60陽菜ルート 守る者の一撃必殺
「時間的にこれくらいかな? 電車が混む前に帰ろうか」
「だな、動きっぱなしで足が痛いや」
腕時計をちらちら見ていた唯人の少し緊張した声の提案に俺が真っ先に賛同する。
「そうだね、満員電車はイヤだもんね」
月宮さんも疲れたのか今はベンチに座ってペットボトルのお茶を飲んでいた。のんびりした雰囲気なのは唯人の緊張を和らげることに繋がるだろうが、おそらくこれから一波乱あると俺は睨んでいる。
「ねえ、唯人、ちょっとだけ寄りたい所があるんだけど、最後に付き合ってくれない?」
「あ、ああ! いいとも!」
俺だけのシナリオなら特段何かが起きることはない。しかし、何度も言うがこのシナリオは唯人が主役だ。
唯人は過去を含め、幾度もトラブルに巻き込まれてきた。本人にとって辛いこともあればハッピーになれるイベントも多くあったはず。イベントとはそういうものであり、今のこの状況もイベントの真っただ中であることは間違いない。このまま何も起きない方がおかしいのだ。
それがいつ起きるのかは分からない。このあとすぐかもしれないし、俺と心春が唯人と別れた後かもしれない。このことは心春に事前に伝えてあるし、もしも何かあれば全力で守るつもりだ。
「一颯くん、顔が怖いよ。ほら、笑って笑って」
「あ……わるい」
心春に頬を摘ままれてぐにぐにと固まった筋肉を解される。頬以外にも目元や耳たぶ、首筋までもぐにぐにと解されて、心春のように俺は頑張って笑顔を作った。それで心春もニコっと笑ってくれて俺たちは自然と手を繋ぐ。唯人たちを待っている間、指を絡ませてベンチに座って寄り添った。
肩をくっ付けてまるで恋人のよう。これから帰るというのにこれでは動けなくなってしまいそうだが、やっぱり安心するな。
――どれだけの時間こうしていただろうか、右肩に触れる心春の温もりに時間の感覚を失っていた。ここ最近はずっと動き続けていたし、イベントが無くても演劇部の稽古に励んでいたから、野外とはいえこうしてゆったりと二人で過ごす時間が無性に温かい。
「ねえ、一颯くん、ずっとこうしていたのはやまやまなんだけど、唯人くんと陽菜ちゃん、遅くないかな?」
「たしかに遅いね、そう遠くない店舗だと思うけど、何を買おうか迷っているのかな?」
唯人と月宮さんにトラブルがあったのでないかと思ったが、果たして俺が介入していいイベントなのか一瞬迷った。一波乱あると思っていたが、現在進行形で何かトラブルに巻き込まれている可能性は非常に高い。
「心春、二人の様子を見に行きたい。イベントだし、シナリオも後半だから唯人はトラブルに巻き込まれているはずだ。だけどさ、やっぱり友達として助けに行かない選択はないんだ」
「それが一颯くんの選択なら、一颯くんのヒロインである私はついて行くよ。さ、はやくいこ」
俺にとってのヒロイン、……なんて甘美な響きだ。唯人にヒロインが四人いるように俺にもヒロインがちゃんとここにいる。恵まれた環境だと妬まれるかもしれない。でもだからってそれを放棄する選択はもちろんない。
手を繋いだままベンチから立ち上がり唯人たちが向かった方へと歩いて行けば、案の定、二人はトラブルに巻き込まれていた。
「唯人!」
「陽菜ちゃん!?」
唯人が月宮さんの前に立って険しい顔つきをしている。唯人の前には男が二人。チャラ男というそろそろ死語が似合いそうな典型的なヤンキーで、だらしない格好で唯人に迫っていた。
「おう、兄ちゃんさ、そこの彼女を貸してくれよ、嬢ちゃんもこんなでくの坊なんかと遊ぶよりよっぽど楽しいこと知ってるからさ」
「早くしないと痛い目に遭わせてやるぜ、俺様の拳が唸る! ……シュッ、シュッ!」
ひとまずは説得じみた言葉で相手の様子を見るタイプと血気盛んな昔は何かしらのスポーツをやっていたタイプ。当事者でないからこうして分析できているが、俺が唯人の立ち位置だったらどうやって心春を護る? そして、どうやったら唯人に加勢できるのか。
ヤンキー二人は周囲の目を気にした様子など一切ない。気持ちの赴くままにどこでもこうしてアタックしているのだろう。
「ふざけるな! 陽菜に触れるんじゃねえ!」
「おう、怖い怖い。……じゃあ、交渉決裂だな、……やれ」
交渉も何もないのだが、ヤンキー共にとって猶予は与えたとばかりに運動系の方が前に出て行く。
「シッ!」
「ウッ……くぅ!」
周囲の目線は唯人たちに向いていて、誰かが助けに入る意思は感じられない。それもそうだ、この時間にショッピングモールにいるのは主婦層ばかりなのだから。俺だって下手に手を出したくないと思っている。……だから俺は、ダメなんだな。
唯人はヤンキーの腰の入った拳をまともに受けてなお立ち続けている。たしかに唯人は頑丈な体つきをしているが拳を耐えきるなんて、……いやそうか、守るべき人が後ろにいるから、耐えられたんだ。
「……覚悟はいいな?」
「あ? 何いって――」
「受け身、取れよ? じゃねえと怪我だけで済むと思うな」
一瞬の間、そこからは目で追うのが精いっぱいだった。
俺も心春も目を剥いて、ヤンキーが宙を回る姿を呆気に取られて見ていた。
瞬き一つの間に唯人が相手の懐に潜り込み、足を引っかけ、腕と襟を掴んで反転し腰に乗せて、綺麗なまでの背負い投げを決めてみせた。
「うがッ!」
投げられたヤンキーは床に叩きつけられ、情けない声と共に白目を剥いて泡を吹いた。そのまま気絶して沈黙する。
もう一人のヤンキーは戦意喪失して……というよりはしりもちを着いて唯人のことを信じられない目で見ていただけだった。
騒ぎを聞きつけてやってきた警備員に二人は連れていかれ、唯人たちも事情聴取を受けることとなってこの場を離れた。
――俺と心春は二人が帰ってくるのを待ち、戻ってきたのは一時間後だった。
「ここら辺で有名な小悪党みたいで、しかも最近、迷惑行為で指名手配もされていたみたいなんだ。俺たちは完全に被害者として後日、また話を聞かせてくれってさ。警察に話すとか怖いんだけど」
「そうか、大変だったな。それと助けに入れなくて悪かった」
「気にするな。動きの鈍い奴だったとはいえ、一颯じゃ怪我していただろうさ。心春ちゃんを護るためにその場に残ったんだろ?」
「そんな大層な理由じゃないよ、唯人の動きに見とれて動けなかっただけだ」
――帰りの電車内、少しばかり込み始めた時間でも心春と月宮さんが座席に座るくらいの余裕はあった。
俺と唯人は少し離れた場所で壁に背中を付けて立っていて、これからのことを適当に話していた。
「このまま告白までいくのか?」
「えっとな、実は……、告白された」
「は? ……なんで?」
恥ずかしそうに頬をかく唯人は口元がにやけた面で月宮さんの方を一瞥する。心春と話している月宮さんが上の空で惚けている。心春の声がたまに届いていなさそうだ。
「一颯ってオレの背負い投げを見たよな?」
「ああ、見事な投げだった。目で追うのが限界とか回避不可だろ」
「ありがとう、一颯に過去のことを話せたから、今日は勇気をもって相手に触れることが出来た。いつもだったら躊躇して膝を着いていたと思う」
あの投げには俺が思っている以上の気合や勇気など、目に見えない闘志が込められていたようだ。でもそれは俺のおかげではない。
「感謝は月宮さんに言えよ、それとランナーさんに、俺は話を聞いただけでこれといったことはしてないさ」
「そんなこたねーよ、最初に話した一颯がオレを軽蔑でもしようものならオレは今頃部屋で蹲っているだろうよ」
「かもな、唯人って案外繊細だし」
電車内だから笑い声も控えめに、くすくすと笑う俺たちを周囲がどう思おうが関係ない。俺は純粋に己の過去を打ち破った唯人のことを称賛したいだけなのだから。
時間にして十分程度だろうか、降車駅に着いて改札を抜けた俺たちはここで解散の運びとなる。
心春に手を引かれなければ乗り過ごしていたかもしれない月宮さんは、どさくさに紛れて唯人の手を握らせておいた。
最後くらい形だけでもダブルデートらしくということで唯人は顔を赤くしながらも納得してくれた。唯人の気持ちが途切れない内に俺たちはお暇させてもらうこととして、右手を心春の方へ差し出せば、指を絡ませて握り返してくれる。
そっちはどうだ? とばかりに唯人の方をじっと見つめれば、無理無理と首を横にブンブン振った。
「お前も、五分後にはこうやって手を繋ぐんだぞ。最後くらい男見せろよ」
「……わかった、いい報告を待っていてくれ」
それは上手くいくフラグなのか怪しい気も知るが、主人公なら大丈夫だろ。もう、唯人に選択肢の強制はないのだから、自由に言葉を紡いでもらいたい。
「じゃあ、陽菜ちゃん、またね」
「……あっ、うん、心春ちゃん、また明日ね。……あれ?」
これから始まる甘い展開に顔のにやつきが止まらず、ばれないよう速足に駅前から去った。
月宮さんは唯人と手を繋いでいることに気づいて不思議がっていた。心春と唯人のことを視線で何度も往復して、狐に摘ままれた表情で首を傾げていた。
「陽菜ちゃんたら、最後は面白かったね、それに今は夏休みだから明日は会わないのに」
「そういえば、どうして月宮さんから唯人に告白したのかはぐらかされたな」
「それについて陽菜ちゃんに聞いたんだけど、あれは告白というのかな? 唯人くんが悪い人を背負い投げしたじゃない? あれが昔の探し人の姿に重なったんだって。陽菜ちゃんが唯人くんに問い詰めると素直に認めたから、無事陽菜ちゃんの探し人は見つかりましたとさ」
「背負い投げで探し人が見つかるなんて普通はありえないけどさ、やっぱりこれがゲームだからかな?」
「そうかもしれない。でも今日のダブルデートを設定したのは一颯くんだから本来のシナリオと関係がないでしょ? だから今日あったトラブルも自然に起きたもので、一颯くんの力ありきで起こした奇跡なんじゃないかな?」
「奇跡だなんて大げさだ、でも……そうだといいな」
もしかしたら何をしてもゲーム独自の、ルールという常識に収束するのかもしれない。心春と花恋さんに関わる俺だってまるでゲームのような関係性なんだから。
神に君たちは漫画やアニメのような世界で生きてきたと言われても理解はできない。結局、現実は現実、ゲームはゲーム、そこには大きな境目が存在していて、どんなに努力してもそこを超えることは叶わない。この世界がゲームであったとしても、俺にとってここは現実なのだから。
「今頃、二人でどんなことをしているだろうな」
「きっと、ゲーム中のカップルみたいにラブラブな展開になっているに決まってるよ!」
「ははは、違いない!」
夏の暑さに汗ばむ俺たちの手はそれでも離れない。どこまでも、いつまでも二人で一人。
夕暮れのオレンジ色した蜜柑みたいな太陽は沈みゆき、やがて、俺と心春に長い影をつくった。




