40陽菜ルート 占い師の予言 選択肢……1
朝だというのに蒸し暑い。
さらにボクは黒タイツに藍色のローブを羽織っているのだから、余計に暑くて仕方ない。花恋さんにしてもらったメイクが崩れていないか心配だ。
「愛陽という存在がここまで完璧に出来上がるとは思わなかったわ、わたくしも気合を入れないといけないわね」
「それじゃ、頑張ってね、愛陽ちゃん。向こうの陰で見守っているから」
「うむ、行ってくるのじゃ!」
花恋さんと心春に見守られながら、ボクは早朝から高校に来ていた。普通に授業日だし、用が済んだら急いで着替えてメイクを落とさなければならない。時間は限られている。失敗は許されない。
本来、ボクのあずかり知らぬところでは月宮さんが唯人と校舎裏の花壇に植えた花に水やりをしている。
互いに朝が早いから、余った時間を唯人は月宮さんに付き合うことにしたわけだ。
ノーマルエンドにはないシナリオ、陽菜ルートに突入した証だ。
だから今後は二人の仲をもっと近づけるためにボクが占い師として二人の前に姿を現す。
名乗らず、顔を見せず、ただ“謎を提示”して去るだけ。
重要なイベントなだけあって邪魔が入るようなことはない。一応心春と花恋さんが見張っていてくれるが、この時間にそもそも門をくぐる学生はほとんどいない。ましてや校舎裏に来るなんて考えられない。
「これって何を育てているんだ?」
唯人の声だ。タイミングを見計らうため隠れて聞き耳を立てる。
「無難にアサガオだよ、私って小学生の時に朝顔を育てる宿題をやったことがないの。小学校低学年の時に親の都合で引っ越したんだけど、転校前の学校と転校した後の学校でアサガオの宿題は学年が違ったの。飽き性の私は面倒くさいことを回避できてやったーと思ったけど、この年になって一度も育てたことがないって、なんか寂しくて」
「そういうものか? オレなら一生やらなくても後悔はしないだろうな。家にあっても邪魔だし、種は余って捨てざるをえないし」
ボクもアサガオは昔育てたな。当時はお隣に住んでいた心春とどっちが高く育てられるか勝負して、お互いに水をあげすぎて枯らしちゃったっけ。
それで夏休みの観察日記が書けなくて先生に二人して謝ったな。先生は笑って許してくれて、一つずつアサガオの種をくれたっけ。それで今度は勝負なんかせず丁寧に育てて、遅れて宿題を提出したな。
「それとね、アサガオを育てようと思ったのにはもう一つ理由があるの」
「押し花にでもするのか?」
「ううん、それもあるけど、それはもう持ってるの。――理由は、私の探している人がアサガオを好きかもしれないから」
――――ッ! なるほど……、これが陽菜ルートの重要な起点か。
まったくつまらない話、月宮さんの探している人というのは唯人で間違いない。そうじゃないと二人はくっつかないし、シナリオにだってそう書いてある。ああ、せっかくのロマンチックな出会いもネタバレで潰されちゃった。
推理小説の犯人を知っている状態でストーリーを追っているようなもの。だからボクがやることはトリックを推理して探偵にヒントを与え続けるだけ。そう考えると、黒幕がボクの気がしてきた。実際そうなのかもしれないけど。
「そろそろかな……」
二人は水やりを終えて後片づけを始めている。校舎裏を出てしまえばあとは校舎に入ってしまうため、誰にも見つからずに話しかけるには今しかない。
手に水晶を持ち、二人の正面からローブをはためかせながら姿を現して近づいていく。
二人は突然現れたローブの少女に不信感を抱いている。訝し気な目線でボクを観察し、唯人が月宮さんを後ろに下げて様子を見ていた。
「そこの二人、ちょっといいかの?」
「なんだ、君はだれだ?」
「なに、通りすがりの占い師なのじゃ、それでボクの占いを聞いて欲しいのじゃ」
「不思議な口調の女の子だね、うちの高校の制服を着ているけど、本当は中学生? それとも占い関係の部活動なんてあったっけ?」
よし、ボクのことを勘違いしてくれた。背の低さと声だけでボクが高校生だということ自体も疑ってくれている。少し段差になっている場所を選んで正解だ。
唯人は相変わらず猜疑の目を止めず睨むように観察してくるのだが、唯人、お前そんなににらみの利いた顔が出来たのね、正直怖い。
「君はもしかして、前に聖羅が見かけたって言ってたローブの女の子かい?」
「それがボクなのかはわからないのじゃ、でも、こんな格好をするのはボクしかいないかもしれないのじゃ」
「……まあいい、それで? 要件はなんだ、何を占ってくれるんだ?」
待ってましたとばかりにローブの内側から四枚のカードを取り出す。
トランプのように裏側は全く同じ柄のカード、表は見せず裏向きのまま、水晶を小脇に抱えてカードを両手で広げて二人に提示する。
「この中から一枚を選んで欲しいのじゃ、カードの内容によって占いが変わるのじゃ」
これは誰のルートにおいても同じことをする。ただ、誰かのルートが終了するごとにカードは一枚ずつ減らせと指示があった。だから最初は四枚、次のルートでは三枚を提示することになるのだ。
「君は今、薄い手袋をしているが、実は毒が塗ってあるとかじゃないよな」
「ど、毒!? ……そんなことはないのじゃ! ええと、……そう、趣味、趣味で占いをやっているだけなのじゃ! だから安心してほしいのじゃ!」
駄々をこねるように信じてくれと懇願すると、月宮さんが「流石に毒はないよ」と呆れた声で唯人を説得してくれた。
それにしても、唯人のなんという用心深さ。ボクが手袋をしているのは近くでボクの手が女の子らしくないってばれないようにするためであって、決して毒物対策でも何でもない。それにこれはあいつがボクに無理やりやらせていることだから、本当の占い師じゃなくて占いが趣味の女の子にしてもこれくらい問題はあるまい。……レースのフィンガーレスグローブに変えようかな。
「それじゃあ、……これにする」
僕から見て左から二番目のカードを選択した唯人はそのカードを引き抜いて表を見た。
月宮さんにも見せて二人で確認していたが、揃って頭を捻る。
ちなみに四枚のカードはすべて同じ内容だ。
「なんだこれ? どういうことだ?」
はい、ボクもよく分かっていません。なので、これから口にすることは台本に書かれたことをそのまま読み上げようと思います。
『学校の謎のイケメンの正体を特定せよ』
二人が見ているカードにはそう書かれている。
「謎のイケメン? 誰のことだ……」
「この学校には名前が不明で、一度しか姿を現したことのないイケメンがおるのじゃ。その人物の正体を特定するとよいことがあるのじゃ」
「よいことって……、どうして君にそんなことが分かる。それに怪しすぎて信用できない」
「ごもっともじゃ、ボクもよく分かってないのじゃ」
ホントだよ、どうしてスムーズにいくと思っていたんだ。
「じゃあ、なんで君は私たちの前に現れたの……?」
「それがボクにとって、そして、お主らにとって忘れられない思い出となるからじゃ」
ボクにも分かってない。あくまで台本を読み進めているだけで、この言葉の意味がどうシナリオに関係するかなんて想像がつかない。今は出来る限り自然体にボクが敵ではないと信じてもらえればそれでいい。
「思い出、……か、なるほど、いいんじゃない?」
「月宮、正気か? こんな怪しいやつの言葉に踊らされるのはごめんだぞ」
「別に害を与えようとしているわけじゃないでしょ、ね?」
ボクは全力で頭を縦にブンブン振る。ついでにちゃんと敵じゃないことも伝えておく。
唯人はボクの態度が演技じゃないと判断してくれたのか、溜息を吐いてカードを制服の胸ポケットにしまった。
「暇つぶしにはちょうどいいか。同じ高校の中で目立っている奴を探して捕まえればいいんだろ? それでどうなるかは知らないけど、……どうとでもなるか」
「ありがとう、ボクの占いはよく当たるのじゃ、君たちの行動で未来に幸あることを祈るのじゃ」
「君は本当に占い師なのかな? それは聖職者の言葉だと思うよ」
「あ、あはは、そうだったのじゃ。……ボクはこれで失礼するのじゃ!」
「あ、……行っちゃった」
脱兎のごとく駆け足でこの場を後にする。
唯人が意外と用心深くて危うくぼろを出すところだったが、思わぬ援護もあってうまく事は運べたはず。
教室に戻って唯人が何か聞いてくれるのを期待する他ないが、なんだかボクも楽しくてワクワクしてきた。
そういえば、唯人は月宮さんのことを呼び捨てにしていなかったっけ? ルートに入って進展していると捉えるなら、この呼び捨てもシナリオ進行のやり方に間違いはないと自信が持てた。




