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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
二章 陽菜ルート攻略シナリオ
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55陽菜ルート 無意識の愛

 男子寮に入る前にふと空を見上げれば、そこには赤と紫が彩度の高いコントラストを描き、夜にかかる虹のような儚くも美しい明媚な雲をこの街に捧げていた。


 東京エリアは相変わらずほとんど星が見えない。それでも日本国はこんなオーロラが見えるんだなと冗談交じりに呟き、寮に入った。


 機械に学生証を通して唯人の部屋へ向かう。扉の前でノックをしようと思ったら、なにやらばたばたと忙しなく動いているようで、それを俺は無視して扉を開く。


「おーい、唯人、来たぞー!」

「ちょ、一颯、待ってくれ! 今、片づけをしているから」


 ホントに片づけが苦手だよなこいつは。片付けると言っておきながらクローゼットに押し込んでいるだけじゃないか。それももう入りきらなくて、押し込むそばからこちら側にはみ出してきている。


「これで月宮さんを部屋に呼んだことあるとか嘘だよな?」

「い、いやー、あの時はちょうどサラちゃんが片づけをしてくれた後だったから比較的綺麗でして」

「片付けってクローゼットに押し込むことじゃないぞ、不要な物を捨てなきゃ意味がない」

「だから、お菓子のごみとかはちゃんと……」

「だったら、この意味不明なお祭りの屋台にも売ってなさそうなお面はいるのか?」


 ホントに何だこれ? 部屋の端に段ボールが積まれていてそこから取り出したが、こんな鶏のような燕のような、鼻が長いから天狗かこれ? 今まで見たことがないぞ。


「それは小学生一年生の時の学芸会の役で被ったやつだ、懐かしいな」

「これを今後、被ることはあるのか?」

「いや、無いよ、ただ段ボールに入っていただけ。見るまで忘れていたな」


 迷いなくゴミ箱に放り込んだ。唯人が後ろで悲し気な声を出しているが、今後の使い道が一切ないことを自分で口にしているせいかゴミ箱から取り出そうとしない。


 ゴミだらけの部屋でもゴミ袋はあるようで、俺は分別しながら床のごみを袋に放り込んでいく。


「あぁ、オレの部屋が、……浄化されていく」

「それはいいことだ。……なあ、唯人、面と向かって話しづらいならさ、こうやって何か作業しながら話さないか?」

「お面だけにか? ……悪い、そうだな、そのほうが話しやすいか」


 それだけ冗談が言えるなら十分だ。


 唯人の手に持つゴミ袋にはゴミが少ない。対して俺はもう二枚目の袋を手にしている。


 しばらく黙々と作業する時間だけが流れ、俺か唯人が話を切り出すまでに積まれていた段ボールを一つ片づけてしまう。


「……唯人、なんで俺に話そうと思ったんだ?」


 シンプルに、原点回帰するような質問に唯人が手を止めた。


「なんだろうな、一番真剣に聞いてくれて、一番適当に流してくれそうだったから」

「なんだよそれ、俺より聖羅のほうが上手く受け流してくれるぞ」

「聖羅ってなんだかんだ真面目だからさ、俺が思いつめた顔して話したらさ、おふざけ無しで最後まで真剣に聞いてくれるだろうよ」


 よく知ってるな、聖羅ルートでもないのに聖羅に詳しすぎじゃないか? さすが主人公なだけはある。


「まあ、手を動かしながら話そうぜ。……例えばだが、俺が不意に唯人に触れても症状が出ることはあるのか?」

「ないな、あくまで俺が無意識に触れてしまったとき、または触れそうになったときだけだ。街中で人にぶつかるくらいなら大丈夫なんだが、切羽詰まった時とかは意識しても体が動かなくなるときがある。でもリハビリは進んでいる方なんだ。この街に来た時は転んだ相手に手を差し伸べることもできなかったからな」


 やけに具体的な話に違和感を覚える。違和感というよりは昔にそんな展開を目撃していたような気がする。


 何か引っかかっているように出てこないその出来事だが、床に落ちていた駄菓子の空袋で鮮明に思い出す。


「なあ、それって月宮さんにぶつかった時のことか?」

「な、なんで知ってんだ!?」

「俺な、唯人が月宮さんとぶつかるところを目撃したんだよ。すぐ近くの駄菓子屋の店先でぼうっとしてたら月宮さんが見えて、珍しいなと思ったら唯人とぶつかってたな」


 まるで少女漫画のようにきれいな出会いだったな。あれが運命の出会いだとかなんとか考えていたと思うが、まさか本当にそうなるとは思わなかった。


 そもそもあの展開の後、転校してくるなんて想像できるはずがない。


「話を戻すが、どうして今回のことを話そうと思ったんだ? 何かきっかけがあったのか?」


 このイベントはおそらく各ルートで発生する唯人の心情を明かすイベントだ。可能であればすべてのルートで利用させてもらいたい。


「一颯も知っているだろ? ランナーさんだ。陽菜さんとアルバイトをしているときにあの人から誰かに話してみろって言われて。だから勇気を振り絞ってみたんだ」


 残念。これは陽菜ルート限定のシナリオだったようだ。ランナーさんが陽菜ルートのキーマンになっていたことは分かったが、他ヒロインルートではもしかしたら唯人と関りがないかもしれない。


「唯人は月宮さんと付き合ってないのか?」

「つ、つつつ付き合ってないし! しっかり距離を保った友達だ!」

「お、落ち着け、ごみが飛んでる」


 パンパンに詰めたゴミ袋を勢いよく振ったことで辺りにいくつか散らばる。そのごみを拾いきるまでの間、唯人は呪怨のように付き合っていないとぶつぶつ呟いていた。その後、もうひとつ段ボールが片付いた頃、俺は不意打ち気味に話を色恋へと誘導する。


「いつ月宮さんに告白するんだ?」

「は、はあ? なんでオレが!」

「好きなんだろ?」


 俺が強引に詰めていくと、唯人は頬を赤くして小さく頷いた。陽菜ルートに入っているのだから当然のように知っていたが、本人を認めさせることのほうがよっぽど優越感に浸れる。


 にやにやが止まらない。どう調理してやろうかと思考が斜め方向に回転を始めた。そして、いいことを思いついた。そうだ、神の野郎が用意したシナリオをガン無視しよう。オリジナルで進行してもいいと言われているし、陽菜ルートも後半だ。好きにやらせてもらうとしよう。


「唯人、夏休みに入ったらダブルデートしようぜ!」


 今日から三日後は夏休み。時間はあるのだから徹底的に唯人を月宮さんに近づけてやろう。


「で、デート!? 俺の相手は誰だよ」

「月宮さんに決まっているだろ。いつか二人で出かける予定はないのか?」

「そ、そそそんなのあるわけ……、そういやあったわ」


 あるのかよ。どのような経緯で二人が出かけるようになるのかは知らないが、おそらくお互いにそれがデートだと意識していないだろう。せっかくの機会をただのお出かけで終わらしてはもったいない。


「……ありがとな、一颯」

「そんなにデートがしたかったなら早く言えよ」

「そうじゃなくて! こうして話し相手になってくれてさ、俺があれだけ悩んでいたのがなんだったのかと思えるくらいに心が軽くなった。時間はかかるだろうが前向きにリハビリが出来そうだよ」

「もう柔道はやらないのか?」

「分かんね。俺の気持ちがどこに傾いているのか判断がつかないんだ。柔道を好きだと思っているだけかもしれないし、心のどこかでもう関わりたくもない武道として全身に刻み込まれているかもしれない」


 本人にとっては重く話しているつもりでも、聞いている側からすればだいぶ軽い口調に聞こえる。顔をちらっと覗き込むと、暗い顔の割にしっかりと自分を整理できているようにも思える。


 新しい段ボールに手を付けようとして、たまには、と思って奥に積まれているやつを開いてみようと引っ張り出す。少々山は崩れたが散らかりはしない。


 段ボールを開いてみれば、そこには今の唯人に必要な物が入っていた。


「なあ、唯人、どうしてこんなにいろんな物を持ってきたんだ?」


 万全を期して、本当に必要なのかどうかはこの質問で分かるはずだ。


「ここにあるものは全てオレの思い出だ。前の学校にいると柔道仲間に憐れまれて、こっちに逃げ出すときにいろいろ詰めてきたんだ。あ、一番大切な物が入っている段ボールにはメダルとかトロフィーが入っているはずだ。あれだけはどうしても捨てられなかった」


 なんだか呆れて嘆息を漏らしてしまう。柔道を好きなのかどうか脳内で格闘していたようだが、栄光を誇っているのなら答えは出ているんじゃないか。


「でも柔道着はないだろうな。持ってきた覚えがないし、実家の方で捨てたと思う」

「ほう、じゃあ、こんなにも使い込まれてぼろぼろのこれは、なーんだろーなー?」


 俺は唯人が大事にしているというメダルやトロフィーが詰まった段ボールの底に仕舞われていた柔道着を取り出す。色褪せた黒帯に結ばれていたそれを掴んで唯人に投げ渡した。


 素直に受け取った唯人が目を真ん丸に見開いて俺と手に持った柔道着を何度も見比べる。


「なんで、これが……」

「唯人が一番大事な物が詰まっているという段ボールを引き当ててしまったようだ。それと、その柔道着は一番底に丁寧に仕舞われてたぞ。大事な物として真っ先に柔道着を選ぶとか、どんだけ柔道が好きなんだよ」

「入れた覚えなんて、ないのに、……どうして?」

「無意識にでもそれを選んだんだろ。唯人にとっての人生はその柔道着なんじゃないのか?」


 思い出が唯人の脳内を駆け巡っているのか、唯人は柔道着を強く抱きしめて床に崩れ落ちた。柔道が好きかどうかで迷っていたのは、単に柔道着を身に纏う機会がなかったからで、触れてしまえば迷いは一気に晴れたようだな。


 よかったな主人公、見つかったのもお前が主人公だったからだぞ。


「おいおい、図体のでかい男が泣くなよ。運命の再開ってか?」

「うるせえ、投げられてえか」

「こわッ! 俺が見つけたのに。そんなに大事だったのかよ」


 今は唯人の頭の中で人生を振り返っているのだろう。柔道の楽しさに改めて気付かされて、回想を邪魔するだけの俺は静かに部屋の片づけを再開した。


 片付け嫌いの唯人じゃ見つけられるはずもないな。前も卒業式まで一度も開けなかったダンボールはいくつもあったのだから。


 俺はそっと唯人の傍にメダルやトロフィーの入った段ボールを置いてやり、部屋を出た。なんか上手くいったことに満足して、外の空気が吸いたくなったのだ。


 寮の外に出て心春に電話しようと思ったが、ちょうど隣接している食堂から花恋さんが出てきたから声をかける。


「花恋さん! こんばんは」

「あら、一颯じゃない、ごきげんよう。わたくしに会いに来てくれたのかしら?」

「主人公を正しき道に導いていましたが、花恋さんにも会えてうれしいです」

「そこは後半だけの言葉でいいのよ。でも、……そう、ご苦労様。よく頑張ったわね」


 花恋さんが手を伸ばして俺の頭を撫でてくれる。俺は何も言っていないが、満足しているのが顔に出ていたか。


 少しばかり立ち話をするつもりだったが、普段は見ない俺の姿に知り合いが何人か声をかけてくれる。そのことに花恋さんがどこか不満気な顔をしているから場所を変えるか尋ねれば、それはもう大喜びで俺の腕を取り、花恋さんに引っ張れて連れていかれるのだった。








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