51陽菜ルート 想定外のシナリオ
夜の十時、夜分遅くではあるが高校生からしたらまだまだこれからという時間。こんな時間に俺は一人、部屋で勝手に携帯と呼んでいるスマートフォンを前に口を真一文字に固く結んで正座していた。
指定された時間まではあと一分、壁時計のコチコチと刻む音がやけにうるさく感じる。
「――ッ!」
目の前の携帯が初期設定のつまらない音楽を鳴らす。恐る恐る持ち上げて画面を見れば、想像通り月宮さんの名前が表示されている。
通話ボタンを押して携帯を耳に押し当てると、機械音声のせいか、普段聞く声よりも更に冷たい声が俺の耳に届いた。
『もしもし、こんばんは、一颯君かな?』
月宮さんは心春の友達ということで、女子の中でも珍しく俺のことを名前で呼ぶ。
「ああ、そうだ、……なんか月宮さんと夜に電話で話すって不思議な感じがするな」
『そう? うーん、そうなのかもね、でもあなたには心春ちゃんがいつもいるでしょうし』
「それはあまり関係ない気がするが……、ええと、要件はなんだ?」
今日の放課後、月宮さんには電話をかけるから番号を教えてくれて言われ、とりあえずお互いに交換したわけだがそれ以上の話は何もしていない。時間を指定されただけで要件も何も伝えられず今に至るわけだ。
『要件はあのイケメンさんの正体についてだよ、名前がない理由が分かったの』
「……そうなのか、でもなんで俺に電話する必要が? 花恋さん……、演劇部の部長に話せばよかったんじゃないか?」
『それでもよかったんだけど、一颯君は正体を唯人に明かしたくないんじゃない?』
この状況、俺は何と答えればいいんだ? あまりにも予定外の展開に脳が追い付いていない。月宮さんがどこまで気付いているかによっては話す内容も変わってくるし、下手したら愛陽のことも……。
俺は月宮さんからは見えていないにも関わらず右膝を立てて思い切り身構えた態勢で答える。
「先に、名前のない理由がなんなのか、それを教えてくれないか?」
一度引いて逃げてみる。唯人に明かしたくないかどうか話すのは最終的な問いだと判断し、それに至るまでの情報をかき集める。
『理由も何も、正体が分かったからだよ。最初はかなり疑ったけど、あの子の隠しきれない癖はやっぱりそのままだった』
……これは俺を試しているのか? どうして正体が分かったとわざわざ俺に電話してきながら心春の名前を出さないのか、本当は確証を得てなくて、俺がぼろを出すのを待っている?
「結局、正体というのは誰のことなんだ?」
回りくどく遠回しに聞いてもよかったかもしれないが、どうしても最後はここに戻ってくるからストレートに聞いてみる。これで月宮さんが俺を試しているかどうかが分かるはず……。
『え? 心春ちゃんから聞いてないの?』
「……何を?」
『あ、あれ? 私、心春ちゃんに全部伝えてあるからてっきり伝わっているかと……』
「こ、心春―! ちょっときてくれ!」
会話が噛み合わなくて、俺は廊下に顔を出して一階のリビングにいる心春に声をかけた。すると、すぐにたたたと階段を上がってきた心春に携帯を渡し、事情を整理してもらうことにした。
「陽菜ちゃん、驚かせようって提案したのは陽菜ちゃんだよね? なんだか一颯くんが別の意味で驚いているけど」
携帯はスピーカーにされ、俺たちの間に置かれる。
『うん、あれ? 私、心春ちゃんになんて話したんだっけ?』
「陽菜ちゃんが正体に気付いたから、私が一人になったときにそれを告げに来たでしょ? だけど、私の判断じゃどうしても話せないことがあったから一颯くんに電話で話すことになって、それだったら一颯くんを驚かしてみたいっていうからこの場を設けたのに」
『うん、そうだったね』
何も疑問に思ってなさそうな、一人で納得した返事。これじゃあ、作戦がずれて進行していないか? さすがの心春も少し困った顔で、苦笑いを浮かべながら月宮さんが気付いてないことを教えてあげる。
「陽菜ちゃん、それじゃあ、一颯くんは陽菜ちゃんが正体に気付いていることを知らないわけだよね? こんな状況に陥った辺り、私の名前を出してないでしょ? まるで陽菜ちゃんが一颯くんからぼろを拾い上げようとしているようにしか思えないよ」
『……あ、そっか、一颯君が全部知っている前提で話してた』
「…………」
「…………」
『ごめんね? あのあと、いろいろあって忘れちゃってた』
個人的にはそのいろいろの部分が気になるところなのだが、それを聞く気力はとうになく、散々張り巡らせた思考もすべてどこかに捨てた。
そうだったな、月宮さんのプロフィールには天然気質って書いてあったな。それと夜に弱いとも。朝一で電話した方が良かったのでは?
「話を戻そうか……。月宮さんはこのことを唯人に話してもいいか聞きたいんだったよな?」
『うん、こっちの事情もちょっと絡んでいるんだけど、どうも簡単にバラしちゃいけないような気がして』
事情というのは愛陽の件の事だろう。唯人はただの暇つぶし程度にしか思っていないだろうが、月宮さんには何か意味があってのことだと思っているらしい。唯人に話していない理由が曖昧だが、おそらくゲームの修正が働いて月宮さんの思考を一部強制しているのだろう。
どうしようかと心春に視線を寄越すと、メモに何か書いてこちらに見せてくれる。
(唯人くんと陽菜ちゃんの恋愛を手伝いたいことにしたらどうかな?)
心春はそういうものの、どうやってこの状況と二人の恋愛を結び付けようかと悩む。ちょっと強引な気もするが、思いついたことがあるからそれを採用してみる。
「実はとある女の子にお願いされたんだよ。唯人の学校生活を手助けして欲しいって」
『その女の子ってローブを羽織った占い師みたいな恰好じゃなかった?』
「ああ、そんな感じだったかな。でな、その子の依頼というのが、心春の男装を唯人が自力で正体を暴けるように尽力してほしいってことだったんだ」
『んー? よくわからないけど……、私たちの前に現れた時もよく分からなかったし、あの子の目的は何なんだろう?』
月宮さんと唯人をくっ付けることだなんて俺と心春の口から言えるはずもなく、この後も俺は月宮さんの質問をアドリブで辻褄を合わせていく。困ったときは心春の力を借りて何とか愛陽のことを隠し通すことに成功した。
俺たちも愛陽のことは何も知らない。心春の男装についてはこちら側からヒントを出していき、適当なタイミングで正体を明かすことと決めた。
月宮さんもとりあえずは納得してくれて、心春に頑張ってねと言葉を残して通話を切る。画面が黒に染まった瞬間、俺たちは大きく深いため息を同時に吐く。
「「はあ――」」
そして、突っ伏すように俺は布団に倒れ込む。心春も俺に続いて隣に倒れ込んできた。
「なんか、……疲れた」
「ごめんね、一颯くん、陽菜ちゃんって夜に電話するとたまにあんな感じだから」
「いや、俺も知っていたのに完全に忘れていたから。今度からは朝一に話をするようにするよ」
お互いにこのまま動き気力をなくしてしまい、無言が続いて、やがて電気を消して仲良く布団を手元に引っ張った。




