36〈唯人〉小さな先輩
「なあ、唯人、今日は購買のパンじゃなくて、食堂に行ってみないか?」
そう声をかけてきたのは、こっちに来てから最初にできた男友達である一颯だ。真面目な男子生徒を貫いてきた俺にとっては無縁の染め髪、クラスでもみなを率いるリーダー気質。
背は俺よりもずっと低いが彼女持ち(心春ちゃんと付き合ってないなんて信じない)、そこそこのイケメンで、正直羨ましいやつだと思ってる。
「一颯が食堂なんて珍しいな、彼女に弁当を作ってもらえなかったか?」
「作ってるのは恥ずかしながら母親だよ、心春は早起きだが弁当は作ってない。それとまだ彼女じゃない」
心春ちゃんというのは隣のクラスの女の子だが、聖羅や一颯と仲良しでよくこのクラスに遊びに来る。一颯とは兄妹の関係らしいが血は繋がっていないという。端から見て二人の関係はまるでカップルを通り越して熟年の夫婦のようだが、白々しいと思うほどにカップルじゃないと否定する。
べたべたくっ付いて、気が付けば手を繋いでる。複雑な関係なんだろうが仲がいいのはいいことだ。憎いほど羨ましい。
「今日はなんか食堂で食べたい気分でな、弁当を持ってこなかったんだ」
「驚くほど唐突な気分だが、オレも食堂で一度食べてみたかったからいいぞ、寮の食堂との違いも知ってみたいし」
「よし、そうと決まればレッツゴー!」
一颯に連れられて、心春ちゃんと合わせて三人で食堂に向かう。聖羅は友達と食べるから教室に残った。
二階に降りて体育館に通ずる扉を押し開ける。そこから体育館までは真っすぐ進めば入れるのだが、体育館入り口の隣にある階段を下りて外通路を歩く。オレたち以外にも同じ食堂に向かう学生は多くて、流れに沿って進めば体育館の隣に食堂はあった。
真新しい白い壁にプラスチックのメニュー表が張られていて、入った扉のすぐ隣にある券売機で券を買う。寮の方と何も変わらないから迷うことはなかった。
生姜焼き定食の食券を銀のトレーに提出して列に並び、やがて出来上がったプレートを持って一颯と心春ちゃんを探す。先に席を取ってくれているはずだからこっちに手を振っているはずだ。
「おーい! 唯人、こっちだこっち」
案の定、手を振っていた一颯は運よく窓際の席を確保していた。……なのだが、先客がいて、たしかに混んでいるから相席も別に構わないのだが、心春ちゃんと話しているから知り合いなのかな?
「一颯、そちらの小学生は知り合いか?」
「何言ってんだ? この人は三年生だぞ、演劇部の部長で他校でもかなり有名なんだ」
「いや、そう言われてもな、どこからどう見ても小学生――」
「転校生、たとえそう見えたとしても失礼ではなくて?」
聡明な冷えた声にオレの言葉はぴしゃりと遮られてしまい、口を噤む。
見た目は小学生だが、たしかにこの高校の制服を着ている。……見る影もないほどゴシックロリータ調にアレンジされているが。
見た目通りの甘いロリボイスで、長い黒髪はゴムで後ろに一本でまとめてあるからいいが、そうでなければ床についてしまいそうなほどだ。厳しそうな性格で口調がお嬢様、なんだかおかしな口調の人と最近は会っている気がする。
「一颯と心春からあなたのことは伺ってっているわ、わたくしは二階堂花恋、お見知りおきを」
「はあ、椎崎唯人です。ええと、二階堂先輩は演劇部なんですよね? その、失礼かもしれませんが身長的に役は務まるんですか?」
かなり踏み込んだ質問をしてしまったと後から気付いたが、そんなオレの失礼な質問に嫌な顔一つせず、味噌汁を静かに啜ってから答えてくれた。
「妖精役、王子役と姫役に身長差を明確にしたいとき、背の低さなど関係ないわ、なんなら中学時代には女ドワーフ役として主役を任命されたわ」
身長が全てではない。演目によっては背の低さが映えるものもあると、何度も問われた質問なのだろう。
見た目が子どもでも演劇部という美男美女が揃う部で部長を任されるほどだ、実力は突出しているのであろう。見た目に惑わされてはいけない。相手を見た目で侮ったやつから脱落していく、それは幼少の頃から散々学んできたことだ。背が低いなら低いなりの戦い方をしてきた同年代に何度もやられた苦い記憶が甦る。
思い出したくもないのに、あいつらと日々、切磋琢磨して投げて投げ返されて……、畳の上に打ち付けられるあの音が懐かしくて。
「どうやら、あなたは軽率な侮りが身を滅ぼすことを学んだことがあるようね」
「はい、この高校の演劇部は近年で急に成長したと噂で聞きました。おそらくは部長である二階堂先輩の力量でしょう。そこまで推察出来て、二階堂先輩を見た目で侮ることは自身が愚かであると認めたようなものです」
「そこまで畏まる必要はないわ、わたくしとあなたは同じ高校の先輩後輩の関係、仲良くしていきましょ? 一颯か心春とも仲良くしてくれているだし、これからも仲良くしてあげてほしいわ」
「それはもうオレがお願いしたいくらいです。二人は中途半端な時期に転校してきたオレを仲間に入れてくれたんですから」
オレを受け入れてくれた一颯たちにはありがたすぎて妥当な感謝の言葉もない。
どうして転校してきたのかとか、適当に親の都合と答えたのには訝し気な表情をしていたが、それ以上踏み込んでくることはなかった。それどころか、周りの奴らが同じことを聞いてきた時には別の話題に無理矢理逸らしてくれもした。たった三日隣の席にいただけで分かる。一颯は将来も相棒として共に杯を交わせるような最高の友達になれるはずだ。
「唯人、早く食べないと生姜焼きが冷めてしまうぞ、それにしても相変わらずの大食いなんだな、見ているだけで胸焼けしそうだ」
「一颯は食べる量が少なすぎるんだよ、男ならもっと食べないとでっかくなれないぞ」
「私もいっぱい食べる一颯くんは好きかな。筋肉もりもりはちょっとだけど、力強い男子は好きかも」
「わたくしも心春に賛同するわ、一颯、わたくしのからあげを一つあげるわ」
「花恋さんが食べきれないだけでは?」
普段の食事にも、女性がいるだけでこんなにも華があるのか、そう思うと、男子校にいた時の自分が鉄さびのように茶色く汚らしく思えてしまう。
……いやいや! あいつらとの思い出が嫌だったとかじゃなくて、ただ、な、せめて紅一点な華が欲しかったわけだ。
教師は男性におばちゃん教師、若い女性の先生に男子がメロメロ的な漫画展開はあるはずもなく、男同士、肩を組んでは好きなアイドルの曲を熱唱する帰り道なわけだ。隣に女性がいる日常、……想像しただけで顔が燃え上がりそうだ。だが、俺のごつごつとした手を誰が握ってくれようか。
そもそも俺は、誰かの手を握ることは……。
……やめた! 俺はもうあの時の俺じゃない、頑張ればいつか“これ”を克服できるはず!
「一颯、食べないならその唐揚げ、オレにくれよ、これだけじゃ足りないんだ」
「唯人は自分の生姜焼きを食べ終わってから言え! ……そうじゃなくて! それで食べたりないのか!?」
一颯が、心春ちゃんが、二階堂先輩が驚いては笑ってくれて、こんな新鮮な気持ちはいつ以来だろうか。
ああ、楽しい。オレが求めていたのはこんな和気あいあいとして、分け隔てなく笑いあえる青春だったのかもしれない。
一颯の皿からしれっと肉を掴んでは口に運んだ。甘く煮付けられていて美味い!
「何勝手に取ってんだ! 返せ!」
「代わりにこれやるから」
「そんなに生姜焼きを貰っても食い切れねえよ!」
「はっはっは、男なら食える!」
ああ、……愉快だ。
幕間でも書こうと思って思い切り本編が出来上がったやつです。




