表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
二章 陽菜ルート攻略シナリオ
52/226

52陽菜ルート 〈唯人〉だいごさん 選択肢……2

 今日も無意味に早起きをしてしまった。オレは一度として朝寝坊をしたことがなく、わざと寝坊する奴は不良だと、オレは心の中でそいつにレッテルを張っていた。


 中学は体育会系の男子校で三年間学んでいたから、不良とそうじゃない奴の差というのはまずそこに焦点が当てられていたからだ。


 だが、この高校に来てからはその考えを改めさせられた。唯人や聖羅、心春ちゃんといった仲間は朝にわざわざ二度寝をして寝坊しかけることが多々あると、そう教わった。だからといってオレは二度寝をしようものなら身体が疼いてベッドから飛び降りたくなる。顔をバシャバシャと洗ってジャージに着替え、外に出て準備体操をしっかり済ませたら外でランニングを始める。


 今日も清々しい朝だなと走りながら空を見上げると女子寮が視界の隅に入り込み、たぶん、あそこが月宮の部屋だったかなと思っていると、ちょうど見ていた窓が開いて本人が顔を出した。こちらに気付いて大きく手を振ってくれるのは嬉しんだけどちょっと恥ずかしい。小さく手を振り返したとはいえ、早朝ゆえに周りに人がいなくてよかった。聖羅に見られたりしたら絶対にからかわれる。


 月宮はすぐに顔を引っ込めてしまったが、今日のオレははなんだかやる気に満ち溢れている気がする。


「お、椎崎殿、今朝は気持ちのいい朝でありますな」


 寮の外周を走っていると、まるでコンビニから帰ってきたかのようなラフな格好に右手にはビニール袋を引っ提げた諸城だいごこと中尉とばったり会った。


「おう、おはよう、朝早くからどこに行ってたんだ?」

「二十四時間営業のスーパーであります。近所の猫にあげるご飯が無くなっていたことに気付いて餌を買いに行っていたであります」


 近くにそんなスーパーがあったのかと思いつつ、それよりも中尉が猫に餌をあげていることに驚いた。心根は優しそうなやつだと思っていたが、まさか野良猫を手懐けているとはな。


「最近は運動不足であったであります。椎崎殿にしばし付き合わせてもらってもよろしいでありますか?」

「構わないよ。どうせ、ここを周って寮の前に戻るのを繰り返しているだけだから」


 一週目はすでに後半に入っていて、三分も経たず俺たちは男子寮の前まで戻ってきていた。中尉は本当に運動不足みたいで、この程度のランニングでぜーはーと荒く息を整えていた。見ていて足取りも危なっかしい中尉をここで放っておくのもなんだか後が悪くて、落ち着くまでは様子を見ていた。


 そして、だいぶ中尉の息が落ち着いた頃に隣の女子寮から月宮が出てきた。


「おはよー、椎崎君。あれ? だいごさんもいるんだね」

「おはよう月宮、中尉とはさっき走っている最中に会って、ここまで一緒に走ってたんだ。月宮はどうかしたのか? 体育用のジャージだし」

「うん、毎朝朝食まで何もすることがなくて暇だったから、椎崎君を見て一緒に走らせてもらおうかなって」

「あ、……うん、いいよ、ペースを合わせられるか分からないけど、俺一人のコースじゃないし」

「ありがとう、私、足の速さと体力には自信があるから大丈夫だよ。それと、……だいごさん、今日は人の心が読めそうかな?」


 でた! 中尉の名前で弄るだいご大喜利。今日は人の心が読めるかどうか……。だいごで何かあったっけ? 中尉の反応はいかほどに?


「ふ、二次元で最も髪型が複雑な人物を思い浮かべて欲しいであります」


 お、中尉は月宮のお題が何か分かっている様子、どんな“だいご”だろうか。二次元で複雑な髪型の人物……、いろいろ出てくるけど、複雑といわれるとどうだろうか。


「あなたは今、とあるカードゲームの主人公を思い浮かべたでありますな?」

「え? よく分かったね。流石だいごさん!」


 カードゲームの主人公……、あ、あれか! 日本人離れした髪型と何があっても崩れない頑丈な尖り具合。確かに複雑だ。


「これがメンタリズムであります」


 半ば誘導尋問な気もするけど、本当に出来るはずもないのでしかたないだろう。


「月宮はよく思いついたな、知っていたのか?」

「うん、実はデッキもあるよ。たまに実家に帰ったら父親と対戦してる」


 衝撃の真実! ……ごほん。大喜利はさておき、俺はこれ以上二人のノリに――。


「オレはそろそろランニングに戻るよ」


 乗らないことにした。乗ったら中尉がオレたちに着いてきそうで、すぐさま倒れて部屋に運び込まなくてはならない気がした。


 俺が走りだそうとしたときに月宮は中尉との会話を切り上げてオレに着いてきてくれた。


 ――心臓が跳ね上がる。


 オレよりも中尉との仲のほうが圧倒的にいいのは誰が見ても明確なはず。でも月宮が俺に着いてきてくれたことに気持ちが高揚して心拍数が急上昇した。


 この気持ちはなんだろうか? 今までだって二人でいたことは何度かあった。この前は部屋に来てくれもした。だけど、その時とは何かが違う。月宮がオレを選んでくれたことに優越感を得た気がしたんだ。


「な、なあ、月宮」

「なに?」


 静かな返事もいつもより大きく聞こえる。それにオレはこれからいったい何を言い出そうというのか。


「いつまでも月宮って呼ぶのが他人行儀な気がして」


 何を口走ったのかと額に嫌な汗が湧き出る。こんなのオレが月宮のことを意識しているみたいじゃないか。


「そうだね、こうして一緒にランニングをするくらいの仲だもん、私のことは陽菜でいいよ。これからよろしくね、唯人」

「え、あぅ……、よ、よろしく、ひ、陽菜……さん」

「ふふ、唯人って面白いね、そうだ、この前右腕の傷を見せてもらったけど、嫌じゃなかった?」

「そんなの全然! 見たかったら何度でも――」


 オレは何を話したいのか自分ですら皆目見当がつかない。いや、もしかしたらこうして話していること自体が目的なのかも。


 走っているだけの時間がもったいなくて、きっと、陽菜さんだから一緒にランニングをしたいと思った。


「それにしても、陽菜さんって走るの速いね……」


 俺がいつものペースで走っているのには訳があり、最初は陽菜さんのペースに合わせようと思っていたのだが、まさかオレが走っているいつものペースでスタートを切ったのだから驚きだ。


「うん、だって、あの人に散々付き合わされたもん。今は特に意識してないけどフォームとか呼吸とか、走る前にちゃんと準備運動もしたし、これでもクラスで一番足が速いんだよ」


 ちゃんとすれば陸上部並みのタイムを出せるという陽菜さんは何度か陸上部に誘われたことがあるらしい。実際中学の時は陸上部で入賞をいくつか果たしていたそうだ。


「どうして高校で陸上をやらないの?」


 オレは今の質問に淡い期待を寄せていた。もしかしたら、オレと同じかもしれないと思って。


「私は探している人がいるの。その人を見つけるまではそれを優先したいからかな」


 期待は無残に打ち砕かれ、それを顔に出してはいけないと思ってなんとか冷静を保つ。


「……探している人って? どんな人?」


 オレは純粋な気持ちで聞いたものの、それを少しばかり後悔した。まさか、陽菜さんが探している人って……。


「柔道をやっている人だよ、中学のときは部活が忙しくて大会に探しに行けなかったんだけど、高校に入ってからは近くの大会でその人を探しているの」


 柔道、……柔道か。


 久しく聞かなかったその武道の名前に両手の力が満足に入らなくなる。振る腕に合わせて指がぷらぷらと宙に揺れ、走る速度が少しばかり落ちる。


「その人が今も柔道をやっていることは確実なのか?」

「ううん、わかんない。私が知っているのは、出会った時に柔道着を手に持っていたことと、右腕に大きな傷があったことくらいだから。名前も分からないよ」


 いろんな意味で心臓が跳ねた。陽菜さんはたしか昔は俺が住んでいた街に住んでいて、こっちに引っ越してきたと聞いた。この街とはそう離れていないから、その人はここ周辺の学校やクラブに所属しているはずと考えているのではないか。ただ、右腕に大きな傷があるということは特徴として対象を絞り込みやすくなる。


 ただ、陽菜さんの話に一致する人物を俺は知らない。数多の大会に出ていた俺だが、右腕に大きな傷を持った選手は一人たりとも見たことも聞いたこともない。……ただ、自分のことを除いて。


 そんなはずはない。この広い日本国の中で傷持ちがオレだけとは限らないし、オレが陽菜さんに出会ったことなんて一度もない。


 ――昔に一度だけ、……いや、まずありえない話だ。


「その人には昔、私のことをやんちゃな男の子たちから助けてもらったことがあってね、お礼がしたいっていったら、私の持ってたカメラでツーショットの写真を撮ったの。『オレが人助けをした記念』て、言って名前も聞けずに去ってしまったの」

「ガキのくせに随分スカした奴だな、女の子の前だからって格好つけたがりなのが丸わかりじゃないか」

「でも、ちゃんと言葉でお礼がしたいの。あれだけ強いんだから、きっと今もどこかで柔道を続けていると思うの。大会に顔を出してはあの人の面影を探しているんだ」


 聞いた限り、そいつは男だろう。歳は分からないが複数人を一人で倒すのだから当時から相当手練れのはず、ならば大会で上位にいてもおかしくはない。だとしたら高校の大会にも出ている可能性は十分にあるか。


「――キャッ!」

「あぶない!」


 隣を走っていた陽菜さんが小さな、しかしバランスを崩すには十分な段差に躓いて前に倒れ込む。俺は反射的に手を伸ばして陽菜さんが転ぶのを阻止しようとしたが、あと少しという所で身体が硬直した。


 ――オレの目の前で陽菜さんが盛大にこけた。


「いてて、……ははは、転んじゃった」

「だ、大丈夫か? 悪い、転ぶのを防げなかった」

「ううん、唯人は悪くないよ。私がドジだったから」

「ごめん、……ホントにごめん」


 これ以降もオレは心の中で何度も陽菜さんに謝った。あのときと雰囲気が似た状況に手が震えて、今は誰かに触れるのが怖くなった。思考が手に追いつかなくて怖い。無意識に相手を壊してしまうのは、もうこりごりだ。


ブックマーク、ポイント評価をしてくれたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ