44陽菜ルート 〈心春〉禁忌
陽菜ちゃんのルートに突入してから数日が経ち、私は現在女子寮にいた。
今日は前から約束していた陽菜ちゃんの部屋にお邪魔して漫画を借りようと思っている。ついでにお茶したり、ガールズトークに花を咲かせようかと楽しみにしている。
実際は唯人くんとの関係を根掘り葉掘り聞きだしてしまおうという悪い考えだけど。乙女だから許してくれると楽観的に思っている。
でも今日は一颯くんの隣にいてあげたいと思っていた。
昨晩、いつものように一颯くんの部屋でゲームしていたら、突然意識を失って慌てた。最悪救急車も考えて母さんを呼ぼうとする前に一颯くんの意識が回復したからよかったものの、そのまま気絶していたら私の気が狂ってしまったかもしれない。
私が膝枕をしてあげながら話を聞くと、どうやら新しくシナリオが追加されたみたい。今回は頭痛じゃなくて意識を持っていかれたらしい。
真上から一颯くんの目を覗き込んでみたけど、嘘を言っているようには思えなくて、変な病気とかじゃなくて本当によかった。
一颯くんは心配いらないって言うけれど、いつ気を失うか分からない以上どうしても不安が拭えなくて、今日も元気に登校していたけど、ホントは隣で様子を見てあげていたい。でも今日は大事な情報収集の日だからって元気に柔らかい力こぶなんて作ってみせて、私は陽菜ちゃんの部屋へと遊びに来たわけだ。
新しく追加されたはずのシナリオはなぜか真っ白で、追加されたことは間違いないのに何が追加されたか分からないと一颯くんが首を捻っていた。だからそこまで重要なことじゃないと一颯くんが判断して私を陽菜ちゃんの元へ送り出してくれた。
入り口で電子機器に学生証を提示すれば、女子は簡単に通れてしまう。ちなみに男子はこれに合わせて寮長の許可が無ければ通れない。つまり花恋さんが許可を出すことになる。
二階に上がり右端から二番目の部屋をノックする。
「陽菜ちゃん、心春です。遊びに来たよ」
扉はすぐに開いて、肌の露出が少なめの部屋着姿の陽菜ちゃんが顔を出した。
「こんにちは、心春ちゃん、待ってたよ」
教室ではほとんど見せない明るい笑顔に、友達になってよかったと過去の私に感謝した。こんなにも可愛いのに、積極的になれなくて友達が少ないなんて寂しいよ。仲良くなれば、今までの大人しかったのは何だったのかと笑いたくなるほどによく話してくれる。
今日だって、私のことをめいっぱいの笑顔で迎えてくれた。
部屋に入って陽菜ちゃんはさすがに暑くなってきたのか服を着替えて、それはかなり薄着で、ゆったりとした灰色のシャツに青のショートパンツ。控えめな胸でもその格好だと前屈みになれば下着が見えてしまいそうだ。女子らしい恥じらいは皆無でもここには女の子しかいない。お互いに気にすることなく部屋で寛がせてもらうことにした。
「好きな所に座っててね、麦茶淹れてくるから」
「ありがとう、のどが乾いていたから助かるよ」
一人部屋ということもあって人によっては窮屈に思えてしまうかな? 私の部屋より少し狭い、そんなかぎられた空間でも女の子らしさは前面に出ていて、ベッドなんか特にクッションが可愛らしくて、一颯くんに貰ったウサギのぬいぐるみを思い出した。
「心春ちゃん、暑いのにクッションなんか抱いてたら汗かいちゃうよ」
「この前ね、一颯くんが大きなウサギのぬいぐるみをプレゼントしてくれたの。それが嬉しくて、陽菜ちゃんにもそんなプレゼントしてくれる人はいないのかな? て思ったの」
唐突過ぎたかな? でも麦茶を氷の入ったグラスに注いで持ってきてくれた陽菜ちゃんはイヤな顔一つせず笑って話に付き合ってくれた。
「今日はガールズトークをしに来たのかな? 私は別にそういう人はいないよ。一颯君のような優しい人には憧れるけどね」
「む、たとえ陽菜ちゃんでも一颯くんは渡さないよ! これ以上ライバルを増やしたくもないし」
「あら、心春ちゃん以外に一颯君を狙う人がいるの?」
私は最近の悩みでもある花恋さんのことを簡潔に話した。深い部分は恥ずかしくて話せなかったけども、花恋さんが一颯くんを狙ってアプローチを掛けていることに私はそれを止める権利がないことを説明した。
机に突っ伏して、どうしたらいいかと犬の鳴き声のような声を出せば、陽菜ちゃんは少し困った顔で頭を撫でてくれた。
「よしよし、ライバルの登場で危機だねぇ。一颯君はどうしてこんなにも可愛い子を放っておくのかな?」
「一颯くんには一颯くんなりの事情があるの、私はそれに納得しちゃってるから何もできなくて……」
「事情って何なの?」
「ごめん、それはこっちの事情だから話せないの、あ、でも、すごく重いとかそんな理由じゃないから」
さすがにこの世界がゲームでルート攻略しているからとか話せるわけがない。私としては陽菜ちゃんと聖羅ちゃんがいつも相談相手になってくれたから、相談できる相手がいなくなってしまったなと少し不安に思えてきた。花恋さんに相談したら何か要求されそうだし、一颯くんに相談ってのもしづらいときがあるし。
「はあー……」
大きなため息を吐く。
「陽菜ちゃんって最近、唯人くんと一緒にいるところをよく見かけるけど、付き合っているわけじゃないの?」
「うん、別にそういう関係じゃないよ、ただ、ちょっと気になっていることがあってね、確かめたいんだけど、なかなか言い出せなくて」
陽菜ちゃんが指同士を擦り合わせながらもじもじとした態度を取る。もしかして、照れ隠しかな、すでに脈あり?
「唯人くんに何が言いたいの?」
「あのね、……裸が見たいの」
私の中の時間が一瞬忘れ去られたような気がした。たしかに陽菜ちゃんはお淑やかそうな見た目をしていても普通の女の子だってことは知っている。でも、やっぱりなんかギャップがあるというか。……もしかして、筋肉フェチなのかな? それとも――。
「陽菜ちゃん、……欲求不満?」
「ち、ちがうの! そんなはしたない女じゃないよ、私。上半身だけでいいの、それも右腕の付け根辺り」
なんだ、びっくりした。陽菜ちゃんが唯人くんのことを好きでもないのに好みの肉体だからって襲い掛かろうとする危うい子かと思っちゃった。
「右腕の付け根って、なんで? 唯人くんに何かあったっけ?」
「私ね、探している人がいるの、でもその人が今どこで何をしているか分からないから、覚えてることを頼りに探してて、枝か何か細長いもので引っ掻けたような大きな切り傷で、それが右腕の付け根にあるの」
「傷……、どうして唯人くんにあると思うの??」
「前に椎崎君の部屋に遊びに行ったことがあるの。その時に傷を見た気がするんだけど、服を脱いで、なんて言えないから、どうしようかなって悩んでたんだ」
もしかしたら一颯くんが何か知っているかもしれない。唯人くんの傷について、前のルートで見たことがあるかもしれない。
だけど、なんとなく分かる。これは陽菜ちゃんが自分で見つけて、探し人が唯人くんだと気付かなくてはならない。
私は背中を押すことは出来るけど、答えに辿り着くためのレールになってはいけない。そんな気がする。
「わざわざ裸になってもらわなくても、袖を捲ってもらえばいいんじゃない?」
「あ、そっか、そうすれば見えるね」
「…………」
目が点になってポンと手を打つ陽菜ちゃん。どうしてこういう時に天然が発動して簡単なことに気付かないんだろうか。まあこれで傷に関しては近いうちに確証を得るだろうけど、一颯くんが言うには陽菜ちゃんが探し人に気付くのはもっと後になるって、だから、これだけじゃ探し人は見つからないのだろう。
「その探し人って他に特徴ってないの?」
「柔道をやっているよ。会ったときはタンクトップ姿だったけど、他のお友達と柔道の遠征帰りって言っていたから」
「じ、柔道?」
ここでまさかの新情報。唯人くんて柔道なんかやってたっけ? たしかに体格はいいし、何かスポーツか武道をやっていてもおかしくはなさそうだけど、前に聞いた時は鍛えるのが趣味なだけって。
「ちなみに出会ったのっていつなのかな?」
「ん〜とね、八年くらい前かな? 今日の心春ちゃんははぐいぐい聞いてくるね」
「え? あはは、……他人の恋って聞いててドキドキするから好きなんだ」
「ふふ、人が悪いよ。私も一颯君と心春ちゃんの話をもっと聞きたいな」
「もう少し進展があったらね」
……ちょっと待って? 八年前? 私たちって今年で十七だから、十六で考えて当時八歳。ええと……、小学校三年生?
え? そんな昔の話でしかも相手の名前も分かってないの? 声も容姿も変わっているだろうし、傷がある人なんて唯人くんに限った話じゃない。たぶん、そのことに気付かせてはいけないのだろうけど、それを含め、陽菜ちゃんが近い未来、自分で探し求めなければならない。……そう考えると不安しかないよ。
「あ、そうだ、実は写真があってね、一枚だけ一緒に撮ってもらったの」
「見たい!」
「……落ち着いて、心春ちゃん」
「ごめん、つい」
これは今後の為の大きなヒントになり得る重要なイベントに違いない。私が頑張って陽菜ちゃんから情報を引き出し、一颯くんの手助けをしてあげないと。
陽菜ちゃんがクローゼットを開き、床に置いてあったダンボ―ルから薄めのアルバムを一冊持ち出した。
幼少の頃の写真が詰まったアルバムらしいが、実家から持ってきているのはこの一冊だけ、たまに見返すのが趣味なのだとか。
「えぇとね、これだよ、柔道着を持ってる男の子」
「へえ……――」
それは今の唯人くんとは似ても似つかない姿。タンクトップで右腕の付け根には確かに大きな傷があるが、当時は坊主頭だったのね。
陽菜ちゃんのことだから、現在も探し人が坊主頭だと勘違いして捜索しているんじゃなかろうか。時が流れれば心境も変わるもの。アルバムを見る限り、ずいぶん泣き虫だった陽菜ちゃんが今では可愛らしくて天然な女の子になったように、唯人くんの髪型だって変わっていく。
「……あれ? 陽菜ちゃん、ここら辺って隙間が多いけど、何か意味があるの?」
アルバムの後半は高校に入学してからの写真ばかりだけど、空白だらけでちぐはぐに収められている。
声を掛けても返事のない陽菜ちゃんの方に顔を上げると、陽菜ちゃんの瞳にはハイライトが無くて、私はぞっとしてアルバムを手放した。
「……ひ、な、ちゃん?」
「……………………え? 呼んだ?」
私の落としたアルバムを閉じて片付けた陽菜ちゃんがやっと私のことに気付いてくれた。
……今のは何だったのか。陽菜ちゃんが突発的に無意識になってしまうような持病を抱えているなんて聞いたことがない。
だから、私は一つ仮説が立てた。私は禁忌に触れたのではないだろうか? 今後のシナリオに大きく関わってくるけど、これ以上の先が完成していなくて、私がそれに迫ってしまったから強制的に修正された?
ばかばかしい仮説、でもこうして納得しておかないと、あれが陽菜ちゃんの天然で片付けられるとは到底信じられなかった。
私はこれ以上追及することが怖くて、これより先は何かが破綻してしまう、……そんな気がした。




