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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
三章 聖羅ルート攻略シナリオ
74/226

74おめかし

 前も陽光はあまり差してなかったけど、花恋さんにとって日傘は必須アイテムらしい。


「そういえば、今日は珍しく白いゴスロリ衣装なんですね、可愛いです」

「ありがとう、……前のわたくしはこれを着ていなかったのかしら?」

「はい、いつも黒でクールに俺のことを振り回していました」


 俺の言葉に一瞬何か考え込んだと思ったら、花恋さんはピタリと歩いていた足を止めてしまった。


「あ、あぁ……嵌められたわ、まんまと嵌められたわ」


 独り言を呟く花恋さんは傘で自身の姿を隠す。いったい何が嵌められたというのか?


 傘の向こうで大きく深呼吸をしている花恋さんはおもむろに傘を閉じて俺と距離を詰めてくる。既視感はあったけども、前のように抱き着いてくることはなかった。


「これはね、勝負服なのよ。一颯の為に用意した、勝負服なのよ!」

「に、二回も言わなくてもいいですよ。もしかして、嵌められたというのはその勝負服があるにも関わらず前の花恋さんが着ていなかったことですか?」

「そうよ! きっとわたくしが着るからと温存していたんだわ。だって、……一颯は、この服を着たわたくしが好きなのでしょう?」

「う……、そうですね」


 一体いつの話を持ち出しているのやら、それは俺が高校に入学直後のことだ。


 前に俺は心春と花恋さんが買い物に行くというから荷物持ちで付き合ったことがある。洋服を買いに行くというから試着の感想を聞かれて、たしかに俺は花恋さんに白が一番よく似合っていて可愛いって伝えた覚えがある。


 俺にとっては何年も前のことなのに、どうしてピンポイントで覚えていることやら。……きっと好きだから覚えているんだろうな。


 当時はそのわたあめのような甘いファッションに身を包んだ花恋さんに俺の心が揺らいだ。その服を購入したのにそれ以降着ていないから残念だった記憶もある。……それを見抜かれていた?


 花恋さんは洞察力に優れているから、もしかしたらあり得るけど、まさか自分を犠牲にしてまで次の自分に託すなんて、とんだ策士だ。


 冷静を保っていられるはずなんかなかった。なかなか花恋さんのことを直視できないのがもどかしい。


 俺は決して少女趣味なんかではないが、花恋さんのこの姿は俺に刺さっている。心春にも着てもらって二人で並んだら大喜びで乱舞しちゃう。だって白のゴスロリってよくない? 人形みたいで可愛いし愛でたくなるじゃん。


「一颯が一番好きな服だと思ったのだけど、どうかしら?」

「……はい、好きです。性癖にぶっ刺さってやばいです」

「ふふ、一颯の気持ちを初めて引き出せたわ。ねえ一颯、今度デートなんてどうかしら? 一颯の好きそうな服を着ていくから、好きにしていいわよ?」

「あまり俺をからかわないでください。本気にしますよ?」

「いいわよ、それが目的だもの。一時だけでも心春のことを忘れられるくらい濃密な時間を一颯に与えてあげるわ」


 いったいどこに花恋さんが吹っ切れるタイミングがあっただろうか? 完全に俺の知っている花恋さんと同期していると思うほどに積極的だ。俺が花恋さんの服装を褒めたのがトリガーだったか? なんだかんだあの会議室の一件から俺は花恋さんに優位を取っていたから、それが一瞬でも逆転した瞬間に吹っ切れた?


 俺が前にたじろいだところを一気に攻められたことを思い出す。あれを思えば、花恋さんにこの状況で一瞬でも隙を晒したから攻める口実を作ってしまったと考えられた。


 今回は俺が花恋さんと心春を制御するために策を練っていたというのに、一瞬にして牙城は崩れた。でも、……心なしか、こうなることを願っていたのかもしれない。


 やっぱり未練たらたらなんだな、俺にとっての心春や花恋さんのイメージに近づいて欲しいと思うばかり、余計なことばかり口にしているし考えてしまう。


「たとえばどんなデートがいいですか?」

「そうねえ、一颯がわたくしのことを思う存分愛でられるようにお家デートでどうかしら? それとも街中にわたくしを晒して性癖を自慢したいかしら?」

「分かりました! 今度花恋さんの部屋にお邪魔しに行きますから誤解を招く発言はやめてください」


 ダメだ、完全にあの花恋さんだ。俺の性癖にぶっ刺さる服装だし、無意識のうちに魅了されている。好きにしていいという魅惑的な言葉に誘われて俺は花恋さんのふにふにとした頬に手を添えていた。


「一颯?」

「柔らかいですね、……これなら食べられそうです。食みたい」

「な、何を!? こんな人の見ている往来で食べるだなんて……」


 手のひら全体を使ってマシュマロみたいなほんのり赤い頬の感触を確かめる。周囲の人に聞こえないよう耳元で囁いたのだがそれがかえって花恋さんの羞恥のポイントを抉ったみたいだ。


 手を離すと頬の肌がふにっと名残惜しそうに手についてきてお餅みたいだった。もう一度弄びたくなる衝動を堪えて花恋さんの手を握る。


「前もこうして手を繋ぎながら寮まで送らせてもらいました。今回も私めに送らせてはいただけませんでしょうか、姫様?」

「あぅ……、わたくしの手を、優しく握っていてくださいまし」


 前回とは形勢が逆転し、俺が花恋さんを掌握している。俺が手を差し出せば、花恋さんがこの手をそっと取ってくれる。


 箱入り娘が初めてのパーティでたどたどしくパートナーのお誘いの手を取ってくれた、そんな感じ。いつかの舞台で見た光景とそっくりで嬉しくなる。


「そういえば、もう一つお願いがあるんです」

「何かしら?」

「秋の文化祭での舞台で、俺にも主役の練習をさせてくれませんか?」


 花恋さんは少し考えるそぶりを見せたあと、なるほどとばかりに何度か首を縦に振った。


「それも前のわたくしかしらね? わたくしが密かに計画していたことがすでに伝わっているのなら構わないわ、これからは役者として舞台に立つ翔と共に稽古に励みなさい」

「ありがとうございます。すでに何度か練習はさせてもらっているので“最後”はご期待に添えられるかと思います」

「残念だわ、せっかくヒロイン役をわたくしにしようと思っていましたのに」

「ヒロインを心春にすると言ったのは花恋さんですよ」

「わたくしは部長としてあなたたちの活躍を楽しみにすることにするわ」


 一度吹っ切れた花恋さんに適度な距離感というものはあってないようで、これがわたくしの距離といわんばかりに手を繋ぐ腕がくっ付いていた。


 このルートでの花恋さんと心春を俺の望む二人に誘導しようとしていることに自覚はある。


 後悔なんて……多分、ない。幸福な時間に挟まれていたいと思う欲求に逆らうことは、少なくとも俺は間違っていると判断した。








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