28演劇部の知名度
たった二駅隣なだけで景色はがらりと変わる都会は、同じ東京エリアとは思わせない格の違いを見せつけてくる。
二駅の間は距離があり乗車時間が若干長いのがネックだが、それを除けば多くの人が憧れる東京エリアの都会が目の前に広がるのだ、だからこれくらい都会に憧れる人にとっては苦でもない。ただ車内での人ごみが悪い。満員電車に乗りたがる人なんていないのだから。
「一颯くん、早く行こ」
心春と手を繋いで信号が青になったスクランブル交差点に繰り出す。これでも都会としてはランクが低い方なのだが、俺たちにしたら十分すぎるほどだ。前後左右から人が迫ってくる圧迫感に戸惑いつつも同じ東京エリアの住民として堂々とした態度を心がけた。
俺たち以外にも学生の姿は多く見られるがどれもここいらでは有名なお嬢様学校の制服だった。最近女子高で流行っているものでもあるのか、小さな屋台には多くの女学生が並んでいた。
「あれ何だろうな? カフェラテっぽい気がするけど」
「私も気になって聖羅ちゃんに写真を送って聞いてみたけど、デンプンを使ったタピオカっていう変わったミルクティーらしいよ」
「へぇー、そんなのがあるのか、心春、飲んでみるか?」
「さっきのアップルジュースでお腹いっぱいだから大丈夫、それより、早く行かないと選ぶ時間が無くなっちゃうよ」
そうだった、聖羅の用事を断ってまで都会まで足を延ばしたのだから出来れば今日で必要な物を揃えてしまいたい。
心春に引っ張られて目的地まで急ごうとすると、待ったをかけるように俺たちに声を掛けてくる者たちがいた。
「すみません、ちょっとよろしいですか?」
育ちのよさそうな女性の声に立ち止まりふりむけば、ここらではよく見かける女子高のお嬢様が三人並んでいた。
うちと違って校則が厳しいのか、スカート丈は膝までしっかり隠していて流麗な黒髪も眉に掛からない程度にぱっつんで切られている。髪を編み込んだりゴムでひとまとめにしているのは、校則が厳しいなりのお洒落なのか肩に髪が掛かってはいけないからなのか、とにかく身だしなみの点においてはうちと正反対の高校である。
そんなお嬢様の三人のうち、真ん中の一人が気恥しそうにもじもじとして声をかけてきたわけだ。
男性慣れしていないのか視線は主に心春の方へ、なんだか唯人の女性版を見ているみたいだ。
「何でしょうか?」
心春が聞き返せば、周りの二人が真ん中の友達の背中を押す。
「あ、あの、あなたの高校の三学年に所属する二階堂花恋様をご存知でしょうか?」
「部長のこと? はい、いつもお世話になってますので」
心春の言葉に嬉々としてぴょんぴょん飛び跳ねそうなお嬢様方。さすがにはしたないのかそんなことはぜず、胸の前で両手を合わせて喜んでいた。それにしても部長って他校にも人気があったんだな。
「それで、桜花高校の秋の文化祭では花恋様は舞台にお立ちになるのでしょうか?」
「ええと、引退までの最後の舞台ですので、どんな役であれ少なくともどこかで登壇すると思います」
「ありがとうございます! 楽しみにしています!」
お辞儀というよりはブンブンと頭を上下に振るお嬢様にこちらは驚きを隠せず一歩退いた。あっ、と向こうが気付いた時には俺たちの間に若干の隙間が出来ていて、なんともいえない空気になってしまった。
「ご、ごめんなさい、私たち、というか私たちの同志はみな、花恋様のファンでして、ここら辺では見ない桜花高校の制服を着たあなたたちに思わず声をかけてしまいました」
「それはいいんだけど、部長にここまで熱烈なファンがいるとは思わなかったよ」
「先ほどから気になっていましたが、花恋様のことを部長と呼ぶということは、あなたたちも演劇部に所属していらっしゃるのでしょうか?」
二人そろって頷く。そうするとお嬢様方はキャーと歓喜しては握手を求めてきた。
愛しの花恋様のおそばにいられる方とお近づきになられるなんて、とかなんとか、勢いに押し負けて思わず握手をしてしまったが、別に俺は大したことのない雑用係なんだけど、それをいうと気を遣わせてしまいそうだから黙っておく。心春も愛想笑いでどうにか誤魔化していた。
「あなたたちのことも応援しています」
そういわれてしまえば社交辞令と分かっていても男としてはやる気が出てしまうものだ。
お嬢様方は嬉々としてこちらに手を振りながらスクランブル交差点の人ごみに紛れて行った。
握手をした右手を見つめていると、心春が不服そうな声音で腕を掴んできた。
「ああいう子が好みなの?」
慌てて顔を上げれば、片頬をわずかに膨らませた心春がじとっとした目で俺を睨んでいた。
「俺は心春の方がいい。どんなに可愛らしくてお嬢様のように気品があってお淑やかな性格でも、やっぱり俺は心春がいい」
端的に思っていることを述べると、腕を掴んでいた心春がバッと俺の後ろに回り込んだ。
俺の背中を押して公園のような広場の端まで連れてこられると、木の陰で後ろから抱き着かれた。
「ねえ、さっきの言葉って、全部本当のこと?」
「心春がいいってやつか? もちろん本当だ。心春をだしに嘘は言いたくない」
「〜〜〜〜ッ!」
「こ、心春?」
腹に回された腕にかなりの力が入っている。これからジャーマン・スープレックスでも決めそうな勢いだ。
腰を浮かされないように注意したが、徐々に後ろにかけられる体重に冷や汗をかく。
「どうしてそんな恥ずかしいことが言えるの!? 他の人に同じこと言ってたりしないよね?」
「し、してないしてない! だから離してくれ、そろそろ倒れて心春を潰しちゃうから!」
「……じゃあ、お家帰ったら、ぎゅうって抱きしめてくれる?」
「やってあげるから、ほら、離してくれないと、……そろそろ周りから変な目で見られそうだから」
「え?」
あまり人のいない公園とはいえここは都会だ。サラリーマンや学校帰りの学生が俺たちのことをちらちら訝し気な目で見ながら公園を出入りしている。
バカップルか、痴話げんかか、プロレス好きの彼女か、憶測は無言で飛び交っているのを察せてしまう。
パッと解放された瞬間、地団太を踏んで前につんのめる。なんとか態勢を立て直し心春の方を向くと、恥やら怒りやら他にもいろいろ感情の混ざった面白い顔をしていた。
「ぷ、……あははは」
笑ってやると、心春の顔は怒りで染まるかと思いきや、恥ずかしさに両手で顔を隠してしまった。
俺はこんな感情豊かな女の子が大好きで、俺のことを思ってくれて、嫌な顔一つせず俺の隣にいてくれる。そして、……ちゃんと嫉妬してくれる。
そんな女の子は全世界探しても心春しかいないと確信していた。
頭を撫でてあげるといつの間にか心春は涙目になっていて、家に帰ってからと言わず、今ここで優しく抱きしめてあげると人馴れした小動物のように頬を俺の胸に擦り寄せてきた。
この歳になっても男というのは、繊細で華奢な女の子には弱いものだ。動悸の激しさが思考を素早く回転させ、この後の行動の選択を幅広く提示してくる。
俺は心春のことが好きだ、大好きだ。願うなら恋人らしく付き合いたいしキスもしたい。将来の結婚を前提にしたお付き合いまで考えたら重いだろうか? でも俺の心春を思う気持ちは本物だ。誰も割り込ませたりしない、独占欲が心春を支配しようとするならばそれでもいいと思っている。
だけど、この腕で抱きしめる心春に何もしてやれない自分が嫌いだ。
「心春、そろそろ行かないと時間が無くなっちゃうよ」
「あ、そうだね、せっかくのデートなんだし、楽しまないとね」
ああ、これが本当のデートだったらどんなによかっただろうか。俺は同じ気持ちを何度味わえばいいのだろうか。
この世界がゲームである限り、主人公でもモブでもない俺が主人公とヒロインの恋愛に介入して何度恋を成就させればいいのだろうか。
幾度も繰り返すであろう暑さが若干勝る生ぬるいこの時期のように、俺は中途半端なことしかできないのかもしれない。




