59陽菜ルート ダブルデート
夏休み前の終業式も終わり、学生は勉学の時間を街へと繰り出す時間へと変化させる。
初日から宿題に手を付ける者、後回しにして自ら死地へと追い込む者と様々だが、俺は前者だ。
でも俺は宿題をする必要がないため鞄に入れたままのプリントやノートを取り出すことはない。
唯人を月宮さんといい感じの雰囲気にするための作戦はある程度練ってきたつもりだが、なにせ俺は心春と熟練の夫婦並みに息が合うため、あまり恋人未満の心理が分からない。
こういう時はいつも頼りになる聖羅に相談したところ、「嫌味かゴラァ!」と顔面に右ストレートを貰った。それでも相談に乗ってくれるあたりお人好しだ。
二対二で分かれるように仕向け、様子を見つつ別行動を頻繁に促す。後は決して二人の間に割り込むようなことはせず強引にくっ付けようとしないことを約束させられた。
「それじゃあ、行こうか」
「うん!」
無事に月宮さんと唯人のお出かけに入り込むことが出来、ダブルデートの予定もスムーズに決まった。これがデートだと思っていないのは月宮さんだけだが、唯人はこれをデートにするために聖羅にいろいろアドバイスを聞きに行ったそうな。聖羅大活躍!
唯人と俺の顔を見比べながら「私に男はいないのか……?」と絶望に満ち溢れた眼差しで見つめてきたときは少し恐怖を覚えたが、それでも唯人に指導してくれるあたりやっぱりお人好しだ。
俺たちの最寄り駅へは心春と手を繋いで歩いていく。曲がりなりにもデートなのだから、それらしい雰囲気は味わいたい。これで最後に綺麗な夜景の夜空の下でロマンチックな展開にでもなれば最高なのだが、そんなことをして次のルートですべてが振り出しに戻ったら発狂しかねない。一度の甘えですべてが壊れかねない現状にはいち早く脱却したいと本物の神に願うばかりだ。
サラリーマンはすでに出社した時間帯のため駅に人は疎らで、行きかうのは主婦層か俺たちと同じ夏休みに入った一部の学生だけだった。待ち合わせ場所も人がほとんどいないから、唯人のでかい背丈をすぐに見つけることも容易だ。向こうも上から見下ろすようにこちらを見つけて近づいて来る。隣にはちゃんと月宮さんがいた。
「心春ちゃん、こんにちは、一緒にお出かけなんて久しぶりだね」
「うん、今日はみんなでお買い物だから楽しくなりそうだね、どこでお買い物しようか?」
女の子同士で今日の予定を立て始めている間、男どもは二人に声が聞こえないように後ろを向いて小声で話す。
「唯人、作戦決行はいつの予定だ?」
「買い物が終わって帰りでおまえと別れた時だ。上手くいけば一緒に帰れるし、ダメだったらここで別れることも出来るって、聖羅が言ってた」
「そうだな、向こうにいる時に失敗した時には気まずくて仕方ないだろうし。わかった、俺たちはここに帰ってきたらすぐにこの場を離れることにする。あとは頑張れよ」
「ああ、告白の一つや二つ、過去を暴露した時に比べたら屁でもない」
「月宮さんだけにしろよ?」
「分かっているさ」
よしっ! と二人で頷いて二人の元へ戻る。心春からウインクが飛んできて俺もウインクで返す。時間稼ぎありがとう。
「電車はもうすぐ来るからホームに入っておくか。それと、今日は俺の我儘を聞いてくれてありがとな、月宮さん」
「心春ちゃんとデートなんでしょ? 逆に私たちと一緒でよかったの?」
「いつも二人だからたまにはこういうのもいいかなってね」
決して嘘ではないがあくまで建前のため笑って誤魔化す。月宮さんも深く追求する理由もないため、俺たちはこのまま駅の改札をくぐってホームへと向かった。
しばらくしてアナウンスが流れ、やってきた十両の電車に乗り込む。この駅だけでなく他の駅も人は疎らみたいで座席には余裕があった。だから四人で並んで座ってもまだまだ座席は空いている。
下りの三つ隣の街まで電車に揺られ、降り立った地は俺たちの街とそこまで雰囲気は変わらない。だけどこの街には駅前に大型のショッピングモールがある。
クーラーの効いた店内に足を踏み入れれば、外との温度差に心春が身震いをする。
「こんなこともあろうかと思って持ってきて正解だったな」
「あ、ありがとう、こんなに寒いと思わなかった」
「心春は冷え性だもんな、風邪ひいたら大変だ」
薄手の橙色のカーディガンを心春に渡す。外はカンカンに照り付ける太陽のせいで厚着をするのは憚られるけど店内は逆にクーラーが効きすぎて温度差のギャップが酷い。
「うん、心春はカーディガンを着ても可愛いな」
「いつも家で見てるじゃん、煽てたいのが丸わかりだよ」
「ははは、ばれたか。……どうした唯人?」
なんか不思議なものを見る目でこちらを見ていた。
「あ、いや、仲いいんだなって」
「? 当然だろ、同じ屋根の下に住んでいる兄妹なんだから」
唯人は鼻を掻きつつ「そうだけどさ」と呟いてちらちらと月宮さんの方を見ていた。
何か思うところがあったのかもしれない。もしかしたら俺の真似をしようと考えていたのか? でも月宮さんが寒がっている様子はないし、そもそも何も持っていないからどうしようもなくて、途方に暮れているあたりかな。
「唯人、今日はおじさんからバイト代を貰っているから、欲しいものがあったら言ってね。予算は少しオーバーしてもおじさんが出してくれるから遠慮しなくていいよ」
「ああ、欲しいものは決まっているしそこまで高くないから予算は大丈夫だ。陽菜にも何か欲しい物があれば言ってくれな」
いつのまに唯人は月宮さんを呼び捨て出来るようになったのだろうか、すごく気になる。
心春も気になっていたからちょっと唯人に近づいて聞いてみれば「まだ、さん付けしないと呼べないの? ……て、言われたら呼び捨てにせざるを得ないだろ!」とキレられた。
唯人も苦労してんだな、と他人事のように唯人の肩を叩いておいた。
パシンと手をはじかれてしまったけど、本人としては一歩前進できたと思っているようだから微笑ましい。
――大型のショッピングモールというだけあってモール内の店舗数が凄まじい。一日じゃ回り切れないだろう。
いくつかの店舗に入っては気になったものを購入したり、時には何もせず退店を繰り返し、心春と月宮さんは洋服に興味があったのだが、唯人は女性服のコーナーに足を踏み入れることを躊躇していた。
俺はいつも通りを心がけて心春のことを褒める。どれが似合っているとかこっちの方が好きだとか、俺たちの会話を参考に唯人は表情があまり顔に出ない月宮さん相手にかなり健闘していた。
荷物持ちはもちろん男の仕事だ。やっと女性服のコーナーから出てこられた唯人がほっとしていた。
次いでやってきたのはアクセサリー・ジュエリーの専門店。
うん十万、うん百万円とする高級な物から、下は数千円ばかりの学生でも手が出せる代物まで取り扱っている。
この店は唯人が事前に調べて聖羅と相談、現地でのアドアイスは心春に貰うようにと指示を受けているから余計な心配は不要だろう。
――四人で行動しているように見せかけて、俺は一人で三人が見ているアクセサリーより少しだけ高いアクセサリーを眺めていた。
するとショーケースの中に収められていたティアネックレスに目が留まる。
細い銀のチェーンに繋がれた淡く輝く水色の涙。テレビとかでよく見かけるダイヤモンドのようになんたらカットされた表面からは角度によって違う輝きを見せる。
値段を確認すると、俺の持ち出せる財産で二つ買えるぎりぎりの値段。今日のこれからのことも考えて何度か検討し、俺は店員を呼んだ。若い女性店員が俺に気付いてやってきたからその人に尋ねる。
「すみません、このネックレスって二つ在庫はありますか?」
「確認してまいりますので、少々お待ちください」
バックヤードに戻っていった店員さんを見送りつつ、心春たちは上手くやっているか見てみると、相当イメージトレーニングを積んでいたのか、それなりに言葉を詰まらせることなく月宮さんを先導している。
アクセサリーに関しては心春が唯人をある程度指導してくれるだろうから、最後に唯人が決めきれれば完璧だ。
よくやったと安堵していれば先ほどの店員が戻ってきて、手には同じ箱が二つ握られている。
「大変お待たせいたしました。お客様のお求めでしたのはこちらのネックレスでお間違いはないでしょうか?」
箱を開いてショーケースと同じものであることを確認する。
「それです、その二つを買わせていただきます。……ちょっとあのグループに見られないように会計って出来ますか?」
「可能ですよ。こちらへどうぞ」
融通を利かせてもらって、俺は三人には見えない店内の端で電卓を使ったアナログな会計をさせてもらう。
提示された金額を見れば頭がふらつきそうな額だ。少なくともアルバイトをしていない高校生がポンと出せる金額ではない。
「彼女にプレゼントですか?」
若い女性店員はどこか聖羅のような弾ける乙女の要素を持っている人で、聞き方もどこか聖羅に似ている、……というより雰囲気がそっくりだ。
「いえ、彼女じゃないんですよ」
「では、これから? それでこれはペアルックに?」
やけにぐいぐい来る店員だなと思いつつ、変な誤解を与えないように答える。
「あそこにいるサイドテールの女の子が俺の妹でして、それと今日はいませんが俺がお世話になっていて尊敬する先輩への贈り物です」
「ふうん、そうなんですか」
妹と聞いて少し興味を削がれたようだ。返事は適当で、箱の中にネックレスが入っていることの確認と、それぞれ個別に包装してもらった。
袋に丁寧に入れてもらって手渡しされる。
「じゃあ、狙いは先輩の方かな?」
「どうでしょう、妹も先輩にも俺の気持ちは変わりませんし」
「それってもしかして、兄妹愛もありえる!?」
「ち、血は繋がってないです」
案の定勘違いしたから速攻で訂正する。
店員さんは「なあんだ」と、接客のことは忘れてため口で接してきている。俺が女性用のネックレスを二つ所望した時点で変わった恋愛関係だと察して俺の要求を呑んでくれたのかもしれない。
この人は恋愛に飢えているのだろうか? でも、聖羅のようなどこにでも首を突っ込む奴もいるし女性というのは難しいな。
「一颯くーん、どこにいるの?」
「あ、俺はもう行きますので、変則的な対応してくれてありがとうございました」
「いいのよ、学生の恋愛ほど甘酸っぱいものはないもの。楽しませてもらったわ」
俺は苦笑いを浮かべつつネックレスの入った袋を鞄の底に隠し、三人の待つ方へと向かった。
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