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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
一章 準備 共通シナリオ
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3きっとそれは運命の出会い

 日本国東京エリア、北地区……それが俺たちの住む街の名称だ。


 地方の人からちやほやされる代表的なエリアがここ東京エリアなのだが、ぶっちゃけ世界にも通用する最先端技術を持っている中央地区以外は地方とそれほど変わらない環境にある。


 だから地方の人に東京エリアに住んでいることを自慢して羨ましがられても虎の威を借りる狐なもので少々後ろ暗い。


 しかし、俺たちが現在歩いているこの商店街に限っては地方に自慢できるレベルで賑やかさに自信がある。


 イベントの日なんかは少し目を離したらはぐれてしまうほどひしめき合うこともあるこの桜田商店街は、とある人物によって過去の人気を取り戻した。


「聖羅ちゃん、真ん中の線跨いでいるからもうちょっとこっちを歩かないと」

「あっ、といけない、今日は見られるかな?」


 商店街を二つに間引くように一本の白い線が地面のアスファルトに埋め込まれている。それを踏まないように歩くのがこの桜田商店街の暗黙のルールで、理由としては右側通行を示唆している。おかげで人の流れはスムーズになり、数年前の北地区の調査では、この商店街においての衝突事故がかなり減少したという統計結果が出たらしい。商店街が賑やかさを取り戻したのも事故が減少したのもすべては()()()のおかげなのだ。


 商店街を利用する客層としては主婦や俺たちと同じ学生が占める中、早上がりのサラリーマンもここに立ち寄ってたい焼きや大判焼きを購入し、食べ歩いているのをよく見かける。


 魚屋や薬局、百貨店にクリーニング。ある程度はこの商店街で揃うため客引きも日によっては迫力を増して宣伝をするわけだが、平日の今日はそうでもない。


「あ、駄菓子屋に着いたよ。おばあちゃん起きてるかな?」

「この時間なら起きているでしょ、いなかったら夕飯のお買い物かも」


 たどり着いた駄菓子屋は年季の入ったぼろぼろの看板に建て付けの悪い引き戸、ガラス窓から店内が覗けなければここが駄菓子屋と気付くのは困難だろう。


 俺たちは慣れたもので、コツを知っている心春がガラガラと扉を開けると店内には明かりが灯っていた。


「おばあちゃんこんにちはー! ラムネってありますか?」

「おお、心春ちゃんかい。今日も元気だねぇ、ほれ、ラムネはそこの()()の中じゃい」


 白髪で腰は曲がりきって杖を突くおばあちゃんはこの駄菓子屋の店主。老人会で孫のように扱われる心春は年配の方々の元気の源なのだそうだ。


「一颯ちゃんに聖羅ちゃんもいらっしゃい、ゆっくりしていきや。お湯が必要ならそこにポットがあるゆえ、好きに使え」


「ありがとうございます」


 心春がクーラーボックスからラムネを三本取り出し、常連である俺と聖羅で簡単に駄菓子を見繕った。二人の両手がいっぱいになるほどの量をおばあちゃんの元へ持っていって会計を済ませるのだが、これだけあって五百円もしないのだから駄菓子はやめられない。


 スナックにチョコに即席めん、種類も豊富で安いのならこれ以上に学生の味方をしてくれる存在があるのだろうか。俺たちは駄菓子屋の端にあるテーブルに着き、購入したばかりの駄菓子たちをテーブルの上に広げる。


「あたしラムネって久々なんだけどさ、勢いよく噴き出したっけ?」

「やり方によるかな。噴き出すにしても顔に掛かるほどじゃないから大丈夫、そのためにタオルも常備してあるし」


 テーブルの真ん中には『ラムネふきだしよう、よごしたらじぶんでそうじすること!』とマジックで達筆に書かれた銀皿の上にタオルが数枚畳んで置いてあった。


「使ったタオルは外の水道で洗って水道横の洗濯棒にかけて置いておけばいいんだよ。後はおばあちゃんが乾いた頃に回収するから」


 そういうわけで、安心した聖羅が何も考えずラムネのビー玉を勢いよく押し込み、溢れ出たラムネにあたふたと慌てることまで予想済み。先にタオルを持って待機していた俺と心春が聖羅の制服が濡れてしまう前に溢れ出たラムネを拭いて落ち着かせた。


「あ、ありがとう」

「俺はタオル洗ってくるから二人は食べてな」

「あたしが洗うからいいよ!」


 先ほどの失敗にタオルくらい洗わせてくれと立ち上がる聖羅だが、それを心春が制止する。


「聖羅ちゃん、その指じゃあまり水に浸したくないでしょ? タオルを洗って絞ってたらネイル取れちゃうかもよ」

「ああ……うん、そう簡単には取れないと思うけど、たしかに取れたらちょっとヤダなあ。ありがとう、一颯、お願い」

「あいよ、まかせな」


 二枚のタオルを持って駄菓子屋を出ると、まだまだ明るい空が俺を歓迎した。しかし暑い……。中は扇風機が回っていたから幾分か涼しかったが外に出れば季節外れの暑さに脳がやられそうだ。

 水に触れれば多少マシになるだろうと水道を捻ると、今度は氷水かと思うほどに冷たい水が流れ出てきた。


「つめたッ! なんで!?」


 後日分かったことだが、ここは地下水を使用しているらしく、今年はそこに雪が入り込んでしまってそれがまだ溶け切っていないのだとか。元からそれなりに冷えていた水が余計に冷たいのは猛暑日にはありがたい。でも蝉も鳴いていない今の時期には厳しい冷たさだ。


「手が……手が凍るよぅ……」


 情けない声を漏らしつつ、なんとかタオル二枚に付着したラムネの匂いを洗い落として棒に洗濯ばさみでタオルを挟んで掛けておく。


「凍傷になるかと思った」


 駄菓子屋前の陰になっている段差に腰かけて日向に向かって両手を突き出す。伸ばした手からは鉄板に乗った肉みたいに煙が出ている気がした。そんなわけはないがなんだか気持ちいい。これが焼き肉の気持ちか。


 感覚がなかなか戻らずゆっくり指を開いて閉じてを繰り返していると店内から心春が顔をのぞかせた。


「一颯くん、なかなか戻ってこないけどどうかしたの?」

「そこの水道捻って水に触ってみな」

「へ? 水道……ひゃあ! ちべたい!」


 思わぬ冷たさに驚いた心春は猫の如くその場に飛びあがった。そして俺と同じく日向に手を伸ばして座った。


「なんで冷たいの?」

「わかんね、おかげで俺は指が動かなくてラムネが飲めないんだ」

「飲ませてあげようか?」

「さすがに恥ずかしい」


 大した被害を受けていない心春は、指の冷たさよりも体感の暑さの方が先に限界が来たため先に店内へ戻っていった。


 俺はもう少しだけ手を温めようと目の前で左右に流れていく人々を眺めていると、ここら辺では見かけない学ランの男子が紙切れを片手に歩いていた。


 その紙を眺めながら歩いているわけでさすがに危なっかしい。商店街の歩き方も知らずに左側を歩いている辺り、昨日今日引っ越してきた人だろうか。


 そんなことを考えていると、その男子の正面からこれまた危なっかしいことに本を読みながら歩いているうちの高校の女子生徒がいた。


「あれ……同じクラスの月宮さんかな、このままじゃぶつかる……やっぱり!」


 ぶつかって月宮さんは簡単に転げてしまった。端から見ると男子は熊ほどに迫力があって学ランでは隠しきれない筋肉はがっしりとした印象があった。


 転んでしまった女子生徒、月宮陽菜(つきみやひな)さんは俺や聖羅と同じクラスの大人しい生徒で、いつも窓際の席でカバーの付いた本を読んでいる。


 月宮さんがぶつかった男子は慌てた様子で頭を下げている。持っていた紙が風でどこかに吹き飛ばされても気付かず頭を何度も何度も……。


「……って、手を差し出して助けてやれよ」


 クラスメイトということもあって俺がいこうかと思ったが、まともに動かせないこの手で何が出来るのかと思い返し、月宮さんが自力で立ち上がったのを見て俺はこの場を動くことをやめた。


 男子学生は何度も謝罪したあと紙が無くなっていることに気づき、月宮さんに何か尋ねたのか、その後は二人で同じ方向に歩いて行った。月宮さんは案内するのだろうか、隣に並ぶ男子学生の頭が低い。


「これが、運命の出会いってやつかな……」

「何が運命だって?」

「おわっと! 聖羅……いたのか」

「遅いから様子を見に来たの、がきんちょ共もやってきたのにテーブルを占拠するわけにもいかないからね」


 そういって駄菓子の詰まったビニール袋を俺に手渡してくる。そこには俺が店内で食べようと思っていたお菓子が入っていて、わざわざ詰めてくれたようだ。


「ちょっと多くないか? 俺はここまで買ってないぞ」

「あたしからのお礼よ。さて、そろそろいい時間だから帰ろっかな」


 俺たちの通う高校には寮があり、聖羅は毎日そこから通っている。俺と心春は家からだが、学校とそこまで距離はないから寮に入っていない。そういうところも自由な学校だ。


「それじゃあ心春、一颯、また明日ね」

「うん、ばいばい聖羅ちゃん」


 聖羅はキーホルダーが山のように着いたエナメルのカバンを肩に引っ下げて、学校の裏手にある寮の方面へと姿を消していった。


 ……たしか、月宮さんたちもあっちの方へ向かって行ったな。


「一颯くん、どうかした?」

「いや、何でもないよ、帰ろっか」

「うん!」


 俺が手を差し出せば心春は優しく握ってくれる。彼女は俺の心の拠り所でもあった。







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