4霜月兄妹
閑静な住宅街の東あたりに位置するクリーム色の外壁の一戸建てに俺たちは住んでいる。
『霜月』
表札にはそう書かれている二階建ての家に俺は心春と二人で玄関の扉をくぐった。
「「ただいまー」」
俺たちがリビングに向かって声を掛けると――。
「「おかえりー」」
と二人の声が帰ってくる。
靴を脱いで向きを揃え、リビングに顔を出すと母さんがキッチンに立ちながら俺たちを迎えてくれた。
「今日も二人一緒なのね、仲が良くて母さん嬉しいわ」
「父さんは帰っているの?」
心春が鞄を床に置きながら母さんに尋ねると寝室から父さんが姿を現した。
「おかえりなさい、学校は楽しかったかい?」
父さんと言っても、俺にとっては義理の父で、母は再婚。俺と心春は元々お隣さん同士の幼馴染だった。小さい頃から二人で一緒に育ち、気持ちが離れ離れになる前に家族となったがために、俺たちは幼馴染の延長線の様に毎日を過ごしている。
出生日時は五分と違わずほぼ同じで、わずかに早く生まれた俺が兄をやらせてもらっている。ちなみに俺の旧姓は佐藤です。
俺たちは仲良し家族として近所でも有名で、さすがに個別の部屋は持っていれども心春は就寝時と食事以外のほとんどを俺の部屋で過ごしている。
自分たちが高校生だということはもちろん自覚している。だからこそ俺たちの距離感が周囲にはカップルに見えるのだそうだ。
何度か俺のことを怨恨の眼差しで見つめてくる奴らがいたが、それは心春を怯えさせるだけだからやめてくれとお願いしたら、号泣しながら廊下を走って行ってしまったことがある。その後、先生のお叱りの声が遠くから聞こえた。
――食事を済まして風呂にも入り、歯を磨いてしまえばあとは寝るだけ。床に布団を敷いて夜が更けるのを待つ。すぐに寝るにはさすがに早くて眠気もない。
「授業中寝ていたんだって? それじゃあ眠くないよね」
「……聖羅に聞いたのか」
「ノートは明日返してくれればいいってさ」
「そっか、現国のノート借りっぱだったな」
床に敷いた布団にぺたんとお尻を付けて座る心春の後ろで俺はブラシを持ち、ゆっくりと目の前の長い髪を梳く。風呂上りには髪をドライヤーで乾かしているようだが、それでもしっとりとした感触は残っていてなんだか艶めかしい。
前髪が眉に掛からない程度にしか伸びていない俺の髪にはドライヤーなんてものは不要で、長い髪というのは乾かすのが大変そうだなという簡素な感想しか持ち合わせていない。
「一颯くん、宿題って何か出た?」
「現国と数学かな、どっちも今日中に終わらせたい」
「私のクラスも数学の宿題が出ているから一緒にやろ」
クローゼットから折り畳み式の、ちょうど二人が対面で座れる程度の机を引っ張り出す。
床に布団を敷いていたとしてもこれならば邪魔にならないし片付けも楽で愛用している。ちゃんとそれぞれの部屋に個別の机はあるが、心春とは学年が同じということもあって自分の机よりもこうして二人で勉学に励むほうが理解は深まりやすい。
分からない箇所を教え合える利点は一人でやるよりも効率が良くて勉強がはかどる。
「ねえ、ここの答えってこれで合っているかな?」
「ええと、俺も同じ答えになったから合っていると思うよ」
「よかった、明日、ここら辺の問題当てられそうなんだよね」
これでも余計な会話は少なめに黙々とシャーペンをノートに走らせていればあっという間に最後の問いを解き終わる。
机にたまった消しゴムの粕をごみ箱に捨て、机を折り畳んでクローゼットに片付ける。明日の授業の準備を律儀にすれば、今日はもうやることはなくなった。
「何かゲームでもやるか? PC起動するから一緒に遊べるぞ」
昨年購入した据え置きのゲーム機は父さんのおさがりである机上のPCに繋がっている。二人で遊ぶためにコントローラーも二つ用意しているが、何かのタイトルに熱中しているわけではないから、時間があれば適当に遊んでいるくらいだ。
「あ、レースゲームがやりたいかな。前にやっとときはあとちょっとで負けちゃったし、今日はリベンジ」
「いつもは心春が勝っているんだから一度くらい優越感に浸らせてくれよ」
ちょっとばかし特殊な家庭ではあるが、家族円満、親子の仲が良くて兄妹も毎日を何事もなく健やかに生活している。学校に不満はなくて、聖羅や他の友達とも話しているのが楽しくて仕方ない。
「あ! それはずるくないか?」
「勝負だもん、ずるいも何もないよ、一颯くん」
――今日も夜は更けてゆく。