58陽菜ルート 思い込みと気付き
途中から心春へと視点が変わります。
結果から言って、演劇部の舞台は無事成功で幕を降ろした。
柊木先輩の演技は相変わらず舞台できらきらと輝いていて、一目で誰が何の役なのか分かる。城戸先輩は柊木先輩が一人目立ちしないように負けじと役の個性を出していた。
二人を引き立てるためには周りのサポートも必要で、花恋さんを筆頭に他、キャスト陣が舞台で舞う。その中には男装した心春もいた。
一応ここはゲームのシナリオに沿った動きであり、この舞台を通して唯人が何かに気付き、隣に座っている月宮さんに「あれ、もしかして心春ちゃんじゃないか?」「やっと気づいたの?」的な会話になっていたはず。
これで愛陽が出した謎は解明されたわけだが、これでどうなるのかは俺にもよく分かっていない。
神の野郎がこれだけはやってくれとばかりに強調してファイルに収められていたから仕方ない。
心春は役名のないアンサンブルとしての舞台だったが、それでも本人はガチガチに緊張していたから俺はその緊張を少しでも解す役目。
裏方がメインの部活メンバーも心春に付いていてやれと率先して俺の仕事を減らしてくれた。
必要とあらば手を握って、頭を撫でてあげて、やれるだけのことはした甲斐あって無事舞台でも練習したとおりに動くことが出来たようだ。
舞台袖に戻ってきたときは今にも泣きだしそうな顔でへなへなと座り込んでしまった。
何か失敗をしてしまったのかと慌てて駆け寄ると、心春は嬉しそうな顔で「うまくできたあ!」と童女のように胸元で可愛らしくぐっとガッツポーズを決めた。
男装しているから、そのあまりにも女の子らしい仕草にギャップがすごい。一年生は今日は観客でよかった。今の心春にはイケメンの風格はどこにもなく、ただただ可愛い女の子だったのだ。
幕が下がり、最後に柊木先輩と城戸先輩、部長の花恋さんがあいさつをすればすべての進行が完了した。
最後に照明が落とされるときには俺も舞台に立って頭を下げた。
遠くの席に座る唯人と目が合ってニヤッと笑ってやると、俺のことを指さして何か口を動かしていたがさすがにここからじゃ聞き取れないし読唇術もない。
舞台袖に戻ってからはみなとハイタッチして、役者は着替えに、裏方は後片づけに動く。
先ほどは体育館を震わすほどのスタンディングオベーションに包まれていた影響もあってか、観客が誰もいなくなれば寂しさは倍以上に感じる。
舞台に使用した小道具を丁寧に解体し、床にはモップをかける。観客の椅子も俺たちが片付ける仕事だ。
演劇部は今日のホームルームを免除されているため、片付けた物を持って部室に直行する。そこでさらに小道具を分かりやすいよう分けて保管する。衣装などもクリーニングに出した後、またスポットライトを浴びるためにケースに収められるのだ。
片付けも終わって、簡単な打ち上げが開かれるということでみなの手にはジュースの注がれた紙コップが握られていた。
「今日はご苦労だったわ。誰もが知るおとぎ話だからこそ小さな失敗が大きく目立ってしまう。初めて舞台に立った子はそれを実感できたかしら? 翔や舞衣子がどれほど稽古に励んでいたか見ていた貴方たちなら見習うべきものを見つけられたはず、それはわたくしだって同じことよ。……表に立つ者は裏でサポートしてくれる子たちのおかげで舞台に立つことが出来ることを忘れないでちょうだい。わたくしたちは稽古を怠らず、一丸となったから今日の舞台は成功したのよ」
心春を見ればうんうんと何度も頷いている。俺は一度同じ舞台を体験しているとはいえ、やればやるほど課題が見つかって、自身の勉強不足に頭を抱えたくらいだ。
「長い話は嫌われると聞くわ、だからこれくらいにしておこうかしら。反省会は後日にして、今日は無事舞台が成功したことを祝いましょう。翔、音頭をお願いするわ」
「え? 俺かよ。……なんて言えばいいか分からんから、とりあえず、かんぱい!」
なんとも締まらない音頭だったが、そんなこと気にする人はいなくて、俺たちは紙コップを高く掲げた。
「「「「「かんぱい!」」」」」
〇
私は一颯くんが体育館で後片付けをしている頃、女子更衣室の近くにあるトイレの扉に隠れて様子を窺っていた。
更衣室の近くには私が使用した男装用のカツラが落ちている。
これを陽菜ちゃんに見つけてもらうだけの簡単なお仕事。見つけてもらってどうなるのかは分からないみたいだけど、陽菜ちゃんと少し会話をするだけでいいみたい。
もうすぐ陽菜ちゃんがやってくる。廊下に出歩いているのは片付けか衣装を着替えた演劇部だけのはずなのに、ここに陽菜ちゃんがやってくる理由は何なのか。一颯くんのクラスの事情は私には分からない。でも唯人くん視点では今日の分のシナリオは演劇を見るまでだそうで、陽菜ちゃんがここに来る理由は、一颯くん曰く、今後の為の辻褄合わせだとか。
「あれ? これって……」
来た! 更衣室は私が最後だったから廊下にはすでに私しかいない。やってきた陽菜ちゃんにはトイレから出てきたように見せかけてハンカチで手を拭く仕草を交えつつ声をかける。
「陽菜ちゃん、どうしたの?」
「あ、心春ちゃん、カツラが落ちていたんだけど、これって心春ちゃんの?」
「ええと、うん、多分そうだと思う。落としちゃったのか」
男装用の衣装が詰め込まれたバックを漁る仕草も忘れない。
「謎のイケメン、まさか禿げている? なんて噂になったら大変だよ。気を付けないと」
「そうだね、“髪型が違うだけで似ても似つかなくなるもんね”」
陽菜ちゃんと会話をするにあたって、今の髪型の件は絶対にどこかで織り交ぜることと一颯くんに指示された。どのタイミングで割り込ませられるか不安だったけど、さっそくのチャンスを生かすことが出来た。
「髪型……」
「陽菜ちゃん?」
何か考え込んでいる様子の陽菜ちゃんは私が持っているカツラを注視してやまない。これに何か深い意味があっただろうか?
「ねえ、心春ちゃん、男の子って小学生の時から高校生になるまでに髪型って変わるのかな?」
「うん、変わるよ。一颯くんだって昔はもう少し髪が短かったかな、もう少し長い方がモテそうって少し伸ばしたし薄い茶髪に染めもしたよ」
「そうなんだ、……じゃあ、今は伸びているけど、昔は坊主だったこともあり得るのかな?」
「普通にあるよ。女の子だって髪型はちょくちょく変わるじゃない、男の子だって変わるんだよ」
なんとなく想像がついたけど、もしかして、陽菜ちゃんって男の子の髪型は一切変わらないものだと勘違いしていた? 一颯くんにいろいろ教えてもらっているけど、陽菜ちゃんの探し人の特徴にこれでもかというほど当てはまっている唯人くんにどうして気付かないのだろうと私たちを悩ませていたけど、どうやら私たちが固定観念に囚われていたようだ。
「だったら、唯人の髪型が昔と違う可能性って……」
「十分すぎるくらいにあると思うよ」
「一颯君か神楽坂さんあたりで唯人の昔の髪型について知らないかな?」
「ちょっと聞いてみるね」
聖羅ちゃんにメールで聞いてみれば、今の時間はホームルーム中だろうに一分と経たず返信が来た。
「聖羅ちゃんは知らないみたい。あと、面白そうだから詳しいことを後で聞きに行くって」
「神楽坂さんと話すのって少し緊張するな」
「大丈夫、どんなことをちゃんと聞いてくれる面倒見のいい子だから、ゆっくり話せばいいんだよ」
一颯くんにもメールは送ったけど、携帯は部室に置いたままだろう。返事が来る気配はない。
今は手が離せないことを陽菜ちゃんに伝えて、後で一颯くんに直接聞いてみることにする。
「あ、私、ホームルーム中にトイレに来たんだった。先生にさぼりって思われちゃう」
「真面目な陽菜ちゃんならそんな心配もいらないと思うな」
二人で小さく笑ってから別れた。陽菜ちゃんは唯人くんのいる教室へ、私は演劇部の部室へと歩き出す。
私たちのやってきたことがやっと伏線を回収するように如実に現れてきたことで少し寂しさを覚える。あと少し、あとわずかな日数を数えるのが辛い。終わりという壁に手が届いていて、押し返そうとすると押し潰そうと返ってくる終わりに気持ちが負けそうになる。
今朝、一颯くんが家に帰ってくる前に花恋さんから連絡があった。『泣き言は一回まで、その後は一颯のことをちゃんと支えてあげること』。花恋さんはどこかで私に抜け駆けしたことを謝罪しているのだと思った。だけど、どのタイミングだろうと考えたら昨晩しかないと考えが至って、慌てて花恋さんに電話すると……。
『一颯ったらわたくしのことを何度も求めてきて――』
などと戯言を口にしたから私の怒りはボルテージが急上昇した。今度の休みは一颯くんを攻め落とすつもりでいこう。
「負けないんだから……!」
ひとり呟くこの言葉はどこにも反響することなく私の闘志へと直接刻み込まれた。




