38手の届くところにある不可侵領域
今回から二章です。
七月も半ば、十五日となった今日、共通ルートも終盤が近付いてきた。
今日と明日の二日を残し、俺たちは放課後のイベントに備えて作戦を練る。
「放課後に、本来は立ち入り禁止の屋上で唯人と月宮さんのイベントがある。陽菜ルートとは関係ない話だが、グランドエンドに関わる重要なイベントらしいから盗聴だけでもしておきたい」
「今日にイベントが追加されたことしか情報がないんだよね? だったら知っておけば後々楽になるだろうから、どこか隠れて話を聞ける場所を見つけたいね」
というわけで、俺と心春は朝早く起きて学校の屋上に来ていた。立ち入り禁止の立て看板はあるが、すぐ横にある窓は嵌め殺しとかじゃないから簡単に入ることが出来る。
少し高さがあってスカートの心春は少々工夫がいるがなんなく通ることが出来た。ただ、屋上には自家発電装置だろうか? よく分からない設備が柵に覆われてあるだけで隠れられるような場所はない。
端から端まで見渡せる広い屋上にはどこにいようと一目でバレてしまう。何かカモフラージュでも作ってそこに隠れようかとも考えたが、それ自体が怪しくなってしまうため却下。しかし、そうすると本格的に隠れる場所が無くなってしまい途方に暮れてしまう。
「屋上に入ったのを確認してこの窓から盗聴する?」
「いや、なんでかは分からないけど、唯人と月宮さんが話をするのって窓とは反対側、そこの壁らしい。だから最低でもこの扉の前までは来たいんだけど……」
だが、そうすると話が終わった瞬間に窓から校内に戻らなくてはならないのだが圧倒的に時間が足りない。
このシーンでの副題に『二人だけの時間』と銘打ってあるため、出来れば聞き耳を立てていたなどと知られたくない。
「一颯くん、この上、登れないかな?」
心春が見ている先、扉の上のここからは死角になっている場所だ。
しかし梯子がない、俺がジャンプして手が届く位置だが、そもそも本来は上ってはいけない場所だから、なんにせよ一人では少々厳しそうだ。
「一颯くん、肩車してくれない? それで私が登ってみて、後から一颯くんを引っ張り上げてみる」
「危なくないか? 上れたとしても降りられないだろ」
「そこは先に降りた一颯くんが格好良く私を受け止めてくれると信じてるよ」
幸い、ゆっくり慎重に降りれば怪我はしない程度の高さだ。怪我に気を付けつつ試しに二人で上ってみることにする。
本来は気配を察知されないよう俺一人で臨む予定だったが、二人でしか上れないのであれば仕方あるまい。
扉の前でしゃがみ、心春を肩車する準備をする。後ろで衣擦れの音がするから、たぶん足を掛けやすいようスカートを捲っているのだろう。……意識してはいけない、家でこれくらいのことはしょっちゅうあることだ。ここは紳士としてじっと待つ。
しばらくして肩に乗ってきた心春の太腿に挟まれる。染み一つない色艶とした肌に触れればそこが朱色に変化する。想像以上に柔らかくて、軽くて、太ももに添える手に煩悩が伝播する。
撫でたい、嗅ぎたい、頬ずりしたい。そんな変態チックで邪な感情が伝わってしまったのか、心春は太腿を、……逆に俺の頬を強く挟んできた。
「……えっと、心春?」
「私は十秒間だけ意識がありません」
「え? どういうこと?」
「今の私は何をされても気付かないということです。はい、いーち……にーい……」
十秒という割にはやけにゆっくり数え始めた心春に困惑してしまう。太腿に強く挟まれている現状ですらかなり興奮してしまっているのに、これ以上、何をすればいいのか。いや、何もしてはいけないのか?
ぐるぐると脳内で自分会議が行われる中、俺の手が素直に動いてしまった。
「……ごーお……ろーく……ん、あ――……しーち……」
添えていただけのはずの手のひらがすっと太ももの付け根の方へ向かって愛撫してしまった。そして、やりすぎてしまったことに一瞬だけ、心春のショーツに手をかけてしまったのだ。
おそらくレースの付いたゴム部分、家での洗濯物ですら配慮して見ないように、触れないようにしてきた俺には、少々女の子が身につけている状態でそれに触れてしまうというシチュエーションは耐えきれなかった。
両手を離し、心春が十を数え終わるのを爆散しそうなほどにバクバクと鳴る心臓の音を鎮めるために全意識を深呼吸に向ける。なのに、一度聞いた心春の熱を帯びた艶っぽい喘ぎ声が耳から離れなくて、心春が数え終わっても心拍数は増すばかりだった。
「えっと……、私は何も気付いてないからね? だから、ちょっと恥ずかしいと思う感情も何かの間違いか気のせいなんだよ」
心春、……それはもう気付いていると言っているようなものなんだ。内腿が熱くて仕方ないんだろう? 俺の顔が熱を発しているから、強く挟み込む腿に伝わっているのが恥ずかしいほどに分かるのだろう? もう、……いっそ、変態と罵ってくれ。そういわれた方が救われる。
誤魔化すように心春を持ち上げて扉の上の、名も知らない場所に心春を上らせる。
そして、俺がジャンプして縁に届いてからは心春に引き上げてもらい、俺も無事上ることができた。
「わあ! なんか街が一望できるってすごいね! 夕焼けとかきれいなんだろうな」
「危ないし立ち入り禁止だから、もう来ることはないぞ、心春に怪我はさせたくない」
「もう、子どもじゃないんだから大丈夫だよ。……でも、そうだね、怪我はイヤだな……」
二人揃って昔に大怪我した思い出がフラッシュバックする。あの時は本当に大変だった。指一本動かすだけで激痛が走り、寝ていても痛みはついて回った。
しんみりとした雰囲気になってしまったが、ここから見える景色は、高台から見える景色と違って前後左右に見渡すことが出来る。高台も見えるし、商店街や都心に向かって行く電車も。……空が近い。空を見上げて、邪魔な建造物が視界に入らないって気持ちいいな。なんか浮かんで宙に座っている気分だ。
時間を忘れて二人でいつもとは違った景色や澄んだ空を楽しんでいた。しかし、長居は出来ないからさっさと要件を済ませる。
「ここで話すんだよね?」
「そう指定されてる。唯人と月宮さんがあいつに操られているようで気に入らないけどね」
それを利用する俺もたいがいか。仕方ない、今回はおあいこということで大目に見てやろう。
生徒たちが登校してくる前には教室に戻っていたいのだが、そのためには屋上を後にするためこの高さから降りなければならない。
俺は慎重に縁に手をかけてゆっくり地面に足を降ろした。しかし、心春にはそんな腕の筋力はないため、縁に座って、飛び降りるのを俺が抱き留めることとなった。
「いくよ、一颯くん、……ほっ!」
「よっ――と、大丈夫か?」
きれいに抱き留めることが出来てほっとする。抱き留めた瞬間に少し後ろに下がって勢いを殺すことで心春に負担は掛からなかったようだ。だけど、その後に心春が背中に腕を回してきて離してくれない。
「一颯くん、ここ、誰もいないよ?」
「あのな、心春? 今の俺にそんなことが出来る度胸もなければする気もない。それに朝から誘惑されると今日一日、意識しちゃうだろ」
「ふふ、冗談だよ。でも、私のことを意識してくれるんだったらこれからも朝に仕掛けちゃおうかな?」
「いつも通りの心春でいてください。じゃないと心春を避けるようになっちゃうかもしれない」
「え? それはヤダ! ……分かったよ、ほどほどにする」
よかったと思いつつ窓から校舎の中に戻る。その際に貸した俺の手を心春が掴んで校舎に戻ったのだが、ほどほどという言葉の定義は正確に定まっていないようで、心春は教室に辿り着くまで俺の手をずっと優しく握り続けていた。
ストックが尽きるまでのんびり投稿予定です。




