26小鳥遊真奈美
六月二十九日、この日は珍しく俺と唯人だけの帰り道。
校門を出ればそれぞれ逆方向に進む俺たちだが、今日は学校終わりにそのまま寄り道して駅前までやってきていた。
聖羅は昨日に引き続き部活動、心春はクラスの友達に招待されて女子寮まで遊びに行った。その際、「手伝えなくてごめんね」と何度も頭を下げられたのだが、その日から見て明後日の予定を伝えたところ飛んで抱き着いてくるほどに喜んでくれたから清算は取れただろう。だから罪悪感に苛まれることなく遊びに行けたはずだ。
前の週において、俺と唯人は校内でも有名な親友同士だった。しかし意外と二人だけで遊ぶ機会というのはそれほど多くなかったのである。
四人ワンセット、聖羅が部活のある日は三人で、俺と心春が演劇部に呼ばれれば聖羅と唯人の二人で、……といった感じで、俺と唯人のセットというのは指で数えるほどにしかなかったはずだ。
「唯人って何か趣味ってあるのか? 結構鍛えていそうだから筋トレとかやってんの?」
とっくに知り得ている情報も今後の展開には重要なことだ。シナリオに細かい会話の指定がないのなら自由にやらせてもらう。
「筋トレというか朝にちょっと走ってんだ。そうだな、趣味というなら、これからいくゲーセンはそれなりに通ってたぞ、クレーンゲームなら任せろ」
「そりゃ頼もしいや、最近心春が俺のお菓子を勝手に食べるからさ、取ってくれると助かる」
「はは、女の子だな、甘いお菓子を狙ってみるか」
そう、これから向かうのは駅前のゲームセンター。ここいらでは筐体の数が結構のもので、隣町とかの学生が学校帰りに寄ったりする。
どこか娯楽施設はないかという唯人の要望に応え、俺は迷いなくこのゲーセンに連れて行くことにした。
金属のレールを擦るかん高い電車の音が響く駅前、ロータリーから歩いて三分に位置するこのゲームセンターはとにかく広い。
ここらの娯楽施設ではなかなか見ない五階建てのうえに地下にも一階ある。特にクレーンゲームが充実していて、一から三階まではすべてがクレーンゲームだ。他は対戦型の筐体やダーツなど、中には大人向けのゲームもある。だから学生が利用できるのは一階から四階までだ。
自動ドアをくぐれば騒々しいなんて生易しい、やかましいほどに様々な筐体の音楽が入り混じって鼓膜を震わせる。声も普段より大きくしないと互いに届かなくて意思疎通が難しい。しかし声を大きく出すことで自然とテンションを上げられるところがゲーセンのいいところだと俺は思う。
「最初は何を取る?」
「そうだな、あそこの赤い箱のお菓子を取ってくれないか、金は先に渡しとく。一回百円だな」
「よかろう、あれなら二回で取れそうだな、任せろ」
たしか、業務用で買えば四百円はするはずだから、半額で取れるのなら美味い話だ。
しかし、唯人は宣言した回数ではなく、まさかの一回で取ってしまった。
目を丸くしてその様子を見ていたのだが、クレーンゲームが得意というのはこういうことなのかと俺は思わずほうと溜息を吐いた。伊達に通っていただけはある。
「なあ、教えてもらったら俺でも取れるか?」
「もちろんだ、コツさえ分かれば意外と簡単さ、筐体を見極める必要もあるが、普段よりも少ない回数で取れるのは間違いないな」
俺とは見ている視点が違うのだろうか、とりあえず引っかけてずらそうとしか考えていないから、状況が悪化していることにも気付かないそうな。
景品がどこに動くのか、アームのどちらで引っかけるのか入手できるまでのプランを考えて、後はタイミングとコツを掴めば誰でも出来るみたいだ。
「お、マジで取れた! 前に取れたときなんか心春とやって千円くらいかけたんだよな」
「おめでとう、どうだ? 取れると今まで以上に楽しいだろ」
「クレーンゲームの壁がいつもより低く感じられたよ。教えてくれてありがとな」
雰囲気を楽しめればそれでよかったクレーンゲームも、手に入るとなんか成長した気がして感動した。
無事、心春の為にお菓子を入手した俺たちは階を変えて三階に上がる。
この階もクレーンゲームの筐体が並んでいることに変わりないが、先ほどのようにお菓子は見当たらない。メインとなっているのはアニメのグッズやぬいぐるみ、主に小学生か女の子が喜びそうなものが並んでいた。
俺たちには用はないなと二人で話し、もう一つ階を上がろうとすると唯人が急に足を止めた。
「どうかしたか?」
「あ、ちょっと知り合いを見つけてさ、話しかけてきていいか?」
「別にいいぞ。なら俺もこの階でちょっと遊んでいるから、終わったら声をかけてくれ」
唯人とは一度別れ、俺は二人からは死角となる位置まで移動して近場の自販機にコインを入れた。
何か甘いドリンクか炭酸を選ぼうとしたとき昨日の唯人と三好さんのやり取りを思い出した。
「あのお茶って利尿作用が強いってネットで読んだ気がするな、……だとしたらやっぱり三好さんは狙って唯人にお茶を渡した?」
恋愛弱者、この世界が恋愛アドベンチャーゲームなのだから、俺はその障害は取り払わなくてはならない。あの様子だと、おそらく三好さんから唯人にアタックを仕掛けることは多いだろう。しかし、結局は唯人が三好さんに惚れて告白する以外に道はないのかもしれない。
だとしたら、俺は三好さんとタッグを組んで唯人が告白するよう誘導した方がいいのか?
「攻略順は最後にした方が無難なのかな……、あっ」
三好さんのことを考えながら適当にボタンを押したものだから、出てきたのはお茶、昨日唯人が飲んだものと同じ利尿作用の強いあのお茶だった。ちなみに隣を選んでいれば俺の好きなメーカーの紅茶だった。
「まあ、いっか。さて、唯人は上手くやっているだろうか」
唯人の知り合いというのは、ヒロインである小鳥遊真奈美だ。ゲーム好きではなくかわいい物好きの小鳥遊先輩は、ちょくちょくこのゲームセンターに足を運んではこのフロアでクレーンゲームに興じている。戦果はそれほど芳しくはないのだが、取れてしまえばそれを溺愛して大切に部屋に飾る。
新商品の入荷日を調べるほどにぬいぐるみが好きで、今日がちょうど新商品の入荷日だったわけだ。
俺が二人の元を離れている間に唯人は小鳥遊先輩に話しかけ、ぬいぐるみ好きなことを知る。新商品の入荷日だというのに全然取れる気配がないことに見かねて、唯人が代わりに一発で取ってあげるという男らしい展開だ。あまり時間はかからないイベントなのだが、俺は筐体の陰から二人の雰囲気がいいことに気付き、唯人に『心春に呼ばれたから先に帰る、唯人は先輩と一緒にいてやんな』とメールを送るのが正規のシナリオだ。
携帯を取り出して文面を読んだ唯人が慌てふためく様子を観察し、唯人と目が合って怒っているのを確認したら走って逃げる。これで今日のイベントは完了だ。
この後は見つからないように動けばいいのだが、唯人は小鳥遊先輩とゲーセンを出てしまうので、俺はしばらくこのフロアで可愛らしいぬいぐるみを眺めていた。
ファンシーな装いのフロアに男子高校生が一人でいるのは場違いでしかないのだが、幸いこの時間に人はほとんどいない。店員もカウンターで作業をしてばかりでこちらの様子なんて気にしていなかった。
せっかく唯人にクレーンゲームのコツを教わったのだから何か景品を取りたい。そう思っていると奥にあった筐体に真っ白なウサギのぬいぐるみを発見した。
動物の愛らしさを詰め込んだぬいぐるみがほとんどを占めるこのフロアに、リアルを追求したが通常よりも遥かに大きいサイズのウサギのぬいぐるみ、なんだか親近感がわいて俺はその筐体にコインを投入した。
心春が気に入ってくれればいいなと思いつつ、俺はこの日、コツをつかんだと自負しながら三十枚のコインが筐体に吸い込まれた。上手くいかなかったはこのウサギのぬいぐるみが思ったより大きかったのと、これを一介の男子高校生が両手に抱えて一人で帰ると思うと恥ずかしさに手の震えが俺のテクニックを妨げたからに違いない。
ストックを一気に吐き出しているので既に底が見えています。無くなったらまた書き溜めますので、それまでは同じペースで投稿予定です。




