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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
二章 陽菜ルート攻略シナリオ
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41陽菜ルート 主人公の秘密

 思ったよりも時間が掛かってしまったため生徒たちが校舎内に続々とやってきてしまった。


 よって予定していた着替えの場所が使えなくなって、仕方なく外の物陰で着替えることとなった。


 スルスルと衣擦れの音を立てながら衣服を脱いで、男子の制服を身に纏う。


 ()()から()に戻る間、俗に言う賢者タイムとかいうものに近しいだろう感覚に陥り、「あぁ……」と声を漏らしながらぼうっとしていた。


「あ、愛陽ちゃんから一颯くんに戻るタイミングだね」

「男性にしか分からないものなのかしら? どんな気持ちなのか聞いてみたいわ」


 ぼうっとしている最中にも時間が無いから二人にメイクを落とされていく。化粧道具の名前なんて男の俺には何一つ理解できないから、心春と花恋さんに全て任せてだらーんと腕を地面に垂らしていた。


 やがて、俺が男だということを頭がちゃんとシフトして認識させ、覚醒する。


「……ただいま戻りました」

「おかえり、今回は早かったのね」

「何分かかりました?」


 花恋さんが自身の腕に着けている小さな腕時計を見て軽く計算する。


「今回は十分ね、最初の頃は一時間近くぼうっとしていたから焦ったわ」

「でしたね、一颯くんが鬱になっちゃったんじゃないかって城戸先輩たちとわたわたしましたね」


 すっかりメイクは落とされて、いつも通りどこにでもいる普通の男子高校生に戻った俺はすっくと立ちあがる。


 勢いを付けて立ったためにバランスを崩しかけて足踏みをする。心春に受け止められて、感謝の言葉を伝えれば花恋さんが頬を膨らませた。


「わたくしには感謝の言葉はありませんの? ついでに頭を撫でて下さるとうれしいわ」

「分かりました、手伝ってくれてありがとうございました」


 花恋さんの砂のようにさらさらと手から零れ落ちる髪に触れて優しく髪を梳くように撫でる。不公平と文句を言われないよう心春にも同じことをしてあげた。すると二人とも猫のようにころころと気持ちよさげな顔でもっともっととねだってくる。


 俺はなんて幸せ者なんだ! と叫びたい気持ちをグッと抑えて手を動かす機械と化すことに徹した。


 気持を抑え込むために線を引いて殻に籠っていれば、二人は容赦なくその線を飛び越えて閉じこもる殻を突き破ってくる。


 一度気持ちを固めたとはいえ、こうも揺らぎに揺らぎまくってはだらしがない。本当はぎゅうっと抱きしめたいしもっと先の関係に進みたい。


 今のルートで気持ちを伝えても次のルートでなかったことになるから別に大丈夫と思ってしまったら、……俺はもうこのゲームに向き合うことはなくなる。


「そろそろ時間もないから行くよ」


 時間を確認すれば、始業まで十分を切っていた。この場所には一時間近くもいたことになるのか。


 まさに両手に華といった状況、……なんて役得なんだ。唯人はルートごとに一人ずつだが、俺は二人もいるぞ、……て、優柔不断なカス野郎じゃねえか。


 罪悪感に苛まれながら幸せな空間にいるのは辛い、……いや、本心としてはそこまで悪いものじゃないな。


 いつかは答えを出すけども、それまでは今の役得を享受していてもいいのではないか?


 メイク道具を片付ける。水晶は花恋さんが始業前に演劇部に置いておいてくれるということで預けて、衣装も心春に預かってもらった。


 校舎に入り、それぞれの教室に入ってからはまたも騒がしくなりそうだった。


「ねえねえ、一颯、前に言ったあの不思議な女の子のこと、覚えてる?」

「ローブを羽織った怪しげな子だっけ?」

「そうそう! その子がね、唯人の前に現れたんだって! それもボクっ子で語尾が『のじゃ』て、今まで聞いたことある!?」

「い、いや、ないけど」


 教室に入るなり聖羅が鼻息を荒くして、捲し立てて詰め寄ってくる。予想通りというかなんというか、こうも突然話題に挙げられると逆に焦ってしまう。


 聖羅が詰めかけてきたことにより、唯人も俺の存在に気付いて近づいてきた。


「一颯はその女の子について何か知らないか?」


 愛陽についてじゃなくて、謎として出したイケメンについて聞いて欲しかったのだが、話題を逸らす方が不自然なため、話を合わせる。


「いんや、俺は知らないな」

「でも、あの子って、去年の春に演劇部の舞台に立ってたよね? セリフ無しの役だったけど、可愛くてちょっと話題になってた」

「そ、そんなこともあったかな? 俺は花恋さんの演技に夢中だったから覚えてないな」


 よくそんな一時の話題を覚えているものだ。当事者である俺が忘れることはないが、他の人は詳しい話を聞かれない限り思い出すことはないんじゃなかろうか。


 あの舞台以降は部室に学年問わず男子生徒が盗み見をするようになって、女子が怖がるからと窓を暗幕で隠したことがあった。


 ……しかし実を言うと、盗み見していたのは男子でなく女子の数の方が多かったりする。俺と共にセリフ無しの役で立った心春も一時の話題をさらっていたのだ。


「そういえば、女の子の隣には知らないイケメンがいたよね」

「聖羅、それについて詳しく!」


 それが知りたかったとばかりに唯人が聖羅の肩を掴んで詰め寄った。そして、唯人がビクンッと身体を振るわせて一歩後ずさった。


「……?」


 俺は少しだけ二人から離れて首を傾げる。唯人の今の動きがあまりにも不自然に見えたからだ。唯人は女性に慣れていないから、唯人から積極的になることなんて少なくとも二年生の内はほとんど見られない。


 卒業近くなって、唯人が女子と仲良くなっていると気付いたくらいには奥手だったはず。だから怯えるほどに、自身でも驚いているほどに手のひらを見つめている唯人がどうにもおかしく見えてならなかった。


「唯人、どうかしたか?」


 声をかけると、はっとした様子で両手を背中に回し、誤魔化すように頭を掻いた。


「あ、いや、何でもない。……ははは、女子に触れるなんて人生で初めてかもしれないなあ」

「唯人、それマジで言ってる? あたしが初めてって、男子校どんだけやばいのよ」


 聖羅には上手く誤魔化しが効いたようだが、今でも後ろにした手が少し震えている。


「……ん?」


 何か視線を感じ、顔を動かさずそちらだけを見ると、月宮さんが席を立ってこちらに少し近づいて唯人を見ていた。いや、唯人の隠した手を見ている。……いや、視線が少し高いから腕か?


 月宮さんが来たことに唯人が気付いた節はない。この様子だといかに怪しげな状況であろうとも、このまま触れられないで終わってしまうかもしれない。俺が気付いたところで主人公は唯人。彼を中心に物語は動いているのだから。


 俺は今の月宮さんの動きを覚えておこう。月宮さんはおそらく心春に相談をするのだろうか、唯人の謎の挙動について調べる必要がある。


 都合よく始業のチャイムが鳴って、俺たちはばらばらに席に着く。月宮さんはあれ以上突っ込んだことはせず、何知らぬ顔で席に戻っていた。


「よーし、お前ら、出席取るから元気よく返事しろよ――」


 加賀美先生が出席を取っている間、俺は今あった状況を整理する。


 ――若干興奮状態であっただろうか? 唯人が勢いに任せて聖羅の肩を掴んだ瞬間、“何か”に怯えて手を離した。手が震えていたことからこの一連の流れに唯人が恐れる何かがあるはず。手の怪我、トラウマ、女性不信、前のルートではそのどれも一片すら俺に見せなかった可能性だ。


 いや……、そういえば唯人は“右腕の付け根近くに大きな切り傷”を持っていたか。夏の制服ではギリギリ見えないくらいで不安だと心配していた記憶がある。


 月宮さんはそれを確認しようとしていた? しかし、月宮さんが唯人の怪我を知っているのはなぜ? 探し人が唯人だとは現段階では微塵も思っていないだろうし、本人に隠れて観察する理由は何なのか。


 考えれば考えるほど予想が遠く離れている気がしてこれ以上考えるのは一旦やめた。


「椎崎、……おい、椎崎唯人、いないのか? ……いるじゃねえか。返事しないと欠席にしちまうぞ」

「おい、唯人、呼ばれてるぞ」

「え? あ、はい! います!」

「おう、いい返事だ。だが遅い、明日も返事が遅れたら反省文な」

「そんな! 酷いですよ!」


 クラスでどっと笑いが生まれる。おかげで唯人の意識は上の空から戻ってきたようだった。


 ……しかし、聖羅の肩に触れただけで上の空になってしまうほどの何か、か。俺は友達であったはずの唯人のことを何も知らなかったのだな。








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