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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
一章 準備 共通シナリオ
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29女装と愛陽、のちにうどん

 翌日の土曜日を挟み、日曜日は心春とともにこれから来るお客様のために朝から部屋を掃除していた。


 布団を畳んで端に寄せ、カーテンと窓を全開にして空気を入れ替える。押し入れから折り畳み式のテーブルを取り出して座布団とクッションをセットする。


 そして、一昨日都会で購入したものを取り出して部屋の真ん中に置いておいた。


 両親は早朝から出かけていて家の中には俺と心春だけ。前に約束していた通り、今日は部長をお招きしての講習会の日だ。


 指定された時間ピッタリに鳴らされる我が家のインターホンに俺たちは急いで玄関の扉を開け放つ。


「おはようございます、部長」

「ごきげんよう、一颯、心春、そろそろ夏が本格化してくるわね。これが無いと暑くておちおち外も歩けないわ」


 フリルがふんだんにあしらわれたゴスロリファッションに真っ黒な日傘。この格好で歩いてきたのだから汗が酷いのでは思ったが部長は涼しそうな顔で日傘を畳んでいた。


 半袖だから夏仕様なのだろうけども、これは見ているだけで暑い。


「よくその恰好でここまで歩いてこられましたね」

「慣れているのよ、それに好きなものに恥じらいを持っていては演劇部の部長など務まらないわ」


 続いて小さく「実を言うと蒸し暑いわよ」と聞いて安心した俺たちはいつまでも玄関に立たせていたことを謝罪して部長を部屋に案内した。


 冷蔵庫から冷えた麦茶を提供し、はふーと息を吐いて落ち着く部長。本当に暑かったんだな。こくこくと喉を鳴らす部長は本当に小学生か中学生くらいの女の子に見えなくて、だからこそ指導役として今日はお願いした。


「今日は一颯の女装を仕上げると聞いていたけども、理想はどのようなもので?」

「童顔で幼い少女をイメージしています。少なくとも高校二年には見えない程度に幼いと理想です」

「ふむ、……それは絶対に正体があなただと気付かれたくないという考えでよろしくて?」

「はい、それもあるのですが、シナリオでは俺と、俺が女装した姿は全くの別人として登場するみたいでして、部長にも同じ姿をどこかでしてもらうかもしれません」

「納得したわ、一颯が幼い女の子になりたいという願望ではなく、わたくしに合わせてくれたということね」

「ちょっと語弊はありますが後半はその通りです」


 看過できないことかもしれないが実際“そうなってしまう”のだから構わない。


 休憩も終わり、部屋の真ん中に畳んで置いてある衣装に触れた部長はそれらを広げる。女子高校生の平均身長辺りでも着られる中学生の衣装をコンセプトに心春と選んできたのだが、部長好みのフリルはあしらわれていないから気に入ってもらえるかが問題だ。


「……ふむ、悪くないわ。だけど、一颯、あなたは自身の下半身に自信がおありで?」


 部長が掲げたのは心春が部長に似合うと思って選んだミニのフレアスカート。よくよく考えたら俺も履くことになるのだから部長基準で考えてたら俺が恥を掻くことになってしまう。


「黒タイツで誤魔化せませんか?」

「曲がりなりにも男性なら、骨格や肉付きが女性とまるで違うわ。短期間で女性らしい仕草や態度を完璧に身につけられるなら、ある程度人の目は欺けるわよ?」

「う……、ロング丈を用意します」

「こんなことだろうと思って、わたくしが事前に用意しておいたわ。感謝なさい」


 部長の小柄な体躯にしては大きめのキャリーバックを引いているなと思ったら、それらは数多の衣装が詰められていたようだ。


 中から取り出したのは部長が好みそうなフリルが多めの淡緑のアシンメトリースカート。子どもっぽくなくお淑やかの中に可愛らしさがある。丈は俺のサイズに合わせていて腰に合わせてみると足首より上が見え隠れする程度、左側が斜めに短くてふくらはぎが見えてしまうがこれはブーツを履けば問題ない。


 部長が用意してくれた淡緑のアシンメトリースカートに俺たちが用意していた白いブラウス。ミニのフレアスカートは部長が変装する時に使うということで私服の方はこれで完了だ。


 続いて学校にいる時の衣装、つまり制服をどう着こなすのかだが、部長と話して厚めの黒タイツとスカートは膝下までと決めた。


 俺と部長の身長差はどうやっても埋められないが、靴は厚底、なるべく詰め物をしてこちらに合わせてくれるそうだ。逆に俺はなるべく背筋を伸ばしすぎないようあくまで自然に背筋を丸めて縮める。


 試しに部長には厚底の靴を履いてもらい、隣に並んで少しだけ背を曲げてみるとやはり少しだけ差はあるが並んで見比べでもしない限り気付かれない程度には差は埋まった。


「そろそろ所作の方に参りましょう。一颯、鍛錬は怠っていないわね?」

「鍛錬というほどではありませんが、維持はしています」

「では、少しのあいだそちらの声で話していなさい」

「んん! ええ、あ、あ、これで、……これで違和感なく話せていますか?」


 部長に女装が似合うと言われた所以は何も体躯だけではない。なんと声変わりをした後にもちょっと練習したら女声が出せるようになっていたのだ。それを高校生になった直後に部長に聞いてもらったところ、演劇部に拉致されたわけだ。


 ちなみに同時期に同じ練習していた心春は逆に爽やかな男性の声が出せるようになっていた。


「男の見た目でその声を聞くと少し気持ち悪いわね……」

「ひ、酷いです! これでも“ボク”真剣なんですよ!」

「ああ、そうだった、一颯くんって女声を出すと人格まで女性に変化するんだった」

「どれだけ才能があるのよ。これは一刻も早く女装させてあげないとわたくしが耐えられるか問題だわ。一颯……、いえ、女性人格の時は『愛陽』だったかしら?」


 そう、霜月一颯ではなく、ただの愛陽としてのこの人格はこの声を会得した瞬間に生まれたもう一人のボクなのです。


 女子の制服に着替え、心春と部長に手伝ってもらってメイクを施したボクはリビングにある姿見の前に立つ。


 ひらひらとしたスカートの感覚に慣れずつい抑えてしまうが部長的にはそれが恥じらいを持った女の子に見えるらしくありなのだとか。


 髪はカツラでカラーは部長と同じ黒、長さは膝裏辺りまでだけど、それだとちょっとボクには邪魔くさいから後ろで三つ編みにして一本にまとめた。大きなリボンで三つ編みの根元を結べば可愛らしくなったと思う。


 部長は私服の方に着替えていて、深窓の令嬢のように清楚なものに完成されていた。髪型はボクと同じで、ボクと同じ顔になるよう特殊メイクを施していた。


 声もボクに寄せていて、まるで双子の姉妹のようにそっくりな仕上がりになった。そして――。


「すごい、これなら誰にも気付かれないんじゃないかな? 少なくとも“俺”には身長以外で見分ける方法はないよ」


 心春は男子の制服を身に纏い、短髪のカツラを被って男装していた。声は高いままだが爽やかな見た目からしたら違和感がなくて似合っている。


 ボクの声は高校生からしたらロリ声で、部長に負担がかからない程度に出せるから問題ない。ただ、部長が本気でロリ声を出すと本当に小学生にしか見えなくなってしまうのは口にしたら負け。


「愛陽、これも着てみなさい。サイズが合わないなら詰めるわ」


 部長が鞄から取り出したのは藍色のローブと大きな水晶玉。流石に安物だろうが、水晶玉は曇りのない透明で水たまりのようにうっすらとボクの顔を映していた。


 ローブを羽織ってフードも被ると、視界の上半分がローブの布地で隠された。丈は裾が少し長くて引っかけそうだったから短くするとして、それ以外はピッタリだった。


 さらにボクが新規のキャラとして確立するために個性を考えることにした。


「一人称をそのボクから“妾”に変えてはどうかしら? 生意気な子どもっぽくてよいのではなくて? 『……妾がこうして胸を張れば堂に入っているであろう?』」


 さすがは演劇部部長、自分で生意気と宣言してみた直後にそれを演じてみせてくれた。


 なんだかんだ口の悪い言葉も扱う部長に続いてボクも真似してみる。


「わ、妾だってこれくらいできる……のじゃ? 部長、なんか妾がボクには合わなくて、だけど語尾が「のじゃ」なら自然にできそうです」


「なら、一人称はボクで、語尾に「のじゃ」をつける、『ボクッ子系のじゃろり』とはなかなか見ない設定ね」


「の、のじゃろり? なんとなく意味は分かりますが、これならうまくできそうです」


 衣装合わせや衣装交換は午後からやるということで、一旦昼食を取ることにした。


 特に何か決めていたわけじゃないから出前でも取ろうかという話になったが、部長が台所を貸してくれれば作りたいということでボクと心春は部長に甘えた。


 しばらくして母さんのエプロンを着けた部長が運んできたのは白くコシのある食感が売りのゆらゆらと湯気がのぼる美味しそうなうどんだった。


「わたくしが愛食しているうどんよ、出汁はわたくしが調合しましたの」


 出汁をとったのではなく調合、その言葉がかなり不穏な気もするが、美味しそうなのは間違いなくて、一口すすれば夢中になった。


「よい食べっぷりね、これなら寮から持ってきた甲斐があったというもの」

「うどんが好きなんですね」

「好きだけで済むなら長年うどんを食べ続けていないわ、美味しいうどんが作れて、他人にしっかり布教が出来て初めてうどん好きが語れるのよ」


 部長がうどん好きだということは初めて知った。想像以上にうどんにお熱なのは驚いたが、麺は市販のものだけどこんなにも食べやすく汁まで飲み干したのは初めてだ。


 つるんとした食感で麺は自然と喉を通るのに、コシはしっかりしている。柔らかすぎず固すぎず、出汁と絡めればあまりの美味しさにおかわりも余裕だった。


「女の子が食べ過ぎては殿方に好まれないわよ。いっぱい食べる女性を好む殿方も最近は多いと聞くけどもね」

「部長、この出汁はどうやって調合しているんですか? 今度俺が親に作ってあげたいんですけど」


 男性口調で心春が話していることが、普段の自分を見ているみたいでちょっとくすぐったくて気恥しい。


「企業秘密よ。だけど四食分の出汁の粉末をあげるわ。これで食べさせてあげなさい」


 今日の昼食は怪しいものがありつつも美味しくいただくこととなり、満足のいく、そしてうどんの素晴らしさを教え込まれた昼食となった。









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