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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
一章 準備 共通シナリオ
35/226

35〈唯人〉だいごさん 選択肢……1

 この街に来て四日、この学校に転校してきて三日が経った。寮から学校までは歩いて五分とかからないから楽でいい。


 今年の梅雨はさっさと明けてカラッとした太陽が連日顔を覗かせている。


 制服の改造が許されているなんて珍しい学校だ。前の学校は男子校で詰襟、髪の長さに規定があるくらいには厳しかった。


 朝はいつもランニングをするために早起きし、イヤホンを耳に嵌めて朝一のラジオで集中力を高める。……もう、こんなことをする必要なんてないのに。

 ランニングを終えて部屋に戻れば備え付けの簡易シャワーで汗を流し、私服に着替えて食堂に向かう。


 ランニングをした後でもかなり早い時間であるため、人はほとんどいない。でも、俺みたいに早朝から活動を始める人はいるようで食堂のおばちゃんは元気に野菜を刻んでいた。


「おはようございます。焼き魚定食でお願いします」

「あら、唯人ちゃん、今日も早起きね、ご飯は大盛り?」

「はい、やっぱり朝に食べないと元気が出ませんから」

「うれしいわあ、ここの子どもたちって朝は全然食べてくれないのよ。前にスポーツ寮のある学校でご飯作っていたけど、朝でも必ずご飯はおかわりが当たり前だったわあ」


 息子が一人立ちして暇になったおばちゃんはこの寮の朝の料理長。俺たち学生の健康バランスを考えて朝一はいつも一人で仕込みをしているそうだ。


 そんなことをなんでオレが知っているかというと、少ないながらもこの時間には仲間がいて教えてもらっているからだ。


「はい、焼き魚定食、ご飯大盛り。お魚は大きいのを選んどいたよ」

「ありがとうございます。いただきます」


 お盆を持って席を探す。といってもどこかしこも空席で、好きな席が選び放題だ。それでもオレは辺りを見回し、そして、見つけた彼女の席の正面に近づく。


 肩に触れるくらいの黒髪は揺れることなく静止していて、長い睫毛に朝でもぱっちりとした瞳はどこかぼんやりとした黒目、クラスでも一二を争う美人さんで、だけどクラスでは誰かと話しているところをほとんど見かけなかった。


「おはよう、ここいいかな? 月宮さん」

「うん? いいよ、椎崎くん、おはよう、今日も早起きなんだね」


 静かな水面に水滴を一つ落として生まれた波紋のように流れ出る彼女の滑らかな美声に一瞬聞き惚れる。オレが女性慣れしていないのもあるが、彼女に正面から見つめられて動じない男子なんて全国探しても少数に違いない。この街に来て最初に仲良くなった彼女に先ほどおばちゃんと会話したことと同じ内容を返答した。


 一颯や聖羅、心春ちゃんといった仲のいい友達がすぐできたのは嬉しかった。だけど、この朝の時間に聖羅は起きてくるはずもなく、一人で居るのが少し寂しくて、女子相手はまだ慣れないけれどそれなりに話せる月宮さんを見つけてからは朝食を一緒していた。


「月宮さんも早いんだね」

「夜が弱いから、代わりに朝は早起きで、ぱっちり目が覚めるから時間ももったいないし……むぐむぐ」


 それ以降の言葉は口にサラダを運んだことで続かなかった。まあ伝わるからいいけど。


 彼女はお淑やかで、ご飯を口に運ぶときに擬音を口にする癖があるみたいだが余計な物音は一つも立てない。大和撫子とは彼女のことだと誰もが認めるだろう。しかし――。


「あ……」


 箸で摘まんでいたサラダの大豆をぽとっと味噌汁の中に落としてしまった。


「……ごめんなさい」

「え? ああ……そういうこともあるよ」


 昨日から思っていたのだが、彼女の麗しい雰囲気と違って、存外天然体質なのかもしれない。


 俺もご飯茶碗を持って口に運ぶ。炊き立てのご飯は日本国特有の粘り気がありながらも一粒ずつしっかり存在感を出していて、噛めば噛むほど甘みが増す。焼き魚と一緒に食べれば塩気も増してさらにご飯がすすむ。温かいうちに味噌汁も啜ればランニング後の疲弊した身体が再生するかの如く心が温まった。


 そんな朝食の幸せに浸っていると、オレの隣から初めて聞く変わった口調の男子が声をかけてきた。


「お隣、失礼してもよろしいでありますか?」

「え? はい、どうぞ」


 声をかけてきたのは、丸眼鏡をかけ、二次元の女の子のワッペンが胸元に刺繍された制服のブレザーを肩から羽織っただけの長身で痩せた男だった。


「では、失礼するであります」

「あ、だいごさん、おはよう」

「月宮殿、天気のいい朝でありますな」


 なんで俺の隣に座ってきたのかと思ったが、どうやら月宮さんの知り合いらしい。この人は昨日見かけなかったが、毎朝いるわけじゃないのか。そもそもどちらさん?


「だいごくん、大失敗した?」

「え? 月宮さん、何それ」


 月宮さんがだいごさんとかいう人にいきなり大失敗したかなんて聞くなんて、意味が分からない。そんなこと聞かれたらこの人も困惑しているだろうし。


「ふっ……、吾輩が想定外のことに慌てるはずないであります。どんな時も余裕を持って想定外に備えるのが軍人というものであります」


 乗ってきた!? 軍人? どういうことだ? 何か決まった取り決めでもあるのか? どうするオレ? 月宮さんはだいごさんとかいう人と楽しそうに話しているし。


 朝一でそれほど俺のテンションは高くない。だが、置いてけぼりにされるとちょっと気まずい。


 ――オレは二人の謎のノリに……。


「だいごさんだけに“大誤算”てか? 軍人と名乗っていたが、君はいったい何者なんだい?」


 便乗することにした。


「自己紹介がまだでありましたな、吾輩は諸城だいご、この春に入学した一年生であります。周りからは諸城中尉と呼ばれているであります」

「オレは椎崎唯人だ。三日前に転校してきたばかりなんだ。じゃあ、君のことは中尉と呼ばせてもらおう。それにしても君は後輩だったのか、背が高いから同年代か先輩かと思ったよ」

「よく間違われるであります。月宮殿とは中学の時からの先輩後輩の仲でありまして、大変お世話になったであります」

「そうなんだ、月宮さんがクラスに一人で居たから友達がいなんじゃないかって思ってた」

「椎崎君、それはちょっと失礼だよ。私にだって友達はいるよ、周りの人より少ないだけで」


 今日を入れて月宮さんとは出会って四日目、少なくとも学校と寮で誰かと会話をしている様子はほとんど見られなかった。


 これだけ聞くとストーカーかもしれないが、行動ルーティンが似ているから顔を合わせることが多いだけ。勘違いはしないで欲しい。


「ちなみに吾輩は処女厨であります」

「突然のカミングアウトにオレはびっくりだよ!」

「だいごくんて、中学の時から処女を題材にした小説を書いて、一部の男子に人気だったんだよ」

「月宮さんの口から処女なんて言葉が出ることにもびっくりだよ……」


 正直オレはそういったこととは無縁の中学生活をしていたから、そういう“アダルト”な言葉を聞くだけで恥ずかしくて悶えてしまう。


 昔、脳筋と呼ばれたこともあったが、もしかしてこういうことを指して馬鹿にされていたのか?


「私は椎崎君が思っているほど清楚じゃないよ。よく勘違いされるけど、家は普通、……だといいな。人並みに性に興味はあるし、恋人が欲しいと思ったことだってあるんだよ。だから、だいごさんとは勘違いされる同士で気が合うことは多かったかな?」

「吾輩は二次元にしか興味がない故、椎崎殿の恋路を応援しているであります」

「な、何を言っているんだ? オレに恋愛なんて分からないさ」

「おや? 月宮殿と共に食事をしているゆえ、気があるのかと思った次第でありますが、違ったでありますか?」

「たとえそうだとしても本人を前に言わないでくれ! 気まずくなるだろ」


 月宮さんは朝食の残りを口に入れては「もっきゅもっきゅ」と器用に擬音を口にして幸せそうに噛み締めていた。


 今のオレと諸城中尉の会話を聞いていながら、気にすることなく朝食を堪能するとは、……やっぱり天然か?


「ごちそうさまでした。じゃあ、だいごさん、椎崎君、また学校で」

「はい、いつか月宮殿には吾輩の書き物を読んでいただきたいであります」

「それ、あなたが言う分にはセクハラだよ」


 月宮さんが最後にニコっと笑った。それはオレが一度も見たことのない笑顔で、どこか弟に見せるような呆れた笑顔だったが、クールを貫いていると思っていたがゆえに初めて見た月宮さんのその笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。


 食堂を出て行き、残ったのはオレと諸城中尉。


「椎崎殿は月宮殿のことをどう思っているでありますか?」

「あんたは二次元にしか興味がなかったんじゃないのか?」

「人の恋路は別腹であります」


 おかしなやつだ、変なやつだ。でも、前の学校にはこんな初対面で性癖を暴露するようなやつはいなかった。


 嬉しい……とは到底思えないが、このあと時間いっぱいまで話したいことを話せる相手になってくれて、都合のいい話、こういうところはすごくいいやつだった。







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