34柔らかさが触れる
サブタイトル変更を順次行っていきます。
蝉の騒々しい鳴き声と共に、今日から七月に入って最初の登校日。
今日を乗り越えれば俺が唯人とヒロインを誘導するシナリオは極端に減る。唯人はすでにヒロインとの会合はすべて終わらせているため、今日のイベントはメインとまではいかないがそれなりに大きめのサブイベントだ。
残りの共通シナリオで、今後に関わってくる大事なイベントは残り三つ。ちなみに今日のイベントでは残りの登場人物を唯人に紹介するためのイベント、ファイルの中にある立ち絵が存在する残りの登場人物はあと二人、花恋さんとランナーさんだ。
俺にとっては見知った二人だが唯人は話したことのない相手、なんなら花恋さんは、見かけたこともないと思う。
唯人にとっては花恋さんが今日の昼休みに初登場で、その事は事前に伝えてあるため上手くやってくれるだろう。
朝食を口に運びながら今後の予定を再確認していると、心春が寝ぼけ眼で頭をふらつかせながらリビングに顔を出した。危うい格好で寝間着の掛けボタンが第四あたりまで外れている。それなりに大きな乳房が二つ谷間となる部分が露わになっていてほとんどボタンが意味を成していない。
「うにゅ〜、おはよー、一颯くん、母さん」
「心春、寝間着で起きてくるなとは言わないから、せめてボタンをもう二つは留めてくれないか? 目のやり場に困る」
「でりかしーないよー、一颯くん」
「だったら着替えてから起きてきてくれ。ほら、着替えないならボタン留めるよ」
席を立ち、ほとんど目を開けていない心春の前に立ってボタンを留めていく。身長のわりに大きな胸には触れないよう細心の注意を払いながら、それでも乳白色の美しくマシュマロのような肌にわずかばかり触れてしまうことには小さく謝罪しながら素早く終わらせた。
「ほら、終わったぞ、早く朝ごはん食べないと遅刻するぞ」
「うん、わかったー」
朝が極端に弱すぎて、乙女の恥じらいすらも寝ぼけてしまっている心春がいつも本当に心配になる。
小さかったときから寝ぼけた心春を起こすのは俺の役目だったが、いつしか俺よりも心春の方が早く起きるようになったから立場は逆転したものと思っていた。しかし、たまにだが寝坊する心春は遅刻だけはしまいと意志だけが働き、寝ぼけた姿で動き出す。
女の子の寝間着のボタンを留めるなんて普通はありえない話だろう。でも、俺と心春は兄妹であり、幼馴染だから、昔から何も変わらない関係が異常を普遍へと昇華させている。
「ごちそうさま、心春、急がないと時間ないぞ」
「えうっ……、あう、……うん」
もじもじとして手に持つ食パンをちびちび千切って食べていた心春は見たまんま様子がおかしい。
目は覚めているようだが、俺とは目を合わせてくれないし何か恥ずかしそうにしている。もしかして、さっきのボタンを留めたことに対して恥ずかしがっているのか? ……いや、昔からこういうことはいくらでもあった。多少はあってもここまで恥ずかしがるようなこともないだろう。だったらトイレに行きたいとかか? なんにせよ俺が口を出してはいけない内容だろう。
「二人とも、今日から夏服だけどクリーニングのタグは外してあるの? 付けたまま学校に行ったら笑われちゃうわよ」
「大丈夫、昨日のうちに全部確認してあるから」
そう言って俺は着ている制服の襟やらポケット、裾などを母さんに見せてあげる。朝食を食べ終わってばたばたと動き出した心春も家を出る前に母さんに確認してもらっていた。
この前みたいにばたばたと家を出て、大通りに出るまでは一緒に小走りで通学する。
七月に入って急に暑くなったから熱中症には気を付けないといけないし、そのため水筒の中身はお茶からスポーツドリンクに変えてもらった。
日差しが照り付ける中を毎朝歩くのは女の子の心春には辛いものがあるのではないかと思って提案してみる。
「心春、暑い中汗だくになって歩くのは女の子としてちょっと嫌じゃないか? 申請とかいらなかったはずだし、自転車通学に変えるのはどうだ?」
「イヤだよ。一颯くんの隣を歩ける時間なんて休みの日を除いたら登下校がほとんどだし。私は一颯くんと一緒にいられるこの時間を大切にしたいな」
「お、おう、そうか、嬉しいよ」
なんだかんだもらったことのない心春のストレートな言葉に頬が熱くなる。好きな子に一緒にいたいなんて言われたら嬉しくて心臓もろとも飛び跳ねてしまいそうだ。
暑いのにさり気に腕を絡ませてきて、体温が急に上昇する。身体を冷やせる術がなくて、今ほど夏の太陽を恨んだことはない。片手では水筒の蓋をあけることは出来ないのだ。
いつもとはわずかに距離の詰め方が変わった気がするのは、昨日、花恋さんが心春に宣戦布告すると宣言していたのが原因かもしれない。もしかしたら俺の気のせいかもしれないし、今の心春を不機嫌にしたくもない。だからもう少し待とうかとも思ったが、どうしても気になって慎重に尋ねた。
「なあ、心春、昨日の夜にあった電話って、……花恋さんから?」
「花恋さん? やっぱりもう仕掛けてたんだ。……そうだよ、一颯くんの大好きな花恋さんからですよー」
予想通り心春はやっぱり不貞腐れたふりをして口をとがらせてしまった。
「これから手伝ってもらう条件としてそう呼んでくれって、だから俺から呼び方を変えたわけじゃないからな?」
「分かってるよ、昨日、宣戦布告してきたもん。堂々と一颯くんを寝取るって!」
そんなこと言われてたな。冗談だと思いたかったが心春にも宣言している以上本気らしい。
はっきりいって、男としてこれ以上に嬉しいことはない。ハーレム、両手に華、男が憧れないわけがない。可愛い女の子に迫られて迷惑なんてあるはずがないんだ。
一夫多妻制の国であれば迷わず二人の手を取っていたかもしれない。でも俺はちゃんと誠意を見せたい。
「一颯くん、私ね、一颯くんのことが好きなの。この気持ちは純粋で真っすぐな気持ちだと思ってる。でも今の一颯くんは私を選んでくれない。そうでしょ?」
それはもう俺が好きだと言っているようなもので、なんとなく分かっていても緊張した。
「……お互いに分かってて隠すのも変な話か。俺はグランドルートが終わるまでは誰にも好きな気持ちを本人に伝えるつもりはないよ。俺のメンタルは強くないんだ」
気落ちを伝えない理由はいくつかある。これは心春にも花恋さんにもはっきり話す気はないのだが、俺はまだ前のルートのことを引きずっているままだ。
俺はすでに高校を卒業したし、花恋さんは大学の演劇サークルで一年生ながら活躍、心春との楽しいキャンパスライフを送れると、……そう信じていた。
絶対的な信用があったからこそ現状に絶望している。……だって、楽しかったじゃないか。
誰も不幸にならず、気兼ねなく話せる友がいて、各々の道を進んで行ったのだから、やり直す必要なんてどこにある?
唯人がやってきてからの二年間の思い出を、ゲームだからと無に帰された俺の気持ちを理解できる奴なんて、どこにもいやしない。
――心春は俺の癒しでもあるんだ。最後まで変わらず傍にいてくれた。辛いことがあった時は慰めてくれた。……俺のことを好きでいてくれた。だから、俺が今に満足してしまったら。もうここで終わってしまう。
「一颯くん、どうしたの? なんか怖い顔してるよ」
「え? あ、いや、何でもない。……ちょっと考え事で頭がいっぱいになってた」
「手伝えることは何でも手伝うから、悩まずに相談してね? この際、花恋さんでもいいよ、一颯くんが頭を抱えて、……あのときみたいに塞ぎこんじゃったら、そのまま次のルートになっちゃったら、誰も救える人なんていないんだよ?」
「そう、だね……。俺一人に与えられた試練なのに、俺だけで達成できることは少ないもんな。分かった、今度から悩んだらすぐに相談する」
俺が心春のことを信頼している。そのことが伝われば嬉しそうに笑って俺のことを引っ張った。
突然のことで態勢を崩してしまうが、俺の腕を抱えている心春がしっかり支えてくれていた。
――支えてくれたのは大変ありがたいことなのだが、体勢を立て直すその一瞬に感じた、右頬に当たる温かくて柔らかい感触は、一体何だったのか。
一歩引いた心春の顔を覗き込めば、夏の太陽に負けないほどに真っ赤に顔を染めていた。それは先ほどの笑顔よりもいっそう可愛らしく微笑んでいて、俺はなんだか浮かれた気分で手を差し出せば、当たり前のようにその手を掴んでくれた。
これで主人公目線の一章は完結です。本当の主人公(分かりづらいな)、……椎崎唯人目線の本編を三話ほど投稿次第、二章に突入しようかと思います。
ストックが心持たないので今まで通り一日三話ずつとはいきませんがどうぞよろしくお願い致します。
これからも精進してまいりますので、よろしければブクマ・ポイント評価をくだされば私は嬉しいです。




