77聖羅ルート 占い師の予言 選択肢……2
授業が終わって放課後、部活に励む者は校内に残って各々の課題に取り組む。そうでない者はそそくさと正門を出て寮や商店街に繰り出す。
そんな校内に残った者たちも、部活が終われば帰宅準備を始め出した。
家庭科室、その教室には男女二人が部活を終えても後片付けの為に最後まで居残りをしている。
そんな一組の男女、唯人と聖羅を柱の陰から観察する少女が一人、そう、ボク……愛陽だ。
ボクの後ろでは心春と花恋さんが時間や周りの様子などを確認してくれている。
「愛陽ちゃん、カードは三枚持った? ローブの丈は足に引っかからない? 大丈夫?」
「うん、大丈夫なのじゃ、心春と花恋さんがボクの為に準備してくれたからばっちりなのじゃ!」
「廊下の奥側は明かりが点いていないから軽く膝を曲げていても気付かれないわ、最後、逃げる時も向こうからぐるっと回って逃げてきなさい」
リハーサルも何度か行っているから逃げるためのルートも確保している。
家庭科室には唯人と聖羅がいい雰囲気で楽しそうに片づけをしている。料理班班長としての役目を唯人が手伝いに来ている。毎回のように料理部の料理を食べているからそのお礼だろう。
唯人がボクと最近あまり遊んでくれないなと思っていたら、どうやら聖羅とよろしくやっていたみたい。
「そろそろ行ってくるのじゃ」
家庭科室の最後の確認を終えた二人が教室から出てくる。班長として聖羅が家庭科室の扉にしっかり鍵をかけ、これからその鍵を職員室に返しに行くのだろう。ボクはそのタイミングに割り込む。
「――そこのお二人、ちょっといいかの?」
フードを目深かぶり、水晶を片手に暗がりから突如姿を現して二人を止める。突然現れたボクの存在に当然ながら驚いた様子だ。
「えっと……きみは?」
「顔は見えないのに可愛いんだけど! 一年生? それとも中学生かな? どちらにしても可愛くない?」
唯人と聖羅で反応が真逆だ。どちらに合わせて話せばいいか困惑する。聖羅を落ち着かせるためにも、ボクは唯人のように落ち着き払った態度で話を先に進める。
「ボクは趣味で占いをやっている者なのじゃ、だからお二人にいいことを占ってあげるのじゃ!」
「なんか怪しいな……、オレたちを騙そうとしているんじゃないだろうな?」
「そんなわけないよ、唯人ったら疑いすぎ。ねえ、お嬢ちゃん、お顔は見せてくれないのかな?」
「イヤなのじゃ、占い師とは顔を見せない者なのじゃ」
「おお! 形から入るスタイル、あたしは嫌いじゃないよ」
唯人は相変わらず用心深いし、聖羅はボクのことを不審者と見るどころかお得意のコミュニケーションでボクを油断させようとする。普段のボクを聖羅に一片たりとも見せてはいけない緊張感に表情筋が強張りそうになる。
「さっそく占いをしてみるのじゃ」
ボクはローブの裏側から三枚のカードを取り出す。裏側はトランプのように全く同じ柄で、唯人たちには分からないが表も全部同じことが書かれている。どれを取っても結果は変わらないわけだ。
「水晶玉を持っているのにタロットカード……、いや、それはただのトランプか?」
「お嬢ちゃん、それはツッコミどころが多すぎて面白すぎ」
小脇に抱えた水晶玉を床に叩きつけたくなるが、これもあの野郎の指示だから我慢する。ボクだって疑問に思ったさ、この水晶を持っている意味なんて何もないじゃないか!
これも雰囲気だからと二人に適当に誤魔化してカードを裏側のまま前に突き出す。
「唯人、あたしが選んでいい? ……じゃあ、これにする!」
聖羅がボクから見て右のカードを引っこ抜く。勢いがあって他のカードも持っていかれそうだった。引き抜かれた後に追及をされないようそそくさと他のカードは懐に仕舞う。
「『夜中の学校に響き渡る悲鳴の正体を暴け』……何これ?」
「そのまんまなのじゃ、二人で正体を暴けば、きっといい事があるのじゃ!」
「あまり信用できないんだが……。聖羅、夜中に悲鳴が聞こえるなんて噂、今まで聞いたことがあったのか?」
「うーん、ちょっとあたしは初耳かな? 一颯に聞けば何か知っているかも」
展開的に上手くいっている。この調子でいけば今日の夜にでも唯人か聖羅から電話が来るだろう。その時にボクが何か知っていそうな雰囲気を出せば事が運びやすくなるはず。
だけど、どうしてだろう? なんで唯人はポケットから携帯を取り出して通話を掛けようとしているのか?
……耳に当てた。
着信音が鳴る。ボクのスカートのポケットから……。
「…………」
「…………」
「…………」
三人揃って押し黙る。二人からの視線がボクに突き刺さった。
電源を切っておくのを忘れた。そもそも心春か花恋さんに預けておくべきだった。
頭のてっぺんから足の指先まで汗がだらっだらに垂れてきて、ポケットに伸ばす指が異常なまでに震える。
どどどどどうしよう! どうやって切り抜ければ――。
ボクを見つめる二人の目を見るのが怖い。音の発信源であるスカートをまじまじと見つめられて、取り出さずを得ない。これがもし非通知の知らない番号とかだったらまだチャンスはある。唯人から掛かってきていない証拠であるし、機種が同じなのも偶然で片付けられる。
――画面を見る。……お願い! 知らない番号であれ!
『唯人』
終わった――――! これは聖羅ルート終了のお知らせだったよ!
え? たったこんだけのミスでボクはノーマルエンドをまた体験しなくちゃいけないの? 楽しく遊んで三年になって、苦しい受験勉強という荒波に飲まれて受験して、卒業式までずっと?
――イヤだよ! ……なにか! なにか策はないのか!?
「少しよろしいかしら?」
未だに鳴りやまぬ携帯の着信音、その音を切り裂くように現れたボクの救世主は花恋さんだった。
唯人は通話を切ってポケットに仕舞う。身長差もあって唯人は花恋さんと相対して見下ろした。
「あなたはたしか一颯と同じクラスだったわね?」
「二階堂先輩でしたか。はい、オレは一颯と同じクラスですよ」
「ついでにあたしも」
ボクのことは一旦放っておいて花恋さんが二人に尋ねる。
「一颯が携帯を落としたと言うのよ。どこかで見かけてないかしら?」
「一颯の携帯ならその女の子が……」
「――――ッ!」
ボクがこの手に握りしめている携帯は紛れもなく花恋さんが求めているものだ。落ち着け、せっかくのチャンス、ただ渡しただけじゃだめだ。落ち着いて自然な形に持ち越さなければ……。
「おお! このスマートフォンの持ち主はお主の知り合いかえ? だったらこれを返しておいてくれないかの、ここに来る道中で落ちていたのを見つけたのじゃ」
「ええ、落とした本人は駅前で探しているから責任を持って届けるわ、見つけてくれたことに感謝するわ」
視界の端、ボクからでしか見えない位置で心春が走り去って行くのが見えた。よく見ると花恋さんの右耳には長い髪に隠れるように小さなインカムがセットされていて、心春にもここでの会話が聞こえているのだろう。階段を下りて行ったのは辻褄を合わせるためか。
ボクが花恋さんに携帯を渡すと大事そうに鞄に仕舞い、立ち去ろうとする。それを聖羅が声をかけて止めた。
「あの、二階堂先輩はこのお嬢ちゃんと知り合いではないのですか?」
「ええ、わたくしはあなたたちのお知り合いかと思っていたのだけども、違うのかしら?」
違和感を完璧に消した花恋さんの惚け方を見抜く方法なんてこの世には存在しない。顔色を窺おうにもここでは薄暗くて確認のしようもないのだ。
唯人と聖羅が顔を見合わせてボクの正体について議論している間、花恋さんとボクは一瞬だけ視線を交わす。その目は「逃げなさい」と伝えようとしていた。
たしかに要件は済んだし、いつまでも訝し気な唯人と話していてはぼろが出てしまう。ここは花恋さんの指示に従うことにしよう。
ボクのことを見もせずに話し込んでいる二人の隙を突き、ボクは背後の暗闇に向かって脱兎のごとく走り出した。
そのことに流石は柔道全国常連、唯人が気付いた。
「あ、待て――!」
どうしてボクのことを追いかけてくるの!? そのままそこで聖羅と話し込んでいておくれよ!
花恋さんも唯人が追ってくるのは想定外みたいで、焦った表情でこちらに腕を伸ばしていた。
脚の速さでボクが唯人を振り切れるはずがない。でも地の利はこちらにある。
「クソッ……どこ行ったんだ!?」
「…………」
借金取りのような荒げた声でどたどたと辺りを捜索している唯人。ボクは身体が強張って動けずにいる。
最終下校時刻ぎりぎりのこの時間は余計な所は消灯され、目を凝らしても壁を伝わなければ真っすぐ進めない程度には闇が広がっている。
ボクは今、唯人のすぐ隣にある太い柱の裏側にしゃがんで息を殺している。衣擦れの音一つで見つかってしまいそうな距離感に心拍数が急上昇する。
唯人はしつこくボクのいる辺りを捜索している。早く去って欲しいと指を組んで祈るばかりだ。
「ここら辺で音が消えたはずなんだが……」
唯人の足音がどしどしとこちらにどんどん近づいて来る中、後ろから二つの足音も駆け足で近づいて来る。
「あ、聖羅、二階堂先輩、ここら辺で足音が消えたんで近くにいると思います!」
「いい加減になさい!」
パーンッと何かが弾けるような綺麗なまでの音が閑静な廊下に響く。これによって唯人が押し黙った。
「ご無礼いたしましたわ。でもなんでわたくしがあなたの頬を叩いたかお分かりで?」
「…………」
何も答えない唯人のせいで静寂が痛いくらいにボクの身に刺さる。おそらく傍にいる聖羅も花恋さんと同じく憤りを覚えているのではないか。
怒り心頭な花恋さんでも、冷静さは欠かさない。この場のすぐ近くには蛍光灯のスイッチがあるはずだが、ボクのことも考えて点けずにいてくれている。
「あなたのような図体に恵まれた強面の殿方に追いかけられて、あのような小さな子が怯えずにいられるとでも? 片手で屈服させられてしまうような相手に恐怖を覚えさせられて、姿を現わせるのかしら?」
「…………」
聖羅も花恋さんに同意しているようで、余計な口は挟まない。花恋さんは唯人が焦っているようにも思えたからしっかりと落ち着かせるのかもしれない。
たしかに唯人という巨漢に追われている最中は恐怖を覚えた。こうして隠れているのも防衛本能がこうさせたからだ。あのまま逃げていたら掴まって組み伏せられていたかもしれないと思うと女の子としてこの身が震えた。
……そうか、まだ、この時の唯人は転校してきたばかりで精神的に焦っている頃だったな。夏季休暇に入る前までは周りが見えなくなることなんてざらにあった。先生に注意されることも多かったし、前のルートでは月宮さんが唯人のことを陰から制御しているみたいに落ち着いていたから忘れていた。
「叱りたいことは山のようにあるわ、でもそろそろスマートフォンを一颯に届けなくては今頃きっと困っているわ。……だから、あなたに後は任せるわ」
「分かりました。ちょっと行き過ぎた馬鹿野郎にお灸を据えてやりますよ。ということで夜間の外出申請をお願いしますね、名前は神楽坂聖羅です」
ツケておいて、くらいのノリで女子寮長である花恋さんに申請する聖羅はそれでも声が笑っていなかった。きっと聖羅もそうとう怒り心頭なのだろう。
「ええ、特別にこれまでの無断外出も大目に見るわ。……ではこれにて失礼するわね、ごきげんよう」
この場から去ろうとする花恋さんは初めから目星をつけていたのか、ボクが隠れていた柱の裏に真っすぐやってきた。不自然なルートではないにせよ、もしかしてボクをここから脱出させるつもり? でもどうやって? すぐそこに唯人たちがいるのに。
「すぐに立って“普通”に歩きなさい。出来る限り一歩目をわたくしに合わせなさいな」
歩みを止めず、ボクにしか聞こえないほどの小声で素早く指示を出し、ボクはそれを瞬時に理解する。
余計な音を立てないようスッと立ち上がり、気持ちゆっくりに歩いていてくれた花恋さんの歩みの感覚に合わせる。
トン――トン――トン――。……トン。
床を叩くリズムゲームのように規則正しく、それは靴音を鳴らす花恋さんに重なる。
――ボクが一歩を踏み出したと同時、その一歩に合わせて花恋さんは足音を殺した。
二人で歩いているのに足音は一つ、見事に入れ替わった。しかも柱の陰になって歩いているから唯人たちからは見られない。
最後まで緊張を途絶えさせないよう呼吸を保ちつつ、着替え場所であった演劇部部室に入ると同時にボクは大きく溜息を吐くのだった。
……疲れた。ただその一言に尽きる。




