39月宮陽菜と謎の球体
さあさあ、放課後になりました。主人公様には気取られないよう一日を過ごし、放課後はサブの二人で急いで屋上に向かいましょう。……どうしてこんな道化みたいな口調かって? そんな分かり切ったこと!
「一颯くんが、唯人くんに嫉妬しているからだよね? 私と唯人くんが二人きりで話していたら柱の陰ですごい形相になっているんだもん。面白かった」
「……それは気のせいだ、気のせいに違いない」
「具体的に別の言い訳が出ない辺り図星なんだね」
放課後になってから今に至るまでの間、俺は一度トイレで用を済ませてきたのだが、待っていた心春に話しかけている下郎……、もとい、唯人がいたわけで、何か相談事をしていると思ったら心春は楽しそうに笑っているし、その笑顔は最近俺にはあまり見せてくれなくなった姿だ。だから嫉妬している。
「陽菜ちゃんのことを聞かれただけだよ。他に友達はいないのか? てね」
「でも、楽しそうに笑ってた……、俺も元気に笑った心春と話したり、遊んだりしたい」
「子どもじゃないんだから、でもそうだね、本当は好き勝手に大声で笑いたいけど、一颯くん相手だもん、恥ずかしくてできないよ」
「おいおい、そんなこと言われたら笑わせたくなるだろ。脇でもくすぐってやろうか?」
「や、やめてよ、私、脇は弱いんだから」
キャッキャとはしゃぐ心春を見て安心する。俺に対しても大はしゃぎしてくれることが嬉しい。しかし、こんなことを思っていると、自分が厄介な彼氏面をしているんじゃないかと自己嫌悪した。
あくまで心春には好きに、自由にさせたい。俺に心春を拘束する理由なんて何一つ存在しないのだから。
屋上は図書室の隣だから人気は少ない。だけど全くいないというわけではないため、図書室の中で大体の生徒が下校するタイミングを見計らい、そして、月宮さんと唯人が屋上に来る前のタイミングで俺たちは屋上に向かう。
窓をくぐり、扉の前で肩車をして心春を先に扉の上に上らせる。俺も朝と同じように後から続いて上った。
今が冬じゃなくて助かった。そして真夏の猛暑日でもなくてよかった。
冬は防寒着を何枚も重ね着しないと耐えられないし、衣擦れの音でバレる可能性があった。真夏は熱中症の危険があるうえ、話している間は水分補給も難しい。カンカンに照り付ける太陽がまだ姿を現さないぎりぎりの時期で安堵した。
夏服だし少し風もあるから涼しくて、しばらくは水分補給も必要ない。最悪の場合はバレてもいいから心春を優先するつもりだ。
しばらくこの場で待機していると、俺の携帯が音を鳴らす。
「誰から?」
「花恋さんからだ。……心春、月宮さんがこっちに向ってるみたいだから準備するぞ」
今回の作戦には花恋さんにも協力を願っている。今日の部活は休みだから、図書室の前で月宮さんが屋上に向かったタイミングを連絡で知らせてくれるようお願いしていた。俺はそのメールを確認してから携帯の電源を切り、カバンに突っ込む。
心春と顔を合わせて静かに頷き、俺たちはこの場に伏せた。姿を確認する必要はない。だからできるだけ不必要な動作を減らすためにこの態勢をとった。後は聞き耳を立てて話を聞くだけ。
……屋上に通ずる窓が開く音がする。
「あれ? ロックが外れてる。誰かいるのかな?」
残念ながら屋上側からは窓のロックは掛けられないため、誰かが掛け忘れたと勘違いしてくれることを願うしかない。
ツカツカと上履きが屋上の床を叩く音が遠く聞こえ、伏せている俺たちでも月宮さんの頭が見えてしまうほど奥の方へ向かって行った。今はフェンスに手を付いて街の全貌を見渡している。
「これって振り返ったら見えちゃうよな?」
「ちょっと下がってみる?」
「だな、でも気を付けろよ、落ちないようにな」
ゆっくり下がれば足先が縁から少しはみ出てしまって、高いところでの浮遊感に心臓への負荷がかかった気分だ。
心春はなんとかつま先も地に着いているようで、不安な顔をしていたのだろう俺の顔を見て手を握ってくれた。
「一颯くんは軽い高所恐怖症だったもんね、無理はしないで、話は私が聞いておくから」
「……助かる、でも、俺がしっかり聞いておきたいんだ」
今はとにかくこの高さに慣れることに集中し、心春が付いていると自分に言い聞かせる。
月宮さんはいつの間にかこちら側に戻ってきていて、唯人との会話をする位置まで移動していた。
――何も音がしない。今はいったい何をしているのだろうか?
水分を取っているわけでもなく、紙擦れや衣擦れの音もない。 座っているのか立っているのか、いつもは手元の本ばかりに向けているその黒い目は今どこを見ているのか。気になるが確認はせず、ただじっと息を殺して気配を消して待つ。
長い長い時間をじっと動かずにいたと思う。やっと新しい音が聞こえた時には、それが唯人だとすぐに気付いてほっと息を吐いた。
「立ち入り禁止って書いてあったけど、簡単に入れちゃうんだな」
紛れもなく唯人の声、しかし、月宮さんは反応を見せず音沙汰もない。本当にすぐそこにいるのかも不安になるほど物音一つ立てていない。
「景色はいいけど、もっといい場所ないかな? この上とかどうだ?」
「――――ッ!?」
確証はないが、唯人がこの上と言ったのはおそらく俺たちが隠れているこの場所、見つかってしまえばこのイベントを聞くどころか月宮さんと唯人のイベントも潰れる。もっと何か別の力が働いてグランドルートにも修正が入るかもしれない。
そんな不安が脳内を何度もよぎり、どうする? どうする!? と焦ってしまう。心春は隣で目を瞑って、まるで祈っているようだった。握る手に籠る力は強くて、お互いに手汗が酷い。
唯人は梯子はないかと探しているようだが、唯人の身長ならばジャンプで余裕に届いてしまうだろう。
「梯子はないのかな? こっち側は、……うわっ! 月宮!?」
唯人がこちらを見つける前に月宮さんを発見してくれた。
安堵で気が抜けてしまった俺たちは顔を見合わせて、力なく頬を床に付けた。一瞬の緊迫した状況を乗り切ったことがなんだか楽しくなっちゃって、二人でふふっと笑う。
「ここでなにしてるんだ? 誰もいないと思ったからびっくりしたぞ」
「椎崎君はあれ、見える?」
「あれ? ……て、どれ?」
「やっぱり椎崎君も見えてないんだね……」
月宮さんがどこを指さしているかは分からない。ただ、二人の会話の位置は隅のほうだ。大体で予測はつくからここから見える景色で月宮さんの見ているものを探す。しかし、見える景色はいたって普通の俺らの街だ。心春に目線を送ったが首を横に振った。
「空にね、大きくて透明な球体が浮かんでるの」
「球体? どこら辺? 全然分からないけど」
俺たちも探していなかった空の方へ視線を向けて透明の球体を探す。だが、やっぱり見つからない。あるのはゆっくりと風に乗って進む入道雲と早めに姿を現した半分の月だけ。
――もしかして、月宮さんは“ゲームの天井”が見えているのではないか?
この世界があの神がいる世界とを隔てる何かしらの箱の形をしていた場合、ビンの形状でもいい、あくまで仮定でしかないがどこかに蓋があるはず。俺すら見えない何かが、月宮さんには見えているのではなかろうか……?
前にあいつはバグがあるようなことも言っていた。そのせいで俺の脳内にファイルを送るときに上手くいかなかったと。
空に浮かぶ透明な球体がバグの正体か? ……いや、これは新しく追加されたイベントだ、月宮さんにだけ見えていること自体が仕様の可能性の方が高いか? じゃあ、空に浮いているという透明の球体は一体なんだ? あれがどうやってグランドルートに関わっていくんだ?
「目が悪いわけじゃないと思うけどな……、やっぱりオレには何も見えないと思う。目を寄せてみたりしてみたけど、分かんね」
「ううん、誰も気付けた人はいないから、気にしないで」
「月宮は、その球体が見えるんだよな? それが何かとか、分かってるのか?」
「えっとね、なんとなくだけど、私に近しいものを感じるの。具体的な説明はできないけど、あれはたぶん、私に関係していると思う」
「月宮に? でも、月宮だけが見えているんだから、そうなのかもしれないな」
口を挟めない分、二人の会話から情報を集め続ける。陽菜ルートにおいてその球体が関わるシナリオは一切ない。だからグランドルートで関わってくるんだろうけども、……どうやって? 高校生の日常を描いたゲームのはずなのに、まさかのファンタジー要素。対処する相手として俺の力不足は否めない。
それとも、俺が一切シナリオに関わることが無くなって、唯人と周りのヒロインたちだけのシナリオになるのだろうか? それはそれで気は楽だが、切り捨てられたようでむかつく。
「あれがなんなのか気になるけど、それを調べる術は何もないの。だから、偶にここに来てあれを見ているの。何か変わったりしないかなって、……それでね、この前、あれが急に大きくなったの」
「大きくなった?」
「うん、六月の下旬だったかな? たしか休みの日で、朝から昼過ぎにかけてどんどん大きくなって、今じゃもう、すぐそこにあるよ」
六月下旬の休日……、二人の間に何があったか後で調べておこう。
存在していたのはかなり前からみたいだが変化が見られたのは六月の下旬から、やっぱりシナリオの鍵となるのは間違いない。
誰のシナリオであれ、どこかになにかしらの伏線があるはずだ。可能ならすべてのイベントに関わってでも調べておきたい。でも、それは難しいから手元にある情報だけで推測する他ない。
それからも二人は球体について話し合っていたが、これといった手掛かりは見つからず、最終下校時刻も近づいてきたということで校舎の中へと戻っていった。
「さてと、心春は二人の話をどう思った? 俺には月宮さんが幻覚を見ているようにしか思えなかったんだけど」
「うん、残念だけど私もそう思う。だけどやっぱり、ねえ?」
「ああ、これが月宮さんの個人的な話だけならそうだったかもしれないけど、ゲーム上、立派なイベントだからな、必ず今後どこかで今回の話は出てくるだろうな」
「大変そうだね、私が手伝えないのが悔しいよ」
……そうだな、とは口にできず、無言のまま透明の球体が浮いているという空を見上げた。
俺がそこに辿り着くまでに、心春や花恋さんに何度同じ話をしなければならないのか。愛しい人が傍にいてくれてなお、俺の精神は耐えてくれるだろうか。
「そろそろ戻ろうか、帰って夕飯が食べたい」
「うん、なんだかお腹空いちゃったね」
朝と同じように俺が先に降りて心春が飛び降りるのを抱きかかえる。そこでもちょっとひと悶着あったが割愛。
お互いに顔を赤くしながら窓に手をかけると、……開かなかった。
「普段、この窓ってロックが掛かってるんだった」
「えっと……、じゃあ、明日まで二人きりだね?」
「なんで嬉しそうな顔してるの? 助けを呼ぶに決まってるでしょ」
花恋さんに助けを呼ぼうと携帯に電源を入れると同時にメールが入っていることを知らせてくれる。それは花恋さんからで、先に文面を確認してみると。
『あなたたちはどうやって屋上から戻ってくるのかしら? 中庭に衝撃吸収シートなら用意してさしあげてもいいわよ』
まさかと思って屋上から中庭を覗き込んでみると、夕暮れが近いのにその一角だけ朝日のような陽光に照らされたベンチに座る、遠目でも見とれるほどの美少女が何かの本を手に読書していた。
電話を掛けると、こちらに気づいて大きく手を振ってくれた。繋がると第一声は呆れた声だった。
『サーカス芸をするには訓練が足りないのではなくて?』
「お願いです、窓のロックを外してください、お礼はしますから」
『仕方ないわね、心春、今度の休みは一颯を一日貸してもらうわよ?』
「そんなのダメに決まって――」
『ならマットを用意するから自力でどうにかしなさいな』
「くっ……、分かりました。い、一日だけですよ? 一颯くんをか、かか、貸してあげます」
『まだあなたのものになったわけではないのに独占欲が強いのね。でも、いいわ、ロックを外してさしあげるから待ってなさいな』
階段を上ってやってきた花恋さんは心春に追加でいくつか要求を呑ませ、それでやっと俺たちは窓から校舎の中に戻ることが出来たのだった。




