43陽菜ルート 幻の少女
深夜とは程遠いまだ家の明かりが目立つ時間、閉じた窓越しに虫の声が聞こえるようになった頃、俺は珍しく唯人からの電話を受けていた。
『なあ、一颯、やっぱり正体知っているんだろ?』
「さあてね、あの時も答えたけど、俺が口にできる内容じゃないね」
事前に電話が来ることは予想できていたから、心春は席を外してリビングでテレビを視聴している。
この時間に久々に一人となって、なんだか寂しく思えた。部屋がやけに広く思えるのは、もう病気か何かだろうか。どれだけ心春と一緒にいたんだか。
『オレは去年の劇を見ていないから誰か分からないけどさ、予想だと、一颯、お前が正体なんじゃないかって睨んでる』
「お、俺? どうしてよ?」
『いや、なんとなく、二階堂先輩が余計なことを言わないように見張ってたんじゃないのか? 何か意味深なことを話しては一颯のことを見てたし』
気付いていたか。というより、気付いてもらわないとさすがに心配になる。最終的には正体を暴いてもらわないと困るわけだから、ヒントを所持しているであろう人物に目星をつけてもらわないと。現在、その候補として俺と花恋さんというわけだ。
でも俺があんな爽やかなイケメンになれていたのならもっと人生は変わっていたのかもしれないな。ちびっ子くて女装の似合う中性的な顔で勘違いも多いと苦労する。
「花恋さんは知っているだろうね。だから俺が気付いても話すことのないよう牽制していたんじゃないかな?」
『うーん……、そういうものか?』
「そういうものさ」
唯人が勘違いで誰かを疑うことをやめさせることがこの電話の目的だ。本当は俺じゃなくて演劇部の誰か、柊木先輩あたりに勘違いしていそうだと思っていたが、まさか俺のことを疑っているとは思わなかった。
ちなみに、唯人たちが心春の男装だって気付くシナリオはひどくあっさりしている。
これといったドラマがあるわけでもなく、あっ、と気付いてしまうくらいのもの。その分こちら側の動きもそう難しくないから楽で助かる。
『それと、ローブを羽織った女の子って、本当に知らないんだな? 二階堂先輩が惚けているとか、そういうのじゃないよな?』
こればっかりは俺が真実を口にすることはできない。心を鬼にして惚ける。
「本当に花恋さんは知らないと思うよ。去年、男子生徒が演劇部に詰めかけてきたんだけど、俺たちは何も答えられなくてさ、まさか、あれ以降姿を見た人がいないなんて想像もしなかったよ」
俺を含め、この世界の誰もが少女の正体を知っていてはいけないのだ。
だから俺は嘘を重ねる。
「もしかしたらうちの高校の生徒じゃないかもしれないな。聖羅に話を聞いたが、背が低かったんだろ? 誰か、姉とかの制服を借りて忍び込んでいた中学生じゃないか?」
『たしかに背は低かったし、おかしな口調だった。でも目撃したのが俺たちだけってのもおかしな話だよな』
おかしな口調は余計だよ。正体を隠すための口調とはいえ、それを雑に片付けられるとちょいと気にくわないな。まあ少女の正体は不明ならどんな印象でも構わないけど。
致命傷にはならないが、少女の正体が花恋さんと予想されることもなかった。これがお前じゃないのかと俺に指を指されたら部屋に引きこもる自信がある。
もうこの会話も十分だろうと判断し、話題を変える。
「そういえばさ、唯人、お前って月宮さんのこといつからさん付けしなくなったんだ?」
純粋な興味。ネットで調べていて見つけたのだが、主人公の友人がヒロインとの好感度を把握しているゲームがあった。俺はそこまで万能じゃないが、それくらいに状況を把握したいとは思っている。
月宮さんが唯人のことをどう思っているかは心春が今の俺と同じように聞き出してくれる。それで、ものは試しにと無難なところから聞いてみれば、通話越しにがたがたと唯人が慌てる様子が窺えた。
『な、ななななんでそれを知っているんだ!?』
「いや、普通に呼んでいたろ、今日じゃないけど、いつだっけか? 忘れたな」
聞いてみて思い返してみれば、唯人が月宮さんを敬称無しで呼んだのって俺と心春が屋上で盗み聞ぎしている時じゃなかったっけ? まあそんなどこで聞いていたかなんて唯人は知るよしもない事だからぼろも出ないだろ。
それにしても唯人よ、慌てすぎだ。どれだけ恥ずかしんだ。あと部屋を掃除しないから物音が響く、片付けろ。というかこの前片付けてやったばっかりだろ!
俺の中では久しぶりに行った唯人の部屋は懐かしく、そして、想像以上に散らかっていた。片付けは丸一日かかって、聖羅は途中で逃げたから俺一人で片付けた。
「それで? 月宮さんとはどういう関係になったわけだ?」
『関係というほどじゃない、よく話す相手が他人行儀なのが嫌いとかなんとか言ってたから』
「つまり、他人とは言い切れないほどには仲が進展していると?」
『あ、朝に、……朝食を同じテーブルで一緒に食べるくらいだ、たまたま時間が合うから話し相手になってる』
「ほーう……」
これはこれは、思ったよりも進展があったようで、シナリオにはどこら辺で仲良くなったとか、そんなこと一切書かれてないから、……人の恋愛事情って美味しいなあ。
誰が結ばれるか先が分かっていて過程を楽しめる。まるでB級の恋愛小説のようだ。……ただしくは恋愛シミュレーションゲームだったな、これ。
『なんだよ、オレが月宮といることがそんなにおかしいか? 一颯も心春と一緒に部屋で遊んでるんだろ』
恋愛初心者よ、俺を引きずり込もうとしてぼろが出ているぞ。
「ああ、そうだな。俺も心春と部屋でよくゲームとかするな」
『あ……』
俺が強調して話してやれば、唯人は自分の言葉が墓穴を掘っていたことにやっと気付いた。そうかそうか、もう部屋に呼ぶほどには仲良くなっていたか。
「唯人の部屋って女子が来ること多くないか? 聖羅は言わずもがな、一年の三好さんも来てるとか」
『ああ、サラちゃんね、週に一度、部屋を片付けに来てくれるんだ』
なんだかんだ一番進んでいるのは三好さんなのかもしれない。距離で言えば聖羅が一番近いのだろうが、おそらく近すぎる。
適度な距離を保ちつつ唯人の心を射止めそうなのが三好さんだ。陽菜ルートには入ったからバットエンドとかを除けば問題はないはずだけど、ちょっと心配になる。
「おいおい、通い妻に部屋を片付けさせるなよ」
『なんだよラノベ主人公、俺の部屋には俺の物じゃないやつがかなりあるんだ。文句なら聖羅に言え』
「ら、ラノベ主人公? なんか新しい罵倒だな、どういう意味だ?」
『幼馴染だった二人が義兄妹の関係になって仲睦まじくラブラブに過ごしているお前がどうしてラノベ主人公じゃないんだ?』
まあ“元”主人公だからな。降板させられて新しい主人公の補助をやらせてもらっているがな。
……そんな皮肉を言えるはずもなく適当に頷いておく。
それにしてもラノベ主人公とは考えもしなかったな。俺たち霜月家のような家族は、全国にないことはないが、大変珍しいのは事実だろう。
「唯人は結局誰を狙っているんだ?」
『狙っているとは?』
「誰が好きかってことだよ、部屋に三人も女の子連れ込んで誰とも付き合わないつもりか?」
『いや、そんな……、付き合うなんて、考えたこともなかったな』
唯人がしばらく口を閉ざしている。もしかしたらぼけっと口を開けているかもしれない。誰かと付き合ってデートしている妄想に耽っているのだろう。このまましばらく放っておこう。
……しばらくして、「はっ」という言葉をわざわざ口にして現実に返ってきた唯人におかえりと伝える。
「で? 誰が一番楽しかった?」
『ば! 一颯、てめえ、そんなこと言えるはずがないだろ!』
やっぱり想像していたようだ。運動面においてはクラス一なのに、恋愛となるとこうも弱いのか。俺は経験者を名乗れるわけではないが、少なくとも唯人よりは女の子の気持ちが分かるつもりだ。
「……月宮さんか?」
『な、なんで分かった!?』
「いや、なんとなく、相性よさそうだし」
そんなことはこれからになってからじゃないと分からないはずだけどね、今はどう見ても美女と野獣だ、釣り合わせる努力を唯人に強いらなければならないかもな。
「だからって変な茶々を入れるつもりはないからさ、唯人のペースで話しかけていきな。それと、好きな女の子を呼ぶならせめて部屋くらい片付けて、いつも跳ねてる髪の毛をどうにかしておけよ」
『だから、まだ好きじゃないって……』
「じゃあなー、おやすみー」
『あ、ちょっ――』
ぷつっと通話を切る。最後に何か言いたそうだったが、“まだ”って……、もう月宮さんのことを好きになってるだろ、さすがにこれで誤魔化しているつもりならば無理がある。
唯人から再度かけ直してくるようなことはなかったから、布団に携帯を投げ出す。同時に部屋の扉がノックされ、心春がそろーと静かに入ってくる。
「電話、終わった?」
「ああ、終わったよ、面白くて何度も笑いそうになったね」
「そうなんだ、ねえ、ゲームでもしながらその話を聞かせてよ」
「ああ、いいぞ、でも男の淡い恋愛だからな、決していいふらすなよ?」
「分かってるよ、これでも私、乙女だもん、恋愛は一颯くんよりも分かっているつもり」
「ああ、頼りにしてるよ」
就寝する時間までの間、俺と心春は机上の画面に向かって打倒花恋さんと銘打ち、特訓を始めたのだった。
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