺たちがこっち側だと思うと楽しみで仕方ありません。それに、主人公のためのシナリオはきっとここですから、腕が鳴ります!」
『お化け屋敷講習会』。主に一年生が秋の文化祭でクラスの出し物がお化け屋敷になった場合に即座に活躍できるように講習を執り行うためのイベントなのだが、実のところは先輩たちが一年生に本気を見せつけるための肝試し大会である。
昨年は俺と心春も一年生で花恋さんと城戸先輩とかに驚かされたのだが、なんとかゴールまでたどり着けた。
「十八名参加で、途中リタイアが六名でしたっけ? 三分の一が脱落してその中の何名かは魂が抜けてましたね」
「安全には配慮しているけども、昨年は本気を出し過ぎたわね。まさか泣き出して粗相をする子が出るとは思わなかったわ」
「私、一颯くんがいなかったらそうなっていたと思います……。もうあれは体験したくないです。本物のお化けを見た方が耐えられる自信があります」
身体を抱いて身を震わせる心春に俺も同意する。あれはもう遊園地とかテレビで紹介されているようなものとは比べ物にならない。
今年の一年生は昨年より多くて二十人、はたして今年は何人が脱落するのだろうか。
「花恋さんには愛陽の格好もしてもらいたいんですけど、いいですか?」
「構わないけど、このタイミングである必要があるのかしら?」
「はい、実はグランドルート突入までに俺が愛陽ではないアリバイを作っておけと指示があるんです。今回みたいに“お化け”というのは非常に都合がいいですから」
「なるほど、では時間のある時に打ち合わせをしておいたほうがいいわね、心春にも手伝ってもらっていいかしら?」
「いいですけど、実行は一人でお願いします。俺たちは愛陽を知らないことが前提ですから」
わかっているわと花恋さんは会議室の方へ向かう。講習会の資料をまとめるために始業までここにいるみたいだ。
俺と心春は早めに教室へ向かって唯人の様子を確認しておきたいから部室を後にする。可能ならば昨晩に聖羅と何かなかったか勘繰りを入れたい。
「……ん? 一颯くん、あれ、唯人くんじゃないかな?」
心春が窓から階下を見下ろしながら指さす先は中庭だ。俺も心春の隣に並んで覗き込めば、確かにそこに唯人がベンチに座っていた。同じベンチにはサラさんも座っていて、二人が仲よさげに話している。
「そういえばサラさんとは朝によく話す関係だって聞いたな。すでに聖羅ルートに突入しているはずなのに、これだとちょっと心配になるな」
「早いうちに仕掛けた方がいいかな? このままだと聖羅ちゃん、唯人くんとの関係がただの友達で終わっちゃうよ?」
「そうなんだけど……、どうしたものか」
聖羅ルートに突入しているはずだから、聖羅を優先して誘導すれば最後に唯人は聖羅を選ぶはずだ。だけど、……その確証がない。
月宮さんの時はすでに回答が存在していて、アレンジを加えながらもそれを辿っていたから上手く二人をくっ付けることが出来た。でも今回は正解が不明瞭な上に二人の距離が近すぎる。ひと月も経っていないのにマブダチの関係に進展しているせいで、互いに恋愛感情なんて持ち合わせていない。さらに言えば聖羅は現段階で恋人を作る気がないという。
月宮さんのルートがいかに恵まれていたか酷く実感する。唯人と仲がいいという理由だけで今回は聖羅を選んだが、想像以上に前途多難だ。
「サラさんは精魂逞しいからおそらく唯人が誰かと付き合わない限りは毎日中庭で唯人の話し相手になるだろうな」
「サラちゃんが聖羅ちゃんの恋のライバルになるのかな?」
「どうだろう……、サラさんは唯人に恋人が出来れば身を引くと思う。前の月宮さんの時もいつの間にか朝に中庭へ来なくなったし、……俺的には未だに動向がほとんど確認できていない小鳥遊先輩の方が危険な気がする」
俺たちと同じ実家通いの小鳥遊先輩の情報はあまり入ってこないが、唯人とゲームセンターに遊びに行ってその時に見かけた小鳥遊先輩はすでに唯人と親密な関係まで進んでいるように思えた。それにあの時小鳥遊先輩に唯人が取ったぬいぐるみプレゼントした時に見せていた顔は間違いなく恋をしている乙女の顔だった。
ヒロインの唯人に対する好感度は俺が思っている以上に高く、これを楽な方で捉えるか、障害の幅広さと捉えるか……。
「聖羅の部活を引退するまでは恋人を作らないという思想を改める必要はあるだろうけど、先に唯人が聖羅に向ける姉のような信頼感を崩さないと関係は変わらないかもな」
「だったら夏休みのお化け屋敷講習会、張り切らないとね!」
「ああ、それだけがあいつらの立場を逆転させる最初で最後のチャンスだ。……唯人って怖いもの、平気だよな?」
「聖羅ちゃんの方が平気な気がする……」
俺たちは同時に口を閉ざし、中庭の唯人を眺めていた。
「…………」
「…………不安だね」
なんとか唯人には聖羅を引っ張ってもらわなければいけないのだ。心苦しいが、俺たちは聖羅を重点的に狙って怖がらせることにしようと静かに聖羅の無事を祈った。




